差し出すべきは


 剣を前にしてセスは愕然がくぜんとし、王の言葉を疑った。


 妖精王は、今何と言った……?

 自分へ向けて、シャリアの首をねろと言ったのか!?


「王様! 約束が違いますっ!」

「余とちぎりたがえる度胸は褒めてやろう。相応の覚悟はできているのだろうな?」


 今にも攻撃魔法を放とうとするシャリアに、フリークスは平然とする。


「早まるなよ。僕はちゃんと約束通り薬は作るさ。だがそれをお前たちにやるかは別問題だ。お前たちには救いたい命がある。その対価たいか代償だいしょうとして、僕は命を要求する。それも妖精フェアリー以外の命をだ」


「この野郎っ! 汚ねぇみたいなこと言いやがって!」


 ユリウスは怒り、腰の剣に手を掛けようとした。


「命を差し出すのがこの娘でなくても別に構わないよ? 僕は君たちでもいいんだ。ただし、君たち人間の場合は二つとも差し出して貰うことになるけどね」


「てめぇふざけやがって……」

「……私、大変幻滅しましたわ! 妖精の王様が命を欲するなどと、それでは悪魔と何ら変わりありませんわね!」


 ソフィーナすらも、フリークスのやり口に異をとなえ出す。


「悪魔だって? 心外だな。別に僕は君たちの命を欲しているわけじゃない、誠意が見たいだけだよ。勇者ノブアキは魔王討伐という大義があったからこそ力を貸したんだ。それとも君たちも何か、僕を納得させるほどの大義があるのか?」


『もうよいっ!!』


 問答する者たちを制する声が、辺りの空気を震わせた。


忌々いまいましいが一理いちりある理屈だ。よかろう、余の命をくれてやろうではないか」


「へえー? 本当かな?」


 あくまで挑発的な妖精王を、魔王はにらむ。


「勘違いするな。余が命を差し出すのは貴様などではない。セスだ」


(えっ……)


 今度は魔王の言葉に耳を疑うセス。


「……ふーん、まぁいいけど」


 フリークスは「どっちでもいいや」と、高みの見物を決め込むことにした。 

 これに対し、シャリアはセスの方へと向き直し、剣をはさんで正面に立つ。


「聞いての通りだ、セスよ。アルムを治す薬が欲しければ、余の首を刎ねよ」


「…………冗談、だよね?」


 セスはきっと、何かシャリアに策があるのだろうと思った。


「余は誰にも命をくれてやるつもりはない。だがあの小賢しい妖精にやるよりは、お前に殺された方が幾分いくぶんかマシと言うものだ」


(な、何を言っているの……?)


 困惑するセスだが、シャリアの表情がほんのりやわらいだように見えた。


「言ったであろう? 『欲しければいつでも取りに来い』とな。そして今がその機会ではないか? 小さなお前に余の首を刎ね、余からあやつを奪う度量があるならば、それを見届けて死ぬのも悪くない」


「……馬鹿言わないでよ……そんなこと……できるわけないだろっ!!?」


 セスは剣を持とうともしない。

 これにとうとうフリークスがしびれを切らす。


「おい、さっさとやれよ! その剣はお前でも持てるほど軽いんだ! 魔王の娘の首を刎ね、妖精族の誇りを思い出せ! 僕たちは何だ!? ドラゴンをもほふり、魔王軍すら恐れて避けた、ドラゴンレイクの妖精族だぞっ!」


『ごちゃごちゃやかましいぞ糞ガキッ!! すっこんでやがれっ!!』


 ユリウスから罵声ばせいが飛ぶ。


「なっ!? 人間の分際ぶんざいで! この僕に命令するなっ!」


 格好良く発した言葉に茶々ちゃちゃを入れられてしまい、周りに居た妖精たちから笑いをこらえる者が出る始末。締まりつかなくなった妖精王は、そのまま黙ってしまった。


「ユリウス様、二人を止められませんか? 命を命で救うなんて間違っています!」


 腕を掴んでくるソフィーナに、ユリウスは首を振った。


「……悪りぃが立場上、俺にはできん。休戦中でも魔王は魔王だ、こっちに止める道理は無ぇ。ましてや、あいつは自分から死を望んでるんだ。止められねぇよ」


「それが本人たちの真意に反しているとしてもですか!?」


「そうだ……。うまく言えねぇが、今あいつらを誰も邪魔しちゃいけねぇ、そんな気がするんだ。……今の俺にできるのは、あのセスって子が魔王の首を刎ねる時、君の目をおおってやることくらいだ」


「そんな……」


 自分たちはただ、このまま行く末を見守ることしかできないというのか!?

 こうしている間も、二人は向き合って苦しんでいるというのに!


「どうした? 余の首を取ることに何を迷う? 恥をしのんであの卑しい者に頭を下げる真似までしたというのに、貴様は余の行いを無駄にするつもりなのか?」


「…………ない」


「それとも貴様には余を殺す度量が無いという事か? ……そうか、ならばこの場で貴様を叩き切り、余が自分の首を刎ねるまでの事だ」


 肩を震わせるセスに、シャリアが一歩踏み出した時だった。


「できないよっ!! そんなことなんて──っ!!!」


 叫び声と同時に、剣を引き抜く手が止まる。

 セスがシャリアの手を掴んだのだ。


「さっきあたしを仲間だって言ったじゃないかっ!! 嘘だったのかよっ!!」

「状況が変わったのだ。もうそんなことを言ってはおれぬ」

「そんなの関係無いだろっ!! 仲間ってそうじゃないだろっ!!」


 セスは、また泣いていた。


「あ、あたしはっ……あんたみたいに強くないからっ! アルムの心を無視して奪うなんてことできないよっ! あたしは弱いからっ……そんなことできないよっ!」


 妖精のこぼした涙が、魔王の手に落ちる。


「……あたしにはアルムの気持ちはわからないけどっ!あんたを殺して助かってもアルムが喜ばないことくらいわかるよっ! あたしはあいつに憎まれて生きるより、あいつが一生落ち込んで暮らし続けるほうが、何百倍も辛いよっ!!」


 言い終わると、突っ伏してわっと泣き出してしまった。


「……すぐに泣くな。愚か者めが」


 そう言って、自分の手からセスを掴み上げる。


「これでよくわかった。あやつの甘ったれは伝染でんせんするようだな」


「っ!!」


 シャリアはセスを投げ離し、妖精王の剣を引き抜いた!


 刹那せつな、フリークスへ向け、恐ろしいはやさでぶん投げたのである!


(ふん! やっぱりね!)


 見抜いていたとばかりに、フリークスは向かってくる剣を掴もうとする。


 だが剣はフリークスの目前で大爆発を起こしたのだ!!


『うぁぁぁぁぁ──!!』

『きゃぁぁぁぁ──!!』


 粉微塵こなみじんとなる巨大植物、妖精たちは爆風に吹き飛ばされ悲鳴を上げる。


「なんてことを……」


 唖然あぜんとするセスとユリウスたち。

 もう、アルムを助ける術は失われてしまったのだ。

 

「……どうして……」

「セスよ、いい加減に目を覚ませ。奴は断じて王などではない。お前がここを出て行った日のことを思い出せ、同胞に意味も無く殺し合いをさせる王があるものか。 恐らくお前が余の首を刎ねたところで、奴は薬など作らなかっただろう」


「ではあの妖精王は、始めから私たちをだまし殺そうとしていたと?」

「クソ野郎だったってわけだ。だがアルムを助ける手掛かりが無くなったぞ?」


 ソフィーナとユリウスが近づき言う。


「……お前たち、少しは観察力をやしなったらどうだ?」


 そう言って指差したのは、湖の傍にある大岩だった。


「妖精ごときの力だけで不老不死薬が作れるとは思えぬ。あの竜のむくろを材料としていたのだろう。持って帰り、ココナ辺りに寝ずに作らせればよい。万が一それで薬ができなくとも、爺に聞くなり方法はいくらでもある」


「そうか! ドラゴンの血肉は万能薬になるって聞いたことがあるぜ!」

「岩がドラゴンに見えないのは、削り取られて小さくなっていたからなんですね」


「わかったらさっさと走れ! ……セス、余の言葉を受け止めたこと、感謝しよう」


「シャリィ……」


 走り際、シャリアの残した言葉を聞き受け、セスは意を固めて羽根を広げた。



『……よくも王様をやってくれたな!』

『何が魔王の娘だ! まだ子供じゃないか!』

『みんなで八つ裂きにしちまえーっ!』


 竜の岩を目指して走るシャリアたちに、我に返った妖精たちが集まり出す。

 その恐ろしい数に回り込まれ、完全に行く手を阻まれてしまった。


「ふん、雑兵どもめが」

「数の暴力ってやつだな!」

「できれば傷付けたくありませんよね……?」


 ソフィーナがセスを見ると、セスはまだ涙を拭いていた。

 だが、目はしっかりと前を向いていた。


「いいよ……。もうこんな場所、楽園でも故郷でも何でも無いっ! あたしが許す!みんな壊しちまえっ! 何もかもみんな全部っ! 消えて無くなっちまえっ!!」


「……ソニック・ウェイブ!!」


 襲い掛かってきた妖精に、英知の杖を握るソフィーナの上級魔法が放たれた!

 広範囲に伝わる強力な音波に、辺りの妖精たちは全て吹き飛ばされた!


「手ぬるいっ! 破壊とはこうするのだっ! ひゃはははっ!!」


 今度はシャリアの右手から放たれた破壊魔法が四散する!

 そこら中で爆発が起こり、木々が吹き飛び、地がえぐれて穴が空く!



──聖域を汚す愚者どもめ……! もう生かして帰すものか……!


 あと一息でドラゴン岩というところで、風に乗り誰かの声が聞こえてきたのだ。

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