士官学校の同級生 自慢の娘


 連れ去られる形でユリウスと行動を共にしたソフィーナ。成人の男と二人きりになったこともあってか、警戒しながらやや後ろを歩く。

 一方でユリウスはそんなことお構いなし。口に小枝をくわえながら、上機嫌で前を歩き進んだ。


「こうして外を歩けるのはいいもんだ。屋敷や城の中じゃ、自由がきかなくて息が詰まっちまうもんな」

「そういえば、ユリウス様は誰にも告げずに飛び出して来たのですか?」

「もちろんさ。言ったら面倒臭ぇことになる」


 何ということだ! 領主が急に居なくなったとなれば一大事ではないか!


「大丈夫さ。俺の親父が領主だった頃は、こんなことしょっちゅうだったらしい。だからきっと城の連中もその辺をわかってくれているさ」


 確かにユリウスの言う通り、ヴィルハイム先代領主は事あるごとに城を飛び出していたようだ。しかしそれはちゃんと行き先を残し、護衛ごえいを連れての話である。


「恐れながら、ユリウス様は領主としてのご自覚が薄いのではありませんか?」

「な……。おいおい、キスカみたいなことを言うんだな」


「えぇそうです。実は私、常々つねづね本当にユリウス様がキスカ姉さまにふさわしい人かどうか見極めたいと考えておりました。丁度今がその良い機会、もしユリウス様はふさわしくないと判明した場合、ありのままをお姉さまに報告します!」


 とんだ監視がついてしまった。

 これには苦笑いするしか無い。


「……それで、先程おっしゃった『二人だけで話したい話』とは何でしょうか?」

「おう、それそれ!君にいくつか聞きたいことがあったんだ」


「私に? 何でしょうか?」


 聞き返すも、何となくさっしはついている。

 大方、自分が魔王軍に居ることだろう。


「俺の配下のジョシュアのことだ。セルバでの一件以来、どうも元気が無いんだ。君とめ事があったと聞いたんだが、君の方からも話を聞こうと思ってな」


「そ、それは……」


「君に無理強いをさせたく無いが、あいつは俺の弟分みたいな存在なんだ。それにいつも陽気なあいつの元気が無いと、周りの元気まで無くなっちまうみたいでな。どうだろう、話してはくれないか?」


「…………」


 ここまで言われてしまい、断ることができなくなったソフィーナ。


 徐々じょじょにではあるが、あの日セルバで起きた事を話し出した……。

 


 シャリアに呼ばれたユリウスと別れ、ジョシュアは一人セルバの街へと繰り出したのだ。目的はセルバの酒場にある名物料理。物流が止まり値上がりしているにも関わらず、食べたいものを注文すると片っ端からかぶり付き始めた。


『ロスボード家の三男ジョシュア、林檎りんごのパイは頼まないのか?』


 言いつけ通りユリウスを講堂へ案内した後、ソフィーナはこっそりジョシュアの後をつけた。酒場へ入り勝手に腰掛け声を掛けるも、目の前の若騎士はそれどころではないと料理に夢中である。


うるさいなぁ、後で頼むんだよ。林檎のパイはデザートだ』

『……どうして驚かないわけ? 私のことを憶えてないの?』

『むっ! そう言えば君は誰だ!? 何故俺の大好物を知っている!?』


 ……驚かそうとしたところ肩すかしを食らってしまった。呆れたソフィーナは、士官学校で同じ講義を受けていた同級生であることを説明し、自分がエランツェル家の娘であることも明かす。


 それでもしばらくは首をひねっている。

 うなりに唸った末、ようやく思い出したようだった。


『あー、いつも一番前に座ってたあのちっこい子か。たしか飛び級だったっけ』


 やっと出てきた言葉がこれである。要はソフィーナに全く興味がなかったのだ。

 確かに二人が話す機会はほとんどなかった。大人に混じって講義を受けるばかりか、同級にどんな人間がいるか調べ上げるほどの優等生。片や教室の隅で林檎をかじりながら不真面目に取り組む劣等生、無理もないだろう。


 だがジョシュアはソフィーナとは違った意味で人気があった。愛嬌あいきょうのある体格に裏表のない性格。貴族であるにも関わらずそんな素振りを見せない態度が買われ、誰からもしたわれていたのである。


『朝からそんなに食べたら、鎧を装備できなくなってしまうのではなくて?』

『馬鹿にするなよ? こう見えて、今じゃヴィルハイム重装騎兵隊副隊長様だぞ!? 重装騎兵隊は一に体力、二に体力なんだ!』

『ならその副隊長様を見込んでお願いがあるの』


 ソフィーナの取り出したのは両親にてた手紙であった。内容は「もう家に戻ることはできない。生きてはいるから心配しないで欲しい」というものだ。もう一通には大魔道士ラフェルの事柄が書かれており、議会で取り上げて欲しいという内容だった。


『ロスボード家も貴族でしょう? お父様に手渡せる機会もある筈、お願い……』


 物を食べながら聞いていたジョシュアだが、急に手を休めると首を振った。


『……悪いけど今の話は聞かなかったことにしてくれよ。俺の実家は中流貴族だ、君の父君ちちぎみと会う機会もそうないと思う。俺の父上に話しても無理だと思うよ』

『ダメ元でもいいの! ……だから、お願い!』


 必至に頼み込むも、断固として首を振られてしまう。


『それにさ、手紙は君が直接渡すべきなんじゃないかな? そんなに重要な内容なら誰かに頼むなんてありえないよ。……もし俺が君の立場だったら、そもそも手紙なんて出さない。だってそうだろ? 貴族がえんを切る意味を君は理解しているのか?』


 今まで興味なさげだった態度が一変し、真顔でそう話してくるジョシュア。これにはソフィーナも驚き、正論を言われてしまい顔を真っ赤にめた。


『で、でも……』

『こんなことは言いたくないけど、僕からしてみれば君はとんでもない卑怯者だ。考えてもみろよ、身分も親も捨てた人間が身内の心配し、その上で頼み事だって? もし君が男で俺の部下だったら、間違いなく殴り飛ばしていたぞ?』


 この言葉がソフィーナの胸をぐさりと突き刺した。


 普段は悩みもなさげでのほほんとしていたジョシュアだが、心の奥底では貴族としての立場をわきまえていたのである。父に言われた通り士官学校を卒業し、家の面子めんつのために騎士団へと入隊した。だからこそ、ソフィーナの身勝手な振る舞いに我慢がならず、つい厳しい言葉を選んでしまったのである。


ガシャンッ!!


『自分が卑怯なことくらいわかっているわ! その上でこうして頭を下げているのにどうしてそれが理解できないのよっ!? 馬鹿っ!!』


 周囲の目が集中するほどの大声を上げたソフィーナ。

 気付けば目には涙を浮かべ、ジョシュアの顔面へと木苺ケーキを投げつける。


『あんたなんか大っ嫌い!! 騎士団と戦争になったら真っ先に殺してやるっ!!』


 店の外へ駆け出し、そのまま自室へと戻って来てしまった。

 丁度セスが居なかったこともあり、ベッドに突っ伏すと嗚咽おえつらした。



 ……話が終わると、ユリウスは大声で笑い出した。


「はっはっはっはっ!! なるほど、あいつらしいと言えばらしいな!」


「…………笑い話じゃないです」


「おっと、すまんすまん。……あいつは昔から女より食い物にしか興味無いような奴だったからな。デリカシーが無かったのはあいつが悪い」


「……」


 気付けばユリウスは、ソフィーナの隣を歩いていた。


「随分と悩んでたみたいだし、君にも謝りたいと言っていた。どうか許してやってくれないか?」

「……わかりました」

「でもジョシュの言った事も間違いじゃない、これもわからなくないだろ?」


「……私もそこまで幼く無いです」


 表情を落としながらも素直に応じる少女に、ユリウスは温かい目を向ける。


「ま、若いうちは無茶をやってみたくなるもんだ。……これで安心したぜ」

「安心って……?」


「君やキスカが魔王に心まで売り飛ばしちまったんじゃないかって、内心かんぐっていたんだ。でも、君には家族を心配する心がまだ残っていた」


「……」


「もし君の気が変わったら言ってくれよ。キスカと相談してエランツェル卿の元へ帰してやるからな。……じゃ、これでしょっぱい話は終わりにしよう」


「ユリウス様……はい!」


 一瞬明るい表情を見せるソフィーナだが、まだ心に迷いがあることをユリウスは見抜いていた。


(この歳頃としごろの子は不安定だからな、俺がそうだったように……。家のおきてを破り髪を切ったか……それでもできれば親元へと帰してやりたいものだが……)


 ユリウスがこう思うのも、他に理由があった。

 それは自分の父が死に、戦士ダムドが領主代行を務めていた頃にさかぼる。


 修行に明け暮れていたある日のこと。ユリウスは騎士バッチカーノに連れられ、王都バルタニアで開かれる貴族の社交パーティーへ出席したのだ。

 はじめはどうして自分が連れてこられたのか理解できなかった。そして案の定、自分に対する周囲の視線は冷たかった。「どのツラ下げてここに居る?」と、まるでそこに居ないかのような扱いまでされてしまう。中にはわざと聞こえる位置から陰口を叩いてくる者まであった。


 ユリウスは自分が如何いかいやしい立場なのか痛感させられた。正直ダムドから怒鳴られ、殴り飛ばされていたほうがマシに感じた。


 バッチカーノはいましめに自分をここへと連れて来たのだ、これは精神修行だ。

 そう受け止めようとした時、子連れの紳士から声が掛かったのだ。


『ユリウス君だったかね? 大きくなったな。……父君のことは残念だったね』


 見覚えある顔に、それがエランツェル卿だったことを思い出すユリウス。


『紹介しよう、私の自慢の一人娘だよ。あの頃と立場が逆になってしまったな』


 エランツェル卿の連れていた少女が前に出る。なんとまだ大人の腰にも届かない小さな娘が、丁寧にドレスのはしをつまみ、お辞儀じぎをしてみせたのである。


 ユリウスは稲妻に打たれたような衝撃を受けた。

 以来、日々の修行にも一層いっそう気が入るようになった。



(……あの時もしエランツェル卿が声を掛けてくれなければ、今の俺は居なかっただろう。ソフィーナ、俺はあの日の君やエランツェル卿に恩返しがしたいんだ)


 真っ直ぐ前を向き最強の盾を持ちながら歩く。その間ソフィーナへの気配りや、周囲への警戒もおこたらない。

 そうしているうち、木々の間からキラキラ光る湖が見え始めたのだ。


「あれがドラゴンレイクなのか!?」

「待って下さい! ……先生が言うにはまだ森の中で待って居てくれ、だそうです」


 セスとテレパシーを交わしたソフィーナがそう引き止めた。


「確かに俺たち人間だけ出て行っても怪しまれるだけだからな。……しかし邪霊じゃれいの森と聞いていた割にはなんとも無かった。神具が守ってくれたのかもな」


「そうかも知れませんね」


 最強の盾を眺めるユリウスに、ソフィーナも魔法で英知の杖を取り出し見せる。


「お、おい!? そいつはまさか!? どうして君が持っている!?」

「キスカお姉さまが大魔道士から取り上げたのを、私が譲り受けたのです」

「あのおっさんから取り上げただって!? ……ぷっはっはっ! そいつはいいや!」


 腹を抱えて笑い出すユリウスは、ますますキスカが嫁に欲しくなるのだった。

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