高嶺の花と勇者の慰問


 無断で飛び出していた弁解もそこそこに、ユリウスは城にある地下牢を目指していた。


 兵の話では今朝方、城を訪ねて来た魔王軍と思わしき女を人質にとり、幽閉ゆうへいしたのだという。……おそらくは、キスカのことであろう。


 ユリウスはバッチカーノを呼び出して怒り、キスカが自分の嫁にするつもりの女だったとぶちまける。だがこれに老将は全く動じず厳格な表情のままだ。終いにはユリウス失踪しっそうの責任をとらせるため、首をねるつもりだったと言い放った。


(なんてひでぇことしやがるんだっ! 俺が留守を預けると決まってめ事が起こりやがるっ! ……キスカッ!)


 怒り心頭しんとうながらも牢獄に向かう途中、内心はキスカのことが心配でたまらない。きっと嫌な思いをさせているに違いない。もしかすると処刑を告げられて、恐怖に打ちいるかも知れない。とにかく早く行って安心させてやりたかった。


「キスカッ! すまなかった!!」


 息を切らせ、キスカが閉じ込められているろうの前で来た時、思わず目を疑う。


「あら、お帰りなさいませ」


 絨毯じゅうたんかれた部屋で椅子に座り、本を読んでいたキスカは立ち上がる。そして施錠せじょうされていない鉄格子てつごうしから難無く出てきたではないか。


「ユリウス様が戻られるまで投獄して欲しいと申し出たのです。ですが、かえってお城の皆様にはお気を使わせてしまったようですね」


 どうやら牢にそぐわない物の数々は、城の兵士らが運んできたようである。


「申し出た、だと!? どうして君が牢に入らねばならん!?」

「それは貴方様が勝手に城を飛び出してしまったからに他なりませんわ。私のことなら心配御無用ですわ。こう見えて、投獄には慣れておりますから」

「……おいおい、何を言っているんだ」


 すると今度は背後から不意に声。 


「若、少しはりていただけましたかな? この老骨ろうこつがお教えした通り、じかで見るに勝るものはないでしょう。が、火中かちゅうくりを拾うばかりが英断ではありませぬぞ?」


 そこにはバッチカーノがニヤニヤしながら立っていた。


「なっ!? さては皆で俺をだましやがったな!?」


「以後、軽率な行動をおひかえになった方がよろしいですわね」


 キスカにまでこう言われてしまい、ぐぅの音も出ない。


「ところでお帰りになったということは、薬は手に入ったのですね?」


 聞かれ、ドラゴンレイクでの出来事を話してやる。

 これにキスカは治療薬の調合に手を貸さなくてはと、魔王城に戻ろうとした。


「待て! 何故また戻る必要がある!?」

「っ! 何をなさるのっ!?」


 キスカは手を掴まれていた。


「離してくださいまし!」

「それに俺はまだ返事を聞いていない! 君をこのまま行かせるものか!」

「返事……」

「俺の妻となってくれるのか? どうなんだ!? 」

「それは……」


 振りほどこうとした腕から力が抜けてしまった。目の前の男の目は真剣そのものである。これはもう逃げられないだろうと、ついにキスカは観念かんねんする。


「……わかりました。婚姻のお話、お受け致します」

「……本当だな?」


「はい……ですが今は人と魔王軍の戦の最中さなか。全ての戦が終決したその時、改めて私は貴方の妻となりましょう」


 れた女の言葉に、男は不満気な表情を見せる。


「何故今すぐでは駄目なんだ?」

「多くが苦しみあがいている中で、どうして私たちだけが幸せになれましょう?」

「む……」

「私の夫となる方であるなら、民を守る騎士であらせられるなら、どうかご理解をなされますよう」


 ユリウスは、黙ってキスカの手を離した。


「……わかった。だが俺からも約束がある。その時まで俺は絶対に死なん。だから君もどんなことがあっても必ず生き延びるんだ」


「お約束します。貴方の元へ参るその日まで、絶対に死にません」

「絶対の約束だ。……さ、行けよ」


 キスカは一礼すると、兵士に連れられて行ってしまう。

 別れが辛くなると感じたユリウスは、黙ってその場から後ろ姿を見送った。


「……あーあ、また逃げられちまったか」

「牢に施錠しておくべきでしたかな」

「いや、何しても無駄だったろう」


 全ての戦が終決する日、それはいつになることだろう。財を投げ売って手に入るなら、どんなに楽なことだろうか。口説くのに、ここまで手間のかかる女は居ないだろうと、ユリウスは苦笑しながら思うのであった。



 同時期、破壊されたドラゴンレイク跡地で──。


 妖精王フリークスはかろうじて生きていた。彼は体の一部が残っている状態なら自己再生が可能なのである。


 その不死身の妖精王の元に、なんと勇者ノブアキが訪ねていた。


「……と、言うわけさ。もう一度聞くけど、あいつら君の仲間ではないんだね?」

「一人は仲間だった。だが裏切られてしまったよ」

「それで『神具』とやらを持っていたということか。……やれやれ、お陰で酷い目にあった。今、少しづつ飛ばされた妖精フェアリーたちの魂を呼び戻しているところさ。この場所の再建もいつになるか……いっそのこと他所に移るか……」


 ボロボロの姿で、ぶつぶつ悔しそうに言葉を続ける。


「……大体君がもう少し早く来てくれればな。魔王討伐が仕事じゃなかったのか」


 うらめしそうにノブアキを見るのだった。


「それに関してはすまないと思っている。そこで、だ。君も魔王討伐に手を貸して貰いたい。いや、何も戦って欲しいわけじゃないんだ。アイテムを分けてくれ」


 理由を説明され、フリークスは布袋を勇者に手渡した。


「あげるけど、その代わりにあいつを絶対殺してくれよ? 僕のところへ魔王の娘の首を持ってくるんだ」

「任せてくれ。……ところで、奴らは不老不死薬の材料を持って行ったんだね?」

「あぁ、でも安心してくれ。アスガルドの神々とやらのせいで、もう不老不死薬は作れない。作れたとしても強力な万能薬程度さ」

「そうか、それならいい」


 フリークスはノブアキが安堵したかのように見えた。

 だがそれは、敵が不老不死にならずに済んだからだとこの時は思った。


「じゃあ私はもう行くよ」

「今度来るときは魔王の娘の首を持って来てくれよ」

「あぁ」

「それと、次もは僕の聖域に連れてくるなよ。汚らわしいからね」


 勇者ノブアキは後ろ向きのまま手を振り、ドラゴンレイクを後にした。



 この様子を、例の三柱が高い岩場から眺めていた。


「……色々とがたい事ばかりですね。どうして妖精が不老不死薬の作成方法を知っていたかがわかりません。外部から知識をもたらされたとしか考えられない」

「奴ら不死身みてぇなもんだし普通に考えたら必要ねぇもんな。そもそもあいつらそんなに賢そうには見えねぇんだがな」


 アエリアスとヴァルダスが見下ろすと、妖精王はドラゴンレイクの自然を再生させているところだった。まだ寒冷期の中だと言うのに見る見るうち草木が芽吹いていく。


 はっとして横を向くと、再生と創造の神が杖を掲げていた。


「おーい、ファリスー? 地上に干渉したら駄目だっつってんだろー?」


「……神は万物に対して平等なり。これはアスガルドの人間だけにあらず」


 だが平然と力を貸し続けるファリス。


「いや、しかしですね……」

「じゃあさ、ドラゴンに力を貸してこの場所を破壊させたのはいいんだ。アエリンだってさっき魔王に神術を唱えさせてたよね? いいんだ?」


 じろりと睨まれ、ヴァルダスとアエリアスは目をらした。


「……あー、いえ。故意にそうなった訳ではなくてですね……」

「あ、おい見ろよ。あそこで勇者が仲間と話をしてるぜ」


 話題を変えようと、ヴァルダスはドラゴンレイクの外を指差す。

 確かに、そこには一人で待っていたアルビオンへ話しかけるノブアキがあった。


「確か『ラプリウス』の奴が神具を渡したアルビオン、だったか。なんであいつは外で待ってたんだ?」

「さっき妖精王は彼のことを『汚らわしい』と言ってましたね」

偏見へんけんか? 仲が悪いのか?」


「……あぁ。あの子。『み子』だから」


 二柱の会話に、ファリスはポツリとらした。


「忌み子、とは?」


「……命は数が生まれると、どうしてもああいう子が生まれてくる。これは創造の神がどうこうできることじゃない。命ってそういうものだから……。多分、このことわりはどの世界でもそう。勇者が来た異世界も、多分そう……」


「だからつって、仲間はずれはいけねぇな」


 ファリスは杖を掲げるのを止め、ヴァルダスたちと勇者を眺めた。


「……それは周りの行動次第だ。あの勇者、あの子が忌み子ってことを知ってる。多分だけど、今まで凄く気遣って接してきてる。おちゃらけて見えるけど、本当に勇者としての資質があったのかもしれない」


「ユーファリアがそこまで考えて選定したとは思えねぇけどな」

「……でもラプリウスがあの子に神具を与えた理由は、少しわかる気がする」


 ファリスはそう言って、遥か遠くにいるアルビオンを見つめた。


「……あの子からは、誰よりも強い生命の息吹を感じるから……」

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