新しい命、新しい世界


(…………う)


 次の日、アルムがベッドの上で目を覚ますとシャリアが横に居た。一緒に寝ていたわけではない。椅子に座って本を読んでいたのだ。


「ようやくの目覚めたか。風土病にかかり寝込んでいたのだ」


「……風土病……? ……っ! ヴィルハイムとの交渉はどうなった!?」


「貴様のおかげで台無しだ。それより」


 シャリアは読んでいた本をたたみ、身を起こそうとするアルムに冷ややかな視線を送る。


「気の毒な話がある。セスが死んだ」


 アルムはギョッとした。

 しかし自分の錯乱に気づき、すぐさま冷静を取り戻そうとする。


「……シャリィ、君はもう少し大人な冗談を口にするべきだ」


「冗談なものか。セスは貴様を救うため自ら薬の材料となったのだ」


「!? なんだって!?」


「貴様の母のとなりに墓をつくってやった。その目で確かめてくればいい」


 いつもなら驚いたり困ったりするアルムの表情を見て、これ見よがしにニヤける魔王がそれをしない。

 ベッドから下りようとするも体がうまく動かずに、シャリアから杖を渡されることでようやく地に足がつく。


 そして、よろめきながら母の墓前を目指したのだ。


『アルム殿?』

『ありゃ、軍師じゃねぇか!?』


 驚く魔物たちの声も今は届かない。一心不乱に先を急ぐ。たまに蹴躓けつまづきそうになりながら、歩き続ける。


 そして、例の場所についた。


(…………そんな)


 神術で咲き乱れていた花々は、跡形なく姿を消していた。かわりに墓石の隣に置かれていた石。見覚えある小さな槍がえられている。


 セスの持っていた銀の槍だ。


「……冗談だろ……どうしてこんな……」

「止める間もなかった……らしい。どうにもならぬことだった」


「嘘だろ……? セス! どこかに隠れてるんだろ!? いたずらはよせ!」

「……」


 黙って視線を逸らすシャリア。嘘ではないと悟ったアルムはがくりと膝を付き、震えながら両手をついた。

 信じられない……。セスは本当に死んでしまったのか……自分のために……。


──あっしらは、いつ永遠の別れが来るとも知れやせんから。


 いつか聞いたマードルの言葉が思い出されて身に染みる。だが今まで兄弟同然で暮らしてきたセスが、まさかこんな形で別れとなるだろうとは……。一体誰が予想できたであろうか……。


(……ごめん……ごめんよセス……。僕がもっとしっかりしていれば……)


 セスを消してしまった原因は自分にある。セスの気持ちに一早く気づき、もっと優しく接するべきだったと己を責め、行いに悔いた。もしもセスの魂が自分の中にしがみつき生き続けてくれるなら……。そんな思いで両腕を肩へとやると、自然に目から熱い涙がこぼれた。



(……母さん……セスが…………ん???)



 視界に光る白い玉を見つけ、始めは自分の涙かと思っていた。

 だがよく見るとそれは大きな花のつぼみだったのである。


 見る見るうちに開花を始め、白い衣装の小人が姿を表す。


「あ……」


 これは夢なのか、幻か?

 声をかけようと手をのばすと、小人はゆっくりとこちらを向いて立ち上がる。


「よう、なに泣きべそかいてんだ?」


「セ……ス……?」


 セスだった。

 セスは花びらの衣装に少しだけ目をやると、改めて羽を広げ近づいてくる


「あー、わかったぞ。お前またシャリィからバカにされたんだろ?」

「……あっ!」


 振り向くと腹をかかえて笑っているシャリアの姿。

 まんまと騙されたというわけだ。


「あー笑った笑った。いつまでそうしているつもりだ? 二人とも帰るぞ」

「そうやってすぐからかうの止めな。こいつ意外と単純だったりするんだから」


 セスとシャリアはアルムを残し、さっさと行ってしまう。その二人の様子に目を疑った。


 今まであんなにも険悪だった二人がゆかに並んで歩いているのである。


(な、なんだこれ……)


 一体自分が寝ている間に何が起こったというのか?

 慌てて二人に追いつこうとしたアルムは派手にずっこけてしまった。



 次の日、何気にアルムが魔王城内の回廊かいろうを歩いていると……。


「おぉ、アルムであるか。その様子だと復帰できたようだな」


 正面から歩いてきたファーヴニラに出くわす。アルムが寝ている間に世話になった礼を言うと、ふいに彼女が大事そうに抱えているものへ目がいった。


「我が子だ。この通り無事に生まれた」

「あ、そう……って! あ、ちょっと!?」


 平然と歩いていこうとするのを呼び止め、追いかけた。

 

 そして、その夜──。


『ファーヴニラ様! ご子息誕生おめでとうございます!』

『魔黒竜様万歳! ドラゴン族万歳!』


 アルムの提案で自分の快気祝いも兼ね、ファーヴニラの子供の誕生祝いが魔王城にて催された。城主であるシャリアから反対されるものと思っていたが、以外にも虫の居所が良かったのか承諾しょうだくしてくれた。頼んでみるものである。


 魔物たちが勝手にどんちゃんやっている最中、一部の者らの注目を浴びたのは、やはり生まれたての竜の子である。


『キャー! めっちゃかわいいんですけど~!』

『うわっ!? あぶねっ! あたしを食うんじゃねぇ!』


 広いテーブル上に乗せられた金色こんじきの竜の子は、幼いながらに目を開け小さな翼を広げようとする。周囲の料理に片端からかぶりつき、ついでに近くに居たセスを捕まえようとした。


(完全に僕は脇役だな……当然だけど。……こんなに小さくてもやはりドラゴンは強い生き物なんだな……)


 アルムがそう思い眺めていると、やがて竜の子はソフィーナが街で買ってきたという赤子用のおもちゃで遊び始める。


 ドラゴンレイクであった時の出来事。ファーヴニラが骨をあさっていたのは赤子に玩具を与えるためではなかった。遠い昔、ドラゴンレイクへと挑んだ若い竜らが、過去にいくつも消息を絶ったと耳にしていたからである。

 己を過信したがために散っていった愚者たち。それでも魔黒竜……いや、他の竜たちにとって同族だったことに変わりないのだ。もしむくろが野ざらしにされていたのならば、せめて形を崩し土に還してやろうと……。

 竜族は孤高な種族だ。同胞を思いやる心を持ち合わせていると見られれば、他者にそこを付け込まれる。ファーヴニラが妖精の巣へと飛び込み、真っ先に古代竜の巨岩を破壊したのも、そんな思いからなのかもしれない。


 アルムがボーッと視線を移すと、我が子を見ていたファーヴニラと目が合った。


「……どうした? お前も子が欲しくなったか?」

「え?」

「エルフの生態はよく知らぬが、人間なら子をつくれぬ歳でもあるまい」


 この瞬間、複数の視線がアルムへと集まる。中には殺気じみたものも混ざっていることに気づき、即座に明後日の方を向いてごまかす。


「そうじゃなくて……新しく生まれてきた命のためにも、あるべき世界を作りたいかなぁ~みたいな……」


 焦って自分でも何を言っているのかよくわからなかったが、アルムの言葉を聞いたファーヴニラは声を出して笑った。


「はははっ……成程、如何いかにも人間らしい考えだ。だが私はこの子のために新たな世界を特別用意してやろうとは思わないよ。それよりはどんな世界でも精一杯生きれるようにこの子を育てるさ。例え魔王が全てを支配するような世界でも、な」


「……ふん、それは殊勝しゅしょうな考えだな」


 一瞬、離れて座っていた魔王と魔黒竜の間に火花が飛び散る。

 これはまずい、思わぬ場所から喧騒けんそうの種が芽を出してしまったようだ。


「そ、そういえばラムダさんはどこに?」

「知らぬ、数日前から居ない。このままくたばっていれば清々するがな」


 そう言ってシャリアは不機嫌そうにグラスを空にするのだった。



…………


 薄暗い部屋の中、水鏡を前にラムダ補佐官は立っていた。映っているのは奇顔、だがこの間の顔ではなく、今回は細長い四角に小さい丸や三角を足したような顔である。……つまり、異界の王以外の者と話をしていたのだ。


──signoreスィニョーレ、希望のものはそちらに全部届いたかな?


 異界の王の声よりも更に重く低い声に、ラムダは目を細める。


「……本当に貴殿には何と礼を申して良いかわからぬ。……ところで我らの主には気付かれておるまいな? 貴殿が疑いの目を向けられることがあれば心苦しい」


──例え気付かれても何とでも言い訳できる、心配は無用だ。

──私もあんな惨劇さんげきを二度と繰り返したくはないのでな。


「……かたじけない」


 ラムダが頭を下げると、水鏡の顔は消えた。


(惨劇……か)


 それはラムダがこの世界へ来る前、異界で起こった出来事である。戦争のための兵器を開発中に研究所が爆発し、島一つごと吹っ飛んだのである。

 当時研究に携わっていたラムダを始め、生き残った者も少なからず居た。だがその殆どが重症を負い、精神に異常をきたした。元々王の配下であった研究員たちは優先で治療を受けた。

 だが異郷から訪れていた研究員は役に立たぬと判断され、そのまま故郷へと戻された。その中でも一人、気の触れたとある研究員は故郷へと戻るなり殺人を犯し、死罪となった。千年に一人と言われるほどの優秀な逸材いつざいだったという。


(確かに……もう繰り返してはならぬ)


 手に置かれた小さな立方体を握りしめ、ラムダは部屋を後にするのだった。



第十四話 妖精王フリークス 完

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