約束を破った代償
『風土病!?』
「はい。軍師様は、異世界人の血を継がれているため病にかかったのです」
魔王城へと帰還したキスカとソフィーナは、先程の一見を包み隠さず報告した。もう風土病を治せる不老不死薬は手に入らないとのこと。しかし、ドラゴンレイクに
「何もせずにこのままいるよりはマシか。よし、石頭の補佐官が居ない今のうち、余が直々にドラゴンレイクへと向かう。ソフィーナ、余の供について参れ。神具を持つお前も付いてくれば妖精とも話をつけ
結局シャリアはラムダと連絡が取れなかったばかりか、城に戻っても会うことができなかったのだ。一体どこへ行ったのかと探すよりも先に、鬼の居ぬ間に洗濯と勝手に決めてしまう。城の魔物たちは自分も連れて行って欲しいと魔王に頼むも、妖精が過敏な性格であることを理由に、片っ端から断られてしまうのだった。
(ソフィーを連れて行くですって!?)
キスカはギョッとした。つい先程「ドラゴンレイクは常人の辿り着ける場所ではない」と聞いたばかりだ。ソフィーナへ保護させる意味で渡した英知の杖。それが早速裏目に出てしまい、引き継がせたことを酷く後悔するのだった。
アルムの住んでいた山小屋にて──。
家の主は暫く振りに我が家へ帰ってきた。部屋には所狭しと医療器具が置かれてしまい、朝食をとるスペースすら残っていない。そして意識のない本人は目を閉じ眠ったまま、帰って早々ベッドへと寝かされてしまうのだった。
「今までずっと二人で暮らしていたのか?」
不安げにじっとアルムを見つめていたセスへ、ココナが尋ねる。
「……アルムが一人で歩けるようになってからかな……。あたしも色々と考えて、自分の住処を見つけたんだ。それからはたまに遊びに来る程度だったけど、今度はアルムのお母さんが死んじゃった。それから毎日ここへ来るようになった……」
「なら一緒に暮らしていたのと余り変わらないな」
ココナは腰掛け、勝手に入れた茶を飲み始める。器の中に入っている液体を
「……人体に与える影響の大きい要因に生活環境がある。その大部分を占めているものは一体何だと思う? それはいつも居る誰かが居るか居ないかだ。例えお互いに自覚は無くとも、他人が与える影響ってやつは計り知れないものがあるんだ」
「……」
「……あたしの御主人が生きてた頃、聞いた話さ。お前に強要するつもりで話した訳じゃ無い。でもそこで寝ている人間を思う気持ちがあるのなら、これからも傍に居てやってくれ。これはゲン担ぎじゃなくて、根拠ある医者としての意見さ」
「……うん」
しかしそれは、アルムが助かってからの話だ。
普通であれば他愛のないことの筈が、今は遠い夢物語のように感じられた。
丁度その時、扉を叩いて誰かが入ってきた。
「できれば誰も入れたくないんだが」
「すみません。ココナさんが『一晩寝ずに動ける薬』を持っているとお姉さまから聞いたのもので。いくつか分けて頂けませんか?」
ソフィーナだった。
「強い薬だ、そんなにやれないぞ。一体何に使う?」
ここでソフィーナはアルムの病気の手掛かりを見つけるため、寝ずにシャリアと出かけることを打ち明ける。
「お姉さまに酷く反対されましたけどね。でもそれでは何のために神具を受け継いだのかわからないじゃないですか。……それに、私もアルム様をお救いしたいのです。このまま負けっぱなしで終わるだなんて、悔しいですからね」
「それは
「はい、それは……秘密事項なので教えられません」
薬を受け取り一礼すると、急いで扉に手を掛けた、その時──。
「……ドラゴンレイクへ行くつもりだろ?」
じっとアルムの傍で動かないでいた
気遣いが見事に見破られ、立ち止まるも振り返ることすらできず、ソフィーナは扉を開けて出て行った。
(まだ魔王様は玉座に居るのかしら……)
魔王城へ戻ったソフィーナは再び謁見の間を訪ねようとする。すると勝手に扉は開かれ、中から出てきた女性と鉢合わせになった。
「あっ、すみません……」
女性はソフィーナの知らない人物だった。高い身長に全身黒い衣を
「魔王ならまだ中にいるぞ。……待て、キスカの教え子というのはお前か?」
「は、はい。ソフィーナと申します、お見知り置きを」
「お前たちのことは私が送っていこう。それまで休んでいるがよい」
「??? お世話になります……?」
女性は行ってしまい、後ろ姿を不思議そうな顔で見送る。
一体誰だろう? キスカの知り合いなのだろうか……。
(魔導師なのかしら? それとも鉱石車の運転手さん??)
この時ソフィーナは、今の女性がかつて「討伐してしまえばいい」と言った相手『魔黒竜ファーヴニラ』本人であったことに、まだ気付けないでいた。
中へ入ると確かに魔王はいた。玉座へと腰掛け、熱心に本を読んでいる。そこへ使い魔たちが書庫から本や資料を次々運び、不要になったものをまた戻しに行く。きっとドラゴンレイクに関するものなのだろう。
「……調べてはいるが、城にあるのはどれも
「お願いがございます。先生を、セスさんを案内役に連れてはいけませんか?」
「……何故それをお前の口から言わねばならぬ? 本人に言われたのか?」
魔王の視線は書物へ向けられたままだ。
「せ、先生!?」
驚いたことに、セスが突然姿を表したのだ。
ソフィーナの前に出ると、魔王を
「ソフィーナは関係ない! あたしが勝手にここへ来ただけだ!」
「……それで?」
「ドラゴンレイクは妖精しか入れない結界が張ってある! 他種族には入るどころか見つけることすらできない! あたしも連れて行けっ!」
「断る、その必要はない」
魔王はまるで虫を追い払うかの
「妖精の結界如き破れぬわけがなかろう。それにお前はアルムについて居るよう、ココナから言われてなかったか?」
「……だけど、このままじゃアルムが……あたしが行かないと……!」
シャリアは書物を閉じると足を組み、ジュースの入ったグラスへ口をつけた。
「そもそも貴様は連れては行けぬ。信用できぬからな」
「……え……何で……」
「聞こえなかったか? 貴様では信用に足りぬと言ったのだ」
シャリアから発せられた言葉が、セスの心にグサリと突き刺さった。
思えば今まで、セスはまともにシャリアと向き合い話したことが無かった。
自分が会話に加わることはあったが、それも全てアルムと一緒に居た時だけだ。
今まで自分はアルムの付属品のように軽く思われていたのか。そう考えたセスは怒りがこみ上げてきたのだ。
「あんたがあたしをどう思おうが、そんなことは今関係ないだろっ!? あんただってアルムを助けたいんじゃないのかよっ!? 何がそんなに不満なんだよっ!!」
セスが叫んだその時、シャリアは突然立ち上がり、持っていたグラスを投げた。
パ──ンッ!!
「ヒッ!?」
グラスは立っていたソフィーナの側を通過し、壁に叩きつけられ粉々となる。
魔王を見ると、これまでに無いくらいの怒りをあらわにしていた。
「それが信用できぬと言っておるのだっ!! ……余は以前にアルムからこう聞いていた。『いつも自分がセスといるのは、そう約束したからだ』とな! だから貴様のことは今まで
「そ、そんな……」
シャリアは指を突き付け、尚もセスを責める。
「それが最近の貴様は何だ!? アルムの傍を離れ勝手に姿を隠し、また現れ今度は助けたいだと!?
(……せ、先生……)
しかし残念なことに、シャリアの言い分の方がもっともに聞こえ、何も言えずに立っていることしかできなかった……。
「何も言えまい、わかったら下がれ! ……馬鹿馬鹿しい、時間を無駄にした」
セスは歯を食いしばり、大粒の涙を
それをシャリアは目をくれようともせず、謁見の間を出ていこうとする。
「…………お前を……」
「……何だ?」
「…………アルムがお前を好きになったからっ! もうアルムにあたしは必要ないと思ったんだっ!! あんたなんか大っ嫌いだったけどっ、アルムが好きになったから それで仕方ないと思ったんだっ!!」
声にシャリアは足を止め、驚きセスの方を向いていた。
「それでもあたしはアルムに死んで欲しくない! 見殺しになんて絶対にできない! お前に何て言われようと、思われようと、あたしは絶対ドラゴンレイクに行くっ! 気に入らないなら、信用できないって言うなら、あたしを殺せばいいだろっ!!」
「先生……」
暫し足を止めていたシャリア。再び前を向くと歩き出した。
「ソフィーナ、夜明け前にヴィルハイム南西のポイントで待ち合わせだ。その時はセスも連れて来い」
「……はいっ!」
シャリアが謁見の間を出ていった後、セスは床へと崩れるように着いた。
「先生、必ず迎えに行くので、それまでアルム様の家で待っていて下さいね」
ソフィーナはハンカチでセスを優しく包み、両手でそっと持ち上げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます