冥界より馳せ参じた漆黒の魔騎士


 漆黒しっこくの鎧をまとった騎士を前にし、バッチカーノは奇妙な感覚にとらわれた。


 しかしこの黒騎士、馬は元より実に奇妙な出で立ちである。馴染みのない形状の鎧は魔法鎧の一種なのだろうか。頭をすっぽり覆ったかぶとに目の穴がなく、どこから外を覗いているのかすらわからない。


 だらりと伸びた右腕の先には、既に抜刀されたショートソードが握られていた。


「……成程、貴公がアルム殿の寄越した加勢というわけか。だがこれより行うのは騎士と騎士の名誉を掛けた一騎討ち……そこを退いて貰おう」


 老将は表情の見えぬフルフェイスの兜をにらみ、立ち去るよううながす。

 これに黒騎士は体を震わせ、低い笑い声を上げた。


「フハハハハハッ!!」


 まるで地の底辺から湧き上がるような不気味な声。しかしバッチカーノはこれにおくすることなく、むしろ顔を赤く染めて怒りをあらわにした。


「何がおかしいかっ!!」


「フハハハッ! これが名誉を掛けた一騎討ちだと? 笑止、ぬしは幻想という詰まらぬ石を金で買おうとする愚か者に過ぎぬ。己の立ち場もわきまえぬその振る舞い、配下の気苦労も目に見えるというものであるわ。その刻まれたシワは只の飾りか?」


「なにを知った口を、貴様!? 愚弄ぐろうするなら容赦ようしゃはせぬぞ!!」


 見知らぬ者からずけずけと言われてしまい、普段冷静なバッチカーノも更に憤慨ふんがいした。無礼な物言いだが返す言葉が見つからず、槍の切っ先を黒騎士へと向ける。


「引いた方が良いのは主の方ではないか? 馬もそう言っているぞ」


「……ぬぅ!?」


 言われバッチカーノは自分の馬を見た。確かに黒騎士の言う通り、馬は怯えてしまったのか動こうともしないのだ。厳しい訓練をこなしてきたはずの馬がここまで怯えるとは……。


 これでは一騎討ちどころではない。

 老将は「えい、くそっ」と槍を地に刺し馬を降りる。


「己の責務をまっとうせよ。あの騎士は俺が相手をする」 


 黒騎士は老将に背を向けガストンの方へと行ってしまった。老将は刺さった槍を引き抜きながら、一騎討ちを横取りされて悔しそうに見送る。


(しかしあの覇気どこかで……? いや、まさかな。あるわけがない……)


 剣豪けんごうは一度立ち会った相手を忘れないという。

 しかしバッチカーノは相手の正体を否定しつつ、馬を引いて戻るのであった。



 そして黒騎士は、騎士ガストンの前へと立ちはだかったのである。


「き、貴様は何者だ!? ワシはバッチカーノ将軍に戦いを挑んだのだ! お前などに用は無い! 下がれ化け物めがっ!!」


 ガストンはあせった。相手がバッチカーノでなければ一騎討ちの意味が無いのだ。


「俺に勝てばヴィルハイム城ごとくれてやろう。それで文句はあるまい?」


「……馬鹿馬鹿しい! 信じられるか!!」


 これに再び声を震わせて笑う黒騎士。


「信じるかどうかはお前の勝手だ。だが先ほどの老将を呼び出すに、お前は大方『一騎討ちに勝てば兵を引かせる』などと戯言ざれごとを言ったのではないか? それと一体何が違う? 一騎討ちに応じた老将へお前は何と言えるのか?」


(ぐうぅっ……!?)


 全てを見透かしたような言葉に、やはりガストンも何も言えず黙ってしまう。

 だがそこは近衛騎士。すぐに剣を構えると表情を変えた。


「……戦う前に名を聞こう。我が名はガストン、ノースガルドの近衛騎士だ!」

 

「俺に名は無い。俺は冥界よりせ参じた漆黒の魔騎士! 全てをさばく者よ!」


 叫ぶや否や、黒騎士はガストンへと馬をった。これに応じガストンも馬を走らせようとするが、怯えてしまっていうことを聞かないのだ。


(動いてくれ! 頼む!)


 力を入れて拍車はくしゃをかけることで、ようやく馬は動きを見せる。しかし剣を握った黒騎士は、ガストンの目前へと迫っていたのだ。


ガチンッ!!


(何と重い一撃だっ!?)


 受け流そうとして、その衝撃に驚くガストン。それは細身の剣を受けた感じではない。巨大なハンマーをまともに受けたような錯覚を受け、思わず一歩退くことをいられた。


「うおっ!?」


 しかも驚いている暇は無く、黒騎士は次から次へと攻撃を繰り出してくるのだ。その速さ、とても人間業ではなく、目で追うのがやっとだ。


(おのれ化け物めが……!)


 見たこともない剣技だった。これは我流だろうか? 素人にも見える大振りだが、時折的確な位置も攻めてくる。そして一撃はとてつもなく重く、避けながら下がる他に無い。何度も受ければ剣は折れ、突かれでもしたらいとも容易たやすく鎧を通されてしまうに違いない。


(うおぉっ!!)


 何とか攻撃のすきを見つけ、大型の剣で伸びてきた腕ごと叩き落とそうとした。

 しかしその甲冑かちゅうもこれまた堅い! まるで石を斬ったよう!

 そして叩かれた相手はひるむことを知らないのだ!


「ちぃっ!」


「どうしたガストンよ、孫ができて腑抜ふぬけたか?」


 黒騎士の今の言葉に、ガストンは思わず動きを止めてしまった。何だ? この者は自分を知っているのか……?

 いや、そんな筈はない。少なくともこんな剣技を持つ者は、騎士団の中には居なかった筈だ。きっと戯言だ!


(……化け物め! 次で決着を付け、正体を暴いてやる!)


 もうガストンに迷いはなかった。ヘンリーの命令も、家族が人質にとられていることも、今はどうでもよくなっていた。今はただ目の前の黒騎士を倒すことだけが剣を握る全てとなっていたのだ。


 突然、ガストンは大きく間合いを取ると、黒騎士に背を向けて走り出す。

 逃げ出したかと思われたその時、反転すると勢いをつけて戻って来たのだ。


「……面白い。乗ってやる」


 黒騎士も剣を下に構えると、馬を駆り走り出した。

 双方馬を勢いよく走らせ、正面からぶつからんとばかりに迫る!


(ワシの勝ちだっ!!)


 この状況の場合、右手に武器を持っている時は相手を右手にとらえるのが基本だ。しかしガストンは正面からぶつかると思われた直前、進路を相手の左側へ変えたのである。同時に武器も右手から左手に素早く持ち替えた。


 これですれ違いざま、向こうは思うように剣を振れない。しかもガストンは長い修練の末、左手でも利き腕同然に扱うことを覚えていたのだ。


(もらったぁぁぁ!!)


 すれ違う瞬間、ガストンの大型片手剣は黒騎士の首の隙間を確かにとらえた!

 だが同時に何か強い力で後ろに引っ張られ、地面に叩きつけられたのである!


「ガハッ!?」


 嫌というほど体を強打したガストン。中々起き上がれずにいると、何かが地面に転がっている。あの黒騎士の兜だった。


(やったか……? 俺は勝ったのか……?)


 淡い幻想は、耳元で聞こえる魔物の息づかいによって打ち砕かれる。


「ひっ!? あ、あ……!?」


 振り向いた瞬間、そこには火を吹く魔物に乗った首のない騎士が、馬上から剣を突きつけていたのである。その姿はまさに冥府からの制裁者そのものであった。


「勝負あったな。お前の負けだ」


「……」


 首を失った鎧から声が聞こえると、ガストンは一人の騎士を思い出していた。


 それは名誉騎士と呼ばれた、エルランド領のセルバにて命を落した男のことだ。魔王軍と勇ましく戦い散ったと、捕虜生活を終え帰ってきた部下の報告であった。


(そうか……貴殿であったか……)


 噂では亡霊となりヴィルハイム城に現れたとも聞いた。それがまさかこのような形で剣を交えることになるとは思いもよらなかった。


「首をねよ。……貴殿に討たれるなら悔いはない」


いさぎよし。迷いがあるのは剣が至らぬ証拠だ。……が、良き死合であった」


 そう言うと黒騎士は首を拾わずに、今度は北方騎士団の方へと向いた。


「目に焼き付けろ未熟共!! これが騎士の戦い方であるっ!!」


 首なし騎士は叫ぶと同時に、騎兵たちへと突っ込んで行ったのだ!


『ば、化け物だ……!』

『ひ、く、来るなっ!?』


 傍観していた北方騎士たちは我に返り、散り散りに逃げていく。そんな中、一番驚いたのはゴール秘書官だ。真っ直ぐこちらへと向かって来るではないか!


「だ、誰かあの魔物を……! あぁくそっ! ひ、ひぃっ!?」


 背を向けて逃げ出すも、その背中に剣が突き刺さる。

 その瞬間、大爆発が起こった。


 爆風が晴れると、そこに騎士の姿はどこにも無かった……。


…………


 爆発のあった地点から少し離れた場所にて。

 魔王軍のネクロマンサー、セレーナはそわそわしながら人を待っていた。


(……あ、いらっしゃった)


「出迎えご苦労」

「おつかれさまでした。お顔とお召し物が汚れていますよ」


 その人物とはシャリアであった。セレーナは布を取り出すとシャリアの顔を拭き始める。


「どうだ? 余の活躍ぶりは?」

「はい、水晶にて拝見しておりましたが、実にお見事でございました」


「当然である。余にできぬことなど無いのだから」


 められ得意になるシャリアを見て、セレーナは内心「こうしていると年相応の子供なのだけれどな」と思った。


 漆黒の魔騎士、その正体は大きさにそぐわぬ鎧をかぶった魔王だったのである。


「騎士ごっこは中々に楽しめたぞ。しかしセレーナよ、あの馬は俊足しゅんそくだったが趣味が悪くて駄目だな。先代魔王ちちうえが見たらさぞ笑うだろう。もう爆散してしまったが」


「はっ。今後の参考に致します」


「それとあの鎧も駄目だ。目を閉じ気配だけで戦うことには慣れているが、やはり体型に合ったものがよい。爺に言って見つけ出しておけ」


「……その補佐官殿ですが、魔王様を心配しておられました」

「放っておけ。近頃の爺は悪知恵が過ぎる。もっと心配させねばわからぬのだ」


 服の汚れを落してやりながら、セレーナは受け答えが面倒くさくなっていた。


 大層自分が目隠しで人間の騎士に勝ったことを自慢してはいるが、最後の最後で魔術を使ったことをセレーナは見抜いていたのである。が、当然指摘すればもっと面倒くさいことになるので話さなかったが……。


 ようやく服の汚れを払い終わり、魔王城へ帰還するための転移魔法陣を張る。


「私はまだ仕事があるので、失礼致します」

「次は城の前で陣取っていた大群と戦いたいものだな」


(やれやれ……)


 魔王の姿が消えると今度は改良された小型通信機でアルムと連絡を取る。たった今こちらの騒ぎが終わったことを報告し、これからヴィルハイム城へ向かうことを告げてから通信を切った。


(さてと……)


 舞い散る雪は小さくなっていた。ここから見えるヴィルハイム城までの距離は、大分離れているようにも見えるが。


(……よし、走ろう)


 最近何かと運動不足気味だったことを思い出し、ヴィルハイム城まで転移魔法を使わずその足で駆け出したのだった。

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