第十四話 妖精王フリークス

選択すべき命


 現れたのは、寒冷期だと言うのに一面の花々はなばなに囲まれた、大きな湖。


 虫や鳥が飛び交う中で妖精フェアリーたちが入り混じり、大きな花にとまってのお喋りや、飛び回っての追いかけっこをしている。だがそれらも、楽園の外部からやって来た侵入者たちを見るなり、途端に姿を消してしまうのだった。


 邪霊の森を抜けた四人は、意外なことにも近くに居たためすぐ合流ができた。

 広がった視界の先に目を奪われ、ソフィーナとユリウスはめ息が出る。


「……これが童話に出てきた、あのドラゴンレイクなんですね。……本当にとても綺麗な場所……夢の中にいるみたいです……」

「するとあの湖の向こうにあるのが石になったドラゴンか? ……にしちゃあ随分と小さ過ぎねぇか? 俺たちを連れてきた魔黒竜の半分くらいしかないぞ?」


 ユリウスが言う通り、湖に大きな岩が寄り添うようにして鎮座ちんざしていた。しかし以前にセスが言っていたように、全く竜に似つかわしくない形をしている。


「成程な。して、妖精の王とやらはどこにいる?」

「……もういるよ。目の前の湖にね」


 セスが言うと、隠れていた大勢の妖精たちが一斉に現れたのだ。

 その数あまりに多く、目の前がさえぎられてしまうほどである。


──人間だ、知らない人間が外から来た!

──裏切り者が外の世界からけがれを運んできた!


(くっ……!)


 湖の中央から水柱が上がり、巨大なつぼみを付けた植物が生えてくる。

 やがて蕾は開花すると、中から子供の姿をした人物が出てきたではないか。


 ドラゴンレイクの主、妖精王フリークスである。


 フリークスは花の上に腰掛けると、四人を品定しなさだめするように見下ろす。


「最近は随分と人間がやって来るもんだ。僕の聖地に足を踏み入れた外来者たち、今日は何用でここへ来たんだい? まぁ大体の想像はついているけどね」


 すると、セスが前に出てひざまづく。


「王様っ! 不治ふじの病にかかり助けたい者が居るんです! どうしても今すぐ薬が必要なんです! どうか、人間の勇者にも与えたという薬を分けてください!」


「あぁ、あの薬ならもう作れないよ。神って奴らから作るなって言われてしまったからね。そもそも考えたら、僕ら以外の存在を不老不死にするだなんて、僕らにとっても不利益なことでしか無かったな。だからもう作れないし、作らない」


「不老不死でなくていいんです! 病気を治す効能さえあれば……!」


 食い下がるセスに、フリークスはやれやれと両手を上げる。


「はははっ。お前は外の世界へ出たというのに、何も学んでこなかったようだな。あのさ、さっきからどの口が僕に頼んでるわけ? 勝手に出ていった奴が外から人間を連れてきて、挙げ句に薬を作れって? そいつは虫が良すぎやしないか?」


 少し意地悪そうな妖精王の言葉に、周りの妖精たちから冷笑がれる。

 と、ここでユリウスが不意に前へと出たのだ。


「俺の名はユリウス! 人間の王から北方の地ヴィルハイムを任され、かつて現れた魔王を倒した戦士の意思を継ぐ男! この神具である『最強の盾』が何よりの証!」


 これに続きソフィーナも英知の杖を見せようか考えた。だが自分の立場上、話がややこしくなるので止めておいた。


「ふぅん……それで?」

「過去に勇者ノブアキは不老不死の薬を手にし、魔王を倒した。その者らの意思を継いているなら薬を悪用しないことは明白めいはくの筈! あくまで友の命を救うためだ!」


「お願いしますっ! 病で死ぬには惜しい人なんです!」


 ソフィーナもユリウス同様に懇願こんがんを始める。

 これには妖精王も、考える素振りを見せる。


「まぁ確かに。かつてここに来た勇者ノブアキも、そんな事を言っていたな。友を救うための薬が欲しいってね。聞けば魔王を倒すために旅をしてたらしかったし。だから彼らに不老不死効能もある薬を二つだけ作ってやったんだ。気まぐれでね」


「一つだけでもいいんだ! どうか頼む!」

「お願いしますっ! どうか……!」


「うーん……」


 フリークスは大げさに困ったような素振りをし、視線の先をひとつにしぼった。

 

 それは今まで沈黙をつらぬいていた、シャリアだった。


「……おい、そこのお前! お前は僕に頼まないんだな、魔王の娘」


 魔王の娘、この言葉を聞いた妖精たちは騒がしくなる。


「ふん、知っていたか。で、余が頼めば薬を作るというのか?」


「……気に入らないな、その態度。なんで魔王の娘がここにいるのか理解できないが、そうだな……。お前が僕に頭を下げるなら考えてもやるよ」


「何だと貴様……!」


 三人は騒然そうぜんとなる。シャリアがそんな真似をする筈がない!


「シャリア……お願い! アルムを救うためだから……!」

「……」


 小声でセスが頼み込むと、シャリアはようやく動き、前に出た。


「あぁそうそう、ただ頼むだけじゃ駄目だな。しっかり跪いて丁寧に頼むんだぞ! それだけじゃない、過去に魔王軍がこの大陸を騒がせたことをしっかり謝罪しろ! ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした、ってな!」


「っ!」


(シャ……シャリィ……)


 この瞬間、魔王から凄まじい殺気が放たれたことを、誰もが感じとれたのだ。


「王様っ! シャリアは昔の魔王軍にはいませんでした! 関係ありません!」

「関係なくないだろ。それと森の中で同胞たちを斬ったな? それも謝れ!」

「そんな!? あれはあたしを助けようとしたから……!」

「お前はもう黙っていろよ。僕の気分を悪くさせたいのか?」

「う……」


 シャリアは黙って一人、湖のほとりに跪いた。

 目を閉じて、両手を組む。


(ま、魔王様が……)

(おいおい……本当に頭を下げちまうのか!?)

(シャリィ……)


「……魔王軍が人間と争い、多くの命をおびかしたことを深くおびします」


『っ!?』


 衝撃のあまり、複雑な面持ちとなる三人。一方のフリークスは、にやりと笑みを浮かべる。魔王の娘が自分に対して頭を下げた、この事実に対する不敵なみそのものであった……。


 そして、尚もシャリアの謝罪は続く。


「ここに来る際、いくつか妖精の命を奪ってしまったこともお詫び致します」


(……ちっ! なんだよこいつは!)


 ユリウスは顔をしかめ、黙って後ろを向いた。多くをしたがえる長として同情したというよりも、騎士のなさけというよりも、単純に気分を害したのだ。


(私も、こんな魔王様を見たくないっ!)


 同様にソフィーナも後ろを向き、耳を塞ぐ。かつて自分に死の選択を迫ってきた魔王が、いとも簡単に見知らぬ相手へ平伏へいふくしてしまっている。悔しさを通り越し、怒りすら湧いてきそうになる……。

 例えそれが、アルムの命を救うためだったとしても……。


 そんな中で、セスだけは黙ってシャリアを見ていた。


(……あたしがさせたんだ……あたしが目をらしちゃ駄目だ……!)


 拳を握りしめ、そう思うも、もうひとりのセスがささやく。



──いい気味じゃん、ざまぁ無い。


(……そんなこと思ってる場合じゃないだろっ!! あたしはっ!!)


 こんな状況だと言うのに、なんと狭量きょうりょうなのだろうかと自分が怖くなる。

 そして先程、自分がシャリアに言われたことを思い出していた。


(あたしは馬鹿だ! こんなだからシャリィにアルムを取られたんじゃないかっ!)


「……どうか不治の病を治す薬をお与え下さい……」


 葛藤かっとうに苦しむセスを差し置き、シャリアの言葉は幕を閉じた。

 これを待っていたかのように、辺りの妖精たちははやし立てる。


『うっわぁ! あれが魔王の娘だって!? カッコ悪~~っ!!』

『本当に頭下げてやんの! おっかし~~!!』


(ぐっ……!)


 まるで自分が笑われているかのような錯覚にとらわれるセス。魔王の表情はここからは見えない、決して見たくは無かった。


「……いやぁ素晴らしい! まさか本当に頭を下げるとは思わなかったよ!」


 フリークスは満面の笑みを浮かべ、拍手でたたえる。

 この上なく屈辱的くつじょくてき称賛しょうさんであった。


「よし、ならば薬はつくってやるとしよう。だがその前に……。おっと魔王の娘、お前はまだそこを動くなよ? ……そうだな、一番近いお前でいいや」


「っ!?」


 突然、セスの目の前に何かが姿を現したのだ。

 それが自分の身のたけの倍はある、一振りの剣であることにすぐ気付けなかった。


「ひっ!?」


「確か名前はセスだったか? 僕の剣を貸してやるから魔王の娘の首をねろ。そしたら薬を一つ作ってやる」

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