見えざる目
魔王城の診療室にて、ユリウスはその圧倒的広さに度肝を抜かされていた。
(診療室でこの広さだと……!? 一体この城はどれだけでかいんだ!?)
少なく見積もっても自分の知っている診療所の五、六倍……いや、それ以上だ。天井は恐ろしく高く、フロア全体が幾多ものカーテンで区画されている。その一つ一つに患者が寝かされているのか、亜人たちが
ユリウスは魔王城の空間事情を知らない。新たに増設されたこの診療室も、空間魔法を用いて造られているのだ。
これも先日改修された「魔力制御装置」が力を発揮している
(まさかこれ全部に魔物が居るわけじゃないよな……)
アルムとセスの目を盗み、どんな魔物が寝ているのかとカーテンに手をかけた。
(魔物じゃねぇ!? ……に、人間か!?)
「おい! 何やってんだユリウス! ついてこないと迷子になるぞ!」
セスの声が聞こえ、慌ててユリウスはカーテンから離れた。
「ここだよ。さっき機械から出されて寝かされてるんだ」
セスの案内のもと、アルムとユリウスはカーテンの中へと入っていった。中はベッドと小さな引き出しだけが置かれている。ベッドを見ると、ヘンリーが穏やかそうな顔で寝息を立てていた。
「どうなんだ? ヘンリーはどこまで治ったんだ?」
『全部よ。精神的にも安定しているわ』
「キ、キスカ!?」
突然現れたキスカに、ユリウスは大声を出してしまう。それと同時に、魔王軍の看護服を纏った姿に思わず見とれた。
看護服は異世界の
慣れぬ異文化姿をじっと見つめられ、キスカは少し恥ずかしそうにする。
「驚いたな……。だがこれでよくわかったぜ、キスカが戦わずに済む理由が」
「もしかしたら魔法を使うより、こっちの方が性に合っているかもしれないわね。それよりヘンリー様だけど、このまま連れて帰ってもいいみたいよ」
どうやって連れて帰ろうかという話となり「昔みたいに俺がおぶって帰るさ」とユリウスが笑ってみせた。
「ところで随分と患者が多いんだな。全部魔王軍の魔物なのか?」
「いや、今は魔王軍の魔物はいないよ。ここに居るのは人間さ」
「軍師様……」
正直に応えたアルムにキスカが心配そうにするも、後で話そうとしていたことだからと話し始めた……。
…………
「じゃあ、ここに居る人間は全員……!?」
「そう。ヴィルハイムにあった採掘場で働かされていた人間たちさ」
アスガルド大陸北部、ヴィルハイム領でありながらグライアス領が仕切っている秘密の採掘場。そこで強制労働させられていた人間を全員救出し、ここへと運んで治療していたのである。運び込まれた人間は、例外なく鉱毒病を
「残念だけど手遅れで死んでしまった人も居たわ。元気になった人は他の所で自給自足の生活をして貰ってるの。まだ処遇は決められていないけど、いつか元の村や街へ帰してあげられそうよ」
「労働者はグライアスやエルランドから連れてこられたみたいだ。ヴィルハイムの人間も僅かだけど居たよ。皆、魔法で精神汚染され逆らえなくされてたみたいだ」
これもラフェルの仕業だろうと、アルムは確信していた。そしてグライアス領とラフェルの仲介をする人物として、豪商ドルの存在を挙げたのである。
ユリウスはそいつを捕まえ法廷に突き出すと
「元々あの場所は王都バルタニアの
無論、問題を先送りにしていた自分にも責任はあると、ユリウスは付け加える。
「もしヴィルハイムの奇病の原因が鉱毒によるものなら、ここの患者に施している治療法が有効かもしれない。必要なら資料をそちらへ渡すけど、どうする?」
「……何から何まで世話になりっぱなしだな。さっき補佐官の言ってた協力要請とやらがますます怖くなってきたぜ。その辺り、手柔らかに頼むぜ?」
そう言いユリウスは、寝ているヘンリーを背中におぶる。
キスカを正面に構えると、おもむろに手を取った。
「じゃ、俺は帰るぜ。キスカ、まだお前がラフェルのおっさんのせいで肩身が狭い思いをしてるなら、自分を責めるようなことをしているならもう止めるんだ。お前は悪い魔道士の魔法にかけられ悪夢を見させられていたんだ。……待っていろよ! 俺がきっと白馬にまたがり、お前を迎えに来てやるからな!」
「や、やめてよそんなこと人前で……!」
慌てて顔を背けるキスカだが、握られた手を振り払おうとはしない。
ユリウスが「女はこう口説き落とすんだ」とばかりにアルムへ片目を
真似できないし、真似しようとも思わないなとアルムは絶句するのだった。
『診療室でイチャコラしてるやつは誰だ!? 用が済んだらさっさと出てけ!!』
緊急用のスピーカーから大声が聞こえた、ココナの声だった。
次の日のヴィルハイム城。ユリウスは広間に大勢の騎士を集めた。グライアスの策にまんまとかかり、ヴィルハイム騎士団へ剣を向けた者らを裁くためである。
「お前たち、言い残すことはあるか?」
「ありません。どうかお裁きを」
昨日遅くまで取り調べを受けていた騎士ガストンらは、
「兄上、お待ち下さい!」
他の騎士に支えられるようにして、ヘンリーがユリウスの前に出たのだ。
そして満身創痍の姿でひれ伏しているガストンたち同様、ヘンリーは跪く。
「この者たちは人質を取られ、騙されていたのです! この度の騒動の責は全て私にあります! どうかこの者たちの家族の分だけでも、私に罰を背負わせて下さい!」
(ヘンリー様……)
騎士たちがざわめく中で、ユリウスが下した裁きは……。
「ヘンリー、お前には謹慎処分を言い渡す! 他の者は禁固刑の後、直ちに職務へと復帰するように!」
お咎めなし同様の裁き下すと、ユリウスは続けた。
「ヘンリー、もう捕まってるのは懲り懲りだろう? それとガストン、確かにお前は騎士団を裏切り剣を向けたかも知れん。しかしヴィルハイム騎士団二万の兵に対し単騎で突っ込み、バッチカーノへと挑んだ勇気は評価する。その勇猛さを、今度は本物のヘンリーのため発揮してはくれないか? 他の者らも同じだ」
この言葉に跪いていた者たちは一斉に顔を上げた。
「……何とありがたきお言葉……! この身
「兄さん……ありがとうございます!」
この裁きに周囲からは自然と拍手が起こった。
裁きに異議なしという反応である。
「そう言えば皆聞いてくれ。今度ヴィルハイムは監査が入ることになっちまった。俺は不用意に城から出れなくなったし、訓練を含む活動も制限されちまうと思う。こうなったらいっそのこと、ヴィルハイム領みんなで謹慎と洒落込むか?」
冗談めいた冗談でない言葉に、騎士たちは笑い声を上げるのだった。
一方でその数日後、アルムは魔王城の転移魔法陣にてある実験を試みようとしていた。
ソフィーナの手紙の文章を解読した結果、王都バルタニアとグライアス領の
これがもし本当なら、グライアス領本土へ直接攻撃を掛けられる!
「罠の可能性もありますぞ。もはやソフィーナは魔王軍ではありませぬ
「余は爺を行かせることを勧めよう」
「……シャリィ、そろそろラムダさんをいじめるのはやめようね」
話し合いの結果、一人の黒魔道士が名をあげた。
あの好奇心の塊で亜人の男性黒魔道士クロウである。
(ここで結果が出せれば、僕はもっと評価されるはずだ! 魔王様! セレーナさん! 僕の活躍を見ていて下さい!)
意気込み上司へと笑顔を見せるクロウ。どうやら出世欲も強いようだ。
だが、セレーナ本人からは変な目で見られてしまった。
「回路問題なし、設置位置入力完了……いきますよ!」
壁のレバーを思い切り下げ、魔力を魔法陣へと込める。
しかし、魔法陣の色が変わることはなかった。
壊れているのかとガチャガチャレバーを上下させるも、まるで反応がない。
クロウは最後に自分で魔法陣へと立ち、転送を試みる。姿が消えしばらくすると帰ってきたが、グライアスではなくヴィルハイムへ転送してしまったと報告した。
「近くに人が居たので聞いたら、変な顔をされ騎兵隊を呼ばれそうになりました。 私が犯罪者にでも見えたのでしょうか……全くこれだから
「心外ですな。我々はちゃんと解読致しましたよ? 軍師殿のお墨付きです。日付も時間も設置地点もしっかり書いてありました。暗号の筆跡までソフィーナ嬢本人と断定できた次第にございます、ハッハッハッ」
こちらに抜かりなし、とデーモンは高笑いを響かせる。
「やはり人間は信用ならぬということだな。アルムよ、お前は
「ソフィーナはそんな奴じゃない! きっと向こうにも事情があったんだ!」
シャリアとセスが言い争う中で、アルムは黙って考えていた。手紙はユリウスが直接ソフィーナから手渡されたと聞いている。そこに第三者の介入は考えられないし、ユリウスが手紙をすり替えたとも考えにくい。
ソフィーナが騙すために渡したとも思えないし、思いたくもなかった。
第一そんなことをするメリットがなにもないじゃないか……。
(──っ!! まさか!?)
アルムの脳裏へ、一人の人物像が
それはいつかセルバで見た像の一体。
勇者の仲間であり、神具「真実の目」を持つ僧侶「アルビオン」の姿だった。
第十六話 忠義は誰がために 完
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