赤子のおもちゃ


 森の中へ下り立った一行は、歩き進むとやがて白い霧に包まれる。セスを先頭になおも進むと霧は晴れ、巨大な岩壁へと突き当たった。


「この向こうには更に森があって、そこにドラゴンレイクがあるんだ」


 そう言って岩壁に近づくセスに一同は続くと、ふと足元に様々な骨が散らばっている事に気付く。


「……こいつは随分ずいぶん物騒ぶっそうなところじゃねぇのか?」

「こんなに沢山……。一体何の骨でしょうか? ひょっとして魔物の……?」


「色々さ。皆、ドラゴンレイクへ入ろうとしたんだろ。岩を登ろうとして失敗したやつとか、他の動物や魔物に襲われたとか、色々。人間の骨もあるかもね」


 セスは淡々たんたんと話しながら、岩の一角に手をかざした。

 すると岩の一部がポッカリと口を開く。


「秘密の抜け穴、ここからじゃないと絶対に中へ入れない。はぐれないようついて来て」


「あら? ファーヴニラ様……?」


 四人が抜け穴へ入ろうとした時だ。ファーヴニラだけ一人しゃがみ込み、何かを一心いっしんに見ていたのだ。何事だろうとソフィーナが近づき見ると、骨を拾い上げては分けているのである。


「あ、あの、一体何をされてるんですか? みんな行きますけど……」


「私の卵が予定より大分早く孵化ふかしそうなのでな。生まれたら丁度よい遊び道具にならないかと見ていたのだ」


「え……」


 この言葉を聞き、ソフィーナや他の者たちはドン引きした。

 何の骨かもわからぬ物を赤子のおもちゃに与えようとしている。これはドラゴン特有の感性なのだろうか。それともファーヴニラ独自のものなのだろうか……。


「人骨なら城にあるからいくらでもくれてやる。それよりも先を急ぐのだが?」

「気にしないで置いていけ。私が竜の墓ドラゴングレイブに入るのは縁起えんぎの良いことではないだろうからな。暫くここにいるから用向きの時は呼ぶがいい」


 そう言って骨を吟味ぎんみし続けるファーヴニラに、それもそうか、と皆は先を急ぐのであった。



 暗い穴の中、発光するセスを先頭に歩く。そこで話題となるのは、やはり先程のファーヴニラのことだった。


「さっきのドラゴン姉さん、美人なのにいい趣味してるぜ」

「流石に趣味では無いと思いますけど……」


 赤子の玩具なら街でいくらでも入手できる筈だ。それをしないということは何か理由があるのだろうか。人間の玩具ではいけない理由が。


「まぁドラゴンの考えなんてわかんねぇか。この大陸ではファーヴニラ以外のドラゴンは居ないことになってる。ひい祖父じいさんの時代では何匹か見掛けたらしいが」

「一人でさびしくはないのでしょうか。先程も少し寂しそうに見えたような……」


「竜は元々れをなさない種族だ。寂しくなど無いだろう」


 ここでなんと、シャリアが話に入ってきたのだ。自分以外が無駄口を叩くと不機嫌になるため、内心ソフィーナはヒヤヒヤしていたのだ。それが思いがけぬ事態となり、驚きを隠せない。


「そ、そうなんですか!?」

「以前、奴のねぐらへ攻め入る時に少々調べておいた。……きっと奴らは本能で知っているのだろう。普段は互いに離れ暮らした方が、互いに長く生きれるということをな」


 これを聞いたソフィーナとユリウスは色々驚愕きょうがくし、言葉を失い考えさせられる。


「絶対的な強者にも、やっぱり悩みがあるもんなんだな」

「同族が離れて暮らさなくてはいけないなんて……悲しいです」


「さっきも言ったぞ、悲しみや寂しみなど他人の勝手な憶測おくそくに過ぎぬ。それよりも赤子が生まれるのなら先に帰すべきだったかも知れぬ」


(……!)


 この何気ない一言で、先を飛んでいたセスが一瞬だけ止まった。

 自分の考えが最優先の魔王が他者をづかったのである。これはどういった心境の変化なのだろう……?


 だがセスは気付かない振りを続け、黙って前を飛び続けた。

 そうさせたのは、やはり昨晩のやり取りがあったからに他なら無かった。



 暗い穴の先が明るく見え、青白い光が差し込んできた。出口のようだ。


すごい……!)


 外に出ると、青い光に包まれた木々が森を作っていた。

 明るくも暗くもない不思議な感覚に息を呑むと、そこはとても空気のんだ場所だということがわかる。


「あまり居心地の良い場所ではないな」


 顔をしかめるシャリア。ユリウスとソフィーナは、この世のものと思えぬ場所に圧倒された。


「こいつはたまげた。で、ドラゴンレイクってのはどこにあるんだ?」

「森を抜けたところ。もう少し歩かないといけないからちゃんとついてきて」


 再び先頭を飛び始めるセス。

 しかし青い森の中は道がなく、高い草が生いしげっていて歩きにくい。


「おい妖精ちゃん、お前さんは飛べるからいいが、俺たちのことも考えてくれよ」


 ユリウスは草に足を取られ、なるべく平らな場所を歩こうとする。

 しかしそれに対し、すかさずセスが叫んだ。


「進路を外れるなっ! この森は邪霊が住んでいて侵入者を迷わすんだ! あたしらはそれを知ってるから、他の妖精フェアリーが残した痕跡を見つけて進む。もし道を間違えれば底なし沼に引きずり込まれると思え!」


「うわ……」

「マジかよ……邪霊ってのは性根しょうねが腐ってやがるぜ」


 仕方なく三人は高い草をかき分け進む。身長の低いシャリアに至っては、胸を通り越して首まで草が届いていた。


「面倒だな、魔法でこの忌々いまいましい森ごと焼き払いたいところだが」

「妖精の王様は耳がいい。あたしらがここに来たことをとっくの昔にかん付いてる。下手なことは口にしないほうがいい」


 悪態をつく魔王に、セスは顔も向けずにそう話した。

 これにシャリアは特に言葉を返さなかった。


 歩くうち段々と草も低くなり、小さなけものみちが現れるようになってきた。

 しかし三人がホッとしたのも束の間、セスが突然進むのを止めてしまったのだ。


「……おかしい……道が分かれてる!」


 前を見ると、確かに獣道が二股ふたまたになっていたのだ。


「先生、妖精の道というのはどっちに続いてるんですか?」

「……両方へ続いてる。こんなこと今まで無かったのに……!」


 セスがドラゴンレイクに居たのは三十年以上も昔の話。道が変化していても本来ならおかしくないのだが、何か嫌な予感がしたのだ。


「……役に立たぬ案内だ。まぁ迷っていても仕方あるまい。時間も惜しいし二手に分かれるとしよう。余はこちらを進む。ソフィーナ、お前はそっちを進め」

「あっ! 魔王様!?」

「ちょっと勝手にっ!」


 何とシャリアは勝手に先へ歩いて行ってしまったのだ。まぁ放って置いても死ぬことは無いだろうと、セスはソフィーナと一緒に行こうとするが……。


「じゃあソフィー、俺たちはこっちを進むとするか。キスカから言われたわけじゃないが、俺は君を守らなくてはいかんからな!」

「え、で、でも……」


 困惑するソフィーナに、ユリウスは何やら耳打ちをする。


「……」

「まぁそういうわけだ。妖精ちゃん、君はシャリア嬢について行ってやってくれ。俺たちのことは何も心配いらん。じゃあまた後でな」


「あ……」


 セスは、本当はソフィーナと行きたかったのだ。だが中々言い出せず迷っていたところ、勝手に決められて先に行かれてしまう。


 どうしていいかわからず、分かれ道に一人呆然ぼうぜんと立っていた。


(……なんだよ、みんな勝手ばっかり!)


 どうしよう、今からソフィーナたちの後を追うか?

 それともシャリアの方へ行くべきなのだろうか?


 できることなら、あいつとは一緒に居たくないのに……。


(なんだよ……なんだよなんだよっ! くそぉっ!!)


 しかし駄々をこねている暇はない。こうしている間もアルムは……。

 セスは迷いに迷った、シャリアの向かった道へと飛んでいった。


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