騎士の本懐


ドンドンドンッ!!


「うっ!?」


 扉を開けようとしたミッツェルは、強い衝撃に思わずノブから手を離した。


『止めろっ! 何をする!? ぐあぁっ!?』


 外の見張りが何者かと激しく争っている。立ち去ろうとしていたミッツェルも、これにはゆっくりと後退りをした。


「何が起こっている!?」

『危険です! 皆様下がって下さい!』


ドンドンドンドンッ!!!


 異常を感じた部屋内の兵士らは、ただちに扉へ向け槍を構える。扉が変形するほどの強い衝撃、これは人間の仕業ではない! 一体どんな化け物が出てくるのかと、一同はその成り行きを見守るのだった。

 

バタ──ンッ!!


 皆の予想を反し、入ってきたのは一人の若い男だった。不可解なことに男の顔は気持ち悪いほどの無表情。どういうわけか古い騎士の鎧を身につけている。


「我が騎士団の者か!? 所属と名を言え! どういうつもりだ!?」


 乱入者に対し、一斉に槍が向けられる。これ幸いと隙を見つけたミッツェルが、どさくさに紛れ逃げ出そうとしたではないか!


「あっ!」


 ところがミッツェルは男にあっさりとつかまれてしまった!


「や、止めろっ! は、離……ぐぐぐっ!」


 だが男は離さない。首を片腕で軽々と掴み、持ち上げる。そのうちミッツェルは白目をむき泡を吹き出す。失神したのを見届けた男は軽々と放り投げたのだ。


「ヴィルハイム領主ユリウス様はおられるかっ!?」


 続いて男は、大声でそう尋ねたのだ。


「若っ! 近付いてはなりませぬ! 何奴かわかりませぬぞ!?」


 周囲に止められながら前に出ようとするユリウス。その存在を確認できたのか、乱入者の男は矛先を突き付けられながらも、その場にひざまずいたのである。


「ユリウス様に申し上げます! ヴィルハイム第一回遠征軍師団長ヴォルト! 大変に遅ればせながら帰還したことを、現在にいたり報告に上がりました!」


 誰もが耳を疑った。


「貴様っ! ヴォルト殿は戦死をげられたのだぞっ! ふざけるなっ!!」


 老騎士の一人が思わず声を上げる。


 すると男は黙って兜を脱いだ。そしてあろうことか、顔の皮まで破り捨てたのである。そこに現れたのは髑髏がいこつの頭。これには一同、度肝を抜かす。


「……確かに、騎士ヴォルトは死んでむくろと成り果てました。この様な情けない姿になりつつも、使命をまっとうするのが真の忠義と覚えつつ、恥を忍んでせ参じたのであります!」


 騎士ヴォルトは確かに死んだ。魔王軍のネクロマンサーによって骸骨兵とされた筈である。だがどういうわけか自我を持ち、密かにセルバにいた捕虜たちにまぎれ、ヴィルハイムへと帰っていたのだ。


「セレーナ、これはどういうこと? 貴女がさせているの?」


 ファラから尋ねられたセレーナは、震えた手で眼鏡を直しながら骸骨を見た。


「し……知らない……私知らないわ……」


 死者を操る外法げほうことわりを外れた呪術であるためイレギューラーは付き物である。しかし、長年に渡り死霊操術に携わってきたセレーナでさえも、今回のような例は初めてだったのだ。


「その鎧……まさか本当に騎士ヴォルトなのか……?」


 ユリウスらヴィルハイムの騎士たちが驚く中で、骸骨ヴォルトは続ける。


「ユリウス様、手前は敵中から様々なものを見聞きして参りました。……かつての英雄、セルバの領主ラフェルが行っていた悪行。その領主無くとも平穏に生活する民たち。そして、魔王軍……!」


 ヴォルトは頭を上げ、眼球の無い頭を皆に晒した。


「今の魔王軍はかつての魔王軍にあらず! むしろ堕落だらくした過去の英雄へ鉄槌てっついを下すが如く現れた、神の軍隊では無いかと錯覚するほどです! セルバを実際その目で確かめられたユリウス様ならば、それがおわかりになられるかと!」


「……俺にどうしろというのだ?」


「明白なこと! ユリウス様も存じておられる筈! 今は魔王軍と争っている場合ではありませぬ! かのような者を更にのさばらせる結果になりかねませぬぞっ!」


 骸骨ヴォルトの指差した先には、先程投げ飛ばしたミッツェルが寝ていた。


「……ヴォルト、いや、皆も聞いてくれ。胸中きょうちゅうでは俺も魔王軍と休戦しなくてはと考えてはいた。だがヴォルトよ、お前たちはいいのか? 戦に負けた相手に死してしかばねを利用されているのだぞ? 悔しくは無いのか? 悲しくはないのか?」


 このユリウスの問いに、やり取りを伺っていたアルムは複雑な思いだった。

 騎士団が魔王軍と休戦するならば、かつて魔王軍が行った行為と同じくらいのしがらみになるだろうと考えていたからだ。


 身内の屍を操るような者たちと、一体誰が休戦を考えるだろうか。


「……我々は死者、死兵にございます。手前以外の者は人間の記憶は元より忘れ、人としての心も失った者ばかり。悔しさ悲しさも忘れ戦いという本能のみで来世を謳歌おうかしておるのです。それが善であるか否か、手前にもわかりかねますが……」


「……」


「ですがそれでも人間の行いよりかは遥かにマシでございましょう。屍を炎で焼きとむらった彼らに比べ、人間は魔物を殺してもかばねを野ざらし、装備や宝を奪うだけではありませぬか!」


 この言葉に、場の人間たちは胸を突かれる思いだった。


「……ユリウス様、よくお考え下さい。このヴォルトの願い、それはヴィルハイム騎士団領とアスガルトの繁栄と栄光、それだけにございます。……以上で遠征軍の報告を終わりに……これで儂も……ようや……く……」


 音を立て、ヴォルトの体は崩れ去った。


「……ご苦労だった名誉騎士ヴォルトよ。……お前の執念しゅうねん、決して無駄にはせぬと誓おう。 ……おい! そのれ者をいつまで床に寝せているつもりだ! さっさと閉じ込めておけ!」


 ユリウスの一声で、兵士は床に寝ているミッツェルを連れて行く。

 喋らなくなったヴォルトの頭蓋骨を、バッチカーノは丁寧に拾い上げた。


「……死してなお忠義を尽くす、騎士であるなら本望……。貴殿こそ、まことの騎士のかがみなのかも知れぬ。……そうは思わぬか?」


 そう言って先程ミッツェルに便乗びんじょうし部屋を出ようとした騎士たちを向く。彼らは何も言えず、ただ下を黙って向いていた。後日、取り調べの必要があるだろう。


「……協議が中断してしまったな。日も傾き始めたが、ここで一旦休憩を挟もう。今夜はここに泊まるといい。アルム軍師殿に魔王軍御一行様、それで宜しいか?」


「お言葉に甘えさせて頂きます。みんなもそれでいいよね?」

「良かろう。ただし、一番良い部屋を所望しょもうする」


 話が決まると、各々は散らばっていった。

 やれやれとユリウスが一息つくと、またも若い男が近付いてくる。


「ユリウス様、水晶板での通話が来ております」

「俺にか? 一体誰だ?」


 すると男は、ユリウスに近づき小さな声でささやいた。


「……グライアス領より、勇者ノブアキ様ご本人からです」


 ユリウスは背に冷たいものが走るのを感じた。 

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