ユリウスの涙


 吹雪の中で振り向くと、そこにアルムが立っていたのだ。


「その先へ進むな! 爆弾が仕掛けられている!」


「っ!?」


 ユリウスは思わず足を止め、雪の積もった足元を見る。

 躊躇とまどっていると、今度はアルムのフードからセスが飛び出した。


「それにそいつはお前の兄弟なんかじゃねぇ! 嘘っぱちの偽者だ!」


「に、偽物!?」


『兄さんっ!』


 聞き覚えのある声を探すと、亜人のエリサに支えられて男が現れた。ボロボロの服をまとったその男は、ゲッソリとせ細り、立って歩くのがやっとのようだ。


 そしてユリウスの方を向くなり、男が叫び出す。


「兄さん! 僕だ! ヘンリーだ!」


「ヘンリー……だと……!?」


「僕は長い間、そいつらに捕まっていた! でも兄さんの友達が助けてくれた!」


 ノッカーのグラビオたちがグライアスの管轄かんかつである鉱洞こうどうを探索したあの日、奥で捕らえられていた一人の人間を発見したのだ。その男こそが今ここに現れた本物のヘンリーだったのだ。


 二年前に妻のマリウを迎えた際、捕らえられて偽者とすり替えられていた。

 急にユリウスへ顔を見せなくなったのは、そんな経緯いきさつがあったのだ。


「ならそっちのお前はグライアスの者か!? よくも俺の弟をなぶってくれたな!」


 ユリウスに睨まれ、ヘンリーとマリウは「しまった」という顔をするも、すぐに居直る。


「何を言われるのか兄上! そんな臭い芝居にだまされるとは、やはり貴方は魔王軍に丸め込まれてしまった! 私が本物のヘンリーだ! 兄上はヴィルハイム家のあかしをお忘れか!? 当家に生まれし者ならば手放すことを許されぬ、この証を!」


 そう言って偽ヘンリーは、大きな銀色の飾りをかかげる。


 守護神ギースハルトの加護を受けたその証は、ヴィルハイム家に生まれた者だけにしか与えられない。世襲せしゅうを貫いてきた当家にとって血を引く証になると同時に、おさぐ資格の証明でもあった。


 これを聞いた本物のヘンリーは、偽者の声をかき消すかに笑い出す。


「それは偽物だ! 僕が本物を持ち歩いてるとでも思っていたのか!? あぁそうか、本物が見つからなくて僕を生かしておいたんだったな! 」


 唐突とうとつにヘンリーは隠していた小剣を抜く。


「……兄さん、本物は僕と兄さんしかわからない場所にあるよ。……そしてこれが兄さんに今しめせる、僕が僕であるその証だっ!!」


 ヘンリーはエリサから離れ、自分の胸に小剣を突き刺したのだ!


「っ!! ばかやろぉぉぉっ!!!」


 この瞬間、ユリウスは我を忘れ敵に背を向けてしまっていた。弟に駆け寄ろうとしたところへ、背をかがめたマリウが信じられない速さで忍び寄る!


ガチンッ!


(──っ!!)


 殺気を感じ振り向くと、マリウのアサシンダガーを小刀で受けるエリサの姿が!


「……へぇ?」

「くっ……!」


 薄暗い吹雪の中、激しい火花が撒き散らばる。

 お互いに武器の刃が砕けると、今度はつかみ合いとなった。


「早く、ヘンリー様のところへ!」

「あ……あぁ!」


 人知を超えた動きに目を奪われるも、我に返るとヘンリーへと駆け寄った。


 ヘンリーはアルムに抱き抱えられ、セスに回復魔法をかけられていた。

 しかし効果は見られない。見る見る小剣の刺さった胸を赤に染め上げていく。


「血が止まんないよ!」

「僕も手伝う! 続けて!」


 信じられない、信じたくない光景を目の当たりにし、ユリウスは声を失う。


「兄さ……」

「っ!!」


──俺を呼んでいる……!


「……ヘンリーッ!」


 伸びてきた弟の右手を、ユリウスは両手で握り包んだ。


「何故だ……どうしてお前は……!」


「自分に……罰を与えた、んだ……。兄さんの……足手まとい……ばかり……」


「……もういい。 ……もういいんだ!」


 声を震わせ弟の顔を覗くと、閉じていく瞳が涙をつたらせていた。


「……俺がお前に足手纏いだなんて言ったことが一度でもあったかっ!? ヘンリー頼む……お前まで俺を置いて行かないでくれ! 目を開けろよ……!」


 呼びかけも虚しく、弟の体から力が抜けていくのが伝わってきた……。


 その一方、エリサとマリウはつかみ合いとなったまま硬直こうちょくを続けていた。エリサは大人一人くらいなら簡単にねじ伏せてしまう。それに互角以上の力を見せる人間の女が存在していたとは……。


(……まさか、この人!?)


 エリサが何かに気付いた時、決着は意外な形でついた。


『……作戦は失敗だ! グライアスに栄光あれ!!』


 状況を眺めていた偽ヘンリーからの叫び声!


「……時間切れね。さようなら」


「────っ!!!」


 マリウがにっこりと微笑ほほえんだ瞬間、大爆発が起こった!


「うわぁぁっ!?」

「うおぉぉぉぉ!?」


 ユリウスが最強の盾を構える暇もなかった。誰もが思わず目をつむり、その場から動けずに死を覚悟した。

 だがしかし、爆発の衝撃は一向に襲ってこなかった。そればかりか冷たい風すら感じない。恐る恐る目を開けると、見えない壁が爆風を防いでいたのである。


(これは一体……?)


 ユリウスの神具の力ではない。本人もこの状況に驚いている。

 やがて風によって辺りが晴れ、高見台が視界から完全に無くなっていた。


(そんな……エリサは!?)


「アルム! 危ないよ!」


 セスの言葉を背に受けながら、アルムはエリサの立っていた場所に近づく。床ががけと化しており、当然人影などどこにも見当たらなかった。


「エリサーッ!!」


『私なら無事です』


 声に驚き足元を見ると、床を掴む人の手らしきものがあったのだ。


「エリサ! 無事だったんだね!? よかっ───」


 い上がろうとするエリサへ一旦手を差し伸べるも、アルムは思わずその手を引っ込め、身を引いてしまっていた。


「……エリサ……君は……」


 自力で這い上がってきたエリサは服が破れ、全裸に近い状態だった。

 顔が無残に崩れ、胸から腹にかけ臓物が見えている。左腕は完全に無かった。


 やがて激しく流していた血は止まり、傷が信じられない速度で修復されていく。


「……見ないで下さいませ。産みの親がわからないほどにゆがんだ血……そしてむべき呪われた身体です……」


 亜人は混じった魔物の血が特徴としてその身に現れる。極稀ごくまれに多くの血が混ざり過ぎた結果、自身すら何者か認知にんちできない者まであったのだ。


「……ご、ごめん!」


 悲しそうな目を向けるエリサに、アルムは上着を渡すと後ろを向く。

 そして向いた先も、息絶えた弟の前で泣き崩れるユリウスの姿……。


(……)


 掛けるべき言葉が何も浮かばない。

 目を閉じ、歯を噛みしめることしか自分にはできないのか……!


「軍師様、まだ助かるかも知れません。急いで魔王城に運びましょう」


「──っ! そうかっ!」


 エリサの言葉に、アルムは持っていた帰郷ききょうの羽を取り出す。


「エリサ、セス! 頼んだよ!」


 帰郷の羽を手にした二人は、ヘンリーの体とともに姿を消した。


「っ!? ヘンリーをどうした!?」

「ユリウス、落ち着いて聞いてくれ。君の弟は治療のために魔王城へ運んだ」

「魔王城だと!?」


 ユリウスへ、魔王城にはどんな怪我や病でも治せるすべがあると説明していると、城の中から大勢の足音が聞こえてきた。


「ユリウス様! ご無事でしたかっ!」

「軍師様はっ!? ……あぁ生きてた……よかった……色々な意味で……」


 爆発に驚き様子を見に来た騎兵たちとセレーナだった。幸いなことに爆発による死者は出ていないという。事前に情報を得ていたアルムが城から離れるように触れ回っていたからである。

 事情を飲み込めたユリウスは涙を隠すように気合を入れ、念の為に行方不明者がいないか確認するよう騎兵らへ命じる。


「それとまだグライアスの間者かんじゃが隠れているかも知れん、疑わしい奴は残らず捕らえろ! ……それからアルム、頼みがある。俺も魔王城へ連れて行け 」


 魔王の機嫌が心配なセレーナ。

 驚き反対しようとするも、先にアルムが頷いていた。


「わかった。でも先にヴィルハイム城へ戻ろう」



 それから三人はヴィルハイム城を経由けいゆし、魔王城内の魔法陣へと転移した。

 セレーナは魔王と補佐官に伝えてくると言い残し、先に行ってしまった。


「暗いから気をつけてね。城の魔物に出くわしても相手をしちゃいけないよ」

「流石に俺も馬鹿じゃねぇ。……ところで、ヘンリーはどこだ?」

「医療室だと思う。キスカも普段はそこにいるんだ。でもまずは……」

「わかっている、大丈夫だ」


 ユリウスを魔王城にまねいた理由はヘンリーの見舞いではない。王都バルタニアで行われた会議の内容を報告して貰うためだ。


 二人は階段を登り続け、普段会議を開く部屋の階層まで辿り着く。幸いここまで魔物に出くわすことはなかった。しかし着いて早々、正面から歩いてくる者が。


「そこにいるのは軍師か?」


 頭から大きな耳を生やした白衣の亜人、医療班班長のココナだった。


「ココナ先生! さっき運んだ患者の容態ようだいは!?」


「先生と呼ぶなっ! ココナでいいと言ったろ! まったく看病してやった患者を連れ出した挙げ句、死体で帰してくるとはどういうことだ!? ……まぁ連れてきたのが早くてさっき息を吹き返したがな。今は例の機械に入れて治療中だ」


「そっか……よかった……」


 どうやら医療のことになるとうるさくなる人物のようだ。

 命に関わる役職上、医者というのはそういうものかも知れないが……。


「正直危なかったぞ、急所をかすっていたしな。ところでそっちは確か……」


 ココナと目が合った瞬間、ユリウスは頭を下げた。


「……先生、この間は大変無礼な口をきいたこと、深く反省しております。どうか俺の弟を助けてやって下さい、この通りです!」


「あ、あんた領主だろ!? 頭なんか下げるな! あたしがキスカにうらまれるだろ!」


 奴隷身分だったココナからすれば、領主は雲の上の存在に等しいのだろう。

 大丈夫だから心配するなと声を掛け、慌てて行ってしまった。


「よかったね、ユリウス」

「……あぁ……よかった……本当に……へへっ……」


 嬉しさで再び目頭が熱くなり、ぐっと堪えるユリウス。

 それを見て、アルムにも心に響くものがあった。


(僕には弟が居ないからわからないけど、血の繋がった者同士というのは感じ方もまた違うのだろうか。父さんや母さんやセスとも違う、僕の知らない存在か……)


 自分には無いものを持つユリウスのことが、アルムにはうらやましく思えた。

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