第十五話 兄と弟

深層に潜んでいる者

 それはアルムがヴィルハイム城を訪れた次の日、病床に伏した日までさかのぼる。



──ヴィルハイム騎士団領。


 アスガルド大陸北東に位置し、更に北部は高い山々がそびええ立つ。主に住んでいるのは寒さに強い野生動物やバーバリアン一族。その自治区を除いた一部に、表向きはヴィルハイム領でありながら、グライアス領の管轄かんかつとなっている場所があった。


──ヴィルハイム領、ヘンリー公が治める領地の一角にて……。



「あぁ寒い寒い……。早く交代の時間にならないかな……」


 雪化粧した森の中、仲間らと見張りをしていた男は思わず言葉をもららした。彼らはグライアス領から来た兵士である。彼らの仕事は坑道から運び出された鉱石が、無事に魔道列車へ運び積まれるのを見張ること。

 進入禁止区域の上、人間が入り込めないような深い森の奥。しかし逆を言えば、万が一何かあってもすぐ助けを呼ぶことができない。昨晩は夜通しで狼の遠吠とおぼえが聞こえたのを思い出し、寒さもあいまって男は身震いした。


「おい、大丈夫か新人。……ところでよ、こんな話知ってるか?」


 震えながらボヤく新人に対し、もうひとりの見張り兵士が話を切り出す。


「この山奥の更に奥、バーバリアンでも入り込まない山の奥地に『伝説の白狼』が住んでるって話だ。息を吹きかけられた人間は凍らされ、頭からバリバリ食われちまうんだと。うまく逃げおおせても、三日三晩高熱を出して死んじまうらしい」


「お、おい! 脅かさないでくれよ!」

「ひひひっ」


 臆病な新人に、他の兵士らは通過つうか儀礼ぎれいだとばかりにからかった。


『ちょっと待て! 静かにしろ!』


 と、ここで一人が緊張した声を上げる。

 これに新人兵士はビクリとなった。


「おいおい、これ以上脅かしてやるなよ。チビッちまうだろ」


「そうじゃない! 今、むこうの木が動いた!」


 見間違いじゃないのか? 皆はそう顔を見合わせるも、すぐライフル銃を手に警戒態勢を取る。なんせここは人間にとって未開の地に等しい。魔物や野生の大型動物が襲ってきてもおかしくはない。新米兵士も尻を叩かれながら持ち場へとついた。


(……一体何だ……?)


 確かに遠くから、獣のうなり声のようなものが聞こえる。


 緊張が走る中、兵士らは悲鳴を上げ出した!


「うぐっ!? 何だこのにおいっ!?」

「く、くせぇっ!!」


 風に乗り、獣の肉が腐ったような酷い臭いがただってきたのだ。顔をしかめながら各自マスクをほどこすと、相手は途端に姿を現した!


「ば、化け物!?」

「撃てー!!」


 木の間から現れたのは、白い毛むくじゃらの巨体! 熊よりも遥かに大きく、首のついていない巨人にも見える! 兵士らは一斉に銃撃を浴びせ始めた!


「打ち方止め!」


 一人が声を掛ける前に、巨体は姿を消していた。

 ……信じられないことに、銃弾を浴びせ始めた途端、消えてしまったのである。


「弾込めを急げ! 付近を警戒するぞ!」


 兵士らは防御線である土嚢どのうから身を乗り出すと、いくつかの組に分かれる。あの化け物は一体何だ? 何年もこの地を勤務している兵士でも、その正体が全くわからない。

 それでも兵士らは、現れた外敵に立ち向かわなくてはならないのだ。もし坑道が崩れたり魔道列車が破壊でもされたら、それこそ死刑になりかねない。


『~~~~~~~~っ!!!』


「あ、あんなところに!?」


 兵士らのすぐ右手で木の折れる音がした。驚き慌て銃口を向けるも、恐ろしげな唸り声を聞いた時には既に遅かった。

 化け物が大木を引っこ抜き、こちらへと投げつけていたのである!


「うわぁぁぁ!?」


 地響きと雪煙の舞う中で、兵士らは身を伏せるしか無かった。

 



「……どうやらトロール共はうまくやってくれたようじゃな」


 その頃で、ノッカーのグラビオらは坑道への侵入に成功していた。


 彼らは密かにラムダ補佐官の命を受け、ヴィルハイムにある秘密採掘場へ斥候せっこうに来ていたのだ。

 ラムダ補佐官はハルピュイアたちの持ち帰った情報を元に、ヴィルハイムで発生した奇病の原因が鉱毒ではないかと疑った。それを更に詳しく調べ、奇病が発生した村の北部に鉱山があることを突き止める。


 元々この鉱山に住んでいたノッカーたちは、鉱山の調査隊へと抜擢ばってきされた。外のトロールらは見張りを誘い出すための陽動、森と一体化できる彼らに敵うものは居ないだろう。まさに適材適所だ。


「ここに来るのも久しぶりだな。だがワシらが採掘してた頃は鉱毒なぞ出なかったはずだが」


「長い時間を積もり積もって、ということじゃないか? それに人間たちはある時期からむちゃくちゃに山を穴だらけにし始めたからの」


「まだ鉱毒が奇病の原因とも限らん」


「それに勘違いするなよ、今回ワシらの目的は奇病の原因究明じゃない。あくまでこの採掘場の調査だからな」


 ノッカーたちはぞろぞろと坑道の中を奥に進み始めた。途中グライアスの兵士に何人か会ったが、得意の催眠術で難なく切り抜ける。やがて、地下へと続く大穴を発見した。そこから轟々と激しい音が鳴り響いてくる。


「なんちゅう大穴じゃ! 本当に人間が掘ったのか!?」


「あー、これ。どうやって下へ降りるんだ?」


 死んだ目をしながらトロッコを押す人間の男を捕まえ、催眠術をかける。すると男はノッカーたちを誘導し、奇妙な機械のボタンを押す。エレベーターだ。


「なるほど。こいつは便利だ」


「しかし呆れた深さじゃ。こいつら大地の底まで掘り進む気か?」 


 エレベーターで地下へと進む途中、いくつもの横穴が見えた。ノッカーたちさえも不安になり始めたところで、エレベーターはついに最深部へ辿たどり着く。

 そこは轟音の洪水だった。粗末な服に死んだ目をした男たちが、ツルハシや機械を使って岩壁を削っている。


 一人、ツルハシを振っていた男が倒れた。


「おい、しっかりしろ! お前らは何を掘っておるんじゃ!?」


 水を与えると、男は握っていた石を見せる。

 ノッカーたちでも馴染みのない、真っ白で小さな石だった。


「い、いや! 待て! こいつはアルベドニウムじゃないか!?」

「なんで人間がそんなもんを……?」


 アルベドニウム、この世界に存在する鉱石の一つだ。

 希少価値はさほど無い。加工が難しく、ノッカーたちですら手を焼いていたほどである。始めは合金化次第で熱や衝撃に強い金属が作れると思われていたが、いざ使ってみると非常にもろく、実用性にとぼしいクズ石と考えられていたのである。


「もし、だ。人間がこの鉱石の合金化に成功していたら……」


「まずいぞ! 武器など作られたら魔王軍に勝ち目はない!」


「どうする? ここをぶっ壊しちまうか?」


「いや、まず調査だ!」


 ノッカーたちは分散し、坑道をくまなく探索し始めた。横穴は縦横に張り巡らされており、採掘場の他に人間の詰め所まであることがわかったのだ。


「こいつら他所から連れてこられて強制労働をさせられているようじゃな。死人を捨てる場所まであったぞ」

「グライアスだけでなくエルランドから来とる人間もおったぞ」


「妙な場所を見つけた! 来てくれ!」


 見に行くと、防塵ぼうじん装備をしたグライアス兵が数人立っていた。何やら横穴の前で見張っているようである。


「な、何だお前らは!?」


「アース・ベルト!」


 ノッカーの長、グラビオが呪文を唱えると、見張り兵の足元が波打ち始める。

 転倒した兵士たちは、すかさず催眠術をかけられて意識を失ってしまった。


「一体この奥に何があるんじゃろうな?」


 横穴は少し進むと広くなり、行き止まりとなっていた。そこはまるで部屋のようであり、様々な物が置かれている。


「あそこに誰かおるぞ」


 暗い部屋の隅の方で、うずくっている人間を発見したのだ。 

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