好奇心の男
ヴィルハイム北部のノースガルドでは大雪に見舞われていた。当然ながら人っ子一人出歩いておらず、町全体が氷漬けにされたかのようだ。街の各家庭では当然のように熱鉱石が
日暮れ前を迎えた頃だった。
男たちの出払った騎士ガストンの家の戸を誰かが外から叩く。
『この寒さで
この寒い中で物乞いとは余程に困っているのだろう。
気の毒に思ったガストンの妻は家政婦に開けてやるようにと告げる。
そして家政婦が少し扉を開けた時、男が強引に押し入ろうとしてきたのだ!
「──っ!!」
慌てて閉めようとした家政婦だが、力では敵わずに叫び声を上げる。男は刃物を取り出すも、突然屋根から降ってきた
青いゲル状の塊に包まれた男は、ジュウジュウ音を立て溶け始める。
家政婦は更なる絶叫を上げ、急いで閉めると鍵を掛けてしまった。
「た……すけ……」
助けを求めながら骨だけになっていく相棒を見て、隠れていた別の男が半狂乱となりながら逃げ出した。その瞬間物凄い力で両肩を
『キャハハハッ!! ねぇ? 高いとこ好き? ねぇっ!?』
ハルピュイアのサディである。男は「化け物ーっ!」と叫ぶも、当然誰も気付かない。肩の骨が砕かれる音を聞きながら山の奥へと連れ去られて行った。
そう。騎士の多く出払ったこのノースガルドでは、アルムとラムダ補佐官の計画によって魔王軍が多数忍び込んでいたのである。先ほどの青いゲル状のスライムは黒魔道士によって品種改良された『アイスジェル』だったのだ。
(おい、もういいだろ! そろそろ帰るぞ!)
物影から
「あー、もしもしもしもしー? ブルド隊長っすか? こっちは終わりやしたぁ」
そしてもう一人、このコボルトとペアを組んだ黒魔道士の男がいた。
「……」
男の名はクロウ。女だらけの魔王軍亜人の中では珍しい、男性亜人の黒魔道士である。それだけでも浮いた存在だが彼自身も相当変わった性格をしていた。
人間社会に馴染めず魔王軍へとやってきたのだが、性格が災いしたのか仲間から敬遠されがちである。そんな彼の変わった性格とは……。
(……何故ここまで綿密な作戦が
魔王軍の配下ならば余計なことを考えずに命令に従っていればよいのだ。しかしこのクロウは人一倍好奇心が強く、自分が納得できないと気が済まない。
会議が開かれると内容が気になり、出席したセレーナから根掘り葉掘り聞き出してはメモをとる。おかげで彼女からはうんざりに思われていた。
(北方出身の亜人は魔王軍内に居なかった筈だ。では誰から? 人間の騎士に
ボーッとして空を眺めていると、雪の中で飛ぶ鳥を見つけた。
(あれは
(きっと誰かの使い魔だ! 人間も鳥を使い魔として扱うが、鳩は本能が強いせいで熟練者向けだと本で読んだことがある。するとこの鳩は魔王軍の……あぁそうか! どうして私はこんなことにも気が付かなかったのか!)
疑問を解決できた嬉しさのあまり、ついつい
「貴方はラムダ補佐官殿の使い魔ですか?」
すると鳩は応える代わりに飛んで行ってしまった。その様子をボーッと見送っていると、コボルトからの声が掛かる。
「……おい兄ちゃん、さっきから何してんだ?」
「えっ? あっ!」
「さっさと帰って鳩なんかよりもっといいもん食おうぜ。寒くて
「す、すいません。ただ今……」
慌てて魔法陣を張り出すクロウ。
上下関係の厳しい魔王軍、新人の彼は古参のコボルトに逆らえない。
「……しっかしよぉ、命令とは言え俺たちは何をしてんだか。一応こうして人間を襲ってはいるが結局これって人助けなんだろ? 人間襲ってるのか助けてるのかもうわけわかんなくなってきたぜ。勇者倒すのにどう関係あるんだかよぉ……」
「ははは……確かに。きっと軍師殿が立案されたのでしょうね。よくこんな作戦を
「……おいおい、おっかねぇこと言うなよな」
器用にもおしゃべりしながら転送魔法陣を張り終えるクロウ。
変わり者であっても資質は並ならぬものがあり、そこが買われているのだ。
確かにクロウの言う通り、計画を話したアルムは魔王から甘ったれだと猛反対を受けた。しかしシャリアの性格がわかってきたアルムは、うまいこと暴君の機嫌をとることに成功する。それが例の「騎士ごっこ」だったというわけだ。
軍師アルムとしては今後どうしても北方の安全を確保したかった。そのためにはヴィルハイム騎士団と休戦協定以上の強固な関係を築く必要性があったのである。
ラムダ補佐官の情報収集はその点大変有効に働いた。
本当に彼が彼の意思で情報を集めていたのか、その方法なども謎のままである。
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