約束されていた「タイム・リミット」


 アルムとノブアキの対話はまだ続いていた。

 だがこれはもはや、対話や議論と言えたものではない。一方的にアルムが攻め、それをノブアキが耳を痛めながら聞いているだけだ。


「ヴァロマドゥーを倒した後で、その首を持ち帰ったらしいな? 何故そんな趣味の悪い真似をした? 魔王軍を決起させる原因の一つになってしまっている」


「……答えられない。……いや、憶えていない」


「首は今どこにある?」


「……ラフェルに貸して欲しいと言われ一旦いったんはセルバに送った……。だがその後で行方がわからなくなった……」


あきれたものだなノブアキ。だが安心しろ、魔王は『もはや先代魔王の首の事などどうでもいい』と言っている。救われたな」


 焦りに焦ったノブアキの頭の中は、もはや混乱を極めていた。

 何故自分がここまで責められねばならないか、どうして自分は何も言い返す事ができないのか……。段々に思考停止へと追い込まれていった。


「……君ら魔王軍の目的は何なんだ? 人間を支配することか? 純粋な破壊か? それとも私に対する復讐なのか? ……君は私に今更どうしろと言うんだ……」


「ルークセインを失脚しっきゃくさせ、異世界の知識を取り払え! この世界に異世界の知識は不要だ! その後で神具を神へと返還へんかんし、自分の犯した罪を数えろ! お前だけじゃない、ラフェルやアルビオンも一緒にだ!」


「……」

「……」


「……くく……くくくっ」


 突然、ノブアキは笑い出した。

 とうとう頭がどうにかなってしまったのか?


「今は笑う時じゃないぞ、ノブアキ」


「くっくっく……済まん済まん、つい可笑しくなってしまってね……」


 ノブアキは仮面を正すと、顔を上げた。


「……私に罪を数えろだと? 君らは自分の立場をわきまえていないようだな? 私は魔王を倒した英雄なのだよ? それに引き換え君らは一体何だ? 魔物を率いる魔王軍じゃないか。君たちの言葉を一体誰が聞いてくれるっていうんだ? 騎士団か?」


 落ち着きを取り戻したかのように、手を組み顔を乗せ、続ける。


「君は山の中で暮らしていたからわからないのかも知れない。世の中ってのはね、綺麗ごとばかりで動くわけじゃないんだよ。社会を動かすってのは大変難しいことなんだよ? だから私はえて政治には手を出さなかったんだ」


「だからルークセインに丸投げした、自分には関係ないとでも言うつもりか?」


 握るアルムのこぶしに力がこもる。これが勇者の台詞せりふだというのか?

 今までアルムは多くの物語を読み、数々の勇者の活躍を知ったが、それに比べて目の前のこの男は一体何だ? 汚い大人そのものではないか!


「全て関係ない、とまでは言わないよ。……万が一に、だ。私が神具を手放し罪を償うとしよう。その時、君はどうするつもりだ? 魔王軍と共に大陸を滅ぼすのか? それとも第二の私となるのか? だとすれば君は相当の極悪人だぞ?」


「僕を見くびるなよ? 全てが終わったなら、僕は僕の犯した罪を償い罰を受ける。魔王軍が引き続き人間側に攻め込もうとするなら、全力でそれを阻止するだろう」


 アルムの言葉に、ノブアキは再び笑い声を上げた。


「はっはっはっ! 綺麗ごとを! そんなことできるわけ無いだろう! 今はそう思っていても後で必ず考えが変わるさ! 現に私がそうだったように君だって同じことだ! これは断言してもいい! 必ずそうなるさ!」


「僕はお前とは違う!」


「そうだ、私も君とは違う。そして私が他の人間と決定的に違っているものは一体何だと思う?」


 親指で自分を指し、見下すような態度でアルムを見た。


「それはこの私がユーファリアの女神から神託しんたくを受けた勇者だということだよ。私はね、魔王を倒した後で再び女神から神託を受けたんだ。この世界にとどまり続けて欲しい、その間は神具を預かっていて欲しいってね」


「なんだと!?」


「私がこの世界にいるのは神様のお墨付きなんだよ。この通り今も私の手の内には神具がある。もし私が正しくないことをしているというなら神具は取り上げられる筈だろう? でもそれがされない、つまり私の行いには罪が無いということだ」


「な……」


「罪がないなら断罪など必要無いだろう? 罪と罰は人の価値観ではかることはできない。全て神の裁量さいりょう次第しだいというわけだ。どんなに他人が私を悪く思っていてもね」


 どうだ、言い負かしてやったぞ。自分は勇者だ、選ばれた人間なのだ。

 ノブアキは完全に立ち直り、高揚こうよう感すら覚えていた。


「ん?」


 見るとアルムは顔をおおい、小刻みに震えている。

 言い負かして泣かせてしまったか? 少々大人気おとなげないことをしたと思っていると。


「……はははっ!」

「なっ!」


 なんと今度はアルムの方が笑い出したのである。


「何が可笑しい!?」

「はははっ! ……語るに落ちたなノブアキ」

「なんだと!?」


 アルムは再びノブアキを正面に構えた。

 ハッタリをかましている目ではない。完全に獲物をとらえた強者の目である。


「ノブアキ、お前は『モラルハザード』という言葉を知っているか?」


「も、モラルハザード、だと……?」


「知らないのか? お前の住んでいた異世界の言葉だよ」


「っ!? う……ぐっ……」


 聞いたことがない。ノブアキの異世界知識は高校生時代で止まっている。

 モラルハザード……? 一体それは何なんだ……?

 似た名前のゾンビゲームならプレイしたことがあるが、恐らく違うだろう……。


「ノブアキ、お前は不老不死の体を手に入れ、数多くの魔物を殺し、大勢の人間が殺されていく中でこう思った筈だ。『自分は死と無縁だが、命はもろく安いものだ』とね。今も他人の命を軽く見ている。周りがちっぽけに見えているんだろう?」

「ば、馬鹿なっ!?」


「そしてこう考えた筈だ。自分は神に選ばれて神具を手にした、だから逆に神具があるうちは何をしても許されるのだ、と。お前は神具を罪のはかりと勝手に解釈かいしゃくし、取り上げられるまで好き放題するつもりだったんだ! 違うか!?」


「そ、それは……!」


「もし何らかの事情で神々が神具を引き取れないとしたらどうなんだ? 今のお前は過去の栄光と神の力をかざし、罪を振りまいて生きている愚か者に過ぎない!」


「ち、違う……! 私は勇者で……、私は大陸を救うために神具を授けられたのだ! 現に、今こうして魔王軍は現れたではないか! 神々はそれを見越していたのだ! 」


「それこそ間違いだ! 何故ならお前たちが権力と結びつき、多くの人を苦しめねば僕は魔王軍に力を貸さなかった! 魔王軍は人間に追い詰められて滅びていたさ! ……それともお前は神託を受けた身の上で、神があやまちを犯したとでも言うのか?」


「ぐぅ……!?」


 またも完全に立場が逆転してしまった。悔しさから歯を食いしばるノブアキ。


「神々からの下知げちえノブアキ! 神具を手放し、権力から身を引き懺悔ざんげしろ!」


「断るっ!私にもまだやるべきことが残っているんだっ!!」


 互いに譲らず叫ぶ双方。少しの沈黙の後、ノブアキが口を開いた。


「……どうやら話はここまでのようだ。残念だがアルム君……君は魔王軍として我々が倒さねばならんようだな。どうなるか、覚悟をしておいてくれたまえ」


「僕は父さんの顔を憶えていない。……それでも父さんの幼馴染なら、少しは話がわかって貰えると考えていた。だがそれは間違いだった」


 これ以上の話は時間の無駄だろう。お互いにそう確信する。


 もう、人間と魔王軍の戦は止められない。


「一つだけ忠告しておこう。勇者である私が勝てば英雄として皆からたたえられる。だが君が勝ったところで得られるものは何も無いからな? ……もしかするとさっき君の隣に座っていた女の子が魔王なのかい? だったら彼女にも……」


 ここで通信は切れた。いや、強制的に切られたのだ。


 何故ならアルムの目の前にあったマジックプレートが、急にふっとばされたからである。驚き周囲を見回すと、背後に誰か立っていたのだ。


「シャリィ……?」


「口数の多い男どもだ。互いに『死ね』の一言で済む話だったものを」


 そう言ってシャリアはアルムに近づく。


「愚か者め。あれほど一人で抱えるなと言ったであろうに」


「あ……」


 シャリアはアルムの手を取り、開いてみせる。

 汗でびっしょりとれており、ハンカチを握らせた。


「朝から貴様の顔色が優れぬことを、余が気づかぬと思うてか?」


「もしかして心配してくれてたとか……?」

「……お前の心配などするか、馬鹿め」


 悪態をつきそっぽを向く魔王に、アルムは安堵あんどを覚えた。先程ノブアキと舌戦をしていた自分が自分ではなく、どこか遠いところへ行っていた気分にとらわれたからである。


 自分はここに無事戻ってこれた。

 そう思った時だった。


「……うっ!?」

「…………アルム?」


 物音に気づき、シャリアが振り返ると倒れたアルムの姿があった。

 慌てて駆け寄るも、意識がない!


「おい!? アルムっ!?」




「…………」


 グライアス領の暗い一室で、通話を切られたノブアキはただ呆然ぼうぜんと座っていた。


(…………アキラ……俺は……間違っていたのか……?)


 アルムから突き付けられた言葉が頭に残る。ノブアキはまるでアキラにしかられていた様な気がした。

 とても顔は似つかない、きっとアルムは母親似なのだろう。


 それでも……。


(俺はあの時お前から言われた通り、魔王を倒すべきではなかったのか……?)


「……大分こっぴどく言われてしまいましたね」

「……」


 振り返るとそこにアルビオンが立っていた。


「今度はどちらへ?」


「……お遊びはここまでだ、魔王軍討伐へ向かう。お前も準備してくれ」


「あぁ、一つ言い忘れました。貴方のお知り合いのアルム君ですけど……」


 部屋を出ようとしたところアルムの名を聞き、足を止める。


「彼、死相が出てましたよ。このままだと確実に死にます。確実にね」


「…………」


「皮肉ですね。ラフェルが実験を続けていたら、治療方法もあったでしょうに」


 ノブアキは何か言いたそうに顔を向けるも、やがて部屋から出て行くのだった。



第十二話 もう、勇者なんていらない   完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る