ドラゴンの背に乗って


 夜明け前、ヴィルハイム南西の合流地点にて──。


 シャリアたちは転移魔法陣によって、ヴィルハイム南西部の人気ひとけがない場所へと集結した。ファラによって事前に転移ポイントを設置させていたのである。

 ヴィルハイム側へ許可はとっていない、無用な騒ぎを避けるためだ。


 そして、ファーヴニラはたちまち巨大な竜の姿を現した。


(ひぃっ!? 魔黒竜ってこんなに大きかったの!?)


 正体を表し巨大な岩壁のごとそびえる魔黒竜。以前より存在は知っていたものの、実際に見るのが初めてのソフィーナは、その大きさに腰を抜かしそうになった。

 しかし驚いてばかりもいられない。英知の杖の保持者ということは、この大陸で最も優れた魔導師である証なのだ。見送りに来たキスカからそうさとされ、竜の背中へとよじ登るのだった。


「……凄い眺め……。ん? こちらへ馬がやって来るのが見えます」

「呼んだつもりはないのだがな。どこからかぎつけたか」


『おーい! おーいっ!!』


 単騎で走って来る者から聞き覚えのある声、なんとユリウスだ。

 キスカが慌てて駆け寄ると、颯爽さっそうと馬から降りたのだった。


「お前ら不可侵協定はどうしたんだ!? 思いっきり侵入してるじゃねぇか!」


 なんとかごまかそうと、キスカはユリウスに歩み寄る。


「まだ正式な取り決めは交わせれていませんが? それよりもなぜここがわかったのですか? こんな時間に護衛をつけず一人で出歩くなんて……」

「ヴィルハイムは俺の庭だぜ? 目の届かない場所はえ! ……それにしてもでかいドラゴンだな……ってドラゴンを見るのは俺も初めてだがな……。おい魔王様よ! 俺に内緒で一体何をしでかそうってんだ!?」


 面倒臭いことになった。さっさと飛び去ってしまおうかとシャリアは考えるも、ふと何かを思いつきニヤリとする。そしてユリウスに、今からアルムの病気を治す手掛かりを取りに行くことを説明してやった。


「やっぱりそうか! 俺も連れて行け!!」


「いいだろう! ただしそれは余にではなく、この竜に頼むがよかろう!」


 するとシャリアはファーヴニラの耳元で何かささやき始める。魔黒竜はギロリと目付きを変えるが、気付かずユリウスは巨体の目前へと立った。


「かつて魔王を倒した勇者たちに協力した黒き竜が居たと聞いた!お前が魔黒竜ファーヴニラか!? 俺の名はユリウス! ヴィルハイムの領主にして、うぉぉ!?」


 名乗りの最中、ズシンとファーヴニラは前足を振り下ろしたのだ。

 慌ててユリウスがそれを避けると、最強の盾を構える。


「おいぃぃ!? 何しやがる!? 危ねぇだろうが!!」


──小僧っ! 貴様は私をたばった、あのいやしい者共の末裔まつえいらしいな!?

──よくも私の前におめおめと姿を現せたものだ!!


「謀るだと!? 待て! 何のことだ!?」


 事情を知らず、慌てるユリウスを見ながら魔王は笑い出す。

 ここでキスカが割って入ったのだ。


「魔黒竜様。この者は勇者たちの中でも、人間のためにくした戦士の意思を継ぐ者です。今も友の命を救わんと貴女の助力を欲しているのです。どうかこの騎士を本物の勇者にしては頂けませんか?」


──友のため、か……。おい小僧、本当であろうな?


「あぁ! 本当だ! 俺はアルムの命を助けるぞ!」


──ふん……。キスカよ、お前にめんじて一度はこの男を信じてやろう。


 ようやく大人しくなる魔黒竜に、ユリウスはホッとしてキスカに礼を言った。


「ドラゴンの誤解を解くどころか、俺の背中を押してくれるとはな」

「一人で飛び出して来るくらいですからね。止めても無駄でしょう?」

「あぁキスカ、お前はきっと良き妻になれるぜ?」


 そう言って手の甲にキスをし、別れを惜しみつつ竜の背に乗る。

 シャリアをにらむと逆に意地の悪い目で見られた。


「女に助けられるとは、情けない奴め」

「おい! こういうのは結束けっそくが大事なんだぞ!? 今みたいな真似は今後無しだ!」

「お姉さま、行って参ります!」

(……アルム、必ず薬を手に入れて戻るから……!)


 四人を乗せたファーヴニラは、天高く飛んでいった。

 それを見えなくなるまでキスカは見送ると、ユリウスの乗ってきた馬を見て一考する。


(良き妻……か。それならむこう見ずな領主様のため、もう少し良き女を演じないといけないわね)


 竜の姿におびえ逃げ出すも、主を失い迷走めいそうしている馬に指笛を吹く。警戒しながら近づいてきた馬をうまくなだめ、ひらりと飛び乗り城下町を目指すのだった。



 一方でセスの案内のもと、ファーヴニラは天高く上空を目指す。寒い時期だったので元々厚着をしていたが、それでも上は更に冷え込むのであった。


「……ぶはぁっ! 甘くて辛くてにがいなこいつは! しかし雲の上から眺める朝日ってのもいいもんだ! それも魔黒竜の背中の上とは!いい語り草になるぜ!」


 ソフィーナから貰った薬を飲み、上機嫌で展望を楽しむユリウス。


「お前はアルムではなく、竜の背に乗りたくて願い出たのではあるまいな!?」

「お前の方こそ、随分楽しそうじゃねぇか!」


 魔黒竜の背につかまり立ちしながらはしゃぐ二人とうって変わり、ソフィーナは真っ青顔でへばりついていた。


(ひぃぃぃ……もっとゆっくり飛んで……! でもなるべく早く下ろして……!)


 彼女だけが特別に高所恐怖症というわけではない。竜の背中に座席や安全ベルトなど備わっておらず、その上強い冷風が常に吹き付けてくる。

 地をって暮らす人間にとっては、これが当然の反応なのかも知れない。二人があまりに奇特なのだ。


「少し右手に飛んで! 砂漠を過ぎる前に高度を下げた方がいいかも知れない!」


──その時になったらお前が合図をするがいい。


 セスはファーヴニラの頭角の影に隠れ、細かく案内の指示を出していた。雲の上を飛んでいるのは人間に見つからないためと、同時に攻撃を受けないためだ。

 ドラゴンレイクへ行くため魔王の提示したコースは、大胆にも真っ直線。それも砂漠を突っ切り、グライアス領上空を突っ切る最短の進路だ。これにソフィーナの「雲の下を通過すると雲を媒体ばいたいとした雷魔法に引っかかる恐れがある」という提案も加わった。以前魔法アカデミーを訪れた際、雲を利用した防御結界の研究を見たことがあるのだという。


 しかし異世界には雲の上にも及ぶ射程の武器があったことを、誰一人として知るよしが無かった。異世界の知識を持っているグライアス領なら、一つくらい試作品を所持していたとしてもおかしくは無い。


 加え向こうは神具「真実の目」という、チート級レーダーを所持している。

 もしアルムがこの場に居たなら、ぞっとしていたことだろう。


 幸いにもこの時、地上から攻撃を受けること無くグライアス領を抜け、大陸南西部にある大森林地帯へ辿り着けた。雲の下に出ると、見覚えある風景にシャリアが指差す。


「あの木がぎ倒されている場所が見えるか? 以前に余が住んでいたあたりだ!」

「あっ! やっぱりお前らあそこに潜んでやがったな!? 突出した部隊が爆発に巻き込まれて、部隊長が死にそうな顔してたぜ!? 他の領の新人どもだったけどよ!」

「ははははっ! 功をあせやからがいるのは人も魔族も同じなのだな!」

「ま、そうかも知れねえな!」


 何とも奇妙な巡り合わせだ。

 まるで遠い過去の話のように、二人の長は笑い合うのだった。

 もっとも、笑い話どころではない者も居るが……。


「ひぃ……はぁ……お願い、早く着いちゃって……!」


「ここからはもっとゆっくり、森林ギリギリの高さで飛んで! ドラゴンレイクは妖精フェアリーしか知らない道を通らないと辿り着けない! 結界のせいでかなり近くまで行かないと見ることすらできないんだ!」


 やがて一行は、ドラゴンレイク付近の森へと降り立つのだった。



 ドラゴンレイクは高い岩山と森に囲まれた、美しい湖である。妖精を始めとした様々な精霊や生き物が生息しており、この世の楽園と言っても過言ではない。

 そこで妖精たちは月の綺麗な夜になると、決まってダンスパーティや宴会を開くのだ。その昔、大陸の外からやってきたドラゴンを追い払った栄光をたたえるためのもよおしではあったが、現在では単に「妖精王フリークス」を楽しませるためのものとなってしまっている。


 まぁどちらにしても、騒ぐのが好きな妖精たちのことだ。理由など何でも良いのだろう。今朝けさも昨晩の興奮が冷めない妖精たちが、妖精王と朝露あさつゆで作った茶を飲みながら騒いでいた。


『王様、王様! 大変大変!』

『外から何かこっちへやってくるよ!?』

『でっかい黒い影が空を飛んでたって! ドラゴン? ドラゴン?』

『人間みたいな奴らも居たって! どうするの!?』


 湖のほとり、巨大な植物を玉座ぎょくざにして座り、妖精王フリークスは茶を飲み干す。

 そして湖の水に魔法を掛け巨大な水鏡へと変える。たちまち複数の人影が水面に映し出されたのだ。


「よくわかんない奴らだ、人間か? ……あぁ、妖精を連れているな、こいつが連れてきたのか。それなら異世界から来た勇者とは無関係なのか……な?っと」


 水鏡を見た妖精たちは、更に騒ぎ出す。


『こいつ知ってるぞ! 昔ここに住んでた意地っ張りのセスだ!』

『外から人間連れてきた! 裏切り者! 裏切り者!』

『どうする? どうする? やっちゃう? やっちゃう?』


 一斉に騒ぐ妖精たちを、フリークスは静かになだめた。


「まぁみんな落ち着けよ、ゆっくりと相手の出方を見ようじゃないの。……うーんそうだな。森の邪霊じゃれいたち(森に住む小さな精霊たち。自分たちと区別するため妖精はこう呼ぶ)にも伝えておけよ。こっちへとうまく誘導するようにね」


 王の指示の下、妖精たちは散り散りに飛んでいった。


(……なんだか楽しくなってきたぞ! 楽しい余興よきょうになるといいな。ははははっ!)


 妖精王フリークスは子供のような笑みを浮かべると、嬉しそうに宙返りをするのだった。

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