利用し、利用され


 ──グライアス領。王都バルタニアと隣接しているこの領は、王都を除けば最も大陸内で栄え、文明が発達している場所と言って過言ではない。


 しかしながら中央都市のドルミア市中心部以外、郊外住民の生活水準は他の領と大差ないか、それ以下である。民の大半が政府から借金を背負わされており、法のおきてにより返済するまで他所へと移り住むことができない。そんな彼らの日常は、領主ルークセインが直接管轄かんかつする工場へと働きに出ること……。


 工場内では分業が更に細分化され、労働者は自分たちが何を作らされているのかわからない。わかっていることは、働かねば明日のかてが手に入らないということだけ。そこに職人の誇りなど生まれるはずなどなかった。


 ドルミア市郊外の一角にある、敷地しきちの地下。最高機密の地下工場がある。

 時さかのぼること少々、珍しく領主であるルークセインが視察に来ていた。


「……というのが第七区画での事故原因です。報告では十名死者が出たとのこと。計画予定に支障が出ることは必至です」


 赤暗い灯りの工場の中。現場の責任者でもあるガゼルの報告に、ルークセインは耳を傾けていた。

 体格のがっちりしたガゼルに比べ、ルークセインは細身ながらも長身である。オールバックを後ろで束ねた長い髪。蒼白に細目の顔立ちという、なんとも近寄りがたい雰囲気を持つ男だ。


「人が減ったなら増やせばいい。が、それもできぬと」

「はっ! エルランド領が魔王軍に占拠せんきょされ、タルクから人間が届かぬと。タルクの豪商ドルも魔王軍の手により処刑されたと報告を受けております」

「使えぬ男だ。……まぁ慌てる事業でもない、現場の成るようにさせろ」


 二人の男は話しつつも、巨大な生産ラインを細い上部通路から見下ろす。そこへ軍服姿でやや背が低く、目と口の細長く切れた男がやって来た。ルークセインのふところがたな、サジである。


「お館様。勇者ノブアキ様がご帰還なされ、こちらを訪ねて来られました」

「今ここにか? お通ししろ」


「もう来ているよ。暫く留守にしていて済まなかったな、ルークセイン」


 カンカンと通路を歩く音を立てて、勇者ノブアキは現れた。挨拶もそこそこに、ノブアキは男たち同様に生産ラインを眺め見下ろす。一方でルークセインは、内心嫌なタイミングで現れたな、と思った。


「ところで先程『あれ』を見せて貰ったのだが、まだ完成には程遠いのか?」

「九割ほど完成している、と聞いております。……そうだな? ガゼルよ」

「はっ! 残りは武装関係ですが実験段階にあり、実装には少々時間が掛かります」


「つまり、動かすことは可能ということだな」


 ノブアキはガゼルに詰め寄った。


「嘘っこでもなんでも構わん! 武装など飾りで十分だ! 私は早くあれの動くところが見たいのだ!」

「う、嘘っこ……で、ありますか?」


 また勇者の口から異世界なまりの妙な言葉が出たな、と男たちは思った。

 ノブアキからは、時たま理解に苦しむ言葉が発せられる。中には通常言語として大陸に定着してしまった言葉まであり、只でさえ現代にうとい老人たちを更に苦しめているのだった。


 と、この状況を察したサジが、男たちの間に割って入る。


「まぁまぁノブアキ様。この事業はそれなりの時間が必要でございます、今暫くのお時間を頂きたく。……ご帰還されたばかりで、さぞやお疲れでございましょう。りすぐりの娘たちをご用意させて頂きましたので、どうぞこちらへ……」


「む、そうか。……とにかく魔王軍が現れた今、あれの完成は急がせてくれたまえ。ただし手抜きは絶対にするな、頼むぞ?」


「はっ! かしこまりました、勇者様!」

「どうぞ、ごゆるりと……」


 ガゼルとルークセインに見送られながら、勇者ノブアキはサジに連れられ行ってしまった。


 残された二人、まず最初に口を開いたのはガゼルだ。


「……ふん、居候いそうろう分際ぶんざいで何をいい気な。勇者などと、一体何十年昔の話だ」

「口をつつしめガゼル。どこで誰が聞いているかわからんぞ」


 吐き捨てるようにつぶやくガゼルを、ルークセインはとがめる。


「……失礼致しました……ですが」

「なんだ?」


 ガゼルは言おうか迷ったが、他に誰も居ないことを確認し、話し出す。


「……奴は大そう勇者風を吹いて回っておりますが、肝心の魔王軍が現れたというのに全く戦おうとしないではありませんか。本当にあれが魔王を倒した勇者なのですか? 自分にはわからなくなる時があります」


 これにはルークセインも口元をゆるませる。


「それは実際俺も見ていないのでわからぬ。だが勇者の口から言わせてみれば、もっと魔王軍による被害が増えてから出ていった方が、勇者としてのありがたみが増すのだそうだ。多くの民からより感謝されるための牛歩ぎゅうほ戦術と言っていたぞ」


 ガゼルは唖然あぜんとした。勇者は本気でそんなことを言ったのだろうか?

 だとすれば愚か者である。下手すれば逆に顰蹙ひんしゅくを買うのが必至ではないか。


「しかしあの勇者も中々に油断ならぬのもまた事実。常々お前も気を付けておけ、逆に利用されぬようにな。……不足した人員についてはこちらで何とかしよう」

御意ぎょうい!」


 ガゼルは姿勢を正し、敬礼してみせるのだった。 



『キャハハハ! イヤ~ン!』

『もう、ノブアキ様ったらぁ』


 地上にある施設の特別室。ノブアキは亜人の娘たちと酒を飲み、馬鹿話を聞かせながら娘の体を触りまくっていた。


「あはははっ! 冒険はいいぞぉ! でも女っ気の無いのだけが残念だがなぁ!」


 と、そこへノックの音。部屋に入ってきたのは僧侶アルビオンである。


「ノブアキ、お話があるのですが……」

「おぉ、アルじゃないか。いくらルークセインが嫌いだからといって、急に居なくなることないだろう。お前もこっちに来いよ、一緒に飲もう」


 突然現れた童顔の少年姿に、娘たちの視線が集まる。


『いや~ん、かわいい~!』

『勇者様のお友達ですの? 一緒に飲みましょうよ~』

『ノブアキ様~。紹介してくださいませ~』


「仲間のアルビオンだよ、名前くらい知ってるだろ? まったく固い男でさぁ~」


 勇者がアルビオンの名を出した瞬間である。娘たちの表情が凍りついた。


 歳を取らぬ奇跡の僧侶、他人の心を見通す力の持ち主。大陸でこの噂を知らぬ者などいなかったのだ。

 現れたのがそのアルビオン本人だと知り、娘たちは急に己をじり出す。そして言いようのない不安にかられ始め、急に場は冷めてしまった。


「……わかったよ。じゃあ、ここでお開きにしよう。皆で仲良く分けるといい」

「ありがとうございます、勇者ノブアキ様」


 亜人の娘たちは袋を受け取り、頭を下げながら部屋を出ていった。それを見送った後で、大きくため息をつくノブアキ。


「有名人になると、不便なことも多々あるものだ。まぁ気にしないでくれ」


「今の亜人たち、この領の非合法組織で集められた娘ですね。亜人人権団体が機能していないと見える。いや、裏で結託けったくしているのか。……私がこのグライアス領を好きになれない理由です。さっき彼女らに渡したのは金ですか? 偽善ですね」


「いいじゃないか。金であの娘たちの明日が一日でも増えるなら。偽善であっても悪ではないと、私は思うよ」


「貴方の立場を使えば根本的な解決も可能な筈ですが?」

「無理だね。私は政治家じゃない、なるつもりも無い。そういうのはこの大陸の、他の人間の仕事さ」


 自分には関係ないといった勇者の態度に、僧侶は少し眉を動かした。


「わかりませんかノブアキ。貴方のそういう態度が奴を、ルークセインを増長させている原因だという事を。……貴方は奴に利用されているのですよ?」

「知ってるよ。でも私は『持ちつ持たれつ』の関係だと思っている。はね」

「……」

「ところで私に話があったんじゃないのか?」


 アルビオンは問い詰めるのを諦め、黙って『真実の目』を取り出した。


「見て下さい、騎士団が魔王軍と密談を行っています。……彼、裏切りましたよ」

「なっ、密談だって?」

「厳密には休戦協定、らしいです」


 ノブアキが神具『真実の目』をのぞくと、屋内の様子が映し出されていた。


「えーと彼、ユリウスだったか。彼がいる方が騎士団……見事におっさんばっかりだな。でこっちが魔王……っておいおい! 可愛い女の子がいっぱいだぞ!? 本当にこれが魔王軍なのか? 騎士団のコンパと間違えてるんじゃないだろうな?」


「そういうことに関しては意欲的なのですね。よく見てて下さい、いいですか?」


 そう言って今度は真実の目の映像を拡大し、一人一人顔を映し始める。


「ん!? この女は見覚えあるぞ! 確かラフェルの弟子だった筈だ!」

「それがこの場にいるということは、捕らえられ同行させられているか、もしくは裏切ったのか、どちらかでしょうね」


 キスカの次に、アルビオンはセレーナとファラを映し出す。


「この二人からとてつもない邪気を感じます。こちらの女性は亜人のようですが、もう一人の方、これは魔物が人間の姿に化けています。私の目はあざむけませんよ」

「むぅ、そうなのか。詰め寄られたら誘惑に負けてしまうかも知れん」


 そして、シャリアが映し出された。


「……この女の子、計り知れない悪の力が伝わってきます。魔王に親しい者なのかそれとも……。でも正体がわかりません。この神具の力を持ってしても何者なのか判別不可能です」

「ふむ、こんな小さな子まで魔王軍に……」


 そう言って覗き込んだ勇者は、驚きった。


「今、一瞬目が合ったぞ!?」

「まさか、そんな筈ないでしょう。それより真ん中の彼を見て下さい」


 最後に大きく映し出されたのはアルムの姿だった。

 声は聞こえないが騎士団相手に熱弁ねつべんふるっているようだ。


「この少年、座っている配置からして魔王軍側の中心人物のようです。ですが妙な感じがします。彼からは、邪気や悪気といったものが余り感じられないのですよ」



────アルム君!


 ノブアキは真実の目を覗いたまま動かなくなった。

 見間違いなどではない。何故だ? 何故、彼がここに居る!?


「……何か魔王軍には秘密があるのでは? ……ノブアキ? どうかしましたか?」


「……こうしては居れん」

「ノブアキ?」


 ノブアキは突然立ち上がり、部屋を出ると使用人を呼ぶのだった。



 そして今、場所は大陸北部ヴィルハイム城の一室にて──。


 ヴィルハイム騎士団の長、ユリウスは魔法の水晶板マジックプレートごしに勇者ノブアキと向き合っていた。二人の表情は互いに固く険しい。しかしユリウスの方は、内心窮地きゅうちに立たされていたのが真実である。手には汗を握っていた。


「やあ、久し振りだねユリウス君。どうして私が連絡を寄越したか、わかるね?」


 勇者が口元に笑みを浮かべながら話すも、これをユリウスは無言で返す。知れたことだ、魔王軍との休戦協議がバレたのだろう。

 しかし一体どうしてバレたのだろうか? ミッツェルが報告したのか、他にも鼠がいたのか? 考えているうちに、勇者の仲間アルビオンの存在を思い出す。


 魔道士の張った結界如きでは、神具の力をあざむけなかったということか……。


「確かに私は魔王軍といざこざを起こすなとは言った。だが魔王軍と接触し協定を結ぶことまで許した覚えはないぞ?」

「……不要な戦闘を避けるための、やむを得ぬ処置です」


 やっと口を開いたユリウスを、ノブアキはあざけるように笑う。


「民を思っての行動だというのか? ……おいおい、君らはアスガルドを守る騎士団だろう? 許可を得るため王都には連絡をしたのか? 恐らくしていないだろう? 王も年だぞ? 君らの勝手な行動を知ったら、ショックで倒れてしまうんじゃないか?」


(この野郎……言いたい放題言いやがって……!)


 だがノブアキの言っていることは正論だ。

 魔王軍と接触した事実が発覚すれば、騎士団の存在そのものがあやぶまれる。


「……が、まあいい。私は君をとがめるために連絡したわけじゃないんだ」

「……と、言われますと?」


「魔王軍の中にアルムという少年がいるね? 彼と話をさせてくれないか?」



 通話を中断し、ユリウスはアルムのいる部屋の前に居た。


(俺はアルムを差し出すべきなのか……どうする?)


 ノックする手を躊躇ためらっていると、扉は勝手に開かれた。


「……あっ」

「……ユリウス……? 何かあったの?」

「……」


 ユリウスは強引にアルムを部屋の中へと押し込む。


「ど、どうしたの!?」

「……アルム、聞いてくれ。俺たちのことがノブアキに知られた!」

「えっ!?」


 そして、今までの経緯を小声で話し始めるユリウス。ノブアキの仲間である僧侶アルビオンの存在についても説明した。


「……恐らくこうしている間も、俺たちのしていることは向こうに筒抜けだ。俺がお前たちを逃がそうにも、すぐに追手を差し向けてくるだろう……」


 暗い表情のユリウスに対し、アルムは暫し目を閉じる。

 だが決心すると強い眼差しを見せた。


「……わかった、行こう。いや、ぜひ行かせてくれ!」 

「アルム……、いいのか?」


、僕からも山ほど言いたいことがあるっ!」

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