帰郷、そして……


 ユリウスが帰る準備を済ませ部屋を出たところ、朝の呼び出し男と鉢合わせになった。


「ユリウス様、エランツェル議長がお呼びでございます」


「エランツェル卿が? ……こんな時に一体何だ?」

「至急参られるように、とのことです」


 こちらが急いでいることは向こうも承知のはずだ。違和感を感じつつ、丁度部屋から出てきたジョシュアを連れて男について行くことにした。

 通路を歩きながら、同じ制服の者が多く目に止まる。この男と同様議会堂に務める職員たちなのだろう。小声で話し合っては、慌ただしく行き交っていた。


「なにかあったのか?」


 どうやら転移装置に不具合が起き、原因究明中とのことだ。急いでいるところへ更に追い打ちをかけるような事態にイライラをつのらせるも、エランツェル卿へ挨拶あいさつする時間くらいはできたかな、と考えることにした。


「エランツェル卿が何の用事なんでしょうね……。まさかソフィーナを連れ去った犯人が俺だと思いこんでるんじゃ……」


「お前なぁ、会議の最中に寝てたのか?」


 歩きながら杞憂きゆうを始めるジョシュア。戦場ではケロッとしてるくせに妙なところで臆病なのだ。そこへ呆れながらからかっていると、議長室へ着いた。


「どうぞ」


 入るとすぐに鍵を掛けられる。

 そして、ユリウスは思わず声を上げた。


「エランツェル卿! それにソフィーナ!?」


「ユリウス君! 無事だったのかね、よかった……!」


「無事だった、とは?」


 職員たちに囲まれ座っていたのはエランツェル卿。そしてとうに帰ったとばかり思っていたソフィーナがそこに居たのだ。二人は驚いているユリウスらを見るなり近づいてくる。


「まずは私からお礼を言わせてくれ! 話は全部聞いたよ、娘を助けてくれてありがとう! 君たちは私たち親子の恩人だ!」


「い、いえ。こちらこそ会議では便宜べんぎを図って頂き、感謝の極みです」


「ユリウス君……いや、ヴィルハイム卿。いつの間にか親父殿たちを超え、一人前となっていたのだな。会議で発言する姿には私も震えた、実に見事だったよ」


「ユリウス様、本当にありがとうございました」


 手を取り礼を言うエランツェル親子に、ユリウスは思わず目頭が熱くなった。

 ようやくこれで恩返しすることができた。自分のやってきたことが今、この瞬間報われ認められた……そんな思いで胸が一杯だった。


「お父様、こちらが士官学校時代の同級生ですわ」

「え、あっ……」

「そうか君がロスボード家の……ありがとう、娘が世話になったね」

「め、滅相もありませんでありますっ!」


 緊張しすぎて挙動のおかしいジョシュアへ、ソフィーナが手を取る。


「ジョシュ、料理屋は開けそうにないけど、またいつか遊びに行きましょうね」

「はっ! 確かにうけたまわり……えぇっ!?」


 顔を染めて慌てるジョシュアに、皆は大笑いする。

 緊張が解けたところで、エランツェル卿は厳しい表情に変わった。


「ユリウス君、実は先ほど転移装置が壊れてしまったようなのだ。原因は人為的なもので、君らを足止めしたい人物……恐らくはグライアスの手の者の仕業だろう」


「そういうことでしたか……奴らどこまでも薄汚い真似をしやがる……!」


「全ては娘から聞いたよ。今後私はグライアス領と魔道士ラフェルについて厳しく究明していくつもりだ。彼らの非人道的な行いを、決して許すわけにはいかない。これからも困難な問題解決に向け、お互いに協力し合っていこう」


「是非とも! 願ってもないことです!」


 固く握手を交わすユリウスとエランツェル卿。この上なく強力な味方ができた。

 エランツェル卿は何度もうなづくと、職員の男から箱を受け取る。


 中を開けると、帰郷ききょうの羽が二つ入っていた。


「急いで帰らなくてはいけないのだろう? これを使いなさい」


「し、しかし……宜しいのですか?」


 帰郷の羽は人間の間で高価値な代物でもあった。そのため貧乏な冒険者らは手に入れても使わず、売りさばいて金を手にするのが常だったのである。

 だがユリウスが驚いたのはそこではない。この議会堂では帰郷の羽は持ち込みが固く禁止されていたからだ。入り口の検査で発見されれば取り上げられ、それでも持ち込みが確認されると罪に問われる代物だったのである。


「我々のことなら心配いらないよ。それと、これも返しておこう」


 呼び出し男から金貨を渡される。朝、彼に渡したはずの賄賂わいろであった。


 男は少々気まずそうだった。というのも、事前にユリウスがソフィーナを連れてきたことをエランツェル卿から聞かされていたからである。成り行きで受け取ってしまい、後からエランツェル卿に申し出たというわけだ。


「流石にこのご時世だ、もう王都では賄賂の通じる時代じゃないさ」


 そう言って笑うエランツェル卿に、ユリウスは思わず苦笑いする。


「私からはこれをお願いします」


 今度はソフィーナがユリウスに手紙を差し出す。


(この手紙をアルム様へ届けて頂けませんか?)


 やや小声で真剣な表情である。キスカではなくアルムへと言う点が引っかかったが、了承すると手紙を受け取る。そして別れを告げると帰郷の羽を使うのだった。


…………


「おぉ若っ! お待ちしておりましたぞ!」


「あ、帰ってきた……よかった……はぁ」


 城に戻るなり目に入ったのは、バッチカーノら数名の騎士に囲まれ問いただされている魔王軍のネクロマンサー、セレーナの姿だった。


 セレーナはヴィルハイム城へ着くなり、バッチカーノへと取り次ぐように頼んだのである。アルムからの指示で転移魔法をもちい、ユリウスを連れてくるためだ。

 しかし身の上を明かした途端、例の漆黒の騎士の正体について問われてしまう。なんでも捕らえた騎士の一人から「あの騎士は名誉騎士ヴォルトだ」という証言が出たのだそうだ。


 無論、あれの正体は魔王でした、とも言えずに黙秘していたわけだが……。


 騎士団側からしてみれば、とむらったはずのヴォルトが再び現れたので、さぞや驚いたことだったろう。実はセレーナの方も休戦協議の後で、ヴォルトの骨のかけらをこっそりと持ち帰っていたのである。生前の記憶がある死者を意図いと的に蘇らせることは可能なのか、実験して調べたかったのだ。

 だが実験はうまくいかなかった。ヴォルトの霊魂を再び呼び戻すことができなかったからである。偶然の産物だったためか、ヴォルトの魂が浄化されてしまったためか、それはわからない。セレーナとしては報告会でつい意気込み「新たな不死部隊を検討中だ」などと発言してしまっており、今はこちらが悩みの種でもある。


 ユリウスは騎士の鎧に着替えると、バッチカーノから事の経緯を聞かされた。


「今現在、北方騎士団は各師団長を捕縛。騎兵も取り調べのため街の外で駐屯ちゅうとんさせているところです。まさか味方同士で戦うことになるとは……。今後、こういった例の対処法も踏まえて育成訓練をしなくてはなりませんな」


「そうか、被害が少なく幸いだった。……では行ってくる。セレーナ、頼んだ」


「はい。それではノースガルド城へ送らせて頂きます」


 開放されてこれ幸いと、セレーナは転移魔法陣を作り出す。

 光りに包まれ、ユリウスとセレーナの姿は消えていった。


…………


 ノースガルドの城下町では雪が更に強くなっていた。


 転移した先は城の目と鼻の先。見ると大勢の騎兵が城の周りを取り囲んでいる。

 ユリウスが声を掛けるなり、騎兵らは驚いた様子で敬礼をするのだった。


「ノースガルドの騎士は全員投降致しました! 現在城を取り囲み、まだ中にいると思わしきヘンリー様を捜索中です! バッチカーノ将軍の話によると最上階の部屋にいらっしゃるとの事ですが、念の為にユリウス様をお待ちしておりました!」


「ヘンリーはまだ中にいるんだな!? よし、俺が行くっ!」


「ちょっと駄目よ!? 軍師様が来るまで待って!」


 制止するセレーナの声を無視し、ユリウスは城の中へと入って行った。

 会議での気疲れなど知らない。二年もの間、顔すらも合わせていなかった唯一の肉親が反旗をひるがえしたのだ。今まで堪えに堪えていた思いが張り裂け、一気に放出されたのである。


「上に登る階段はどっちだ!?」

「こ、こちらです!」


 通路を制圧していた騎兵に最上階へ上がる方法を聞く。我ながら情けない話だ。弟の居城のつくりまで忘れていたとは……。

 元々弟のヘンリーは、父親や自分とは違いグライアスに理解を示す考えを持っていた。今回はそこを付け込まれ、利用されてしまったのだろうと推測する。


(……もっとあいつの話を聞いてやるべきだった。拒絶されても目を離すべきではなかったんだ……!)


 自責の念をいだきながら、ユリウスは走り続けた。

 やっとヘンリーの執務しつむ室へと着くも、ここには居ないらしい。


 騎兵らから最上階外にある高見台だけ確認していないと聞き、ようやくその扉の前へと着いたのである。


「ユ、ユリウス様っ!?」

「この先にヘンリーがいるんだな!?」

「は、はい! しかしこの先は危険です! 我らにお任せを!」

「いいからどけっ!!」


 止めようとする騎兵を振りほどき、扉を蹴り破ったのだ!

 その瞬間、吹雪が城の内部へと吹き込んでくる!


「誰もついて来るなよ! これは俺たち兄弟の問題だ!」


 剣をたずさえ、最強の盾を構えながら吹雪の中を歩いて行く。

 真っ白で何も見えないその先で、二人の人影を見つけた。


「ヘンリィィィ────っ!!!」


「これはこれは兄上みずから。ご機嫌うるわしゅうございます」


 この吹雪の中で凍える様子もなく、ヘンリーとその妻マリウが立っていた。


「答えろヘンリー!! 何故裏切った!? 何故大勢の騎士たちを惑わせ、騎士団へと剣を向けさせた!? そこの女にそそのかされたのか!?」


「まぁ兄上様! なんと酷いことを仰るの!?」


 マリウがそう言うと、ヘンリーは笑いながら応える。


「裏切る? そそのかされた? 何を言われるのか。それは魔王軍と手を組んだ兄上、貴方の方ではありませんか? 騎士団はおろかアスガルドそのものに対する反逆ではありませんか!」


「俺はアスガルドに反逆するつもりはない! 魔王軍と協定を結んだのも大陸をむしばむグライアスに対抗するためだ! ルークセインに魂まで売ったか! ヘンリー!!」


 ユリウスは叫び、話し合いが無駄だとわかると剣を抜いた。

 無二の弟を法で裁かせるのでなく、せめてこの手でほうむろうとしたのだ。


(許せ、弟よ……!)


 幼少期の思い出が走馬灯そうまとうのように浮かんでくる。病弱な弟を城から無理やり連れ出し、父から嫌というほど拳骨げんこつを食らわされた。それでも弟からまた連れて行って欲しいと頼まれ、笑い合ったあの日……。もう、あの日の弟はここにいない……!


──兄さんっ!


「うおぉぉぉっ!! ヘンリィィィ──!!」



「ユリウスッ!! そいつに近寄るなっ!!」


 剣に力を込め飛びかかろうとした時、後ろからアルムの声が聞こえたのだ。 

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