破滅を招く微笑


 ヴィルハイム城下町の入り口は、今まさに混乱の極みであった。


「一時、通行審査を取り止めにします! 入り口から離れて下さい!」


「はぁ!? ここまで来て冗談じゃねぇぜ! 一体何事だよ!?」

「雪まで降り始めてきちまったのに、元の村まで戻れってのか!」


 受付と通行人側が揉めていたところ、多数の騎兵が慌ただしく飛び出してきた。何事かと驚いていると、騎兵の一人が「街へ入りたい者は外壁の中で審査を受けるように」との連絡を伝える。これに只事ではないと知った大勢は押し寄せ、速やかに外門は閉じられたのだった。


 一方で外壁内の城下町でも敵襲の話は届いていた。しかしこちらは大した混乱が起きていない。日頃から訓練もしていないのに、街人たちはただちに安全な家屋かおくへと避難を始める。流石は戦の歴史あるヴィルハイム人と言ったところか。

 とある料理屋の女将は、頭に鍋をかぶり店前へ仁王立ち。また、とうの昔に騎士を退役たいえきしたと思われる老人は、鎧を引っ張り出してきて自ら出向こうと意気込む。流石にこれは身内から止められたようだった。



「将軍、弓兵並びに魔道士部隊が外壁の守備配置に着きました。どの部隊も直接の敵視認まではできていないとのことです」


「うむ」


 外壁北側ではバッチカーノ将軍が自ら指揮を取り、敵を今かと待ち構えていた。情報通りならば相手は真っ直ぐ北東より現れるはずだ。万が一のため、駆けつけた近隣城の騎兵たちにも四方の方角を守らせている。その数、総勢二万を超えた。


 ここまで盤石ばんじゃくな備えができたのも、いち早く確かな情報を掴むことができたからだ。その情報というのも、他ならぬアルムからであった。


(アルム殿の言葉が本当なら、これはヴィルハイム史上最大の危機だ! この作戦を何としても成功させ、ヴィルハイムを守り通さねば!)


 始め、バッチカーノはアルムからの情報に半信半疑であった。度々話を交わしてきた相手であっても所詮しょせんは魔王軍。その強力さ、狡猾こうかつさにおいては、他の誰よりも老骨に染み付いて知っていたつもりだ。

 しかしアルムからもたらされた情報は、バッチカーノの想像を遥かに上回るものだった。更には謀反むほんを伝えに来た者の報告と内容が合致がっちしており、信じざるを得なかったのである。

 魔王軍から援軍を出すというアルムの申し出もあったが、これは流石に退しりぞけた。あくまで今回は騎士団内の問題であり、これ以上の混乱を避けたいという考えからである。町の内部まで攻撃が及ぶようなら手を借りるということで落ち着いた。


(真っ直ぐな目をしていた……。あのアルムという混血の者、若が特別視する気もわからんでもない)


 老将は天を仰ぎ見る。空には黒雲が厚く覆い、無数の雪が舞い降りていた。


 アスガルド八神、その一柱である騎士団の守護神ギースハルト。この状況下を、天からどんな面持ちで見ているのだろうか……。


「伝令ーっ! 伝令ーっ! バッチカーノ将軍へお取次ぎをーっ!」


 その時、南東から一人の騎士らしき男が走ってきた。援軍を要請した城の章旗しょうきを掲げている。陣に近づくと馬から降り、バッチカーノの前でひざまずいた。


「報告します! 我らガンバーランド城の騎兵、援軍に駆けつける途中で北方騎士団と思わしき騎兵群を発見しました! その数、およそ三千あまり! 現在我が隊は接敵しない距離を保ちつつ、背後に回りながらこちらへ向かっております! こちらでの会敵は間もなくかと!」


 三千騎、数の上ではこちらが圧倒的に有利。

 だが、決してあなどれぬ数だ。


「ご苦労! こちらから合図するまで攻撃を仕掛けず、相手との距離を維持するよう伝えよ!」


「はっ! ヴィルハイム騎士団に栄光あれっ!」


 伝令役の男は再び自分の隊へと戻って行った。

 それを見送ると、バッチカーノは槍を振り上げ大声で叫んだ。


「間もなく敵部隊がこちらへとやってくる! 日頃の修練通り気を引き締めて掛かるのだ! 忠義を忘れた愚か者共に、今一度騎士の何たるかを教えてやれ!!」


 おぉーっ!という掛け声が轟音ごうおんとなり、響き渡る。

 全軍の士気は高い。だがこの雪の中、いつまで持つかは天のみぞ知るのだった。




 その頃ガストンら北方騎士師団は、合流した騎兵らと街道を南下し、予定通りにヴィルハイム城へと向かいつつあった。その道中で自分たちが囲まれている気配に気づき、注意深く辺りを警戒するガストン。


「如何なされましたかな? ガストン殿」

「恐らくは近隣城の騎兵隊……。本隊は囲まれているぞ!」


 あせる騎士ガストンに、ゴール秘書官は笑った。


「ヴィルハイムの騎士がヴィルハイム領内を歩き回ったとして、一体何をとがめられましょう? どうかご安心下さい、向こうはこちらに手出しできませんよ。なにしろこちらにはヘンリー様のご命令という大義名分がございますので 」


 いつ手に入れたのか、ゴールはその命令書と思わしき書簡しょかんを持っていた。


 それから連合師団はそのまま街道を進み続けた。休憩を挟んだが大分長い時間を移動し続けている。しかもこの雪降る中のでのこと。局地の活動に強い北方騎士と言えど、目に見えて疲弊ひへいしその士気は下がる一方なのだった。


 もうヴィルハイム城は目と鼻の先。ガストンがそう思った時、ヴィルハイム城の方角から大勢の掛け声が聞こえてきた。


(……やはり、ヴィルハイム側はこちらの動きを知っていたのだ!)


「皆様、ここで一旦歩みを止めましょう」

 

 ゴール秘書官の提案で、ガストンらは騎兵を一時休ませることにした。

 そして皆から少し離れた場所で、ガストン、エスター、パドックを含める五人の師団長がゴールを囲むようにして集まったのだ。


「さて皆様、既にこの遠征が只の訓練ではないことにお気づきでしょう。こちらにヘンリー様から預かった命令書がございます。正式な命令を今からお伝え致しますので、心してお聞き下さいますよう」


 にこにこと笑みを浮かべながら、ゴール秘書官は書簡を広げた。


「貴公ら五人は騎兵を率い、ヴィルハイム城へと攻め入ること。あわよくば老将バッチカーノの首をとってこられたし……以上になります」


「っ!?」

「な、なんだと!?」


 ガストンは命令書をひったり、五人で食い入るようにして見つめた。……確かにそう書いてある。しかも、ヘンリーのサインと刻印までもされている。紛れもなく本物の命令書であった。


「ふざけるなっ! 誰がこんな命令を聞けるか!!」


 ガストンはワナワナと震える手で命令書を持っていたが、ついに地面へ叩きつけ踏みにじったのである!


「おや? それは何の真似ですかな? 命令が聞けないと?」


「当たり前だ!! おかしいと思っていたが、やはりこういうことだったか!!」


 ついにガストンは怒りに任せ、剣を抜いてゴールへと詰め寄る。

 これにゴールはひらりと大きく後ろへ飛び、コートの中を開いて見せたのだ。


「お控えなさい。これがなにかわかりますか?」


 コートの中には見たこともない複雑な機械がびっしりと隠されていたのである。


「この右側の機械、これは聴音機であり今までの会話は全てヘンリー様へと届いております。もし命令に背いた場合、貴方がたのご家族へ刺客しかくが向かうことになっておるのです。この意味、おかわりになりますかな?」


「何を馬鹿な……はっ!?」


 ゴールに詰め寄ったのが自分しか居ないことに気付き、ガストンは思わず後ろを振り向いた。そこには顔を下に向け、拳を握る四人の騎士の姿があったのだ。


──ところでガストン殿にはお孫さんがいらっしゃるそうで

──いえ、ただの世間話ですよ


「……お前たち……知っていたのか……?」


 なんとこの場にいる騎士全員が、家族を人質に取られていたのである。

 恐るべき事実を知り、ガストンはその場へと膝をついてしまった。


「ご理解頂けましたかな? ちなみに私には指一本触れぬ方がよいでしょう。なんせ機械には爆弾も仕込まれておりますので」


「貴様……やはりグライアスの手の者だったか……!」


「余計な詮索せんさくは無用ですよ。さぁさぁ、そろそろ再出発と参りましょうか」


 こうして死の行軍は継続されることとなった……。



(ぐぅ……! これは……!)


 そして一行はヴィルハイム城の外壁へと辿り着いた。会敵し、北方師団の誰もがその圧倒差に尻込みする。

 バッチカーノ将軍が指揮する二万もの大隊は、完璧な布陣で待ち構えていたのである。そしてその後方に聳える外壁。セルバほどの高さはないが、数え切れぬほどの弓兵と魔導士兵が見え隠れしているのだ。


 まさに要塞の前に要塞がそびえているこの状況。

 たった三千ほどの騎兵が正面から攻めて、どうこうできるものではない。

 戦う前から北方の連合師団は浮足立っていた。


(む! あれは……!)


 何の陣形も敷いていない大勢の寄せ集めの最前列。騎士ガストンは吹雪の中へと目を凝らす。一騎の騎兵らしき影がこちらへと向かって来るのが確認できたのだ。


(無印の旗だ! 向こうは使者を送ってきたのか!)


 この悪夢のような現実を変えることができるかも知れない。喜び勇みガストンは前に出ようとするが、ゴール秘書官によってさえぎられてしまう。


「ちょっと借りますよ」


 ゴール秘書官は騎兵の一人から弓をひったくり、あろうことか使者目掛けて矢を放ったのである!

 矢は使者まで届かずに落ちた。しかし使者の騎兵はこれを見て説得の余地無しと判断したのだろう。名残惜しそうに向きを反転し、帰って行ってしまった。


 一瞬だけ見えた希望の光が、またたく間に闇へと消えたのだった。


「きっ、貴様ぁぁぁ!!」


「これで戦いやすくなったでしょう? 後のやり方は貴方にお任せします。一人とて逃げ出すことの無きよう……」


 ゴールは師団長たちを残し、笑みを浮かべながら後方へと下がっていった。


「……ガストン殿……我々は、どうすれば……」


 すがるような声で、エスターらはガストンへと集まった。


「…………ここはワシが行こう。皆はここから動かないでくれよ」


「っ! ガストン殿! 無茶だ!!」


 要はバッチカーノの首一つとってくればいい。

 騎士ガストンは馬を走らせ、たった一騎で二万もの大群へと向かって行った。

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