勝利への使者


 王都バルタニアでの緊急会議は午後の部へと移りつつあった。しかしユリウスの発言から始まる会議は依然として行われていない。


 本人がまだ来ていないのだ。


(ユリウス君……一体、どうしたというのだ?)


 エランツェル議長が不安そうに空席へ目をやると、ジョシュアと目が合った。


「あ、あの! 自分が探して参ります!」


 議長がジョシュアの申し出をやんわりと断る。

 一方で、このやり取りをルークセインはにんまりと眺めていた。


(ふふふ……。ユリウスめ、相当あせっているな)


「ルーク、君はユリウスに何かしたのか?」


 勇者ノブアキも勘付いたようだ。


「存じませんな」

「そうか。ならばそういうことにしておこう」

「ふふっ……」


 その時、扉が開かれユリウスが入ってきた。一体何事があったのかと皆の注目を集める中で、席には着かず国王の居る傍聴席を見上げたのだ。


「申し上げます。先程留守を預かっていた騎士バッチカーノから、ヴィルハイムが襲撃されているとの連絡を受けました。まだ詳しい事実を確認しておりませんが、相手は魔王軍の魔物ではなく、同じ人間とのことです」


 流石に弟のヘンリーが謀反を起こしたとまでは言わず、言葉をにごす。

 しかしこれでは会議どころでは無くなってしまった。


 囁き声が飛び交う中、それをかき消すかのようにユリウスは声を張り上げる。


「ですが私は騎士たちを信じております! 私不在とも必ずやヴィルハイム騎士団は事態を鎮圧することでしょう! 今、私がやるべきことは自領の問題解決ではなく、アスガルド全体の危機回避です! 会議続行を強く希望致します!」


(こいつは馬鹿か!? おのれの居城が攻められているというのに、それを放って会議を続けると言うのか!?)


 ルークセインは飛び上がりそうになるほど驚いた。私利私欲が人一倍強い彼にとって、ユリウスの考えは全く理解できないものだったのだ。


「……よくぞ申した。……余も会議の継続を所望しょもうす」


 しわがれた国王の声に、エランツェル議長は一礼する。


かしこまりました、国王陛下。それではユリウス殿、発言席へ」


 拍手が起こる中、ユリウスは発言台へと立ったのだ。


「午前の部に置いて、ソフィーナ嬢から大魔道士ラフェルに関する驚くべき証言がありました。先にも述べた通り、私にはそれらの証言を裏付ける証拠があります」


 スクリーンには魔王軍が押収したラフェルの実験記録の一部、それとラフェルによって捕らえらたと思わしき行方不明者のリストが映し出されたのだ。


「これらは魔王軍との休戦交渉の際、彼らから提供されたものです。信じられないかも知れませんが、魔王軍には魔物だけでなく人間の血がかよった者もるのです。彼らは単に人間に対する憎しみだけでなく、今の世界のあり方に関しても異を唱えておりました。今から提供する音声証拠も彼らからです……議長、よろしいですね?」


「許可します。音声再生の準備を」


 エランツェル議長の指示で、男が手渡された小型レコードを機械にセットする。

 聞こえてきたのは、セルバで捕まっていた男性の肉声であった。本当ならここでソフィーナやキスカがラフェルとめていた音声を流す筈だった。しかしアルムと協議した結果、公開による弊害へいがいが大きいことと、エランツェル親子に配慮したいがために止む無くボツとなったのだ。


「それでは、これらの証拠に対する質疑を受け付けます」


 それでも効果は絶大だった。またたく間に大勢の議員が手を挙げ、賛否の意見が飛びったのである。


『ラフェル殿がこんな真似をする筈がない! でっち上げもいいところだ! 魔王軍が用意した証拠だと!? 馬鹿馬鹿しいにもほどがある!!』


「これはあくまで第三者から提供されたものに過ぎません。私も証拠の全てを容認しているわけではありませんが、疑いの余地は十分にあるかと」


『私は以前セルバにおもむいたことがあります。音声の他に聞こえたゴーッという音。あれはセルバの結界装置が作動している音では?』


「成程、それには気付きませんでした。貴重なご意見です」


 ユリウスは落ち着いていた。議員たちからの質問を次々とさばいていく。


 城が攻められても落ち着いているその理由は、先ほどの通信にあったのだ。


…………


『何故だ!? 何故昨日のうちに連絡を寄越さなかった!?』


 こんな重要な事柄だ。バッチカーノとあろうものが、ユリウスに心配を掛けたくないと遠慮をしたわけでもないだろう。暫し無言の後、老将は口を開く。


──心配御無用です。若が戻るまでにはケリが付いておるでしょう。


『それはどういう意味……だっ!?』


 それは一瞬だった。魔法板の中にいるバッチカーノの前を、妖精が横切りこちら向けて手を振ったのだ。


…………


(間違いねぇ! アルムだ! アルムが動いてくれているんだ!)


 騎士団が魔王軍に救われるという構図はしゃくだが、正直ここまで心強く感じる味方は居ない。質問を受けるユリウスは、益々ますますを持って覇気はきを高める。


 これが気に入らず、ひたい青筋あおすじを立てているのがグライアス領のルークセインだ。


忌々いまいましい! もっと早くに消しておくべきだった! ユリウスも、ラフェルも!)


 今、ユリウスによって大魔道士ラフェルの行っていた鬼畜所業しょぎょうが次々と暴露されていく。一部グライアスと関係する内容も含まれていたが、ルークセインは一向に反論する意思を見せなかった。愚兄と切り捨てた腹違いを今更擁護ようごすることなど、己のプライドが許さなかったのである。


「ノブアキ殿、言わせておいてよろしいのですか?」


 挙げ句にノブアキへと反論をうながす始末。


 ところが肝心のノブアキは、慌てる様子もなく鼻クソをほじくっていた。


「……言わせておけばいいさ。バレてしまったものは仕方ない」

「で、ですが、これは勇者殿の面目めんもくにも関わりますぞ!」


 必死に説得を試みるも、本人はどこ吹く風。


「私は大丈夫さ。それよりもルーク、今は自分の心配をしたほうがいい」

「っ!? それはどういう……」


 勇者ノブアキの言う通り、それはすぐにやってきた。


「……かつて英雄だった者の一人が、如何に疑わしい人物なのかおわかりになられたかと思います。かく言う我らヴィルハイム騎士団も、長きに渡ってエルランドと交流がありましたが、まさに遺憾いかんとしか言いようがありません。……そしてこれは私の口から言わせて頂こう! どうして誰も大魔道士ラフェルとグライアスの領主が血縁者だという噂を問題視しないのか!?」


「──っ!!!」


 大声を上げて驚きそうになるルークセインに対し、ユリウスは指を突きつけた。


「誰がどう見ても二人は似ているではないか!! これは是非ぜひとも本人からの説明を伺いたい! 以上で私の発言を終わります!」


「静粛に! 静粛にっ!」


 荒れる議場内を余所に、ユリウスは壇上を降りる。ジョシュアと拳を合わせると着席し、全てを成し遂げた満足感にひたった。


(……アルム、俺はやったぞ! お前との命の誓いを、守り通してみせたぞ!)


 だが本当に全て解決したわけではない。会議が終わり次第すぐヴィルハイムへと帰らなくてはならない。最後の心のつかえはあまりにも大きかったが、それすらもなんとかなりそうな気がしたのだ。


(おのれユリウスめ……! この礼は高く付くぞ……!)


 怒りに震え、鬼の形相で挙手するルークセイン。

 しかしその手をノブアキが掴む。


「……ノブアキ殿?」

「まかせておけ。ここは私が行こう」


 先ほどと変わらぬ、落ち着いた様子である。


「勇者ノブアキ殿、発言台へ」


 ここまで来て一体どんな策があるというのか?

 勇者ノブアキは騒然となる中、一歩一歩と壇上へ向かっていった。

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