アルム対ノブアキ


「やあ元気だったかね、アルム君」


「……お久し振りです」


 魔法の水晶板マジックプレートごしで、二人は再会した。


「驚いたよ、まさか君が魔王軍の仲間になっていたなんて」


 そう。今回は、互いに敵として……。


「どうして君がそこにいるんだ? 戦火に巻き込まれ魔王軍に捕まってしまった、という訳では無さそうだね。よかったら経緯けいいを聞かせてはくれないか?」


「セルバを陥落かんらくさせたのは僕の意思です」


「……なんだって?」


「今の僕は魔王軍で軍師に取り立てられ、軍のほぼ全指揮をになっています」


「……」

「……」


 淡々たんたんと無表情に話すアルムへ、勇者ノブアキはいらちに似た感情を芽生えさせていた。

 初対面で見ることができた、あの可愛気かわいげある態度はどこにもない。一体何が彼をこんな風にさせてしまったのか。いやそれよりも要塞都市と呼ばれたセルバを陥落させるほどの力が、どうして目の前の少年にあるのだろうかと模索もさくし始める。


「……そうか! わかったぞ! 君の手元にも『知識の部屋』があるのだな!?」


「知識の部屋、とは?」


「隠さなくてもいい。異世界の知識が本として無尽蔵むじんぞうに送られてくる部屋だ。君の父親であるアキラも同じ部屋を与えられていた。今は君がその部屋を持っているということだね?」


「では貴方も同じ部屋を持ち、そこから異世界の知識をルークセインらに提供し、グライアス領を発展させていたということですね」


「その通りさ。でもグライアス領だけじゃない、他の領も後々そうなっていくよ」


 ここで、ノブアキは表情に影を落とした。


「……アルム君、私は今日ほど悲しく思ったことはない。幼馴染のアキラは短い間ながらも、魔王討伐を共にした戦友。言うなれば、勇者パーティーの一員だった。その息子である君があろうことか、魔王軍に力を貸してしまうなんて……」


 アルムの表情は固く、動かないままだ。

 それでもノブアキは訴えかけるように言葉を続ける。


「君のことをアキラが知ったらとてもがっかりするだろう。今からでも遅くない、魔王軍を離れ私のところへ来るんだ。人間の街への被害が少ない今のうちなら」


「……もうお互いに芝居しばいをやめにしないか?」


「え?」


「もう下手な演技はやめろと言っているんだ、勇者ノブアキ」



 ノブアキが耳を疑いアルムを見ると、目の前の無表情は怒りに満ち満ちていた。


「父さんが幼馴染だと? 戦友だと? ……信じられない。お前の言う『仲間』というやつは随分と薄っぺらいものなんだな! 証拠にお前の仲間だったラフェルの名前が一度も出てこない! それとも奴は仲間じゃなかったとでも言うのか!? 答えろ!」


 アルムの言う通りである。ノブアキにとってラフェルが仲間なのであれば、すぐ安否を確認するのが当然ではないか。


 指摘されたノブアキは、内心「しまった」と思った。


「そ、それは……奴は私と同じで不老不死だから心配ないと考えていたからだっ! そうだ、ラフェルは一体今どうしている!?」


「当然こちらで預からせて貰っている。そしてそのラフェルから聞いた、父さんはお前たちの間で随分と煙たがられていたみたいだ。だから病気になった途端とたん、皆で置き去りにしたんだってな!」


「な!? ま、待ってくれ! 本当にラフェルはそんな事を言ったのか!?」


 仮面越しからでも、ノブアキの表情が段々と青ざめていくのがわかった。


「そんなことはしていない! きっと誤解だ! ……そ、そうだ、アキラとラフェルはパーティの中でも特別仲が悪かった。だからラフェルはわざとアキラを口悪く言ったんだ! アキラは私にとって幼馴染だぞ!? 私がそんな事をするわけ無いだろう!」


「果たしてそうかな? これを見ても同じことが言えるか?」


 そう言うとアルムは手に持っていた紙を取り出し、ノブアキに見えるように広げてみせた。紙は設計図のようだったが、筆で乱暴に塗りつぶされ、破られていた。


(こ、これはまさか……!?)


「その様子だと見覚えがあるんだな? これは父さんの部屋にあった、お前の言う『知識の部屋』にあった『鉱石車』の設計図だ。この大陸ではお前が発明した事になっている。お前が父さんのアイディアを奪ったのか!? それでも幼馴染か!?」


「違うっ! それは断じて違うぞ! アルム君、私の話を聞いてくれ!」


 ノブアキはもう取り乱しているのを隠そうとはしなかった。

 横に置かれていた飲み物を一気に飲むと、気を落ち着ける。


「聞いてくれアルム君……。私とアキラは、元々工業学校の学生だったんだ。まだアキラがパーティにいた頃、街を走る馬車を見て『異世界の車』をこっちの世界で走らせることができたら便利だろうと思いついたんだ……」


「……」


「冒険をしながら二人で設計を考えていた。あの時はアキラも乗り気満々で、ゆくゆくはこの世界で独占販売し、一儲けしてやろうとまで考えていた。……しかし、ある日を境にアキラは突然『こんな馬鹿げたことは止めよう』と言い出したんだ」


「ある日、とはいつだ?」

「それはアキラが病気になる数日前……」


 口に出してしまってから、ノブアキは言ってはならぬことを言ったと気付く。

 しかし、遅かった。


「やはりそうか! お前は父さんが邪魔になったから置き去りにしたんだろう!」


「違う!! 馬鹿なことを言うな! 意見の食い違いが起きたくらいで仲間を見捨てるわけがないだろう!」


「どうだかな」

(ぐっ……)


 先程からノブアキは、口に出したことが全て裏目に出てしまっている。

 こんな筈では無いのにと、あせりが焦りを呼んだ。


「僕が思うに、きっと父さんは途中で気が付いたんだ。この世界の移動手段はまだ馬車で十分だ、鉱石車なんてものは必要ないってね。だからお前と意見の食い違いが起きたんだ」


「……確かに、私は鉱石車の設計案をルークセインに渡して、形にさせ、量産化させた。それはいささか乱暴な事だったかもしれないが、アキラも今の便利になったグライアス領を見れば、きっとわかってくれる筈だ」


「いささかだと?」


 まだそんなことを言っているのかと、アルムは更に眉を吊り上げる。


「お前は仲間だったラフェルが捕らえられたのに、まだシラを切るつもりなのか? ラフェルがセルバの人間を拘束し、鉱石車を作らせるため強制労働させていたのを知らないとは言わせないぞ?」


「なんだと!? そんな馬鹿げた話があるか! 鉱石車は志願者から選出して労働者をつのったのだ!」


 またもアルムは紙を取り出す。


「セルバの牢獄に捕らえられていた中には、実際に強制労働場から身内を助けた人もいた。その人の証言では『正確な位置までは憶えていないが、グライアス領南部だったことは覚えている』とあった」


 ベスの兄であるピートの証言である。

 なおもアルムは続ける。


「更にはセルバの市長に過去十年間、強制労働場へ送られた人間の数を調べて貰ったんだ。少なくとも千人以上の人間がどこかに送られている。その殆どが大した罪も無い人間だ。……どうだノブアキ、お前がラフェルに送らせていたのか?」


「そ、それは……」

「答えられないか? どうなんだ、ノブアキ」


(ぐっ……)


 返答にきゅうするノブアキに対し、とどめを刺すべくアルムは正面を向いた。


「百歩譲ってお前がこの事を知らなかったとしよう。お前が魔王を倒した英雄で、その後も大陸を発展させるために働きかけたのだとしよう。だが実際にはどうだ? 一部の人間だけが得をし、一部の人間は見えないところで今も苦しんでいる!」


 アルムは身を乗り出すように、ノブアキの仮面をにらみ、叫んだ。


「答えろ勇者ノブアキ!! お前は自分が見えないところでなら、自分が原因で人が苦しみ、人が死んでも構わないのかっ!!? お前はこの世界に長く関わるべきではなかったんだっ! 魔王を倒してすぐに異世界へ帰るべきだったんだっ!!」


「ぐっ……!」


「異世界へ帰れノブアキ! もうこの大陸に勇者なんていらない!!」



 一方、アルムの居る部屋から離れた別室にて──。


「うむむ……アルム軍師殿の言葉、一々いちいちもっともですな……」

「あんなに雄弁ゆうべんな軍師様、初めて見たかも知れないわ……」


 魔法の水晶板マジックプレートを食い入るように見る、老将バッチカーノとキスカ。

 いや、二人だけではない。先程休戦協議の場にいた者が部屋に集まり、アルムとノブアキの通話内容を盗聴していたのである。魔法の水晶板マジックプレートは応用を使えば複数人で話したり、他人が通話中の様子をうかがうこともできるのだ。


(……下らぬ)


 唯一、シャリアだけは見向きもしなかった。途中まで会話に耳を傾けていたが、急に立ち上がると部屋を出ようとする。


「人間はほとほと盗み聞きが好きと見える。何故この様な下賤げせんやからを神はとうとび、助けようとするのか理解に苦しむ。畜生以下ではないか」


「お、お戻り下さい。今ここを通すわけには参りません!」


 扉の前まで来ると、立っていた兵士らに止められた。


「ユリウスよ、こやつらをどかせ。無駄な血を流させたいか?」


「綺麗なドレスが血生臭くなるだけだぞシャリア嬢。そいつらは脅しで言うことを聞いたりはしない。大人しく座っててくれ」


「ならばこの者たちに安息なる眠りを……スリープ」


 シャリアが手をかざし呪文を唱えると、兵士らは倒れ込むように寝てしまった。


「大分疲労が溜まっていたようだな。ユリウス、長であるなら兵は時に労うことも必要だと覚え知れ、あははははっ!」


「おい待てっ!?」


 シャリアは扉を開けると素早く部屋を出ていってしまった。

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