裏切る者たち


 キスカをつけた二柱だったが、変わった様子は見つけられなかった。

 魔王城におもむき、リザード兵に事情を話した後、一旦私室へと戻りすぐセルバへと向かったのである。ここまでおかしな点は特に無い。


 そして、静まり返ったセルバ市内へと転移したキスカは、そのままソフィーナと合流したのであった。


「お姉さま、これからどうするのですか?」

(ちょっと耳を貸しなさい)


 深夜で誰も通らないさびしい街中、更に周囲を警戒しつつキスカは耳打ちする。

 聞き手のソフィーナの表情が、みるみると青ざめていった。


「そ、それ本っ……むぐっ……」

「静かに! いいことソフィー? 私は貴女を心から信用しているから話したの」

「……」

「機会は一度きりよ、失敗は許されない。……できるわね?」

「…………わかりました」


 何に使うのか水筒すいとうを手渡され、ソフィーナは諦めにも近い返事をするのだった。


 そして、二人が訪れたのは例の牢獄所がある建物である。

 見張りの骸骨兵たちへ気さくに話しかけながら、キスカは奥へと進んだ。


 一方でソフィーナは気が気ではない。できればここには二度と来るまいと考えていたのだ。

 もう顔を合わせたくない、あの人物がまだ収容されているこの建物には……。


「ん? 何だお前ら?魔王様に言われて来たのか?」


 牢獄所の前まで来ると、でっぷりと太ったビッグラットが門番をしていた。


「こんな時間に怪しいな! ん? ……クンクン、旨そうな匂いがするぞ?」

「こんばんは鼠さん、私たちは巡回じゅんかいの途中なのよ。ところでお腹は空いてない? さっき新作のチーズを作ってみたのだけど、良かったら如何いかが? 感想が聞きたいの」

「なんだと!? そういうことなら協力してやろう!」


 丁度腹が減っており、チーズへむさぼりつくビッグラット。

 食べ終わると同時にバタリと倒れてしまったではないか!


「っ!! まさか猫いらずを!?」

「即効性の睡眠薬よ。こんな日も来るだろうと調合しておいてよかったわ」


 落ちていた牢獄所の鍵を拾い上げ、二人は素早く中へと入るのだった。



 牢獄所の中はガランとしていた。一部屋をのぞき、今は使用されていない。

 その一部屋へ当然のように入ると、二人は目前の人物へとひざまづいたのだ。


 大魔道士ラフェルである。


「……大変長らくお待たせしました。ようやく英知の杖を取り戻すことができたのです。ソフィー、ラフェル様を解いて差し上げて」


「……ゲホッ! ガハッ!……はぁはぁ……遅かったではないか! 一体何日待ったと思って……ゲハッ……!! は、早く杖を……ゲホッゲホッ!!」


 猿ぐつわを外され酷く咳き込むラフェルに、ソフィーナは水筒の水を飲ませる。

 不老不死とて、何日も水を飲まなければ干からびる。現にラフェルはげっそりとせこけていた。もはや別人のようである。


「ングング……はぁはぁ……ゲホッ!」

「静かに、まだ外に見張りが居ます。……魔王軍の仲間になった素振りをし、機会を伺っておりました。どうやらアルムという軍師が病気に掛かったようなのです」

「何っ!?」

「原因不明、黒い斑点の出る未知の病です。あの様な症状は私も見たことがありません。診察にあたった医者は『命が持って三日』と話しておりました」

「なんだと……? フフッ……フハハハハハハッ!!!」


 突然ラフェルは見張りも気にせず、大声で笑い出したのである。


「ハハハハハッ……ゲホッゲホッ! ……そうか医学の心得があるお前でもわからなかったか……ヒヒヒッ ! ゲホッ……ングング……」


 一通り笑うと水を飲まされ、ラフェルはようやく落ち着く。


「風土病だ」

「風土病?」


「そうだ、奴の親父と同じやまいだ。私は好奇心からあの病気について色々と調べたのだ。するとこちらの世界と異世界とでは、微妙に空気の成分が違うことを発見したのだ。病名がわからずとも無理はない、その風土病は異世界人特有の病なのだ」


「ですが、それだと勇者ノブアキ様も風土病に掛かった筈では?」

「恐らく個人差によるものだろう。ノブアキは発症する前に不老不死の薬を飲んだため紙一重でまぬれたのだ。クックック……アキラは親子共々ついていないものだ。まさか息子の代まで同じ病に悩まされるとな、クックックッ……」


 キスカはこの言葉に思案すると、思い出したかのようにハッとする。


「奴らは治療方法を探すと言っていましたわ。先回りして処分しないと!」

「その必要は無い。薬はもう手に入らないのだからな」

「何故です? 薬は誰が作ったものなのですか?」


「ドラゴンレイクだ。そこで手に入れたのだ」

「ドラゴンレイク……あのおとぎ話の? まさか!」


 キスカは信じられないという顔をする。ドラゴンレイクは大陸の童話『竜の眠る妖精の湖』に登場する架空かくうの場所だ。キスカはこの童話を読んだことがあったが、本当に存在するとは考えてもいなかった。

 しかしそれもつい先程、本物の妖精フェアリーを目撃するまでの話だが……。


「ノブアキと旅をしていた俺たちは、大陸西の外れで本物のドラゴンレイクへ辿り着いたのだ。そこで妖精王フリークスと交渉し、不老不死の薬を手に入れたのだ」

「そんな事が世の中に知れ渡ったら、大変なことになってしまいますわ」

「不老不死薬は神から神託しんたくを受け、アルビオンが作成禁止にしたのをお前も知っているだろう。それにドラゴンレイクは常人の辿り着ける場所ではない」


 この話を聞き、学生時代の授業を思い出した。確かに不老不死薬を作ろうとした錬金術師たちがいて、大勢逮捕された時期があったと歴史社会で教わっていた。


「真実は伝聞でんぶんより奇怪、というわけだ。……それより先程から何をしている!? さっさとこのなわほどかんかっ!!」


 もたもたしているソフィーナに対し、ラフェルが荒上げた時である!

 キスカが落ちていたサイレス石を拾い上げ、ラフェルの口へとねじ込んだのだ!


「ぬぐうっ!?」

「今よっ! このまま縛り上げなさいっ!」


 ソフィーナはラフェルの顔をサイレス鉱石ごとぐるぐる巻きにしてしまったのである! 二人は素早く牢屋を出ると、再び鍵を掛けてしまった!


「教えて頂きありがとうございました、我が師。流石の貴方でも、飲んだ水に薬が混ざっていたと見破れなかったみたいですね」

「……っ!? ……っ!!」


 キスカの言う通り、水筒の水は自白効果のある興奮剤が入っていたのである。

 乾ききった体に元々気性の荒い性格、ラフェルには効果覿面てきめんだったという訳だ。


「これにて縁を切りとうございます。……ご自分の罪はご自分でつぐない下さいませ。さようなら、ラフェル様」

「────っ!!!」


 二人はラフェルを残し、さっさと外へ出ていってしまった。


 一部始終を見ていた二柱が、姿を現しじっとラフェルを見つめる。


「これがかつて魔王を倒した英雄の末路、ですか……。不老不死薬、思えば我々が意見をたがえる切っ掛けとなった出来事でしたね……」

「ユーファリアは今まで皆の考えつかぬことまでやってのけてきた。それだけならすげぇ神様なんだが、必ずどこかしら抜けている部分があった」

「だからこそ皆の支えや意見交換が必要だったのでしょう」

「しかしそれができなかった。だから俺たちは姿を消した、ってな」


 当時のユーファリアはいつもにも増して強行的だった。

 話し合いどころではなかったのである。


「それにしても女ってのは、神も人間も怖えぇ怖えぇ」

「おっと、ファリスの前では禁句ですよ」

「んなこたわーってるよ!」


 苦笑し合いながら、二柱はこの場を去るのであった。


 

 一方で魔王城某所──。

 ラムダ補佐官は、またもや異界の王と連絡をとっていた。


──して、正常に動いているか?


「はい、ようやく城内のエネルギー問題も解決できそうです」


 アルムたちがヴィルハイムへ出掛けている間、異界から機材が届いたのだ。

 以前より問題視されていた魔王城の魔力不足。これで目処めどが立ちそうである。


「……ですが何やら最近、神の一部がこちらを探っている様子。どうやら先の大戦で仲違いした三柱のようです。気付かれることは無いと思いますが……」


──万事は尽くしているのだろう? ならば奴らが気付ける筈はあるまい。


 そう、気付ける筈がない。

 対策が万全な上に、そもそも気付きようがないのだから……。


「して、本日は別のお願いがあって参りました」


──何か?


「例のアルムという若者が不治の病に掛かりました。こちらの医学では治療できぬとのことでございます。何卒なにとぞ、お力添えを……」


──ならぬ、そちらで解決致せ。出来なければそれまでのことだ。


 即答され、驚くラムダ。


「し、しかし!? 今後もアルム殿は魔王軍に必要なのですぞ!?」


──ラムダよ、お前は情に流され本来の任務を忘れてはおるまいな?

──ついでに『例のもの』を回収するのだ。それがお前の使命、我が命である。

──アルムが死のうと代わりの者など探せばいくらでもいる、違うか?


「で、ですがあの若者は……!」


 アルムとシャリアの顔が頭をかすめ、ラムダはなおも食い下がろうとした。

 情に流されていると言われてもいい、王の機嫌を損なわせても構わない。むしろろ、アルムを見捨てると言い出した王の言葉の方が信じられなかったのだ。直接会って話がしたいとまで言わしめさせた相手、一体何が気に食わなかったと言うのか!?


──時間がないのだ。もうすぐ始まってしまう、星の命運を懸けた戦いが……。


「なんですと!? では、きやつめが遂に……!?」


 異界の王とラムダが居た世界では、圧倒的な文明を誇るも戦いが続いていた。

 それも相手は更に文明を上回る、強大極まりない相手……勝てる見込みは……。


──もうそちらにいてやる時間は残っていない。──もまだ完成には程遠い。


──ラムダ、任務を続けよ……。頼んだぞ……。


「は……ははぁっ!!」


 ラムダ補佐官が垂れた頭を上げると、水鏡には何も映らなくなっていた。

 しかし何ということだ、自分の故郷では星間戦争が再び始まろうとしている!


(我が主は貴重な時間を費やしてまで、見守り下さっていたのか……)


 それだけ自分は重要な任務を任されているということなのだろう。

 それこそ、星の命運を変えてしまう程の重要な任務……。


(だがアルム殿を見捨てることもできぬ! それも全ては我らが魔王様次第か……)


 葛藤かっとうに苦しみながら冷や汗を拭い、ラムダ補佐官は部屋を後にするのだった。

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