第十七話 嵐前の水面下にて

五柱神の会同


 この世界には大陸をつくり上げし、八つの神々が存在した。


 万有の女神「ユーファリア」

 均衡きんこう制裁せいさいの神「ラプリウス」

 探求と静寂の神「ゼファー」

 豊穣ほうじょうと愛の女神「レナス」

 結束と忍耐の神「ギースハルト」

 破壊と力の神「ヴァルダス」

 秩序と空間の神「アエリアス」

 再生と創造の女神「ファリス」


 神々は互いに協力し、大陸の繁栄と維持に尽力した。

 その結果、大陸は豊かな自然と生命で満ち溢れ、新たな世界が誕生した。


 神のつくりし大陸「アスガルド」

 その未来は栄光を約束された、かに見えた。


 しかし、突如大陸に魔王ヴァロマドゥーが現れ、大陸の生命を脅かし始めたのである。魔王は瞬く間に大陸へと侵攻し、光を闇へと染め上げていったのだ。大陸に住まいし人間やその他の生命たちは、この異常ともいえる事態に成すすべなく、闇へと飲み込まれていった……。

 アスガルド崩壊の危機であり、自分たちだけでは抑え込めぬと判断した、万有の女神「ユーファリア」は、ついに異世界の力に頼る決断を下し強行する。未知なる力には未知なる力で抑え込もうとしたのである。


 数年後、異世界の勇者と仲間によって魔王は倒され、大陸に再び平穏が訪れる。

 その代償だいしょうは大きく、意見の違いから三つの神の乖離かいりを招いた。


…………


「みんな、これを見て欲しいの」


 やや長身で背に翼の生えた女性、万有の神ユーファリアは二つの水鏡を示した。水鏡にはそれぞれ勇者ノブアキと魔王シャリアが映し出され、双方とも大勢の人間の前で演説をしていたのである。


「映っているのはほんの少し先の未来、二勢力の衝突は必ず起こる。でも私たちが今回は人間に手を貸す必要はない。人間たちは異世界の知恵も手に入れているし、今度こそ自分たちだけで争いを解決できるはずよ。万に一つの有事に備え、勇者と神具を大地に残しておいて正解だったのよ」


 神々の世界にて、再び五つの神がつどい話し合っていた。話し合いと言っても一方的にユーファリアが話し、他の四柱がそれを聞いているだけであったが……。


「一つ聞いてもいいか?」


 聞いていた四柱のうち、一番大柄で体格のいい男神が口を開いた。

 結束と忍耐の神、ギースハルトである。


「戦や争いは自然のことわりかも知れん。だがそこへ異世界の風が入ったとなるなら話は変わる。今や双方に異世界の知恵が渡っている状況、今度起こる戦いに、今回もアスガルドは耐えきれるのか?」


 異世界の知恵は大陸から自然発生したものでなく、ユーファリアが強制的に外の世界から持ち込んだものだ。今まで人間たちはうまくそれを利用してきたかも知れないが、いざ戦となると制御できず、みずからだけでなく大陸そのものを滅ぼしてしまうのではないかと言っているのだ。


「それは愚問だな、結束と忍耐の神よ」


 普段寡黙かもくなギースハルトの言葉に注目が集まるも、異を唱える神があった。

 漆黒の衣をまとい、天秤をたずさえた均衡と制裁の神ラプリウスである。


「先の大戦でもこの大陸は激動に耐えた。もし何かあっても我々が影より支えればよいだけの話ではないか。それが我々神の役目なのだからな」


「ラプリウスの言う通りです。先の大戦から地上では三十年以上も経っています。人間たちはおのずと学び、目まぐるしい成長を遂げています」


「あー、ちょっといいかな? それについて僕から話がある。これを見てくれよ」


 皆よりも身長が格段に低い探求と静寂の神ゼファーは、兎のようにピョンピョン飛び跳ねて存在をアピールする。そして、目の前に一本の杖を出したのだ。


「これは僕が人間に与えた神具の一つだ。皆も知っての通り、一度地上へ下ろした神具がこちらに返ってくることはない。しかしどうやら所持者望めば、こうして返ってくるみたいなんだ。人間は欲におぼれた愚者ぐしゃが多いと思っていたけど、最後の所持者は純粋で正しい心を持っていた。つまり僕が言いたいのは、人間たちも捨てたもんじゃないなってことだよ」


 ゼファーの言葉に、ラプリウスは突然笑い出したのである。


「よくも都合よく言えたものだな! お前が最初に神具所持者として選んだ人間は、鬼畜の所業を行う悪魔のような男だったではないか! 運良く事がめぐり巡っただけの話ではないか!」


 髑髏の頭部を持つラプリウスに詰め寄られ、兎の神さまはたじたじ。


「そ、そうかもしれないけど! 人の心がどう移り変わるかだなんて誰にも予測できないじゃないか! 当時の僕は最もこの神具にふさわしい人物を選んだつもりだ!」


「探求と静寂の神よ、星の巡りに救われたな! 後一歩で追放処分となったものを! ……もっともこれ以上神を追放すれば、この大地は支えきれなくなるだろうがな」


 この言葉に、ユーファリアはうなずいた。


「そうです。私も今後大陸の神を追放するつもりはありません。今この場にいない三柱についても今まで同様。姿は見せませんが、彼らも彼らの考えで大陸を支えているのでしょう。アスガルドの崩壊は、彼らもよしとすることではないはず」


「ちょっと待ってくれませんか!?」


 ここで遂に、豊穣ほうじょうと愛の女神レナスが声を上げたのだ。


「先ほどから聞いていれば、何か事が起こった後で対処すればいいという話ばかりではありませんか! 先手を打って争いによる被害を抑えようとか、そういった話が出てこないのは何故ですか? これから消えていく幾多いくたもの命に、あわれみすら感じないと言うのですか!?」


 普段は温厚なレナスの怒りに、他の神々は何も言わずに黙っていた。

 それでもレナスは言葉を続ける。


「確かに戦いで得られる知恵もあるでしょう。だから黙って私たちは見ているだけなのですか? 大陸だって悲鳴を上げています!乖離かいりした三柱がこの地を見放さないという確証はどこからくるのですか!? 彼らが大陸から出て行ってしまった場合、私たちだけで何とかできると確証があるんですか!? 考えが楽観的過ぎます!」


 レナスの怒りの矛先は、明らかにユーファリアへと向けられていた。


「お。落ち着きなよレナス! 地上に悪い影響が出るよ!」


 慌てて双方に割って入ろうとするゼファー。

 ところが、またもやラプリウスが代弁者だいべんしゃだとばかりに前へと出たのだ。


「ならばどうしろと言うのだ? 地上へと干渉かんしょうし戦を止めろというのか? 我らにそむき出て行った三柱を探し出し、ここへ連れ戻せとでも言うつもりか? 姉の一人も説得できなかったお前が!」


 ラプリウスの言う通り、レナスと再生と創造の女神ファリスは姉妹神である。


「地上へ干渉しろとは言っていないわ! 他に方法が無いか考える余地はあるはずだと言っているのよ! それに説得できなかったのはみんなも同じでしょう!?」


「お、おい! 止めなよ!」


 ゼファーは必死に二柱の言い合いを止めようとするも、高さが届かない。

 ここで不意に、ラプリウスはレナスへと天秤を突きつけたのだ。


「……レナスの女神よ、声にわずかな震えがあるな。そう言えばお前が神具を渡した相手は、今はどこで何をしているのだ?」


「そ、それは……私にもわからないわよ! でも他の保持者のように他者への影響を与えないよう、きっと隠れ住んでいるのよ! 貴方たちの選んだ保持者と同じに考えないで!」


 レナスの声に反応したのか、天秤は大きく揺れ動き始めた。


「……匂う、裏切り者の匂いだ……! お前はもしや、自分が神具を与えた者のことすら把握していないのではないか? いや、そもそもお前は……」


(うぅ……)


「おい死神! レナスに指一本振れたら許さないぞ!」


 不気味な顔を近づけ詰め寄るラプリウスに、レナスは後ずさりする。兎の神さまはこれを止めるべくラプリウスの衣を引っ張り始めるも、ズルズルと引きずられて行ってしまう。


 しかしラプリウスの前に大きな壁が立ちふさがり、その行く手を阻んだ。


「ぬぅ!?」

「……止めろ」


 今まで様子を伺っていた結束と忍耐の神、ギースハルトである。

 その威圧感に押され、均衡と制裁の神は動きを止める。


「そこまでよ! ……ゼファーの言う通り、神々同士で争えば地上に影響が出るわ。今回の話し合いはここまでにしましょう」


 ユーファリアの声に、ようやくラプリウスは引き下がった。


「ふん、まぁいい。今回は引き下がるがレナスの神よ。裏切ればどうなるか、今一度よく考えてみることだ。アスガルドを支える一柱であるならばな……」


 ラプリウスは冥界を管理する神でもあり多忙である。言い残し去っていった。


「……はぁ。あいつもあいつだけど、君も無茶するなぁ」


「無茶なんかしてない! 私は私の言いたかったことを言っただけ!」


 まだ怒っていたのかと驚き、ゼファーはビクリとなった。


「お前の言ったことは間違っていない。ファリスたちとも理解し合え、再び一緒となれる時がいつか来る……。俺はそう信じている」


「……ありがとう、ギースハルト」


 ギースハルトはレナス背を向け、その姿を消した。


「さ、僕らも帰ろうよ。厄介な奴に目をつけられてしまったけど、あいつが来たらすぐに追っ払うんだよ」


「えぇ、そうねゼファー……」


 レナスとゼファーも、ユーファリアに背を向け帰ろうとする。


「……」

「……」


 その一瞬、レナスがユーファリアをにらんだことに、ゼファーは気付いた。


(レナス……あいつの言った通り、僕らを裏切ったりはしないよね……?)


 探求と静寂の神は再び疑念を抱きつつも、その場を後にするしか無かった。

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