沈黙とは肯定か、否か

 

 発言台の前に立ったユリウスは、小さく息を吐くと周囲を見渡す。誰も彼もが、自分に敵意の眼差しを向けているのだ。グライアス側に目をやるとルークセインが目を閉じ腕を組んでいる。勇者ノブアキの方は表情がわからなかった。だが二人の口元は明らかに緩んでいるのが見てとれた。


(無駄だ。一族もろとも消え去る間際まぎわ、哀れな道化を演じるがいい)


(ルークセイン! 刺し違えてでも地獄へ引きずり込んでやるっ! ノブアキ! そこのてめぇもついでの道連れだっ!)


 腹をくくり、証言台に両手を置くと顔を上げ、真っ直ぐと前を見た。


「……先程のノブアキ殿が仰られたことは、おおむね事実ではあります」


 この言葉に、議場からは驚きとも溜息ためいきともつかぬ声が漏れる。

 潔く認めたかと、ルークセインは鼻で笑った。


 不思議とヤジは飛んでこない。

 気を静めると、ユリウスだけに澄んだ声が聞こえてきた。


『ユリウス。大勢の前で喋る時は、すぐ喋らず待った方がいい。少し焦らしてやるくらいの方が、傍聴者は注意して話を聞いてくれるようになるから』


 つい二日前アルムから聞いたアドバイス。その言葉通り、大衆がどうしたのかと顔を見合わせ始めた辺りで、再び口を開く。


「ですが、これだけは信じて頂きたい。我々ヴィルハイム騎士団は、魔王軍と手を結んだわけではありません。騎士団が本当に魔王軍と手を組んだなら、私は今ここに来ることさえしなかったでしょう!」


 ここで、ユリウスは段々と口調を強め始めた。


「未知の存在である新生魔王軍と正面から戦えば、騎士だけでなく、力無き市民が大勢巻き添えとなったことでしょう! 休戦は不必要な血を流さぬための、避けては通れぬ道だったのです! 現に私は話し合いにより、魔王軍から大勢の捕虜を救い出した! 無駄に戦火を広げなかったことで、多くの人間も街も救われている! 確かに王都への報告が遅れたことは認めますが、それも理由あってのことです!」


 そしてダメ押しとばかりに、ルークセインへと指を突きつけた。


「グライアス側の主張は、言いがかりに過ぎない! 今のアスガルドに必要なのは、現れた魔王軍への対処であり、人間同士の争いではない筈! それをグライアス側は魔王軍襲来の騒ぎに同調し、ヴィルハイムをおとしいれれようとしているのです!」


 議場内が騒ぎ出す。

 だがユリウスは構わず話し続けようとした。


「魔王軍を利用しているのは、むしろグライアスの方だ! こちらはそれを裏付ける証拠を提出する準備もできている!」


「そこまで! 発言を止め、席へと戻りなさい」


 発言の持ち時間が終わったのか、エランツェル議長から声がかかった。できればこのまま流れに乗り、アルムから預かった資料を読み上げたかったが、仕方ない。


(ちっ! だが流れは掴んだ! 次でとどめを刺してやる!)


 意気込むと壇上から降りて、グライアス側を流し目に見る。

 ルークセインが半笑いしながら手を上げていたところだった。

 

「ははは。如何でしたか皆様方、ヴィルハイム側の苦しい言い訳は。何を言うかと思えば陰謀論まで飛び出すとは、全くお話になりません。それでは今から騎士団が魔王軍と手を結んだという決定的な証拠をご覧に入れましょう」


 壁際の男へ指示を出し、ボタンを操作させた。

 すると天井から巨大なスクリーンが降り始める。


「今からお見せするものは、少々刺激が強いものかと思われます。気分がすぐれなくなった方はすぐ申し出て下さい」


 ルークセインはそう付け加えると、再び男へ指示を出す。


 次の瞬間、議員たちからは阿鼻叫喚の声が上がった。


 竜である! 真っ黒なドラゴンが人間を乗せ、空を飛んでいる姿……!


 この場にいる殆どの人間は、竜の姿を見たことがなかった。それでもすぐ竜だとわかるくらいに、像がはっきりとしていたのである。


「これは十日ほど前、グライアス領上空へ侵入してきた飛行体です。誰しも一度は聞いたことがあるでしょう。これこそが大陸南東部の山奥に住まうとされる伝説の竜、『魔黒竜ファーヴニラ』です」


(ファーヴニラ……十日前……まさか!?)


 ユリウスは段々と血の気が引いていった。

 騒がしくなる議場内、更にルークセインは画像を拡大させたのだ。


「そしてこの魔黒竜は、三人の人物を乗せて運んでいたのです! ……ここからは、勇者ノブアキ殿からご説明を頂きましょう」


「勇者ノブアキ殿、発言を」


「任された。……まず先頭の小さな人影を拡大してくれ。……そう、それでいい。この一見幼き少女に見える人物、これこそが新たな魔王軍の王、魔王の娘なのだ!騎士団との停戦協議に参加し、魔王軍側の席に居た、間違いない! 信じられないかもしれないが、私の方で確認済だ!」


『まだ年端も行かぬ子供ではないか!』

『……し、信じられん……』

『こんな子供がラフェル殿を倒し、セルバを落としたというのか……』


 口々に驚きと不安の声を上がる中で、残り二人の姿も拡大される。

 その瞬間、あっと場内が沸いた。


「……もう私から説明するまでもないだろう。もう一人の魔道士らしき女性の方は誰だかわからなかったが、ヴィルハイム騎士の鎧をまとったこの人物、どこからどう見てもユリウスにしか見えない。これは一体どういうことなのか、是非とも本人の口から説明を頂きたいところだね。……私はしょうもない言い逃れは嫌いだよ?」


 ノブアキの発言が終わり、怒涛どとう罵声ばせいが飛び交う中、ルークセインは只々満足げにユリウスを見下す。


(終わったなヴィルハイム騎士団よ。だが安心するがいい。貴様らの資源と農土はこちらで正式に貰い受け、適切に管理させて頂くのでな。ハハハハハ!)


「静粛に! 国王陛下が傍聴されておられる! それが何たることか!」


 静粛を呼びかけるエランツェル議長。

 憲兵も動くことで、ようやく騒ぎは収まった。


「ヴィルハイム領領主ユリウス殿。発言を求めます」


「……」


「ユリウス殿、発言を述べなさい」


「……」


 エランツェル議長の声に、もはやユリウスは立ち上がるのがやっとと言った状況だった。あんな物を見せられた後では、もはや言い逃れすらできない。かと言って沈黙を続ければ、皆の心象を悪くするだけなのだが……。


「……ユリウス殿、答えなさい。あれが貴方本人だと認めますか?」


「……いえ……私……では……」


「国王陛下の御前である! それでも自分でないと誓えるか!?」


 ダメ押しとばかりのルークセインの声!


「貴殿に発言を許してはいない! ……ならば隣の方に尋ねましょう。ユリウス殿は十日ほど前、ヴィルハイムで何をしていましたか?」


「は、ははぁっ!」


 急に尋ねられ、慌てて隣りにいたジョシュアは立ち上がった。


「ユ、ユリウス様は一日中城にいらっしゃいました! それどころかユリウス様は、今月一歩も城から出ておりませんっ!」


 ……普通に考えてもそんなことがあるわけない、とんでもない嘘である。


「それは本当ですか?」

「本当です! 国王陛下にも、ラカールの法王様にも、神様にも誓って本当です!」


(こ、こいつ……!)


 はっとしてユリウスはジョシュアを見た。よく見ると小刻みに震えている。

 だがその姿に、ユリウスは勇気づけられ堂々と胸を張った。


「この者の言うことは本当です! 私は今月に入り一歩も城から出ていないし、当然その像に映った人物も私ではありません! 誓って本当です!」


 エランツェル議長は大きくうなづいた。


「……よくわかりました、着席して結構。本人が否定している以上、ユリウス殿であると断定できない。これ以上確たる証拠が出てこないならば、騎士団が魔王軍と手を結んだ事実は無かったこととします!」


 どよめきが起こる中で、ルークセインは表情を一変させた。


(貴様っ!? ……エランツェルめ!! よくも裏切ったな!!?)


 十日前、ルークセインは例の写真をエランツェル卿に送りつけ、緊急会議を開くように迫ったのである。断れば行方不明となった娘が魔王軍に組みしたと公表するとの脅し付きである。この会議が開かれた理由には、そんな経緯があったのだ。


 当然、会議でもグライアス側に味方するものと思っていた。

 だがこうもあっさりと裏切られてしまい、かたきのごとく議長席を睨みつける。


「確かに過去に竜は存在したでしょう。しかし人が乗って飛ぶなどと、全くもって不自然です。ファーヴニラの話は私も知っておりますが、過去にあの竜は勇者様の味方をし、魔王を倒す手助けをした筈では?それがどうして魔王の娘と居るのでしょうか? 考えれば考えるほど不自然だらけです」


 勇者ノブアキが慌てて手を上げる。


「待て待て! 私も竜なら乗ったことがあるぞ! しかもそのファーヴニラの背にだ! ……確かに奴は私の助けになってくれた。だがあの時はたまたま利害が一致しただけで、仲間かどうかというのは別問題だ! 現にこの三十年間、私はファーヴニラと会ってすらいない。奴とはそういう約束を交わしたからだ!! ……それとも何か? 議長殿は私の用意した写真にケチをつけ偽物と仰られるのか? この勇者ノブアキをペテン師扱いするつもりなのか?」


「!? ……そ、それは……」


「……クックックッ……。ハッハッハッハッ!」


 突然ルークセインは立ち上がり、狂気じみた笑いを響かせた。


「……皆さんおかしいとは思いませんか? 議長殿は明らかにヴィルハイムへ肩入れしているではありませんか! 議長にあるまじき重大な違憲行為です!」


「座りなさい! 貴殿に発言を許可していない!」


「そこまでヴィルハイムを贔屓ひいきするのはなぜか? それは写真の人物がユリウスであっては困るからです。何故なら一緒に写っている女性こそが、エランツェル議長の一人娘本人だからです!」


 再び写真が映し出され、ソフィーナの顔が大きく映る。


『た、確かに似ている! ……しかし髪が短くはないか?』

『そもそも、ソフィーナ嬢は行方知れずではなかったのか!?』


「静粛に! ……ルークセイン殿、それ以上喋るなら私と私の娘に対する侮辱と受け止めるぞ?」


「エランツェル議長! 貴殿こそ公平公正なアスガルドの議会を汚そうとしている! もはや会議を続ける意義はない! ユリウスとエランツェルを逮捕すべきだ!」


 再び混沌と化す議場内。憲兵らが動き出す中で、飛び出そうとしたジョシュアがユリウスに腕を捕まえられる。本気でルークセインの首をとろうと思ったのか。


(待て!……少し様子を見ろ)


 この状況下で、エランツェル議長は少しも動じてはいなかった。

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