第十三話 竜の墓に挑む

番外編『アルムとの出会い』


 ──声が聞こえた。


 自分の知らない、誰かの声が……。


『まだ息があるの?』

『……わからない』

『連れて行くの?』

そばに仲間らしき気配もない。このままではあんまりだ』


 冷たい泥の中からすくい上げられ、何かに包まれる安堵から再び目を閉じた。



パチパチパチパチ……。


(…………ぅ……)


 ほのかな熱と光に気付き、妖精フェアリーは目を覚ました。


(……ここ……どこ?)


 体を起こすと目の前にはき火、そして二つの大きな人影があった。


「……っ! にんげっ……ゲホゲホッ!」


『見て。おチビちゃん、目を覚ましたみたい』

『本当かい?』


 妖精は口の中に残っていた泥を吐き出し、こちらをうかがう人間たちへ身構えた。


 思い出した。自分は仲間たちと旅をしていた。

 だが人間と魔物の争いに巻き込まれ、離れ離れとなってしまったのだ。

 最後に憶えているのは強い爆発と衝撃……自分は今まで気を失っていたのか。


 他の仲間はどこにいる? いや、それどころではない!

 自分は人間たちに捕まってしまったのか!?


「怖がらなくても大丈夫、貴方が泥の中に落ちていたのをアキラが拾ったのよ」

妖精フェアリーは群れをなして暮らすと聞いたことがある。仲間はどうしたんだ? はぐれてしまったのか?」


 近づこうとする男に身構えていた妖精は、とっさに羽ばたいて逃げようとする。しかし肝心の羽が片方ちぎれており、うまく飛べずにすぐ落下してしまった。


「あっ、動かないほうがいい!」

「回復魔法を掛けたのだけど、羽根は再生できなかったの」


 妖精に回復魔法はあまり効果がない。それは妖精が他の種族……特に人間に比べ原始的で自然に近いためなのか、その理由についてははっきりとしていない。

 妖精は体が傷つきやすい反面、不老不死に近い特性を持つ。彼らは生体の寿命を感じると、近くの草木に付いている大きなつぼみへと霊体を移すのだ。そして開花と同時に再び新たな体を手に入れる。その繰り返しだ。


「近づくな! お前たち人間はあたしらを捕まえる気なんだろう!」


 アキラと呼ばれた男を、妖精はにらみ叫んだ。


「そんなことしないよ!第一捕まえてどうするってんだ?」


「人間は妖精を捕まえて見世物にしたり、びんに詰めて『レンキンジュツ』の材料にすると聞いた! 人間は欲とけがれの塊だと聞いた!」


「やれやれ……。妖精の間でも人間は嫌われ者なんだな」


 困った顔を見せるアキラに、女はフフッと笑う。


「私たちとまるで立場が逆ね。……私たちはね、人間だから逃げてきたの」


「……」


「エルフの里で暮らしていたのよ。……でも元々人間の血が濃かった私は良い目で見られてなくてね、この子が産まれたのを機に逃げてきたの」


「エルフ……?」


 見ると女は隣の男より明らかに大きな耳をしていた。そして腕には小さな人間を抱いている。女の産んだ赤子なのだろう。


「俺たちは新天地を探して旅しているんだ。俺には以前に大陸中を旅していた頃があってな、どこまでも東へ行くとセルバという大きな街があると聞いた事がある。そこでは様々な人間が種族のへだたり無く暮らしているらしい」


「外の世界は人間と魔物が戦争中で危険なところばかり。それでも東の方は戦火が及ばず安全らしいわ。もう何日も歩き通しだけど、がんばって辿たどり着くつもりよ。生まれてきたこの子のためにもね」


「勝手に助けておいてなんだが、君の仲間を探してやることはできない。その羽根では遠くまで行けないだろう。どうだ、俺たちと来る気はないか?」


 こう言われるも、まだ疑いは晴れない。

 少なくとも目の前の人間たちは悪者には見えないが、他の人間はどうだろうか?


「……そこは妖精でも暮らしていけるのか?」


「うーん、どうだろうな。行ってみないことにはわからない」


「……少し考えさせて」


 一晩ゆっくり考えるといい。そう言われ、妖精は眠りについた。


 そして朝……。


「決めた! あたしも行く!」

「お、そうか。じゃあ名前を教えてくれるか? 俺はアキラだ」


「あたしはセスってんだ!」


 弱々しかった昨日に比べ、元気になった妖精に二人は顔を見合わせ微笑む。


「宜しくなセス! こっちは俺の妻のカーラだ。そんでもってこいつが息子の……。あー、そういやまだ名前つけてなかったな……」


 済まなそうに頭をかくアキラに、カーラが背中を引っ叩く。


「まだ考えてなかったの!? 俺がそのうち決めるって言ったじゃない!」

「それが考えようとするとさ、ゲームや漫画……つまり物語の主人公の名前ばかり思い浮かんじまって、なかなか決まらないんだよ」

「もう! しっかりしてよ!」


(……こいつら、本当に悪い奴らじゃないのかな……?)


 二人のやり取りを見て、セスはどこか微笑ましさすら感じていた。そして……。


「早く名付けてやらないと、あたしが決めちゃうからな!」


 ビシッと指差しそう言うセスに、二人は顔を見合わせて笑った。セスも笑った。


 こうしてセスを加えた四人は、セルバを目指して旅することになった。


 旅の途中カーラの方が何度か咳き込み、歩くのを休む時があった。今は森の中を歩いているわけだが、何でも少し北に行くと砂漠があり、そこから砂埃すなぼこりを運んでくるらしいのだ。エルフの里はもっと空気の澄んだ場所だったらしい。


 そして時折、野生の動物や魔物と出くわす時があった。そんな時はアキラが率先そっせんして相手の気をまぎらわせたり、やり過ごすための手段をこうじるのだった。


「俺が冒険者だったってのもあるが、昔読んでたゲームの設定資料集……つまりは魔物図鑑みたいなものを眺めるのが趣味だったのさ。幸いそれが役に立ってるってわけだな。芸は身を助けるってね」


 たまにアキラは妙な事を口にする。セスがその事をカーラに尋ねるも、自分にもよくわからないと言われてしまうのだった。


 そして旅すること五日目の朝。

 ようやく森を抜けて大きな街道へと出くわしたのだ。


「よし! セルバは近いぞ! ……誰か来るみたいだな」


 街道を大勢の人間が向こうから歩いてくるようだ。セスは念の為にカーラのかばんへと隠れ、アキラが近づき話しかけることにした。


「すみません、みなさんはどちらへ行かれるんですか?」

「……どこの誰だいあんた!? 物乞いならお断りだよ!」


 一人の中年女性に話しかけるも、冷たくあしらわれてしまう。


「そうじゃない! これからセルバへ行くんです! ここから近いのですか?」

「行くんじゃないよ! 魔物に占領されちまった! みんな逃げてきたんだよ!」

「な、なんだって……!?」


 よく見ると荷車を押して居るものが目立つ。中には怪我をしている者までいた。そして表情は誰もが暗く、その足取りは重いのだった。


「……なんてこった。こんなところまで戦火が及んでいたとは……」

「どうするの?」

「……とにかくここまで来たら東を目指すしか無い。山林へと迂回うかいすればセルバを通らず農村に着く筈だ。流石にそこまでは戦火が及ばないだろう……そこにけるしか無い……」


 人々に混じり人間の街へ行くという手もあった。しかし大陸東側のエルランドという場所は、セルバの街以外は治安があまり良くないらしい。だからと言って更に北へ行くと、ヴィルハイム騎士団領へと辿り着いてしまう。そこは戦闘が激化している真っ只中だそうだ。


 四人は街道を離れて山林を進むことに決めた。

 険しく急な道なき道、どこから魔物が襲ってくるかわからない。セスもカーラの頭の上に乗り、周囲を警戒しながら先へと進むのだった。


(……アキラ! さっき向こうで影が動いた!)

(止まれ! 身をせろ!)


 まずいことに隠れるような場所が見当たらない。細い木の根元に身を伏せるしか方法は無かった。


(……なんてこった! リザードマンじゃないか!)


 リザードマンは曲刀と鎧を身に着け、立って歩くトカゲのような姿をしていた。非常に好戦的な種族と聞いている、見つかったら一溜まりもないだろう。セルバもリザードマンによって占領されてしまったのだろうか……。


 と、その時である。

 今まで大人しかった赤ん坊が泣き始めてしまったのだ!


「あっ……!」


 慌てて口を抑えようとするも既に遅かった。こちらに気付いたリザードマンが、呼び笛を鳴らし始めたのである。たちまち大勢の仲間を呼ばれてしまったのだ!


「俺に構わず逃げろ! その子を頼む……!」


 アキラは腰の短剣を抜き、前に立ちはだかった。

 しかし辺りは大勢のリザードマンに囲まれ、逃げ出すことなどできない!

 鞄の中で震えていたセスも、ついには意を決して飛び出した!


「……あっ……あたしも戦うよっ! 妖精の底力、見せつけてやるっ!」


 どこからか長い銀の針を取り出し、赤子を抱きかかえたたずむカーラの前に立った。


(くっ……!)


 アキラもいくばかは戦闘の心得があるのだろうが、多勢に無勢。短刀を構える腕も恐怖からか震えている。

 そのうち一回り体の大きいリザードマンがやってきた。万事休すか……!


「隊長、人間のようです。如何いかがします? 捕らえますか?」

「……女連れに赤子、か。……見逃してやれ」


 隊長リザードマンの言葉に、周囲は驚きを隠せなかった。


「本気ですか? 我らを偵察ていさつに来た密偵みっていかも知れませんよ?」


 すると隊長リザードマンは、曲刀の切っ先をアキラへと向ける。


「もしお前たちが密偵なら帰ってこう伝えろ。『セルバは魔王軍の手に落ち一兵も残っておらぬ。付け入るすきも無し』とな」


 曲刀でアキラに早く行けと指示する。これを見たアキラはカーラの手を取ると、警戒しながら足早にその場を去るのだった。



 日は既に大きく傾いていた。体力に限界を感じ始めた頃、ようやく山のふもとに農村らしきものが見えたのである。


「助かった……のか……」


 喜び勇んで村の入口へと向かう。だが二人の姿を見るなり、大勢の大人が武器や農具を持ち集まって来たのだ。


「何だお前たちは!? 入ってくるな! 余所者は帰れ!」

「水と食料だけでも分けて貰えませんか? 幼い赤子もいるんです、どうか……」

「お前らにやる分なんか無い!! 数日前に来た兵士どもに持ってかれちまった!! 今日も魔物共に無理やり奪われたんだ!! わかったらさっさと出てけっ!!」


 皆、物凄い剣幕だ。石を持ち、今にもぶつけるぞという素振りをする者もいた。


「……行きましょう」

「……でも、もう行くあては……」

「大丈夫。村でなくても安全な場所はきっと見つかるわ、ね?」

「……」


 カーラに説得され、アキラは悔し涙を浮かべながら村に背を向けた……。



『……おーい! おーいっ!!』


 村から離れ再び山の中へ入ろうとしていた二人に、呼びかけながら走って来る者がいた。何事かと歩みを止めると、それは村にいた一人の中年の男だった。


「はぁっはぁっ! やっと追いついたぜ! ……水と食い物だ、少ないが持っていけ」

「えっ!? で、でも……そんな……」

「いいってことよ! 赤ん坊が居るんだろう? ……俺はまだこんなナリだがよ、もう二人も孫がいてもうすぐ三人目が生まれるんだ。そのゲン担ぎってところだ」


 そう言って、男は赤ん坊の顔を覗き込む。


「男の子かい? 男の子はやんちゃで大変だぜ?」

「ははは、やっぱりそうなんですか?」

「そうだよ。俺の孫は二人とも男の子でよぉ、今度生まれるのは女の子がいいな。もし女の子なら『ベス』って付けてやるつもりだ。男の子だったら……しょうがねぇから『ピート』とでも名付けるかなぁ」


 そう言えば、と赤子の名前の話となり大笑いする三人。

 この親切な男は山を指差し、奥まで行けば小屋があることも教えてくれた。


「古くてもう使われてないがな、雨風くらいはしのげるはずだ」

「何から何まで……本当にありがとうございます」

「美人な奥さんと子供を大事にしろよ。山神様の加護があらんことを!」


 男と別れ、鞄から首を出すセス。


「人間もたまには親切な奴がいるんだな」

「……あぁ、そうだな!」


 そう応えるアキラの顔は、希望に満ちあふれていた。



 そして一ヶ月が過ぎた──。


「じゃあセス、アキラと食べ物を探してくるから留守番お願いね」

「おうよ! 任せとけ!」


 元気に小屋の中を飛び回るセスの姿。

 ちぎれた羽根はすっかり元通りだ。


「そういうわけだぞアルム! 今日も一日、このセス様がお守りをしてやるからな! 取り替えるのが大変だから、あんまりおしめを汚すんじゃないぞ!」


 アルムと名付けられた赤ん坊は、飛び回るセスを見て嬉しそうに笑うのだった。



 それから暫くして、大陸中に魔王が勇者によって倒されたと知れ渡る。

 ほぼ同じ頃、アキラは忽然こつぜんと消息を断った。



番外編『アルムとの出会い』  完

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