優しき破門


 アルムは一旦、魔王城の外にある自分の家に戻った。誰にも聞かれたくない話をするには結局ここが一番なのだ。


 お茶を用意していると、戸を叩く音が聞こえた。


「こんばんは、ココナから聞いたわよ」


 戸を開けると、ローブを羽織ったキスカが現れる。


「こめんね、急に呼びつけたりなんかして」


「確かにこんな夜遅くに、女を一人呼び出すなんて。人里では考えられないわね。い引きのお誘いかしら?」


「いや、まさか! そんなことしたらユリウスに殺されるよ」

「ふふっ、冗談よ。大事な話があるのでしょう?」


 アルムは椅子に座るよう勧めると、昼間ヴィルハイム城であった話を聞かせた。


「……というわけで魔王の許可も下りたと見ていい。急だけど明日、ソフィーナをヴィルハイム城へ連れて行こうと思うんだ。君の口から伝えてくれないかな?」


 キスカは驚き喜ぶと、顔を輝かせる。


「もちろんよ! 必ず伝えるわ! ……あぁ、よかった……あの子を帰すことができるのね。……本当によかった……ありがとうございます、軍師様」


 キスカは自分のことのように顔を赤く染め、涙ぐむ。それだけソフィーナを大切に思っていたということなのだろう。アルムも思わず心がつられ、じんとなった。


「僕じゃないさ。きっかけを作ったのはユリウスの決断だよ」


「ふふっ、そうね……。でも本当にありがとうございます、軍師様!」


チュッ


「っ!?」


 キスカはアルムのほほにキスすると、喜び勇んで出て行った。

 ……気分が高揚こうようするとキス魔になる性格なのだろうか。


(それともまだ僕を幼く見てるとか? なんにしてもセスが居なくてよかった)


ガンガンガンッ!


『アルムッ! アルムッ!』


「っ!? だ、誰だ!?」


 突然激しく窓が叩かれる音に、アルムは心臓が飛び出しそうになった。

 甲高い子供の声のようだが、聞き覚えがない。恐る恐る窓を開けると、黒い影が部屋の中へと飛び込んで来たのだ。


「アルムッ! アルムッ!」


「ジークフリード!?」


 魔黒竜ファーヴニラの子供である。どうしてこんなところにいるのか?


「お前! 大人しくしてろってのに駄目じゃないか!」


 続いて現れたのは、セスである。魔黒竜の子が飛び回る部屋の中、二人はお互い顔を合わせると気まずくなった。


「……なんでセスまで……」


「あ、か、勘違いするなよ! こいつ一人で飛び回ってるのを見つけて、追いかけて来たんだからな! ……それにあたしはもう、あんたが他の女にキスされてようが、あのちんくしゃ魔王と仲良くしようが、別に気にしないからな!」


「……覗いてたんじゃないか」

「う……。な、成り行きだ、仕方なかったんだ!」


 アルムはやれやれと溜息をつき、嬉しそうになついてくるジークフリードを抱きかかえた。小柄だが流石魔黒竜の子供といったところか。見た目に反して結構な重さである。


「それよりも、だ! ソフィーナをキスカに任せて、あのままでいいのか?」


「?? 彼女が一番適任だろう。何か問題でも?」


 するとセスは、空中で腕を組み、考える素振り。


「アルムだって知ってるだろ? ソフィーナのやつ、変に意地っ張りなところあるじゃん? あたしの前では随分と素直だったけどさ」


「あ、まぁ言われてみると……確かに」


「だろ? だからあたしも様子を見に行って来てやるよ」

「あ、ちょっと!」


 止めるのを聞かず、セスは飛んで行ってしまった。


「やれやれだな……。さてと、君のお母さんはどこにいるんだい?」

「アルム、アルム!」


 ……どうしてこんなに懐くのだろう。ファーヴニラから何か言われているのかと勘ぐってしまう。

 そう言えば彼女は前に「どんな世界でも生き抜けるよう育てる」と宣言していた気もする。それはまさか、放任主義のことではあるまい……?


(もう次の会議が始まってしまう。仕方ない、途中で部屋を訪ねてみるか)


 アルムはジークフリードをかかえ家を出ると、魔王城へと向かうのだった。



 そして会議は再び開かれる。今度は今後の魔王軍の戦術行動に関する会議だ。


「その前に、先程ラフェルの身柄の移動が完了したとのことです。担当者は詳細の報告をするように」


 ラムダに言われ、ブルド隊長からセルバで謎の集団から襲撃を受けたと報告があった。現在何者かは黒魔道士らが調査中であり、こちらに重傷者は出たが死者は出ていないとのことである。その後、ゴブリンリーダーがやたら自分の活躍を主張していた。


「愚かな人間どもめが。魔王軍に死角無しと思い知るがいい」


(おいおい……君は何もしていないだろ……)


 得意げなシャリアに心の中で突っ込みつつ、今後魔王軍はグライアス領へと侵攻するむねの方針を伝える。広大な砂漠をはさんでの戦闘、相手の戦闘力は全くの未知。正直不安なことばかりだ。


「大陸北部の街道、そして魔道列車を奪うことも考えた。だがやはり前回のように転移魔法陣を駆使して徐々に進むほうがいいと思う。補給線の心配もあるしね」


 ここでリザード隊のルスターク将軍が手を上げた。


「人間たちはセルバが落とされたことで相応の防衛線を張っている筈です。いや、むしろ疑問なのは、セルバを奪い返しに軍隊を送ってこないのは何故でしょうか?相手はこちら側の拠点、この魔王城の位置を把握はあくしていないのでは?」


「勇者たちの能力について、詳しく説明する必要がありそうですな」


 ラムダは勇者の仲間の一人、僧侶アルビオンと神具「真実の目」について話し出した。大陸のあらゆる場所を映し出す神具。アルビオン自身も相手の心を読む事ができるのだと説明した。


 知らなかった者は皆驚き、歴戦の猛者たちからも不安の声が上がった。


「それでは魔王城はおろか、こちらの行動も筒抜けではありませんか!」


「ご安心を。この魔王城は異界の技術を駆使し造られております。いくら神具とてこちらの位置を正確に見つけ出すことはできますまい」


「し、しかし……。いくらなんでも……分が悪すぎる……」


 ルスターク将軍は頭を抱え込んでしまった。将軍の言いたいことは、痛いほどに伝わってくる。戦争でもゲームでも、相手の考えが見えないから成立するのだ。


 行動や思考が相手にバレてしまったら、その時点で「詰み」である。


「それしきのことで狼狽うろたえるな。向こうの全員が全員、こちらの行動が見えるわけではないだろう。むしろそれを逆手に取った作戦を立てれば良い」


「……は、確かに」


 シャリアに諭されるも、やはり会議の場は静まり返ってしまう。

 この時、アルムは別のことを考えていた。


(確かに今までグライアスを始め、西部は軍隊を送ってこなかった。それはなぜだろうか? 広大な砂漠が原因か? だが異世界の知識があるのなら、航空技術を駆使し飛行機で砂漠を越えて来てもおかしくはない……それをしないということは……)


 航空技術は未発達ということだろうか? 確かに三十年間、この大陸は戦争もなく平和だった。異世界で航空技術が発達したのは戦争が原因という説もある。


「……だと思うが軍師よ、貴様はどう考えている?」

「……え? なんと?」


 考えていたところ急にシャリアから話を振られ、ハッとする。不覚にも全く話を聞いていなかった。病み上がりの後、急に忙しくなり疲れてボーッとしていたのもいなめない事実である。


「聞いていなかったのか? 貴様はソフィーナに転移魔法陣のマーキングをさせるためにバルタニアへ帰す算段をしていたと考えていたのだが?」


「いえ……それは、考えていませんでした」


「なんだ、そんなことも思いつかなかったのか。全くこれだから人間は」


(……そこまで言うことないだろ!)


 馬鹿にしてくる魔王へ、アルムは真っ赤になって睨む。


「お言葉を返すようですが、その作戦は成功が見込めると思えません!」


「とって付けたような言葉で返されてもな。……ふむ、そろそろ来たか」


 不意に魔王は部屋の扉へと視線を移す。皆も同じように注意を向けると、確かにこちらへ向かってくる足音と、言い合いのような騒ぎが聞こえ始めたのだ。


『ソフィー! 待って頂戴!』

『おい! 話をちゃんと聞けっての!』


バタンッ!


「会議中、失礼します!! 魔王様にお尋ねしたいことがございますっ!!」


 ソフィーナだ、えらい剣幕けんまくである。

 続いて入ってくるキスカとセス。


「これは何事か! 今は会議中ですぞ!」


「ラムダよ構わぬ。名誉軍師はくたびれて使い物にならぬようだ。今宵はこれにて会議を終わりとしよう」


「な!? ちょっと待ってよ!?」


「貴様の顔に、『もう疲れて頭が回りません』と書いてあるぞ。皆はもう下がってよい、ご苦労であった」


 突然の乱入者、そして会議の中断。集まっていた者たちは奇特な目でソフィーナを眺めつつも、会議室をすみやかに出て行く。

 部屋に残ったのはアルム、シャリア、ラムダ補佐官。そして強引に入って来た、ソフィーナ、キスカ、セスとなる。


「余に話があるのだろう? 申してみよ」


 落ち着いた様子の魔王に対して、ソフィーナは息を切らしている。走って来たのだろう。居ても立っても居られなかった、そんなところか。


「……明日、私をバルタニアへ帰すというのは本当でしょうか?」


「伝えての通りだ。今までご苦労であった」


「……っ!」


 室内に、先程とは別の緊張感がただようのだった。

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