物言わぬ石



 アルムの話を受け、会議室内は一瞬静まり返った。

 何と言っていいのか反応に困窮こんきゅうしているのだろう。


「あの契約書、使ってしまったのですか? 冗談のつもりで渡したのに」


 デーモンから少々ズレた言葉が出るも、今度は騒然となるばかり。


静粛せいしゅくに! ……魔王様、軍師殿は考えあってのことでして……」


 補佐官が何とかフォローしようとすると、魔王は大声で笑い始めた。


「ひゃはははっ!! 馬鹿めっ! ……軍師、お前は自分の首を締めるのが相当好きなようだ。まぁよい、お前の好きにやればよかろう」


「……」


 皆から動揺の声が上がる。悪魔の契約書は破れば第三者にまで災厄が及ぶというではないか。


狼狽うろたえるな愚者ぐしゃどもめ! 甘ったれ軍師がいつもの奇行におよんだだけではないか! ……ふん、これで騎士団は手玉に取ったも同然だな。その辺りは評価してやる」


「で、ではこの件は軍師殿に一任する形で……」


「失敗しても騎士団が滅びるか、軍師一人死ぬだけのこと。だが悪運強いこやつのことだ。とうに死神から愛想をつかされており、死なぬやもしれん。ソフィーナを家に帰すことは許そう。神具を取り上げることだけは忘れるな」


 この言葉にアルムは着席すると、安堵の息を漏らす。


(よし……ひとまず了承して貰えたかな)

(じゃ、後はソフィーに伝えるだけだね)


 こうして報告会議は無事に終えることができた。しかし、休んでいる暇はない。時間を有効に使おうと、同じくホッとしているココナへと声を掛けたのだった。



 その頃。昼夜問わず動き続ける、魔王城の工房では……。


「あー!! もう限界じゃーい!! 嫌になっちまったわい!!」


 ドワーフの一人、怒りっぽいカブがついに音を上げた。

 工具を放り出し、工房を出て行こうとする。


「おい! 勝手にどこ行くんじゃ!?」


 ミーマたち三人は慌ててカブの後を追った。


…………


「一体、どうしたと言うんじゃ?」


 気付けばドワーフたちは、魔王城の奥にある暗い倉庫の中まで来ていた。そこでカブは足を止め、ガラクタの上にどっかり腰を下ろすとタバコを吹かし始める。


「どうもこうもないわい! ヌシらこうも毎日毎日同じ仕事ばかりやらされて、嫌になってはこんのか!? ワシはもう飽き飽きたワイ!!」


 確かにセルバ市を占領した後の仕事といえば、武具の修理や手入ればかり。その後で異世界の知識を用いた武器を量産することが決定し、作業は細分化された。

 最近のドワーフたちの仕事は、セルバの秘密工場から送られてくる人間の作った部品の検査。そして組み立て……。そればかりになっていたのである。


「仕方ないじゃろが。これもアルムのためじゃ」


「そんなこと、わかっとる! じゃがこうも毎日同じことの繰り返しじゃ、こっちが参っちまう! ワシらは一体何じゃ!? ワシらは機械じゃないんじゃぞ! 同じ作るにしても途中から同じモン組み立てるんじゃなくて……その……なんだ……」


たくみか?」


「それじゃ! 匠じゃ!ワシは一つ物を極めるような仕事がしたいんじゃ!」


「そうは言ってものう……」


 集光石の入ったカンテラで辺りを照らし、ドワーフたちは溜め息を付いた。この神術の応用で作られた空間は広く、古い武器や鎧が乱雑らんざつに置かれている。資材庫として自由に活用してくれと言われていたのだが……。


「なんかこう、創作意欲をそそられぬ物ばかりじゃのう……」

「本音を言うと武器じゃなく、皆を喜ばせたり驚かせたりする物が作りたいのう」


 気晴らしも兼ね、ドワーフたちは倉庫の中を探索し始めた。今まで誰も口にしなかったが、四人は最近の魔王軍についていけなくなっていたのだ。

 アルムはうまくやっていけそうだし、もう自分たちの力も必要ないだろう。そろそろいとまをしようかと考えていた矢先、セスと不仲になった話が耳へと届く。


 更にその後で、アルムが例の風土病を発症はっしょうしてしまった。

 皮肉な事ながら、重なった不運がドワーフたちをとどまらせていたのである。


「……ここはだだっ広いのう。歩き疲れちまったわい」

「なんじゃい、もう歳かいな」

「はっはっはっ」


 冗談を交えながら、ドワーフたちは奥へ奥へと進んだ。人間のものより大きめのトゲついた大盾。くの字に曲がった古い魔剣。げんの切れた魔法のいしゆみ。錆びついた大鎌……。どれも見る者が見れば、思わず飛びつく代物だ。たが彼らは特に興味を示すことはなく、はーとかほーとか言いながら見物して回る。


「おわっとと!」


 突然、一人が何かに蹴躓けづまずく。


「危ないのう! ……なんで石が落ちとるんじゃ?」


 見ると足元は大きな石だらけである。

 周囲をくまなく照らし、視線を上に向けたところでギョッとした。


「なんじゃこれは!?」

「ひょぇぇ!? きょ、巨人じゃぁ!!」


 よくよく見ると、それは動かなくなったゴーレムだった。ガーナスコッチの戦いで魔王軍が投入するも、発狂はっきょうした大精霊の攻撃に巻き込まれて壊れてしまい、この資材庫に放置されていたのである。


「はー、びっくらこいた。しかしこうして見ると、ちとかわいそうじゃのう……」


「魔力の伝達回路が破損しとる。それにこいつはもう抜け殻みたいなもんじゃて」


「ワシらでは専門外じゃ。放って置くしかなかろう」


 口々にあれこれ言い合う中で、一人思案していたミーマが手を叩く。


「のう! こういうのはどうじゃ!?」


 自分のひらめいたことを説明すると、途端とたんに皆の顔が明るくなった。


「ワシのやりたかったのはそれじゃ!」

妙案みょうあんじゃあ!」

「ほっほっほ! ワクワクしてきたぞい!」



ガラガラガラ……。


「今度はなんじゃ?」


 騒いでいると、近くで物音が。明かりを向けると、そこには大きな目を輝かせたグレムリンが居た。今夜は凶暴化しない日のようで、夜遅くまで材料探しに倉庫をあさっていたのである。


「ギャァッ!!」


 照らされ、まぶしいから止めろとばかりに牙をむき出している。


「そうじゃ! お前さんらも手伝ってはくれんかの?」



 時、同じくして。セルバ市では骸骨兵士、ブルド隊、ゴブリンや亜人ら数名が、早速ラフェルの身柄を魔王城へ移送しようとしていた。軍師いわく「善は急げ」とのことである。


 これを遠巻きから狙う者、複数あり。


(あの物々しい魔物の数! 間違いない、ラフェル様を連れ出す気だ!)


 全身を布で身を包み、顔をマスクで覆った者たちの一人が、双眼鏡を覗きながらささやく。そして見上げ、まだ塔から紫色の光が出ていることを確認した。


(すぐ本部へ連絡するか?)

(奇襲をかけて連れ出す! 今なら奴らも魔法は使えまい、絶好の機会チャンスだ!)


 今や、グライアスなまりとして定着した異世界の言葉を使いつつ、離れて待機している仲間へと合図を送る。謎の者たちは次々と銃を取り出し、強襲態勢となった。

 検問がかれているエルランド領へどうして銃を持ち込めたのか。それは彼らが銃を細かく分解して持ち込んだからに他ならない。アスガルドで銃はグライアス領以外、さほど出回っていない。分解されたら何なのか普通にわからないのだ。


(ギリギリまで近づいて発砲し、手爆弾を投げ込む!)

(ラフェル様まで巻き込むぞ!)

(あのお方は不死身だ! とにかく救出できれば、俺たちは英雄だ!)


 考えが固まり、ラフェルの姿を確認したところで一斉に距離を詰めた!


『敵だ~!! 敵が大勢いるぞ~~!!』


 突然真上から声が! 上空で哨戒しょうかいにあたっていた使い魔に発見されたのだ!


「煙幕弾を投げろ! 構うな! 撃ちまくれ!!」


 発見されたことで作戦変更を余儀なくされる。こうなったら、とにかく魔物共をかく乱させてラフェルを奪うしか無い! 弾は当たっているのか、煙幕の向こうから悲鳴や何かに当たる音が聞こえた。


 と、その時! 前方に広がっていた煙幕がこちらへと向かってきたのだ!


(逆風だとっ!? 魔法は使えない筈!?)


 思わず強風に身構えた。視界が晴れた先で現れたのは、闇の中で盾を構える骸骨たち。逆風は翼の生えた亜人が羽ばたいて起こしていたのだ。


「勇者の手先か!? くらいやがれ!!」


 ブルド隊長の試作機関銃が火を吹いた!


「ぐおっ!?」

「ぎゃぁっ!」


 次々と撃たれる仲間を見て、リーダー格の者は撤退を合図する。そこへなおも矢と銃弾の追撃が襲う。


(連射銃!? 何故だ!? 何故魔物が我々の、異世界の武器を持っている!?)


 わからない。ただ言えるのは、奇襲は失敗に終わったということだ。

 そして、失敗の責任は自分にあるということ……!


(逃げ帰り死罪になるよりは、せめて……!)


 リーダー格の者は手爆弾を握り、魔物の群れへと走って行く。

 これをブルド隊長は迎え撃とうとするも、機関銃が反応しない。


「くっそ! また弾切れか!?」

「任せろおぉぉぉ!!」


 ゴブリンリーダーが放った弓は、相手の膝に命中する。謎の集団のリーダー格は転倒すると爆発し、壮絶な最後をげた……。


「まだ仲間がいるかも知れねぇ! 警戒しながら魔道士と怪我人を運び出せ!」


 ブルド隊長が指示を飛ばす中、ゴブリンたちは四散した肉片を確認する。


「今の見たかぁ!? この俺様の弓の腕をよぉぉぉ!」


「見事に粉微塵こなみじんっすねぇ。でも十回撃って八回は外すリーダーの矢に当たるとか、相当に運が無い奴でしたね」


「余計な事言うんじゃねぇぇぇ!!」


 実際、ゴブリンリーダーはヘッドショットを狙ったのが見事外れ、たまたま膝に当たったのだった。

 その傍らで、翼を持った亜人の娘は謎の集団の死体を調べていた。


「やれやれ。それにしても人間の兵士ってのは甘いね。自決すれば口が割れないとでも思ってるのかな。あ、骸骨さん。こいつらセレーナさんのとこに運んどいて」


「コココ……」


 骸骨兵士たちは死体を担ぎ上げ、セルバ市の外に設置してある魔法陣へと向かうのだった。


…………


「オラァ! ここに死ぬまで入っていやがれ! ……あ、お前死なないんだったっけ」


(ぐ……)


 ゴブリンから乱暴に投げ出され、石の床に叩きつけられるラフェル。

 後から鉄の扉が閉まり、施錠せじょうされる音が聞こえた。


 ここがどこなのか、目隠しをされているのでわからない。だが外に少しだけ連れ出され、何か騒ぎがあったのは間違いない。その後で、魔法陣でここへ連れてこられたようだ。

 魔法を唱えようにも口を塞がれている上、やはりここにもサイレス石が置かれているようだ。逃げ出すことは不可能に近いだろう。


あきらめるものか……! 必ず……必ずノブアキが助けに来る……!)


 心身ともに石になろうとも、諦めぬ決意を固めるラフェル。

 友が自分を助けに来てくれる、その時まで……。

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