勇者の決戦宣言


 時、同じ頃王都バルタニア議会堂では。ユリウスの証拠提示に対するノブアキの答弁を、誰もが固唾かたずを飲んで待っていた。


 大魔道士ラフェルが行ってきた愚行の数々、そのラフェルと血縁者の疑いがあるグライアス領領主ルークセイン……。一体どんな言い逃れをするつもりなのか?


(ルークセインでなくノブアキが発言するだと? 上等じゃねぇか! てめぇの言葉をそっくりそのまま返してやるぜ! しょうもねぇ言い訳はいらねぇってな!)


 檀下だんかにてユリウスも獲物を狩る獅子のような目で見上げている。

 そして、ついに勇者ノブアキによる発言が始まった。


「……あー、先ほどヴィルハイムのユリウス君から出た話と証拠だが……」


 やや口ごもっている。

 やはり動揺しているのか。


「……実は以前から二人は似ていると私も思っていたんだ。だからルークセインと初めて会った時は本当に驚いたよ。お前たち兄弟か? ってね。だが実際にはそうでなかった。ルークセイン本人は否定したし、ラフェルからも兄弟が居たなんて話を聞いたことがない。つまり二人は他人の空似そらにということになる」


(シラ切りやがって! 腕利きの占い師に見せればわかることじゃねぇか!)


 アスガルドでは占い師が血縁者を探すことが可能であった。だが確実性について疑問視する声も多く、近年では証明までに至らないと意見が別れつつあったのだ。

 しかも二人の関係調査は行われた試しがない。こっそりと占い師に依頼した者もいたがことごとく拒否された。相手が大魔道士ともなると、術返し(術士が呪いなどを跳ね返す術)などによる報復があると恐れられたからだろう。


 異世界の知識ある者ならばすぐにDNA鑑定という言葉が出てくるだろう。しかし異世界知識を調べた有識者らは、誤った鑑定結果による冤罪えんざいの歴史からか、向こうでもまだ研究途中の分野に過ぎないという判断を下したのだ。アスガルドの医学がそのレベルに達していないこともあり、実用に向けての研究は保留とされていたのである。


「今まで誰も言及してこなかったのは、皆が彼らの尊厳を尊重そんちょうしていてくれていたのだろう。その事に関してはうれしく思う。……まぁ私はよくネタにしていたがね。『お前ルークじゃなくて本当はラフェルだろ!?』って。あっはっはっはっ!」


 ……誰も笑わない。完全にスベっていた。


「……コホン。まぁ私の言いたいのはうわさは噂に過ぎんということだよ。もし二人が兄弟だったとしても特に問題があるわけではないだろうし。領主は全て赤の他人でないといけないという法律は無いからね……無いよな? ……うん、OK。……さて、次にラフェルが行っていたという悪行あくぎょうについて話そうか」


(こ、この野郎!? うまくはぐらかしやがった!)


 ふざけているようだが誰よりも二人と面識があるため、それなりに説得力のある勇者ノブアキ。思った以上に厄介な存在だ。


「……ラフェルについて私からは、彼がそんなことをする人間ではないとしか言えない。彼と出会って三十年以上、かなりの頻度ひんどで私は彼を訪ねていたが、それでも彼の全てを知っているわけではないからだ。……何より本人がここにいないため、私には彼が潔白だと証明してやることができない……。大切な仲間一人救うことができないだなんて……不甲斐ふがいない自分に怒りすら覚えてくる……」


 発言台を掴み、頭を下げると体を震わせ始める。

 その姿に場内はしんと静まり返ってしまう。


「……だが、私は誰よりも知っている! 彼がそんな酷い奴ではないということを! ……議長並びに諸侯方、どうか彼に無実の証明をするための機会を与えて欲しい! 第三者委員会を立ち上げ調査することを強く提案したい! どうだろうか!?」


 なんと場内から多数の拍手が巻き起こったのだ。

 これにはユリウスだけでなく、エランツェル議長すらも困惑する。


「わかりました。議会の賛成多数と見て、後日調査のための第三者委員会を設けましょう。ですが現在のエルランド領はまだ安全とは言えません。安全が確認できてからの調査派遣となってしまうでしょう」


「ありがとう。もちろん調査は魔王軍を倒しラフェルが救出できてからの話だろうね。だが心配はいらない、魔王軍に関しては私の方で調べがついているのだから。諸君、魔王軍は、そこからやってくるのだ!」


 勇者の爆弾発言に、場内は驚きの声に包まれた。当然嘘なのだが……。


(魔王の城は砂漠にあったのか!?)


 ユリウスもアルムたち魔王軍がどこから来ているのか知らない。

 そのためノブアキの言葉を信じてしまっていた。


「魔王城を発見した私だったが、そこにいる魔物は予想以上の数だった。流石の私もこのままだと魔王を倒すことが難しいかも知れない。そこでだ! 今回私はグライアス領の戦力に頼ろうかと思う! グライアス領ならば異世界の技術が最も発展しており、この上なく心強い味方になるだろう! ルークセイン、どうだろうか?」


 急に壇上から話を振られ、少々驚き気味で立ち上がるルークセイン。


「はい、以前もその話は伺いました。しかし国王陛下の許可なくしては……」


 するとノブアキは発言台から離れ、傍聴席の国王を見上げる。


「国王陛下、今話した通りです! 私にグライアス領と共に魔王城へ攻撃する許可をお与え下さい! 必ずや悪の根源を断ち、再び大陸に平和をもたらすことをお約束致します!」


「……よきにはからえ。……頼んだぞ、勇者よ……」


「お任せ下さい! ……ルークセイン、君の方はどうか?」


「喜んでお力添え致します」


 この返答に勇者ノブアキは議員らに対して拍手を促す。ルークセインは場内から拍手を受け、少々戸惑いながら満更まんざらでもない表情で席に着いた。


 一方でユリウスは拍手をせず、腕を組んで複雑な表情を浮かべている。本来なら魔王軍討伐はヴィルハイム騎士団がになうべき任務だ。長としては憎い相手にお株を取られ、面目が立たない。

 しかしこれはあくまで「本来なら」の話。個人的には魔王軍と戦うわけにもいかないし、今となってはノブアキと共闘など断固としてお断りだ。


 それよりも、ユリウスが問題視した事が他にあった。ノブアキは魔王討伐という名目でグライアスを逃がそうとしている。これをどうやって阻止しようか……?

 

 そう思っていると勇者の方から話が降ってきた。


「さて、ヴィルハイム騎士団領についてだがユリウス君。百歩譲って魔王軍と手を結んでいないとしても疑わしきには変わりないことなのだよ。よって後日そちらにも調査団を派遣すべきだと思うのだが、君自身はどう思っている?」


 普通、領主や貴族がこんなことを言われたら「領地に測量そくりょうを入れる気か!」と怒鳴り散らしていたことだろう。アスガルドで調査団を領地に入れるということは、それだけ屈辱的なことだったのだ。


「ヴィルハイム領領主、ユリウス殿」


「……我が領の潔白を証明できるなら受け入れましょう。但し証拠不十分な写真を用意したグライアス側にも調査団を派遣することが条件です。調査結果次第では、私はともかくソフィーナ嬢への謝罪も視野に入れて頂きたいものですな」


 刺し違えともとれる発言に、場内がく。

 にらんできたルークセインに対し、ユリウスは意地の悪い笑みを見せた。


「それと要望ですが、先ほどお伝えしました通り今ヴィルハイムは不安定な状況にあります。調査団よりも先に、まずは発生した原因不明の奇病に対する支援措置をお願いしたい」


「……成程な。……うーん、これは私でなく議員の判断にゆだねたいが……」


 これにエランツェル議長は、グライアスとヴィルハイムを除いた議員らで、再び後日議会を開くという意見を出す。採決を取ると賛成ということで可決された。


「では近日また議会を開くということで、本日はこれまでとします!」


 議員らの質問を打ち切り、エランツェル議長は議会を閉幕させた。

 領内で謀反むほん騒ぎのあったユリウスを気遣ってのことなのだろう。


「兄貴、お疲れさまでした!」

「おっし、急いでヴィルハイムへ帰るぞ! 支度しろ!」


 慌ただしく議場を後にするユリウスとジョシュア。

 一方で勇者ノブアキは壇上から降りると、ルークセインの肩を叩く。


「すまんな、今はこれで精一杯だ」

「……」


 ルークセインはノブアキに礼を言うも、怒りは収まらなかった。

 すぐ側にいた男を小声で呼ぶ。


(奴らをヴィルハイムへ帰すな! 可能ならばユリウスを殺すよう伝えろ!)

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