魔王と逃げた妖精


 一方で、別の道を選んだシャリアは一人青い森を歩いていた。

 その後をついてきたセスが、無言でそばに近寄った。


「……やつらについて行ったのではないのか」

「……こっちに来るよう言われたから……それだけ」

「そうか」

「……うん」


「……」

「……」


 お互い顔を向けない、目も合わせない。

 進む二人に会話はなかった。


「……」

「……」


 ザッ……ザッ……。


「…………」

「…………」


 重苦しい空気の中、二人は前を向いて進む。時折道が別れればその時はセスが先へと進み、シャリアが黙ってついて行く。ただ、それだけ……。


 本当はこのままではいけないことを二人はわかっていた。わかってはいたが、言葉が出てこない。互いに昨晩のような喧嘩となってしまうのを避けたかった。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 アルムを救いたいという目的は同じであるはずなのに……。


「ねぇ」

「ところで」


「……」

「……」


 言いかけた言葉同士がぶつかり、そして消えた。


「……」

「……」


「…………」

「…………」


「…………」

「お前は何故この地を離れたのだ?」


「……え?」


 黙って後ろを飛んでいたセスは、思わず顔を上げる。

 たしかに今、シャリアが話し掛けてきたのだ。


れ親しんだ地を離れるのは並大抵の覚悟ではできぬ。例えただの気まぐれだったとしてもそう長く持つものでもあるまい。しかしお前はこの地を遠く離れ、異種族の血を引くアルムと暮らしていた……それは何故だ?」


 この問いにどう答えようか、セスは一瞬迷った。

 答え方によってはまた言い争いになると考えたからだ。


 そして、迷う必要はないと考える。

 自分は問われたことに事実を伝えるだけ、それだけなのだ……。

  

「原因は魔王軍や人間にある、と言ったら?」


 前歩く魔王の表情は見えない。


「詳しく話してくれ」


「ドラゴンレイクの妖精は、気の遠くなる時間を自由気ままに生きてきた。お茶を飲んだりダンスをしたり、お喋りしたり、たまに外に出て冒険したりして楽しく暮らしていたんだ。でも魔王軍と人間が戦争を始めてから、全てが変わった……」


 突如とつじょ魔王が現れ人間とあらそい出した。ドラゴンレイクの外から入ってきた情報に、妖精王フリークスは妖精たちにこう告げた。


──魔物や人間がここを攻めてくるかも知れない。戦に備えて訓練しよう。


 始めのうちは、戦いの真似事のようなことをやっていた。だがそれだけでは飽き足らず、どんどん訓練はエスカレートしていった。妖精がまた転生できるのをいいことに、妖精同士で殺し合いが始まったのである。

 強い者は何度も同胞どうほうを殺し、どんどん心が歪んでいった。弱い者は何度も殺され転生を余儀なくされた。終いには意地の悪い者から花のつぼみを刈り取られ、転生できずに消滅してしまう者まで出始めた。


「……誰も馬鹿騒ぎを止めようとはしなかった、止めようとした妖精から狙われて消されてった……。弱い奴はただ隠れて震えてるしか無かったんだ」

「……」

「それが我慢できなかったあたしは、そういう奴らに声を掛けて飛び出したんだ」


 隙を見つけてドラゴンレイクを脱出した妖精たち。追っ手が来ないような遠くまで逃げおおせることができた。

 暫く旅を続けていた妖精たちだったが、時間が経つにつれ意見が別れていった。自分たちで安住あんじゅうの地を作ろうと言う者。やっぱり外は危険だから帰ろうと言う者。世界のどこかに別の妖精王と妖精の世界があり、そこまで行こうと言い出す者まで出始めた。


 そうして妖精たちは散り散りとなり、ある者は激化していく戦火に飲まれ、またある者は人間の街へと迷い込み、捕まってしまった。


 気付けば大勢いた仲間は誰もおらず、セス一人になっていた……。


「……その後、アルムのお父さんに拾われた。……これであたしの話は終わり」


 魔王は妖精の話を黙って聞いていた。話が終わってからも、何も言わなかった。


「……あんた、あたしにこれだけ話させて何も言わないのか?」

「特に言う感想はない」


 あぁそうだった、目の前の女はこういう奴なのだとセスは諦めた。

 もしかしたら心境に変化があり、少しでも気の利いたことを話すのかと期待していたが、馬鹿を見た。


 ところが……。


「逆にお前は聞きたいことはないのか?」

「え?」

「今度は余がお前の問いに答える番だ」


 急に言われドキリとする。と同時に恥ずかしい奴だな、とも思った。

 シャリアに聞きたいことは山ほどある。中で一つと言われるなら、それはとうに決まっていた。


「じゃあ、あんたはアルムをどう思ってるの?」


「……それはどういう意味でだ?」


「興味あるかどうかの話。例えば『コイビト』みたいに考えてるとか……」


「……」

「──っ!?」


 セスが言いかけた時だった。

 シャリアは瞬時に振り向くと、曲刀を素早く抜いたのである!


「えっ!? ちょっ!?」

「……下がっていろ」


──ふふふふっ……

──ひひひひっ……


 どこからともなく、複数の笑い声が聞こえる。

 相手を探し見上げると、まるで青い森全体から聞こえてくるように思えた。


──ヒュッ


 突然、セスを目掛けて小さな物が飛んできた。ぶつかりそうになるも、すかさずシャリアが切り落とす。地面を見ると、真っ二つになっていた。


(木の実、か……)


「誰だっ! 出てこいっ!」


『ふふふっ』

『ははははっ』

『やーい、意地っ張りのセス!』

『逃げ出したくせに、なんで戻ってきたのかなー?』


「……お前たちっ!」


 青い木の陰から妖精たちが次々と現れたのだ。各々おのおのが手に銀の小さな槍を持ち、まるでセスを小馬鹿にしたような顔つきで見ている。


「お前の仲間か?」

「こんな奴ら、仲間なんかじゃないっ!」


 もう後戻りはできないぞ。現れた妖精たちはそう言わんばかりに、来た道をふさぐようにして集まり始めた。


『なんだぁ? お前と人間の子供みたいなやつだけかぁ?』

『一緒に逃げ出した弱虫仲間たちはどうしたんだぁ?』

『きっと人間や魔物に殺されちゃったんだー』

『きっと見捨ててセスだけ逃げたんだー、卑怯者のセスぅ!』


うるさい!うるさいっ!! お前たちなんか一人じゃ何もできない臆病者のくせにっ! 」


 大勢相手に、セスは槍を持つと周囲をにらみ渡す。

 その姿を見て、妖精たちは益々ますますはやし立てる。


「お前らなんか、臆病者の集まりだっ!」


『臆病者だって~? 逃げ出した奴になんか言われたくないよなぁ?』

『なっまいき~!』

『意地っ張りめー!』

『やっちまえー!』


 妖精たちが槍を構え、一斉に飛びかかろうとした時だった。

 セスの正面に居た妖精数体が、一瞬にしてバラバラになったのである。


『あ?』

『れれ?』


 シャリアが瞬時に曲刀を抜き、居合いで切り刻んでいたのである。地面に落ちた妖精は結晶となり、光を放って消えてしまった。


「耳障りな虫けら共めが。余の前から消え失せろ!」


 皆、シャリアへ釘付けとなる。

 一体今のはなんだ? 全く動きが見えなかった……。


(シャリア……)


「これ以上、余の仲間への侮辱ぶじょくは許さぬ! それとも森ごと焼き払われたいのか?」


(な、仲間……)


 セスは耳を疑った。仲間……たしかに今、シャリアは自分を仲間と言ったのか?


『逃げろー! 化け物だーっ!』

『セスが悪魔を連れてきたーっ!』

『セスが復讐ふくしゅうに来たぞーっ!!』


「……ふん、烏合うごうしゅうめらが」


 逃げ出した妖精たちを見送ること無く、シャリアはきびすを返すと前を歩き出す。

 一方で、呆気あっけにとられていたセスはようやく我に返り、慌てて後に続く。


「あ、あの……シャリア……、さっきはあり……」

「先程の続きだがな」


 礼を言おうとした声をさえぎり、魔王は前を向いたまま話し出す。


「何と答えてよいか言葉が選べぬ。そこで逆に聞かせて貰うが、お前はアルムをどう思っているのだ?」


「っ!? そ、それは……」


「あやつのために怒鳴り込んでくる程だ。『コイビト』だと思っているのか?」

「うっ!? い、あ……」


 言われ、全身がほとり真っ赤になって何も言えなくなってしまった。


 ……しかし、それも暫しの間だけだった。


「…………違うよ。あたしじゃ、アルムの『コイビト』にはなれないよ……」


「何故そう思う?」


「……あたしたち妖精は、他の生物のようにつがいを作らない。霊体が尽きるまで永遠に生き続けられる代わり、新たな生命いのちはぐくめないんだ……」


「らしいな」


「……永久に生きることができても死にたずさわれず、ただ消えるだけ……。それは命としては不完全なんじゃないかって、外の世界に出てから何度もそう思ったんだ。 ……妖精は、他人を幸せになんかできない……」


「だから諦めるというのか?」

「あたしはアルムを幸せにできない……妖精になんか生まれなきゃ良かった……」


 下を向き表情を落とす妖精に、魔王は立ち止まる。


「セス。本気でそう思っているのなら、おこがましいというものだ」

「……それ、どういう意味?」


 すると、顔を覗き込むようにセスを見る。


「他人を幸せにするだと? 何をもって他者を幸せにするというのだ?」


「……」


「他人の心など常にたやすく移り変わるもの。現にアルムはお前よりも余に興味を持ち、奴と共に生きると言ったお前は約束をたがえそうになったではないか」


「……っ!」


 ガサガサッ!!


 前方のしげみが大きく揺れ、巨大なカメレオンの様な魔物が現れた!

 ドラゴンレイクの底なし沼に住まう『スワンプイーター』である!

 分かれ道の時から邪霊や妖精たちにまどわされ、誘い込まれていたのだ!


 スワンプイーターは先程まで沢山いたえさの気配が消えがっかりするも、目の前の二人を見つけると近寄ってきたのである。


「あ……ああ……!」


 青ざめ動けなくなるセスだったが、シャリアは構わずに歩き続けた。


「他人の心はまるでつかめぬ水のようなものだ。そんなものをお前はどうやって掴むと言うのだ?」


「シャリアッ! 危ないっ!!」


 魔物が長い舌で襲いかかる刹那、シャリアが片手を振り上げる!

 スワンプイーターは餌を掴む前に、真っ白な氷と化してしまった!

 氷結系上位呪文『フロストバニッシュ』、詠唱えいしょう無しに放っていたのである!


「余ならこうする」


 振り上げた腕を払うと、芯まで凍りついた魔物は氷の粉となり崩れ去る。


「心など関係ない、余は欲しいと思った物は必ず手に入れる。目に映った時は掴むため手を伸ばしていろ、さもなくば二度と手に入らない……。幼き頃、誰かに余はそう教わった」


「……先代魔王の教え? それとも、ラムダ補佐官……?」


「どちらでもない……誰だったのか忘れてしまった。……セスよ、おのれが何者かなど関係ないのだ。アルムが欲しければ力尽ちからずくで自分のものにすればいい。奴の幸せが何だというのだ? それがわかるまでお前は指をくわえて眺めているつもりなのか?」


「……」


「余は奴を手放さぬと決めた。奴が欲しければいつでも余から奪いに来ればいい。 ……それまで、少なくとも今は『仲間』だ」


 そう言い残すと、シャリアは再び歩き始めた。


(……アルム……あんたはとんでもない奴を好きになっちゃったんだね……)


 特別に想うことが興味を持つということならば、目前を歩く存在は、間違いなく誰よりも『特別』なのであった。



第十三話 竜の墓に挑む 完

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