女神からのお告げ


 昼下がりの王都バルタニア大通りにて。これでもかというくらい大勢の人間を集め、勇者ノブアキはステージ上で演説を行っていた。


「諸君!! 諸君らに正義はあるか!? 諸君らには悪を倒し再び平和を取り戻したいという英雄の心はあるか!? 」


 演説を聞いている者の大半は冒険者である。

 ノブアキは大陸中の冒険者を集め、魔王軍討伐への参加を呼びかけていたのだ。


「冒険者になってまだ日が浅いとかレベルが低いだとか、私はそんな理由で拒んだりはしない!! 無論ジャンケン大会をひらいて参加者をニブイチに振り落としたりなんかもしない! 誰にでも英雄になれる権利はある! だからみんなで魔王を倒しに行こう!! ニューヨークへ行きたいかーっ!?」


 意味のわからない異世界の言葉を交えつつ、ノブアキは腕を振り上げては叫ぶ。

 そのたびに観衆からは「おおー!!」という掛け声が上がった。この時の声はすさまじく、王都バルタニアの外までとどろいたという。


…………


「どうして彼らも同行させるのです? 我々の機動部隊だけではご不満ですか?」


 迎えに来たルークセインの側近であるガゼル。

 大型車後部のテーブル付き座席にいるノブアキに対し、尋ねた。


「そういうわけじゃないさ」


 ノブアキは酒を口にしながら答える。


「我々で魔王軍を倒すことは容易たやすい。しかし彼らにも出番を与えないと、不平不満の原因になりかねないからな」


 この返答にテーブル向かいのガゼルは、更に質問を突きつける。


「ふむ、あくまで入り口が平等であるように見せ、その上で我々が魔王軍を倒す。そこから得られるものとはなんでしょうか?」


「外からの支持と信頼、そして協力さ。残念だが今のグライアスは周囲に敵を作り過ぎている。彼ら冒険者は私のライバルであると同時に、未来のアスガルドをになう子孫たちでもあるのだよ。彼らを味方に引き入れておいて損はない」


「……」


 相変わらず一体何を考えているのか?

 ルークセインのためのお膳立てと言うなら話はわかる、がしかし……。


(魔王軍が現れてから、随分ずいぶんと目立った行動をとるようになったな……)


 勇者なのだから当たり前かも知れないが、何か引っかかりを覚える。

 やがて大型車はグライアス領へ入り、中央都市ドルミアに向かうのだった。



「お帰りなさいませ、勇者ノブアキ殿。ルークセイン様が奥でお待ちです」


 ルークセインの所有する居住施設の一つ。

 その入口で出迎えたのは側近のサジであった。


「どうしたんだその顔は!? まるでマッドベア(魔物化した野生の熊)と戦った後みたいだぞ!?」


 ノブアキの言う通り、サジの顔はれ上がり酷いことになっていた。


「ホッホッホ、階段で蹴躓けつまずき転んだのです。心配ございません」

「……ふむ、そうか」


 どう見ても転んだ怪我などではない。

 冗談の一つでも言おうとしたが、えて突っ込まないことにするノブアキ。


「……では私は機動部隊の最終調整がありますので、これで」


 ガゼルはノブアキに敬礼すると、施設へと入っていく後ろ姿を見送った。


「……」


 ガゼルはサジの怪我の理由を知っていた。


 サジはノブアキから貰った写真の人物がエランツェル卿の娘ソフィーナであることを見抜いた。しかしルークセインは肝心の会議でうまく生かすことができなかった。

 そしてその後、サジが裏で手引していた部隊が騎士団領ユリウスの暗殺に失敗。生き残った工作員たちは帰還を許されずにその場での自決を言い渡されたという。


 腹いせと見せしめの意味も込め、サジはひどなぐられ、蹴飛けとばされた。


 サジはガゼルより遥かに長くルークセインに仕えている。今の地位もグライアスの諜報ちょうほう部員の下っから積み上げて手に入れた。いわば彼は古株なのだ。


 その古株と言えど失敗すれば容赦ようしゃをしない領主、ルークセイン。

 ここまで冷徹れいてつで残忍だからこそ今のグライアスがあるのかも知れないが。


(……やはりあの方は、恐ろしいお方だ)


 車の中でガゼルは、明日が我が身とならぬことを祈った。


…………


「いやぁー! 食った食った! 」


 勇者ノブアキはルークセインとの会合の後で会食し、領民の血税をたらふく腹に収めて大満足であった。明日はついに魔王軍討伐のため、グライアス軍と出立しゅったつする。今晩はどの娘と夜を過ごそうか、などと考えていると気配を感じた。


「やぁ、丁度探していたよ」


『嘘をおっしゃい、嘘を』


 回廊かいろうの影から現れたのは、またしても僧侶アルビオンだった。


「本当さ、私は……」


 ノブアキがそう言いかけた時、アルビオンは無言で神具「真実の目」を突き出し見せる。神具には施設内に設置されている盗聴器が映し出されていた。


「……よし、ちょっと夜の散歩に出かけるか! 昔みたいに!」


 ノブアキはそう言うと、アルビオンと恐ろしい速さで施設を抜け出した。

 外に出て飛び上がると高い建物の上に乗り、そこからまた離れた建物の上へと飛び移る。彼らは三十年前に魔族四大魔将の城からぶんどった「疾風はやて具足ぐそく」を装備しているのだ。


 走ること暫く。二人は中央都市を抜け、郊外こうがいにあるちた農家の納屋なやへと辿り着いた。アルビオンが神具を取り出し、周囲に誰も居ないことを確認する。


「大丈夫さ。ここまで追ってくる奴なんかいないし、獣の気配すら感じない」


「どうでしょうね? 貴方はたまに抜けているところがありますから。……先日王都で開かれた会議、覗いていましたが色々驚かされましたよ。……あのソフィーナという魔王軍だった少女、気をつけたほうがよいのでは?」


 アルビオンはソフィーナが転移魔法陣のマーキングを密かにほどこしていて、それを自分が消したことを伝えた。以前ラフェルが同じようなことをしていたのを見て、アルビオンはマーキングの存在を知っていたのである。


「もちろん警戒はしてるさ。流石にルークセインもエランツェル親子には監視をつけてるようだし」


 ルークセインの名が出たことにより、アルビオンの表情が厳しくなった。


「……ノブアキ、そろそろ真実を教えてくれてもよいのでは? 今までルークセインに力を貸していた理由は一体何なのですか? 今日は話してくれるまで貴方を帰しませんからね?」


「んまぁ! アル君ってば、こわ~い!」


 納屋の隅まで行き、イヤイヤのポーズをとるがアルビオンには通じなかった。

 ノブアキは途中から自分でも気持ち悪くなり、咳払いすると壊れた屋根から差し込む月光を見た。


「……わかったよ、始めから順を追って話そう」


 そう言うとノブアキは仮面を取り、顔を月へさらすかのように見上げた。


「……我々が魔王を倒した後、君は神々から何か神託しんたくを受けたか?」


「……いえ」


「私にはあったんだ。魔王を倒してから数カ月後にだ」


 アルビオンはうっかり持っていた神具を落としそうになった。

 あり得ない! 神のお告げならまず神職者である自分へ来るはずだろうに!


「気を落とさなくていい。私が勇者だから私へお告げが来たのだろう」

「……それで、一体どの神がどんなお告げを?」


「もう三十年も前でよくは憶えていないんだ。でも女性の声だったと思う。優しい声だった……私に神具を与えた神を考えるに、恐らくユーファリアの神だと思う。その女神が言うには『数十年後、魔王は再び現れこの大陸を狙うだろう。それまでに英気えいきやしない、戦いの準備をしておくように』とね」


 本当だろうか? 嘘をついている様子は見られないが、ノブアキのことである。


「本当に女神からお告げを? 夢魔むまにでもだまされたのでは?」

「もしそうだとしたら私と一緒にいる君が真っ先に気付くはずだろう」


 ノブアキはそう言うと、右手の光を見せた。

 神具保持者の証である。


「お告げは何度も夢枕に現れたのさ。期間を置いて何度も……。その度にこの光が現れたんだ……。私はお告げに導かれるまま、今までグライアスに身を置き、街を発展させてきた……。全ては再び現れる魔王軍へ対抗するためにね」


「……」


 ノブアキはアルビオンへと真顔を向ける。仮面の下に隠れていた顔は、お世辞にも美形とは言えない……むしろブサイクの部類に入るだろう。


 だがアルビオンは、真剣にノブアキの目を見続けた。


「アル、これからも私に力を貸してくれ。大陸に真の平和を取り戻すため、一緒に戦って欲しい」


 そして、ノブアキは耳元で何かを囁いた。

 アルビオンは目を大きく開き、一歩後ずさる。


「……それは、真実なのですか?」

「…………どうだ? 協力してくれるかい?」


「……一晩だけ、時間を下さい」


 この時のアルビオンは、ノブアキの誘いへ即答することができなかった……。

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