ラムダという異邦人


 そして再び時間は現在に戻る。アルムが復帰して間もなくのことだ。



「ふわぁぁ、疲れたぁ……。早く部屋で休もーっと」


 魔王城内でのこと。アルムと共に自室へと向かっていたセスは、空中で背伸びをしてみせた。つい先程まで二人はヴィルハイムへとおもむき、ユリウスに謁見えっけんしていたのである。目的はもちろん、中断した休戦交渉の内容整理だったのだが……。


(疲れたって……。セスは何もしてなかったじゃないか)


 大人しくしているという約束でセスも一緒に連れて行ったのだが、相変わらずギャーギャー騒いでいるだけだった。

 だがアルムにとってはそれでもよかった。隣りにセスがいる、それだけで日常が戻ってきた気分になれたからだ。それだけでいつもの自分で居られる、そんな気がしていた。セスと仲を寄り戻せて本当によかった、心からそう感じていたのだ。



「おー懐かしの我が部屋よ~、って。誰か来たぞ?」


 部屋の戸を開けようとした時。


「おぉ、奇遇きぐうですなアルム殿、お疲れ様でございました」


「ラ、ラムダさん!?」



 半ば強引な形でアルムたちと部屋に入ったラムダ。入るなり「良い茶葉が手に入った」という理由で勝手に茶を入れ始める。一方で、ようやくゆっくりできると思っていたセスは少々不機嫌になった。


「実はアルム殿が寝込まれている時、異界から支援物資が届きましてな。この茶葉も以前より手前が所望しょもうしていたものなのですよ」


 そう言って嬉しそうに茶を注ぎ出す。自前の器も持参という用意ようい周到しゅうとうぶりだ。


「異界? なんだそりゃ?」


「手前の生まれ故郷ですぞ。ご存知でありませんでしたかな?」


「前にセスにも話したじゃないか……。それにしても支援物資ね……。必要以上にこちらの世界へ干渉しないという話だったのに、随分と世話をしてくれるんだね」


「……まぁ言われるとそうですな。ささ、どうぞ。お熱いですぞ」


(……?)


 アルムは話をはぐらかされた違和感を覚えるも、湯気の立つ器を口元へ運ぶ。

 セスも小さなマイカップに茶を注がれたのを見て、同時に口をつけた。


「う……」

「あぢぢぢっ!! それに苦っ!! なんだこりゃ!?」


「異界の標準的なお茶ですぞ」


 そう言われるも、セスと同じくして口をつけたアルムは眉間みけんにシワが寄った。


(異界の人間は、こんなお茶を日常的に飲んでいるのか……)


 ラムダは美味そうに茶をすすっては深い溜め息をついている。こう言ってはなんだが、容姿と相まって余計にじじむさく見える。


(ん、これは……)


 ラムダに習い二口めを飲んだアルムは、先程の苦味とは別の甘い風味が口に残ることに気付いたのだ。そして何とも言えぬ、安らぐような心地に包まれる。


(ハーブティーとは違う……。とても不思議な味だ)


 セスもこれに気付いたのか、少しづつ口をつけている。

 異界の神秘、その鱗片りんぺん……そんな言葉がよぎる。


(異界か……。どんな世界なんだろう?)


 アルムの父も異世界から来た人間だが、ラムダの居た異界はまた別の世界なのだという。全てが超越ちょうえつしていると言われたが、どんな人間が住んでいるのだろうか? これまた失礼な話だが、ラムダに似た容姿ようしの人間ばかりいるのだとすれば、あまり行きたい場所ではないなと考えてしまった。


 ここでアルムは、ようやく肝心なことを聞き忘れていたことに気づく。


「そ、そうだ! ラムダさん、今まで一体どうしていたの? 全然姿を見なかったし」


「独自に諜報ちょうほう活動を行なっていたのです。色々とわかりましたぞ」


 ラムダは神妙な顔つきでアルムを見据みすえた。


「ヴィルハイム騎士団、ユリウスきょうの弟ヘンリーに謀反むほんの動きがあります。必ずや近いうちにヴィルハイムで事が起きるでしょう」


「!!!」


 アルムは度肝どぎもを抜かされた。ユリウスとヘンリーが不仲であったことは聞いていたが、まずはラムダの諜報能力に驚いた。一体どこから情報を仕入れてきたのか。

 そして再びユリウスのことに考えがいく。つい先程ユリウスに会って来たばかりではないか……。どうする? このことをユリウスに伝えるべきなのか……?


(アルム……)


 心配そうに顔を覗き込むセスに、大丈夫だと応えた。


「その情報は確かなの? 一体どうやって……」


「独自の情報網から、とだけ申しておきましょう。……この情報をアルム殿がどう活かすかはお任せします。手前はあくまで事実をお伝えした次第。強力な手札にもなりますゆえ、使い方のお間違えを無きように……」


「……うん。わかったよ」


「ところで、アルム殿の方は如何いかがだったのですかな?」



 尋ねられ、アルムはヴィルハイムでの出来事を淡々と話し始めた。

 聞いているうち今度はラムダが驚き、青ざめ、頭を抱えてしまった。


「……な、なんと……そのような……」


「危ない橋を勝手に渡ってしまったことは認めるよ。でも、こうしないと向こうは良い返事をくれなかったと思う」


 このアスガルドにおいて、領主はその領の王に等しい存在だ。

 アルムはラムダに事の必要性と意義を説明する。


「うまくいけばこちらが優位に立てる。いや、きっとうまくいく!」


「……しかし、魔王様がなんとおっしゃられるか……」


「魔王よりも本人が納得してくれるか、だけどね」


 突然セスが話に割り込んできた。


「ま、あたしがビシッと言えば何とかなるって!」


「うむむ……。ふむぅ……」


 威勢いせいのいいセスにラムダは考え込むも、納得したかのように顔を上げた。


「そういうことならお任せしましょう。では今晩開かれる定例報告会にて、説明をお願いしますぞ」


「うん。その時に今後の予定も話そうと思う」

「では、また会議室で」


 ラムダ補佐官は立ち上がると、おすそ分けだと言って小袋に入った茶葉を置き、部屋から出て行った。



 その夜、予定通り魔王軍による定例報告会が開かれた。いつもと比べ、メンバーは各々の事情もあることながら、必要最低限に抑えられていた。


 そして、居ないメンバーの一人にソフィーナもふくまれている。

 とある事情によりえて呼ばなかったのである。


「ふむ、今回の出席者はこれで全員ですかな」


 最後にシャリアが入ってきたが、前回の黒いドレスではなく真っ赤な鮮血の衣装に身を包んでいた。前々から思っていたが、おしゃれには気を使う性格のようだ。


 シャリアは椅子に座って腕を組むなり、じろりとラムダを見る。


「……なんだ爺よ、生きていたか。しばらく姿を見せぬから、てっきり干からびて壁と同化してしまったかと思っていた」


「あ、いや……オホン。弁解もございませぬ……」


 集まった面々から小さな笑いが起きる。

 これを見てアルムは少し意外そうな顔で感心していた。


(場の緊張を解くために冗談を言ったのか? シャリィも随分ずいぶんと変わったなぁ)


 アルムの横に居たセスは、その様子を見て嫌そうな顔をする。


(うわぁ、何あいつ! あれで色気付いてるつもり? あーやだやだ!)

(頼むから喧嘩しないでくれよ……)


 ラムダ補佐官の進行の元、いつものように定例報告会は始まった。

 まずネクロマンサーのセレーナから報告である。


「ラムダ補佐官の指導の元、祈祷きとうの間に設置されている魔力制御装置へ改修かいしゅうほどこしました。結果、今までよりも多くの魔力を蓄えられるようになりました」


「待て。そんなことができるなら、なぜ今までやらなかった?」

「今回できたのはラムダ補佐官の用意した改修部品があってこそです」


「爺っ! どういうことだ!?」


 シャリアが隣を叫びにらむ。

 ラムダ補佐官は思わず明後日の方向を向いた。


「……城の倉庫を整理させていた時、偶然にも発見したのです。なにぶんこの城は手前でも把握しきれていない部分がございまして……」


「嘘をつけラムダ! 貴様、以前にも似たようなことがあったな! 余が知らぬと思い内緒の小細工を続けるなら考えがあるぞ!?」


 段々苦しくなっていくラムダが可愛そうになり、事情を知っているアルムは手をあげた。


「恐れながら魔王様、時間が押しているので審議については後の会議にされた方がよろしいのでは? まずは全ての報告の把握が先決です」


「軍師殿のおっしゃる通りです! 魔王様、今は何卒なにとぞ、ご容赦ようしゃの程を……」


「……ふん!」


 なんとか爆弾の爆発はまぬれたようだ。

 どういう訳かいつも報告の途中で話の腰を折られてしまうセレーナ。もう本人も慣れたのか、新たな不死部隊を考案中だと告げ、報告を終えた。


「次にですが、新たに大型の医療機器を設置致しました。運用は医療班に一任する予定でございます。医療班長のココナ殿、経過報告を」


「あ、あたしか」


 今回始めて報告会に顔を出したココナは、名を呼ばれ慌てて立ち上がった。

 ココナの報告によると、大型の医療機器というのは設置型で、主に細胞の再生に使われるらしい。重傷を負った兵士でもその機器にかかれば立ちどころに治るのだそうだ。


「まだ十分使いこなせず、従来の医術と併用しているのが現状です。ですが戦いで腕を失ったリザード兵を治療したところ、爪の先まで再生させることに成功しました。……えーと、ルスターク将軍。その後、患者の様子はどうでしょう?」


「腕を失う以前よりも元気なくらいです! いや実に素晴らしい! これならば我ら、本当の意味で命を惜しまずとも存分に戦えるというもの!」


「……いや、死んだら生き返れないから。それにあたしの管轄かんかつじゃなくなるから」


 ココナの報告が終わり、アルムはチラリとシャリアの顔を伺う。

 案の定、鬼の形相ぎょうそうだ。


「……今度は中庭を掘ったら出てきたとでも言いたげだな、ラムダよ?」


「いえ決してそのような……。恐れながら魔王様。この世界には魔王軍の支配下となっておらず、その土地にて静かに暮らしている魔物も数多く居るのです。中には我らを遥かに凌ぐ技術を持った種も存在しておるのです」


「貴様はその者らから協力をうておるのか? 余に黙って」

あらそいを好まぬ種もあるのです。どうかご理解の程を……」

「よかろう。なら利用しくした後でこちらから出向き、従わぬなら滅ぼすことにしよう。野放しにしてはおけぬからな、それで良いな?」


 二人のやり取りを見て、一同は心のなかで「なんだかなぁ……」と思った。


(ねぇアルム?)


 ここで、セスが耳元で囁いてくる。


(あの補佐官さ、絶対嘘付くの下手だろ? 顔に出まくりなんだけど)

(まぁ言われてみると……。うーん……)


 相手がシャリアだからというのもあるかもしれないが、こうして見ると、確かにごまかし切れていない感じだ。単に嘘が苦手なのだろうか。


 だがそうとも言い切れない。アルムはラムダから何度も嘘をつかれてきた。

 もちろんそれは意味のある嘘で、アルムも納得をしていたのだが……。


(ラムダさんからは重要な異界の秘密を打ち明けて貰った。……でもなんだろう、手放しに信用してはいけない……そんな気がするな……)


 シャリアの本当の年齢にしろ、様々な疑問の鍵を、このラムダが握っているのは間違いないのだろう。真実を知った時、自分はラムダに対しどうするのだろうか。一抹いちまつの不安を感じたが、今は胸の奥底へそっとしまっておくのだった。

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