議会場の魔術師


静粛せいしゅくに! 何度も言うが国王陛下の御前である! 宜しい! そこまで言われるなら、あの写真が私の娘でない決定的な証人を召還しょうかんさせて頂く!」


 落ち着きを取り戻した議場内に、エランツェル議長の声が響く。


「馬鹿馬鹿しい! そんな証人がいるなら呼んで貰おうではないか!」


 議長の言う証人とは何者だろうか? まさか娘のソフィーナ本人ではあるまい?

 仮にバルタニアへ戻っていたとしても、呼び出すことなどできないはずだ。


 写真のソフィーナは婚姻こんいん前であるにも関わらず、髪を切ってしまっている。名門貴族であるエランツェル家にとって、女の長髪は貞操ていそうの証でもある。国王の御前におきてを破った不肖ふしょうの娘を引っ張り出すなど、由緒ゆいしょある貴族にとってこの上なく名誉を汚すことであり、ありえないことなのだ。


 間もなくして、議場後部の大扉が開かれる。

 憲兵に付き添われるようにして現れたその人物に、皆は驚愕きょうがくした。


「ソフィーナ!?」


「な、なんだと!?」


 現れたのはソフィーナだった。青を基調きちょうとした長いドレスをまとい、顔には装飾のほどこされた眼鏡をかけている。


 上品に編まれた髪は束ねられ、後ろへと長くれていたのだ。


 歩く先々、顔見知りの議員から声が掛かる。


『ソフィーナ! 元気そうではないか!』

「ストラード卿、ご機嫌うるわしゅうございます」


『ソフィーナ! 君をずっと心配していたのだぞ!』

「コルネオ様、ご心配をおかけしました。いつもお気遣い痛み入りますわ」


『ソフィーナ、本当に君なのか!? まるで別人のようだ!』

「まぁ、エドワールおじさま! お疑いならこの場でエクソスプスの定理を暗唱致しましょうか? 終わる頃には明日の朝になってしまうでしょうけど」


 ソフィーナは声を掛けてきた議員一人一人へ、にこやかに挨拶を返した。その数の多いこと。この議場にいる誰もがソフィーナを知っているようで、誰もが挨拶を返されると笑顔になるのだった。


 一方で、開いた口が塞がらないのがヴィルハイムとグライアスの両陣営である。


(ルーク、これはどういうことだ!? サジは顔を見間違えたのではないか!?)

(そんな筈はありません! あの者は一度見た顔を完璧に憶えるはずです!)


 そしてようやく議場の中央へ着くと、ソフィーナは深々と頭を下げたのだ。


「国王陛下、恐悦きょうえつ至極しごくにございます。エランツェルの娘ソフィーナが参りました」


 これに国王は高い傍聴席から顔を出し、ソフィーナに対して小さく手を振った。

 証人が証言台につくのを確認すると、議長は改めて会議の再開を宣言する。


「……御存知の通り、証人は私の娘であり行方不明となっておりました。ですが、つい先日見つかり無事帰ってくることができたのです。皆様には心からお詫び申し上げると同時に、深く御礼申し上げます。なお正式な発表につきましては後日行わせて頂きます」


 そして、スクリーンには例の写真が映し出される。


「では証人、この像の人物は貴女本人ですか?」


 するとソフィーナは、写真を見るなり不快そうな顔をした。


「全くの別人ですわ! 髪型からして全く違うではありませんか! ……お言葉ですがお父様。たった数ヶ月見ないだけで、実の娘の顔を忘れてしまったのですか!?」


 この言葉にどっと議員たちから笑いが起こる。

 先ほど混沌こんとんに満ちていた議場が嘘のようだ。


「……コホン。確かに我がエランツェル家では女の髪を切ることを禁じています。余所からしてみれば時代錯誤の悪習と受け止められるかもしれません。ですが掟は掟であり、由緒ある名誉を守るための一つと私は考え、今日へと至るわけであります。もし髪を切ったなら、例え実の娘でも勘当かんどうを言い渡していたでしょう」


 話を割るように、ルークセインが手を挙げた。


「成程、証人がソフィーナ嬢本人ならば確実でしょう。ですが私からしてみれば、目の前の証人がまだ本人と断定できません。何故なら写真の人物をソフィーナ嬢と特定した人間は、一度見た顔を確実に選別できる力があるからです。失礼だがその髪は本物ですかな? この場で確かめさせて頂きたい」


 どよめきが起こる中で、ソフィーナはルークセインの方を向く。


「ルークセイン様、そんなことをなさらなくとも私がエランツェルの娘であることはいくらでも証明できます。それとも国王陛下や大勢の殿方とのがたの前で女子をはずかしめるのがグライアスの礼儀なのですか?」


「ぐ……!」


 何も言い返せないばかりか、議員たちから白い目を向けられてしまう。これにはルークセインも「失礼した」と告げ、着席する他無かった。


「宜しいかな? ……では次に、この人物を見て頂こう」


 今度はユリウスの写真が映された。


「これはそこにいらっしゃるユリウス様ですわ」


 さらりとソフィーナは証言した。各々の考えで驚きの声が上がる中、最も驚いたのはやはりユリウスとルークセインだった。ソフィーナはユリウスを売ったのか?


 しかし、次の言葉で話は意外な方向へと進む。


「このヴィルハイム騎士の鎧、以前ユリウス様の叙任じょにんしきで拝見したものと一緒ですもの。……ですがユリウス様の姿勢が少々不自然です。まるで叙任式の時のお姿をそのまま写し取ったよう」


「……ふむ、つまりはどういうことかね?」


「この像が改変され、修正されている可能性が高いということです」


『待ち給え!!』


 勇者ノブアキが慌てて手を挙げる。


「その可能性は絶対に無い! この画像は異世界の『写真』という技術で写されたものであり、被写体をそのまま像として残すことができる! この写真を用意したのは他でもない私であり、空飛ぶ魔黒竜を写し出すことができたのは僧侶アルビオンの協力あってのことだ! そこに改変の余地など全く無いのだ!」


「写真の原理については知っておりますわ。この写真はノブアキ様が直接お撮りになられ、現像も直接されたのですか?」


「い、いや……そうじゃないけど……」


「なら第三者の手に渡る機会はあったということですね? 作成工程に関わった中で画像改変を行った人物が居なかったと証明することはできますか?」


「ぬう……!? ぐ、ぐぬぬぅ……」


「それとこれは私が聞いた話なのですが、魔黒竜のうろこには毒があるそうなのです。この話がもし本当で、本当に私やユリウス様が乗っていたのなら、もうこの世には居ないかも知れませんわね」


 え? そうだったの? とノブアキは今更自分の体のあちこちを探り出す。その姿があまりに滑稽こっけいだったため周囲から小さな笑いが起こった。ノブアキはそのうち恥ずかしくなり、黙って席に着いた。


「さて証人、まだ発言したいことはあるかね?」


「はい議長。私が行方知れずとなっていたことについてお話します。数ヶ月前、私はエルランド領のセルバ市で知人を訪ねておりました。そこを魔王軍に襲われたのですが、私は魔王軍によってとらわれていたのではありません。エルランド領の領主である大魔道士ラフェルの秘密を知ってしまい、彼によって囚われていたのです」


『な、なんと!?』

『まさか、ラフェル様がそのような!?』


「議長ーっ!! 私に発言させてくれっ!!」


 必死に手を挙げる勇者ノブアキ。当然却下される。


「信じられないかも知れませんが、大魔道士ラフェルはあまりに非人道的な行いをしていたのです。魔王軍が去りし後、私はユリウス様を始め騎士団の方々によって助けて頂きました。ヴィルハイム騎士団には大変感謝しております。ラフェルの件に関しても、きっとユリウス様から詳しい証言をして頂けると思いますわ」


「ふむ、証言は以上かな。では他に意見のある方は挙手をどうぞ」


「はいはいはいは────いっ!!」


 めちゃくちゃ必死に手を振る勇者ノブアキ。

 だが議長が指したのは、議員の中から手を挙げた人の良さそうな男だった。


「お初にお目にかかる方も多いかと思います。私は新たにラカールの法王となったグリムガル枢機すうききょうとともに、カスタリア領の領主の座へ就きましたボンベイと申します。以後、お見知りおきを。……さて、先ほど証人であるソフィーナ殿から驚くべき証言がありました。全くもって信じられないことばかりです。ですが彼女は私の古い友人であり、私は彼女が嘘を言う人物でないことを十分に存じております。同じく彼女と面識のあるグリムガル枢機卿も、この場に居たら同じことを言うでしょう。皆様、この後ヴィルハイムのユリウス卿から発言があるとは思いますが、是非とも注目して拝聴しようではありませんか」


 ボンベイ氏の発言の後、場内から同調する割れんばかりの拍手が。


(な、なんということだ……!)


 ルークセインは青ざめ慌てる。見ればグライアス寄り議員や、日和見ひよりみをしていた議員までもが周囲に押されて拍手をしているではないか!


 議場内は完全にソフィーナを支持するムードへ変わっていた。

 必然的に流れはヴィルハイム側へと大きく傾いたのだ。


(ソフィーナ、やはり君は凄いな!やはりあの日の俺の目に狂いは無かった!)


 立ち上がり拍手をするユリウスに、ソフィーナは片目を閉じてみせる。

 そして盛大な拍手に包まれる中、議場を後にするのだった。


「ではこれにて一時休憩とします。休憩後はヴィルハイム領領主ユリウス殿の発言から始めたいと思います」


(よし、よし! いいぞ!)


 ユリウスは完全に流れを手にし、ジョシュアと喜びを確認する。

 と、ここで朝の男が近づいてきた。


「失礼します。ユリウス様、ヴィルハイムからの通話が来ております」

「一体何だ? ……ちょっと行って来る」


 その一方、グライアス側では苦虫をつぶしたような勇者ノブアキと、青ざめるルークセインが話しをしていた。


「……こんな筈では……!」

「ルーク、私まで窮地きゅうちに立たされてしまったぞ!? どうする気だ!?」

「そ、それは……」


 この時、突然ルークセインの部下が走ってきた。そして耳打ちをする。


「なんだと!? ……そうか、クックックッ!」

「どうした?」


「どうやらユリウスには退場して貰うことになりそうです」


 同じ頃、ユリウスは議会堂にある通話室へと赴いた。この部屋では議員が魔法の水晶板で通話することができる。水晶板を見るとバッチカーノ将軍が映っていた。


「若っ!!」

「とっつぁまじゃねぇか! 俺の留守中に何かあったのか!?」


「報告致します。昨日若がバルタニアへ向かわれて間もなく、ヘンリー様が謀反むほんを起こされました。同調した騎士たちもヴィルハイム城へと侵攻しつつあります」


「なんだとっ!?」



第十五話 兄と弟  完

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