魔の血判書


 会合は引き続き、ガーナスコッチやセルバ市の近況がエリサから報告される。


「ガーナスコッチ地方では村人が裕福になったため、賊や野盗から目をつけられているようです。村長各位から武器を貸して貰えないかとの要請を受けています」


 聞きながらアルムは村の皆の顔が思い浮かんだ。そう言えば、ザップは自警団をつくると息巻いていたか。できれば協力してあげたいが……。


「使わなくなった武具を提供するのはどうだろう? あるだけでも野盗は襲いにくくなるし、村人側は安心できると思う。戦うためじゃない、守るための道具だ」


 これに対し、何故人間にそこまでしてやるのかとゴブリンリーダーから非難の声。一方で、ワーウルフのブルド隊長からはアルムを擁護ようごする意見が出た。


「俺は別にいいと思うぜ。こっちは食い物を貰ってるからな」


「貰ってるんじゃねぇよ! 買ってるんだろぉがよぉ! それに人間へ魔王軍の武器が渡ることになるんだぜぇ!? いいのかよぉ!?」


「あ? 普段野良仕事しかしない田舎の人間が武器を持って、何が怖いってんだ?」

「ぐむむ……」


 大柄なブルド隊長からにらまれ、臆病なゴブリンリーダーは萎縮してしまう。流石に力では敵わない相手だ。


「魔王様はどうお考えで?」

「……いらない武器くらいくれてやれ」


 ラムダに問われ、シャリアはあまり興味なさそうに答えた。


「ならばそのように……。さて、次にエルランド領とヴィルハイム領を繋ぐ街道の件ですが、現在試験的に一部通行規制を緩和させる方向で動いております」


 今後、外部から様々な人間が入ってくることになる。

 それにともなってエルランドがうるおう一方、色々な問題も起こるだろう。


「……騎士団の中には、グライアス領の息がかかっている者も居る。もしかしたらこちらの動向を探る間者かんじゃ(スパイのこと)が入り込むかも……いや、既に入っているかもしれない。ラフェルを連れ出され、奪還だっかんされる危険性もある」


「早急に魔道士ラフェルの身柄を移さねばなりませぬな。魔王様、魔王城の地下牢へとラフェルを移しては如何いかがでしょうか?」


「好きにすればいい」


「はぁ……」


 シャリアからまともに報告を聞こうという態度が見られない。

 これはいけないと注意しようとした時、シャリアの方から口を開いた。


「どうもさっきからお前たちの報告は詰まらぬ。態々わざわざこうして皆を集め、余の耳に直接入れる程の報告なのか?」


「え……? なにを……?」


「余が聞きたいのは今日軍師が人間の騎士と取りまとめてきた内容である。どうせまた厄介事を持ってきたのだろう。さっさと話せ」


 魔王の声により、皆の視線がアルムへと集まった。


(アルム殿……)

(あわわ……)


「……かしこまりました。では本日、ヴィルハイム騎士団と取りまとめた内容についてお話します」


 アルムは深呼吸すると、昼間ヴィルハイム城であった出来事を話し始めた……。




 転移魔法を用い、ヴィルハイム城へと足を運んだアルム。事前に来訪することを伝えていたこともあり、特に問題なく城の中まで案内して貰うことができた。本日魔王軍からは侍従長のエリサのみを供として連れて来ている。


「ご安心下さい。こう見えてもアルム様一人くらいなら守ることはできます」

「あはは……戦いに行くわけじゃないから大丈夫だよ。今日はよろしくね」


「アルムのことはあたしが守るから問題ないけどな」


 そしてもう一人、行きたいと聞かないセスも連れてきていた。どうしようかと迷った挙げ句、象徴しょうちょう的な意味で役に立つのでは? という考えに至ったのである。


 堂々と姿を見せるおとぎ話の存在に、城内の騎士からは驚きの声が上がった。

 しかも大分好印象のようで、これは連れて来て正解だったかと思われたが……。


『なんじゃいあのちんちくりんは。妖精というからすらーっとした別嬪べっぴんかと思っていたわい』


 バーバリアンの老騎士から発せられた言葉、セスは憤慨ふんがいした。


「あっ!? 文句あんのか!? この毛むくじゃら! もういっぺん言ってみろ!!」

「わーっ!! やめろって! 大人しくするって言っただろ!?」


 襲いかかろうとするセスを捕まえ、一行は広い客室に通される。既にユリウスを始め、数人の重鎮じゅうちんたちが腰をえていた。前回よりも人数が少ないのは、グライアスの息がかかっている者を除外したためか。


「何だか久し振りだなアルム。元気そうな顔が見れてホッとした」


「この度は大変なご迷惑をお掛けしました。特にユリウス卿には大変なお世話になったと伺っております。こうして再び招かれたことも踏まえ、重ねて御礼を申し上げます」


「そんなことは気にするな。……今日はキスカを連れてきてはいないんだな……あ、いいんだ。美人なら誰でも大歓迎だぞ、ハッハッハ!」


 ユリウスは少し残念そうだった。というのもキスカが居ないだけでなく、友人のアルムが訪ねて来たのに他人行儀だったことにある。だがこればかりは仕方ない。


「では早速始めよう。どこから手を付けようか」

「始めから確認していきましょう」


 こうして中断されていた協議は再開させることができた。前回の協議である程度決めていたこともあり、細部に至るまで話し合うことができたのだ。


「先日できなかった騎士の遺品を今お返しします。故人の亡骸なきがらに関してはこちらで一時預かるという形で譲渡頂けると……」


「妥協案というわけか。なら仮了承という形で飲もう。だが遺族から強い返還要望があった場合は速やかに引き渡して頂く」


 不測の事態対応に関しては再協議も視野に入れた。円滑に事を進めるため、週に一度魔王軍側から使者を派遣し、こまめな情報交換を行うことで合意する。


「……こんなところか。よし、今回の協議はこれまで! 解散だ!」


 そして協議は午後まで、ようやく終わりを迎えたのだった。


「お疲れさまでした」

「ふぃ~、やっと終わったぁ……」


 協議の中で、エリサは前回の参加者でないにも関わらず、的確にアルムの必要とする資料を提示してみせた。流石は侍従長に取り立てられることはある。

 セスの方は完全に途中から飽きてしまい、フラフラ部屋の中を飛び回っていたところ注意され、途中から姿を消していたのだった。


「あー、皆、済まないが出て行ってくれないか。アルムと二人だけで話がしたい」


 ユリウスに言われ、アルムたちに話しかけていた重鎮たちは名残惜しそうに出て行った。一体何を話すというのだろうか?


「では、私も外でお待ちしていますわ」

「うん、頼むよ」

「すまんな」


 エリサも一礼し、部屋を出ていくが……。


「あたしはいいよな?」


 このセスである。


「お前らの仲についてはわかってるつもりだ。騒がないでいてくれるならいいさ」

「おー、理解あるじゃん戦友よ!」


「ごめんねユリウス。……それで、僕だけに話したい事って、何?」


 ここでユリウスは、協議中でも見せなかったけわしい表情をとった。

 鬼気迫るその様子から、これは何かあったなとアルムは察する。


「つい先日のことだ。王都バルタニアで緊急会議が開かれると通達が来た。恐らく俺は騎士団と魔王軍の関係性について、厳しい言及げんきゅうを受けるだろう」


 そう、前回の停戦交渉は勇者ノブアキにバレていたのだ。

 こうなってしかるべき事態だが、それでもアルムの背に冷たいものが走る。


「……どうするつもりなの?」


「無論、俺はシラを切り通すつもりではいた。だがお前に話したい事は緊急会議のことについてじゃない。どうしてもお前に頼みたいことがあるんだ」


「頼みたいこと?」


 するとユリウスは、突然立ち上がった。


「魔王軍に居るソフィーナを早急に引き渡して貰いたい。バルタニアへ帰してやりたいんだ」


「えぇ~~~~~~~~~~~!!??」


 アルムが驚く前にセスが大声を上げ、二人からの視線を浴びる。流石に気まずくなったのか、慌てて口をふさぐと自ら姿を消した。


「それは難しい頼みだ。今の彼女は魔王軍内でも重要な地位にいる。でもどうして急にそんな話を? 今まで何も言わなかったじゃないか」


「彼女を帰すのはこの機会しか無い、そう思ったからだ!」


 ユリウスは如何にエランツェル親子が自分にとって大事な存在かをアルムに説明してみせた。家や地位がどうとかではない、人の義としての問題であることを何度も主張したのである。


「これは騎士団の長としての要求ではない。お前を友人として見込んでの、一人の男としての頼みだ。……アルム、どうか頼む! この通りだ!」


 これにはアルムも非常に悩んだ。友が自分を頼り、騎士団領の領主が頭を下げているのである。だが情に流され決断をするわけにもいかない。ソフィーナは重要な人質であると同時に、神具の保持者でもあるのだから。


「……ユリウス、こちら側は貴重な手札を手放すことになるんだ。無償というわけにはいかない、それ相応の対価は覚悟して貰いたいな」


「今度の会議は領主だけでなく、アスガルド王も出席するらしい。その中で魔道士ラフェルの蛮行を公表すると約束しよう、どうだ?」


 これまた大きく出たものである。だが只でさえ今の騎士団の印象は最悪と言っていいだろう。ラフェルの件を訴え出たところで、果たして信用して貰えるのか。


(……だがやってみる価値は大いにあるな! よし!)


 ここでアルムは一枚の古い紙を取り出した。スラスラと今言った交換内容を書き連ねると、セスに槍を出すように言う。小さな銀の槍の穂先で自分の指をなぞり、血溜まりをつくると紙へ押し付けたのだ!


「アルム!?」

「血判書かっ!?」


「只の血判書じゃない。この紙は伝承にある『悪魔の契約書』だ」


「っ!? ほ、本物だって言うのか!? これが……!」


 アスガルドでは血判書が物を言う。

 これは太古の昔、ラカールが聖地となる前の話だ。


 天災の絶えなかったこの地で聖人の前に悪魔が現れた。悪魔は自分が天災を無くすことができると言い、聖人の命を差し出すように詰め寄る。ここで悪魔が出したのが『悪魔の契約書』、それに対し聖人が提案したのが『血判書』なのだ。

 数日後、聖人はこの世を去った。しかしそれ以降の歴史において、大きな天災がラカールを襲った記録は残っていない。そして、悪魔ですら約束を守ると言われた血判書は現在まで風習として根強く残った。どんなに理不尽な内容でも、裁判で破ったことが発覚すればアスガルド法にて死罪が確定するのだ。


「そう、ハッタリなんかじゃない本物だ。これをくれたデーモンが言うには、内容次第では契約者が死んでも有効らしい。もし破れば契約者以外の身内にまで災厄が及ぶと話していたよ」


(ぐぅ……!)


「アルム! 冷静になれ! こんな危険な代物しろもの、使ったりしちゃ駄目だ!」


「大丈夫だよセス、僕は冷静だ。……さぁユリウス、君もここに血判を押すんだ。僕を友人として見てくれている、とても嬉しい。僕も君を友人として信頼する証としてこの血判書を提示する! 友人だからこそだ!」


 契約書を突きつけられ、ユリウスは動揺を隠せなかった。明らかに騎士団全体を巻き込んでしまう契約書とその内容。完全に逃げ場を絶たれ窮地きゅうちへと立たされた。


 暫し、流れる沈黙……。頭を抱えうずくまっていたユリウスは遂に顔を上げる。

 その表情は意外にも安らかだった。


「完全に俺の敗北ってわけだ……お前がまるで悪魔に見えたよ」


 そう言うと小刀を取り出し、指を押し当てたのである。


「が、悪魔のダチってのも悪くない」


 ユリウスはアルムの血判の横へ自分の指を連ねた。それを見たアルムはもう一枚白紙を取り出し重ねる。悪魔の契約書が本物の証明であるかのように、白紙に文字と血判が現れたのだった。


 アルムは一枚を大切に保管するよう言うと、ユリウスへ握手を求める。


「ありがとうユリウス。君の決断を無駄にしないと誓う、絶対にだ」

「俺たちはもう只のダチじゃねぇ。血を分け合った兄弟同然だ」


 明日の昼過ぎにソフィーナを連れてくることを確認し、こいつら色々おかしいぞと動揺していたセスを連れて部屋を出る。外で人だかりを見つけると、質問攻めになっていたエリサを助け出す。こうしてアルムは魔王城に帰還するのだった。

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