騎士団への誘い

 

 会議室にてアルムはユリウスに座って待つように勧める。自分も定位置に座って暫く、いつもの傍若ぼうじゃく無人ぶじんな会話が聞こえてきた。


「なぜ巻き込む! 貴様らで始めたことだ、貴様らで勝手に進めればよかろう!」


 食事を済ませ、少しくつろごうとしていたところで呼び出されたのだろう。

 我らの魔王様がご立腹の様子で、補佐官に連れられ入ってきたのだ。


「シャリィ、申し訳ないけど協力してくれないか? 今からユリウスがバルタニアであったことを教えてくれるんだ」


「……すぐに済むのだろうな?」


「今後の魔王軍にとって重要な情報ですぞ、しっかりとお聞き下さるよう……」


 ラムダ補佐官の言葉を耳に入れようとせず、シャリアはそっぽを向く。


「そ、そうだ。紹介が遅れたけど、ラムダさんはユリウスのことは知ってるよね? ユリウス、シャリアの隣に居るのがラムダ補佐官。今回の影の立役者さ」


 アルムから紹介され、ユリウスは改めてラムダ補佐官を見た。


(……この爺さん、亜人というより魔物だよな? 一体何の魔物だ?)


「いや、俺も憶えているぞ。確かセルバの教会で会っている筈だ。そうか補佐官殿だったのか。今回は俺が留守の間、色々と世話になってしまったようだ。騎士団を代表して礼を言わせて貰いたい。……立場上認めたく無いが、騎士団は魔王軍から多大な恩を受けてしまった。この事実は曲解きょっかい無く受け止めさせて頂く」


 これにラムダ補佐官は深々と頭を下げる。


「いえいえ、手前はさほど大したことをしておりませぬ。ユリウス殿やアルム殿の行動力と決断が実を結んだのでございますよ」


 この親睦しんぼくムードをぶち壊そうとする者あり!


「ユリウス、この外道めにだまされるなよ? こやつは不可侵協定のちぎりを破り、密かに監視や工作を送っていたのだ! そこに恩など生まれるものか! 重大な協定違反であるから持って帰って煮るなり焼くなり好きにせよ!」


 ラムダ補佐官は見開いた目玉が飛び出しそうになった。


「おいシャリィ!? ……ごめんユリウス、ちょっと席を外してもいいかな?」


 シャリアを連れ出し作戦タイムを取ろうとするアルム。

 これにユリウスは大声を上げ笑い出した。


「ははははっ!! ……いやいや、そちらの魔王様は相も変わらずバッサリと言ってくれるな! 清々しくて気持ちがいいくらいだ! ……まぁ確かに、その辺り俺も少し疑問は感じた。だがヴィルハイム領からグライアスといううみを出し、弟を救ってくれた事実は差し引いても大きい。だから俺から特に問い詰めることはしないさ」


 寛大かんだいな言葉を受け、胸をで下ろすラムダ補佐官。


「……ははは、そう仰って頂けると恐縮でございます。手前の方でも説明が不十分だったことはお詫びせねばなりますまい。そちらへ送った者たちは全て撤退させており、今後このようなことが無いように致しますので、どうかお許しの程を……」


「ふん。命拾いしたな爺よ」


 この魔王、魔王軍の最高指導者にして、敵なのか味方なのか……。


(でも、シャリアの言うことも筋が通らない無いわけじゃない……)


 タオルで冷や汗をぬぐう補佐官を見てアルムはそう思った。今回良い方向へ転んだから良いものを、不可侵協定を結ぶ裏でスパイを送り込むなどとんでもない事だ。今までのラムダ補佐官の行動全てがユリウスのうつわを測りきった上でのことなのだとしたら、余程の勝負師か相当なタヌキである。


「よし。じゃあ、今日あったことを話せばいいのか?」

「うん。でもその前に、持ってきた例のものを出して欲しい」

「先日アルム殿の話にあった悪魔の契約書ですな」


 ユリウスは持ってきた契約書をテーブルに置き、隣にアルムも自分で持っていた契約書を置いた。全く同じ内容が書かれた契約書は、不思議な力によって血判ごと文字が消えていったのだ。


 魔王軍側がソフィーナを引き渡す。

 ユリウスが王都の会議でラフェルの蛮行ばんこうを公表する。


 二つの契約内容が満了され、再び白紙へと戻ったのである。


「……よし。では会議であった内容を詳しく話して欲しい」


 こうしてユリウスはバルタニアでの出来事を話し始めた。


 ジョシュアにソフィーナを屋敷に帰させたこと。

 勇者ノブアキが現れ、魔王軍とヴィルハイム騎士団の関係を公表されたこと。

 反論するも、証拠としてファーヴニラに乗った写真を提示されたこと。


…………


「ちょっと待って! ファーヴニラの写真って何!?」


 ここでラムダ補佐官は録音機を一旦止め、ユリウスは会議で配られたという写真の複製を取り出した。そしてアルムの病を治すため、ファーヴニラの背に乗り材料を取りに行った日のことを説明し始めたのだ。


 アルムとラムダ補佐官はグライアス上空を飛行したと聞かされ、真っ青となる。


 一方でシャリアは写真を取り上げ、不思議そうに眺めた。


「これが異世界の『写真』というやつか。勝手に自分の姿を絵に写し取られるのは気分が良いものではないな。やはり人間は異世界であっても下劣な種族には変わりないようだ。……が、しかしこれはよくできているな。余が貰っておく」


「おい、それ一枚しか無いんだ! 流石にやるわけにはいかない!」

 

うるさいやつだ。アルム、複製機で複製してやれ。ユリウスにはそれをやる」


 どうやら二人とも魔黒竜の背に乗っている自分の姿を部屋に飾りたいらしい。

 しかし今はそれどころではない。これは大変な問題だとアルムは確信する。


「……アルム殿、ひとまず今は先を聞きましょう」

「そうだね……。ユリウス、続けてくれ」


 再びユリウスは話始め、ソフィーナが議場に現れたこと、ラフェルの悪行を公表したこと、勇者ノブアキが「魔王城は砂漠にあり」と発表し、グライアスとともに魔王城を攻撃すると宣言したことを報告した。


「……と、まぁこんなところか。なによりエランツェル議長と協力関係を得られたのはでかい。今後バルタニアの議会は大きく動いていくことだろう……。おっと、忘れるところだった。ソフィーナからお前に渡すよう頼まれていたんだった」


「僕に?」


 手紙を渡され中を開けると白紙が一枚、何も書かれてはいない。他に何か入っていないか封筒を覗くと、内側に模様のようなものを見つけた。


(これは異世界の『漢字』!? ……意味不明だ……まさか暗号化を!?)


 そう言えば以前、アルムはソフィーナを図書室へと案内したことがあった。何にでも興味を示すソフィーナのことだ。異世界の文字を覚え、暗号としてアルムに送ってきたとしてもおかしくはない。後でデーモンたちに解析を依頼しよう。


「話は終わったか? 後日会議を開き内容を改めるぞ。余はもう休む」


 疲れていたのか、シャリアはさっさと出て行ってしまった。

 ラムダ補佐官は諦めていたのか、それを何も言わず見送る。


「……はぁ。ではユリウス殿、一旦こちらで話し合い、決まったことを後日そちらに報告へ参ります。戦闘の支援要請をすることはないでしょうが、何らかの協力を依頼することはあるかと思います。そちらの都合は如何ですかな?」


「わかった、報告を待とう。だが今回の会議でヴィルハイムは調査を受けることになってしまった。こちらができることは限られていると思って頂きたい。……ところで、ヘンリーはいつ帰して貰える?」


「もう少々で治療が終わるかと。連絡を寄越すことになっておりますので」


 ラムダ補佐官がそう言うと、ユリウスは座ったまま背伸びした。


「そうか……。ふぅ……話し疲れたぜ。アルム、どこか眺めのいい場所はないか? 俺も外の空気を吸って休みたい」


「わかった、案内するよ」


 立ち上がったアルムに、ラムダ補佐官が目で何かを訴えてくる。これにアルムは「大丈夫だよ」と片目を閉じ、ユリウスを連れて出て行くのだった。



…………


「はい、着いたよ。外が一望できる中々にいい場所だろ?」


 連れてこられた場所にて、ユリウスは思わずズッコケた。


 そこは魔王城の四基ある塔の中で一番低い塔の中だった。確かに窓から外をのぞむことはできるが、そこには暗闇の山林が広がっているばかりだ。この景色から城の全体像や大きさ、何よりもここが大陸のどこ辺りかを特定するのは不可能だった。


 アルムはにこにこしている。ユリウスの魂胆こんたんを見抜いていたのだ。


「まぁ確かに眺めはいいな。だが砂漠にしちゃあ随分と木が多くないか?」

「城がオアシスの真ん中にあるのさ。いい場所だよ」

「……わかったわかった! 俺が悪かったよ!」


 そして折角来たのだからと、窓に腰掛け二人は談笑だんしょうを始めた。


「……というわけさ。昨日の今日で急に現れたもんで俺もびっくりだ。後から聞いたが、髪はウィッグ(かつら)だったらしい。ルークセインの野郎に確かめさせろとか言われてヒヤッとしたぜ」


「あはは。でもソフィーナはお父さんの許しを得られて戻れたんだね、よかった」


「まぁな……ところでお前も親父を探しているんだったな。その後はどうだ?」


 これにアルムは、表情に影を落とした。


「……探しては貰ってるけどね。……ノブアキの言う通り、異世界に帰ったんじゃないかって、改めて思い始めているところさ」


「そうか……」


 するとユリウスは、急に神妙な顔つきでアルムの腕をつかんだ。


「ユリウス?」


「アルム。今から魔王軍を抜け、騎士団に来ないか?」


──引き抜き!?


 掴む手に力が込められている。本気だという表れなのだろう。


「今からヘンリーとキスカも連れてここを抜け出すんだ! このままずっと魔王軍に居てみろ! いつか俺たちは殺し合わなくてはならん!」


「……」


「アルム、ここを出て俺と一緒に世界を変えよう! 勇者ノブアキとグライアスをぶっ潰そう! 俺とお前なら必ずできる! 必ずだ!」


 しかし、アルムは黙って首を振った。


「……ユリウス、残念だけど僕は君の期待に応えられそうにないよ。僕はこの場所だから自分の力を発揮できるのさ。それに僕は元々大勢の人間の前に出れるようなたちじゃない。ここから出ていったら、きっと何もできない役立たずになるだろう」


「何言ってやがる! 俺の目に狂いは無ぇ! お前は本物だ! 俺が保証する!」 


「ありがとう。でもごめん、僕は行けない。今の僕は様々な人たちの色々な思いの結果があって、ここに存在してる部分もあるんだよ……だから僕は行けない。もし君がキスカの身を案じて言っているのなら安心して欲しい。どんな状況となっても彼女を戦の前線に出すことはない。それは僕が保証できるよ」


 納得してくれたのだろうか。

 アルムを掴んでいた手から力が抜け、離れていった。


「……そういうことか。つまりお前は、本気であの魔王娘にれてるってのか」


「いっ!?」


 やぶから棒に痛いところを突かれ、アルムは顔を真っ赤にした。


「いいんだぜ、俺とお前の仲じゃないか。男が女に惚れるのに理由なんかいらねぇよ。ただその……女として見る相手かどうかその辺ちょっと……まぁ、がんばれ」


「……えとね、ユリウス。この城での会話は全部筒抜けだと思っていいよ」


「!? ばっ……お前っ! そういうことは早く言えよ! ……あーあー!! いやぁ、この魔王軍のシャリア嬢は大変将来性に見込みがあるな! あと十年も経てばさぞや美しく聡明そうめいな魔王となられるだろう!! 」


 ユリウスは急に窓から顔を出し、心にもないことを叫び出したのである。


 次の瞬間、窓の外から光が差し込み飛び込んで来た!


「うわぁっととっ!? なんだ、お前か……脅かすなよビビっちまったぜ」


『なんだ、じゃないっての! 折角お前の弟が完治したから呼びに来てやったのに! 大体お前らこんなところで何やってんだ!?』


 光の正体はセスだったのである。


「それとユリウス、お前正気か? あたしだったら天と地がひっくり返ってもそんな冗談は絶対言わないな……。お前も一緒にて貰った方がいいんじゃないのか?」


 セスの言葉に、二人は苦笑するしか無かった。

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