葛藤の末に


 休戦交渉の使者が戻り、報告を受けるバッチカーノ。暗い表情を落とす。


「そうか……残念だ……!」


 同じヴィルハイムの騎士同士、それが領主の膝下へ攻め入るなど考えられない。

 ましてや、それがヘンリーの命令であったとしても……。


 使者を追い返してまで戦わないといけない事情があるのだろうと、老将は悟る。

 しかし、家族を人質にとられているという考えまでには至らなかった。


「前方の敵を包囲せよ! ただし、攻撃の意思が見えるまで手を出すな!」


 老将の言葉とともに、各中隊からかねが打ち鳴らされた。

 それに呼応し、左右両翼の騎兵隊と正面の重装歩兵隊がゆっくり進み始める。


 戦は始まってしまった。


「……! 将軍っ! 正面より一騎駆けが向かってきますっ!」


 すぐ遠眼鏡を渡されのぞくと、確かに騎馬が一騎見えたのだ。


「何っ! ……っ! 止まれっ!! 撃つなーっ!! 射殺してはならぬっ!!」


 攻撃を制止するバッチカーノであったが、既に何本もの矢が放たれた後だった。


 一体何者であろうか? 使者を追い返した後で、今度は向こうから使いを寄越したとでもいうのか? 不思議に思ったバッチカーノは、自ら前方へと馬を駆る。


 再び遠眼鏡を覗き、問題の一騎駆けが戦場中央にて健在なことを確認した。

 果たして使者なのか、はたまた何かの作戦なのか?

 動きを止めた影へ様子を伺っていると、吹雪の中から声が響いてきたのだ。


『ノースガルド城主、ヘンリー様の近衛このえ騎士ガストンである!! この見事なまでの布陣、歴戦の将バッチカーノ将軍の指揮と見た!! 双方ヴィルハイムの騎士同士、不要な血を避けるべく一騎打ちを申し出たい!! 返答や如何に!!』


 この声に、バッチカーノの性格を知る者はゾッとした。

 ようやく後方から追いついた騎士たちが、慌てて老将の行く手をはばむ。


「将軍! 誘いに乗ってはなりません! 明らかに罠です!!」

「相手方は謀反者むほんものですぞ!! 将軍が勝たれても投降するとは限りませんぞ!!」

「このおよんで、一騎打ちに何の利がありましょう!?」



「前を開けんかぁぁぁぁ────!!!!」


 怒声どせいを上げ、老将は槍を振り回した。


「罠であること百も承知っ!! 騎士が騎士たる戦いせずして戦に意味など生まれぬではないかっ!! 文句があるなら我が骨を拾い、魔王軍へと送り届けよっ!!」


 自分が罠にかかって死んだら、騎士ヴォルトのようによみがえらせろと言うのだ。

 とんでもないことを言い放つと老将は、ガストンの待つ場所まで駆けて行った。



 一方で戦場中央。なんとか矢の雨をしのぎ切ったガストンは、前から走ってくる騎馬に歓喜を覚えた。まさか噂通り、本当に一騎打ちの誘いに乗ってくるとは!


「騎士ガストン! 申し出に応え、この年寄りが相手致す!! いざ尋常に勝負!!」


 しかし問題はここから。相手は十人掛かりでも倒せぬという歴戦の猛者もさ。勝てる見込みは無きに等しいだろうと考えていた矢先、吹雪にかすむバッチカーノの姿をおがみ、驚き目を見張った。


(しめたっ!! 手負いか!!)


 魔王シャリアとの一騎打ちにて、バッチカーノは片腕を無くしていたのである。

 万に一つの可能性が生まれ、喜び勇んでガストンは剣を抜いた。


「ふむぅ……」


 この様子を遠方から小型双眼鏡でながめる者があった。秘書官ゴールである。

 ゴールは再び騎兵群の前方、一騎打ちの行く末を見守るエスターらに近づく。


「これこれ、何をしておるのです? ガストン殿を見殺しにする気ですか?」


「は……?」


「貴方たちが意をんであげないと駄目でしょう。折角向こうの大将が前に出たのですよ?こんな機会は二度とありません、全軍前進させ矢の雨を降らすのです」


 この男……! どこまで卑怯ひきょうな考えをしているのかっ!?


「考えてみなさい。ガストン殿ごとバッチカーノ将軍を射殺せば、皆が皆助かるのですぞ? この状況下で何が一番正しい方法か、考えずしてもわかることでしょう」


 言い残し、ゴールはまた後方へと下がって行く。


(一体……どうすればいいのだ……)


 エスターらの脳裏に、ガストン将軍と自分らの愛する家族たちの顔が交互に浮かんだ。

 どちらを選ぶかなど……そんなことはできない……。


(誰か教えてくれ……一体……何が正しい!?)


 一つわかっていることは、確実に誰かが死ぬということだけ……。

 ついにエスターは剣を抜き、振り上げた。


「矢をつがえろ! 前進だ! ……どうした!? なぜ進まない!?」


 騎兵たちは誰ひとりとして、エスターの命令には従わなかった。


「命令だ! 全軍前進だっ! 聞こえなかったのかっ!?」


「…………隊長、それはできませんよ」


 一騎打ちに水をした挙げ句、大群の真ん中へ突っ込みいぬにしろというのか?副隊長を始め、大勢の騎兵たちがうらめしそうな目で訴えていたのだ。


 更に他の小隊では逃げ始めている騎兵までいるではないか!

 ついにはエスターの中で何かが音を立てて弾けてしまった!


「前進してくれぇぇぇ!!! 妻と子を死なせないでくれぇぇぇ!!!」


「た、隊長!?」

「エスター殿!?」


 半狂乱となったエスターは馬を駆り、無我夢中で突っ込んで行った。

 非情なことに止める者も、追う者もいない。只一人で突っ込んで行ったのだ。


「うぉぉぉぉ──!! うおぉぉぉぉ────!!!」


 狂戦士バーサーカーと化したエスター、驚きこちらを振り向くガストンすらも視界に入らなかった。目掛けるはバッチカーノの騎馬のみ、それだけを目指し駆け続けた。


ヒヒヒ──ンッ!


「うおぉっ!?」


 その時である。真っ白な吹雪の中、エスターの行く手を阻むかのように、一陣の黒い風が吹き過ぎたのだ。突然驚いた馬はいななきき、主人を振り落としてしまった。


『何が起こった!?』

『あれは一体……!?』


 黒い風はヴィルハイムと北方騎士団の間を切り裂くように移動し、戦場の誰もがの当たりにすることができた。やがて風は速度を落とし、一騎の騎馬であることが判明する。


 騎馬はガストンとバッチカーノの間に立ち、動かなくなった。



「ば……化け物……!」


 それは口から火の息を吐く馬に乗った漆黒の騎士であった。この世の者と思えぬ姿に、ガストンは衝撃を覚える。


 漆黒の騎士はガストンに構わず、バッチカーノの方へと歩み寄る。


「止まれ! どこの所属か!?」


 バッチカーノの言葉に、漆黒騎士は応えない。そしてバッチカーノは落ちくぼんだ目から血を流し火の息を吐く馬を見て、今の自分の問い掛けが無意味であったことを知る。


 新手に現れた全身黒い鎧の者に、老将バッチカーノは身構えた。

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