引退告知
辺りに凄まじい突風が吹き荒れた。
『 シェル・ガーディアッ!』
ソフィーナが魔法障壁を張り、皆が吹き飛ばされそうになるのを防ぐ。
「すみませんっ! まだこの杖に慣れなくて!」
シャリアは障壁の内側から吹き荒れる風を見た。視界が完全に遮られてしまい、吹き飛ばされる
「聖域などとほざいている割にはやることが雑だな」
フリークスはシャリアたちをドラゴンレイクごと破壊するつもりなのだろうか。
「ここでは妖精王が全てなんだ! 外の世界では神が
──ハハハハッ! そのとおりさっ!
セスの言葉に反応し、また先程の声。
風が巨大な人型の影を作り出した。
「ま、まさか風の大精霊!?」
ソフィーナが叫んだ時、魔法障壁に鋭い衝撃が走った。
(……こ、このままでは!)
じわじわと精神力を削がれるのを感じる。
長くは持たない、そう直感した。
──ハハハハハッ! ここでは僕が神そのものさ! 創造も破壊も自由自在さ!
「待ちやがれっ! 神具を持つ俺たちを殺すってことは、どういうことかわかってんだろうな!?」
神具の所持者に楯突くということは、神に対する反逆である。そういった意味でユリウスはカマをかけたが、目前の影が動じる気配はない。
──お前たちはノブアキの仲間じゃないだろ? 魔王の娘なんかといるのが証拠だ!
──まあ僕はどっちでもいいのさ! ノブアキの仲間には
そうこうしている間に、魔法障壁にはヒビが入ってきた。
「押されてるぞ!? 気をしっかり持て!」
「……だ、駄目です……先生……もう、障壁が持ちません……!」
気を失いかけ、ぐらりとするソフィーナ。
「じゃ、ここいらで交代といくか!」
今度はユリウスが最強の盾を構え前に出た。最強の盾は四人の周りだけに結界を張り、大精霊シルフィードの風を
「なんだ、まるでそよ風じゃねぇか。で、どうする? このまま俺が倒しちまうか?」
「駄目だ! 妖精王を倒さない限り、また復活する! 妖精王は湖の中に隠れてるよ! さっき沈んだ辺りにまだいるよ!」
「
この状況下において他に方法はないだろう。ソフィーナは、いち早く氷結呪文の
「よーく見とけよ! 最強の盾は最強の武器でもあるってことをなっ!!」
ユリウスが盾に精神集中させると、盾は強く光り出す。
結界へと吹き付けていた風は逆風となり、前方の巨大な影へと襲い掛かった!
──うあぁぁぁっ!?
「全て凍てつけ! アイシクル・ゼロッ!!」
風が止んで間髪入れずに魔法を放つ。ソフィーナの氷結呪文は湖を凍らせた。
そこへシャリアが
『ひえぇぇぇっ!』
これには
「逃さぬっ!」
その頃、グライアス領の領主『ルークセイン』の私室にて──。
「ノブアキ殿。どういうおつもりか? 貴方自身から説明を頂こう」
日も差し込まぬ、防音処置の
今朝方のことである。グライアス領に設置されていた対空レーダーが、外部より侵入してきた大型飛行体の存在を捕らえたのである。これに試作の対空ミサイルを打ち込もうとしたところ、ノブアキから待ったが掛かったのだ。それだけでなく、調査隊を編成しようとしたところ、これまたノブアキから止められてしまった。
大型飛行体はそのままどこかへと飛び去り、完全に見失ってしまった。
(この
ルークセインの隣に立つ側近のサジ、茶を入れながら主が乱心しないかと不安であった。内心ノブアキの行動に疑問があったことを、誰よりもよく知っていたからである。
ポーカーフェイスのまま向き合う、勇者とグライアス領主。
「ふむ、これではよくわからないだろうな」
テーブルに差し出された白黒写真。魔法で作り出した人工雲に隠されている航空カメラから撮影されたものだ。グライアスの科学力は極秘裏にもここまで進化していたのである。
「ルーク。君はこの黒い影、なんと見る?」
「魔王軍のものでしょう。エルランドや騎士団領にこんな物を作れる技術はない。貴殿の話では、魔王軍も異世界の知識を保有してるそうではありませんか。兵器でないとすれば、あるいは……」
「魔黒竜ファーヴニラだ。どうやら魔王軍に
「なんと!? しかし、何故そうだと言われるのか!?」
今度はノブアキが複数の写真をテーブルに置いて見せたのだ。
ルークセインとサジは目を丸くして驚いた。そこにはくっきりと写された黒竜の巨体、更には竜の背に乗っている人物の顔写真まで捉えられていたからである。
「アルビオンの持っている神具の応用さ。見たまえ、この小さな少女を。これが我々の倒すべく魔王軍の長。そしてこの鎧の人物、流石に見覚えあるだろう?」
「これが魔王の姿!? ……こ、この男っ、騎士団領のユリウス!? 何故ここに!? 騎士団が魔王軍と手を結んだというのはやはり事実なのか!!」
普段は冷静無垢な男が驚くのを見て、ノブアキは
「騎士団は君らにとって目の上のコブだったからな。撃ち落としておけばよかったと思う気もわからんでもない。だが私は他に気になった部分を見つけてしまった。だからミサイル発射に待ったを掛けたのだよ」
「気になった部分、とは?」
「この少女を見てくれ。これは誰だ?」
そう言って、魔王の娘でも騎士団領の長でもない、第三の人物の写真を指差す。
「ルーク、この少女に心当たりはないか? 君の義兄であるラフェルが所持していた神具『英知の杖』を持っているようだ。ラフェルの弟子にこんな子は居なかったと思うんだよね……というか、最初の三人くらいしか顔を憶えていない」
ルークセインはノブアキがラフェルの元へ
少女の写真を手に取り、やや顔をしかめるルークセイン。
ノブアキの言う通り、大魔道士ラフェルとルークセインは腹違いの兄弟だった。兄弟仲は険悪の極み。跡目争いに破れたラフェルは、逃げるようにグライアス領を去った。その時の悔しさを
「見覚えがない。サジ、貴様はどうだ?」
「失礼します。どれ……」
渡された顔写真を見るなり、サジの奇顔は更に歪んだ。
「この娘っ! い、いえ、この御方はエランツェル卿の御息女、ソフィーナ嬢です! 髪を切っておりますが、顔に見間違いはございません!」
サジの言葉を聞き、今度はノブアキも驚いた。
「何故そんな娘が魔王軍に!?」
「……わかりませぬ。……ですがソフィーナ嬢は行方不明となっていた筈。それにエランツェル家の女子が髪を切るのは、婚姻後か破門にされた時のみ……」
「ふむ……」
エランツェル議長の娘に関する情報は、行方不明になっているということ以外、特にルークセインの耳へは入ってきていない。だが心の内でドス黒い笑みを浮かべるとこう思ったのだ、「これは利用できる」と。
「ノブアキ殿。私にこんな物を見せた理由、
「ふふっ、その写真は君にあげるよ。自由に使ってくれて構わない。……但し条件と言っては何だが、私が魔王軍と戦う際に君の機動部隊を拝借願えないだろうか? 流石に大勢の魔王軍相手では、私だけでは手を
「元よりそのつもりだったが、何故そんなことを今更……」
「私はね、今度魔王を倒したら勇者を引退しようかと考えているんだ」
驚く二人を余所に、ノブアキは立ち上がる。
「もう今は三十年前とは違う。私の仲間だったダムドは死に、君の義兄は魔王軍に囚われ、術士ルシアの消息は今も掴めない。唯一共に居てくれているアルビオンだって、本当は静かに暮らしたい筈なんだ。……私自身も疲れてしまっていてね」
(こいつ、本気で言っているのか!?)
そう思うと同時に「お前は今まで遊び尽くしていただけだろうが」と、ツッコミを入れてやりたかった。
「ノブアキ殿、何を弱気な! 今こそ貴殿の力が必要な時! 魔王を倒したその後も、貴殿の力がこの大陸には必要な筈ですぞ!」
代わりに出た言葉がこれであり、正直な意見である。異世界の勇者という存在を利用し、自領をここまで発展させた。まだまだノブアキを利用するつもりでいたのである。
「ありがとう、だが私の気持ちは変わらない。そこで、だ」
何を思ったか、ノブアキはルークセインの肩に手を置いた。
「魔王を倒した後でルーク、君が勇者となってはくれないだろうか? 私の代わりに英雄となって欲しいんだ」
「……それは本気ですか?」
「私は君がラフェルより優れていると考えている。全てが終わった後で、君に私の神具を譲る。それからは君の信じる正義を歩んでいけばいい。どうだ? 受けてくれないか?」
「……今は、お言葉を確かに受け取った、とだけ言っておきます」
「今はそれでいい。その日が来たら、良い返事が聞けることを願っているよ」
慎重に言葉を選ぶルークセインに笑みを浮かべ、ノブアキは部屋を出ていった。
「クックックッ……。お館様、天運は我らに味方しておるようですな」
「フフフ……フハハハハハハッ!」
ルークセインは暫く笑いが止まらなかった。
何ということだ。地位や権力だけでなく、絶大な名声や無限の力までもが自分の物になろうとしている。
「サジ、エランツェル議長に召集会議を開くよう連絡を取らせろ。
ノブアキが部屋を出て少しすると、背後からの気配に気づく。
「今の話は本当ですか?」
アルビオンだった。
ノブアキでさえ、声を掛けられるまで彼の気配には気付けなかった。
「……聞いていたのか」
「私の耳は普通の人間と比べ特別ですから。それよりも……本気であの男を勇者にするつもりですか? もう貴方の考えにはついていけない、失望しましたよ」
怒りも混じり少々声が大きくなっていただろうか。ノブアキは黙って自分の口に指を立て、静かに話すよう促すと、黙ってついてくるように聞かせる。
「……ノブアキ、あの男は大変に危険な男です。魔王を倒しても、あの男が新たな魔王になるだけですよ? 力と名声を与えることで改心し、良き人間の指導者になるとでも思っているのですか?」
「そうは思っていないよ。時期に君もわかるさ」
それ以上、ノブアキは何も話そうとしなかった。
(……貴方はずるい人だ。そうやって、いつも他人には何も話そうとしない!)
やきもきしながらも、アルビオンは後をついていくのだった。
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