埋伏の『毒』


 領主であり城主でもあるユリウス直々に、城内を案内される魔王軍一向。


(想像通りだ。物語に登場する城と違って物が多く置かれていない。有事に備えて通路を確保するためなんだろうけど、むしろどんな侵入者けの仕掛けが隠されているのか)


「あんまりジロジロ見ないでくれよ、こっ恥ずかしいじゃねぇか」


 密かに城内を観察するアルムに気付き、ユリウスが声を掛けた。


「それともあれか? アルム軍師殿は『どうやったらこの城を攻め落とせるか』だの考えているのか?」


「そういうわけじゃないけど……」

「いやきっとそうであろうな。ユリウスよ、せいぜい気をつけるのだな。こやつは余も考えつかぬことを常に考えておる、おぞましいやからだ」

「おぞましいって、言い過ぎだ!」


 アルムとシャリアのやり取りを聞いていたユリウスは、思わず吹き出した。


「ははは! まったくお前さんらは仲が良いんだか悪いんだか。まぁ確かに城ってのはどこもいくさに備えての造りにはしてあるもんだ。だが実際に城内が攻められる状況にまでなっちまったら十中八九じゅっちゅうはっく負けだろうよ。それこそ一巻の終わりってやつだ」


「でも備えあればうれい無し、でしょう?」

「……あぁ、その通りだ。戦ってのは何が起こるかわからねぇからな」


 急に真面目な表情になると、ユリウスは立ち止まった。


「これからうちの石頭共と休戦について協議してもらうわけだが、俺は領主という立場上、表立ってお前らの肩を持つことはできない。だからとにかく筋が通った話をガンガン突きつけてくれ。そうすれば多少なりとも援護ができる」


「と仰られると、ユリウス様御自身は休戦に賛成と見てよろしいのですね?」


 キスカの口に、ユリウスは人差し指を立てた。


「おっと声に出さないでくれよ、誰かに聞かれたら厄介だ。……つってもここまでお前らにベッタリだと、勘ぐられない方がおかしいがな。それとだ……」


 今度はキスカの顔に手をやる。


「交渉がうまくいった後は君との婚姻こんいんを発表するつもりだ。うちの奴らにとっては二重のサプライズってわけだな、はっはっ……い、いてて!」


「お生憎様あいにくさまですが、私はまだ返事をしておりませんのよ?」

「俺の中でもう君の返事は決まっていると確信しているんだがな」

「ふふっ、それはどうでしょうね」

「これは手厳しいな」


 ひねられた手首をさすりながら、ユリウスはキスカの笑顔を苦笑いで返した。


 と、その時である。礼服を着た高官らしき若者が、侍女じじょを連れてこちらに近付いてきたのだ。


「失礼します。ユリウス様、少々宜しいですか?」

「あぁ? なんだよ?」


 耳元でささやかれたユリウスは、表情が一変する。


「なんだと!? ……あぁ、少々こっちで何かあったみたいでな。案内の途中で済まないが俺は行かなきゃならん。客室を用意させたから時間まで待っていてくれ」


「それではご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」


 ユリウスは若者に連れられ行ってしまった。代わりに侍女が案内することになる中で、シャリアがファラに視線を投げかける。


(……おい)

(はっ)


「こちらでございます。すぐ飲み物など用意させますので、ごゆるりとおくつろぎ下さいませ」


 侍女はアルムたちを小部屋のテーブル席まで案内し、一礼すると扉を閉めて出ていってしまった。部屋の中はそう狭くなく、装飾品が飾られ窓もついている。


 と、侍女が出ていくのを確認したファラは、素早く窓を開けると翼を広げ、飛んでいってしまった!


「えぇ!? ちょっと!?」

「落ち着け軍師よ。気にせず座っておけ」


 間もなく他の侍女が扉を開け、パンの入ったかごや飲み物を運んできた。


「あ、あの……もうお一人様いらっしゃると伺っておりますが……?」

「女は何かと多忙なのだ。お前にもそれがわかろう? 気にするな」

「あ、し、失礼致しました……」


 気になった侍女だったが、威圧的なシャリアの言葉に萎縮いしゅくした。まだ新人だからなのか、魔王への恐れからなのか、飲み物をそそぐ手が心なしかに震えている。


「何だこの液体は? 妙にドス黒いぞ?」

「こ、これはヴィルランド南部で栽培している豆から煮出した茶で御座います」


 異世界で言えば、珈琲コーヒーのようなものなのだろう。

 続いて侍女は、シャリアの器へと粉を注ぐ。


「何だそれは!? 毒ではあるまいな!?」

「さ、砂糖とミルクに御座いますっ」

「ふむ、なら問題ないか」


 シャリアと侍女のやり取りを見ていたアルムは、なんだか嫌な予感がしてきた。

 そして予感が現実となったのは、シャリアが器に口をつけた直後であった。


「ぐっ!」


 急にのどを押さえ、シャリアの表情が固まったのだ。


ガシャンッ!


「っ!?」

「あっ!?」

「えっ?」


 あっと思った頃にはセレーナがテーブルに足を乗せていた。

 同時にひじから長く突き出た鋭い牙が、侍女の首元へと突き付けられていたのである。


「中々にうまい茶だ。行儀ぎょうぎが悪いぞセレーナ、ひかえよ」

「……失礼致しました」


 肘から伸びた牙を仕舞うと、セレーナは着席する。


 一方、侍女の方は顔を真っ青にしながらその場にへたり込んでしまった。

 突発的な恐怖心からか、悲鳴すら上げられない。


「ご、ごめんね! 大丈夫だからね!」


 慌ててアルムとキスカが近づき、侍女の身を起こしてやる。そのまま外まで連れ出し、他の侍女に預ける形となった。


 扉を閉めると、女のわっと泣く声が聞こえてきた。


「何を考えているんだ!? 軽はずみな行動はひかえてくれと言ったじゃないか!!」


 怒り大爆発のアルムに対し、シャリアは笑いながら煮出し茶を飲んでいる。


「くっくっく、そう怒るな。ほんのたわむれではないか」

「君は休戦交渉をぶち壊しにするつもりなのか!? その休戦交渉だって、元を辿たどれば君が原因なんだぞ!? それがわかっているのか!?」


「……うるさい奴め。余は元々そんな回りくどい事に賛成してはおらぬ。破談はだんとなればその場で皆殺しにしてくれる」

「君ってやつは……!」


「只今戻りました」


 丁度そこへ、ファラが帰ってきたのだ。


「どうだ?」

「収獲がありました、どうやら……」

「皆にも聞こえるよう話してやれ」


 シャリアに言われ、ファラは自分がどこで何をしていたか説明し始めた。

 どうやら騎士団側で起こった問題の内容を盗み聞きに行っていたらしい。


「ファラは魔王軍内でも特段耳が良いからな」


 そしてファラは、自分が耳にした会話内容を話し始めた。それによると休戦交渉に顔を出す筈だったユリウスの実弟が、急遽きゅうきょ来られず代理で側近を寄越したのだという。その側近らしき人物とユリウスが言い争いをしていたらしい。


「ユリウス様には兄弟がいたのね。でもどうして来られなくなったのかしら」


 キスカが心配そうに尋ねる。


「どうやら数年前からこちらへ姿を見せず、代理を寄越すようになったようです。『貴様の顔などもううんざりだミッツェル! 次に顔を見せねば一切取り合わんと、ヘンリーにはそう伝えおけ!』と、ユリウスきょうの怒鳴る声も聞こえました」


 ユリウスは弟と不仲なのだろうか? それよりもアルムは、ファラの話に出てきた人物の名に引っかかりを感じる。『ミッツェル』、どこかで聞いた名だ……。


(っ!! 最近ヴィルハイムで有力者の一人となった人物じゃないか!)


 急いで持ち物の中から紙を数枚取り出す。タルクを攻め落とした際、豪商ドルの供述きょうじゅつを記録した紙だ。調べていくと、確かにミッツェルの名前がそこにあった。


(間違いない! ミッツェル、いわく付きの人物だ! さて……)


「さて、どうしてくれようか」


 ファラの話が終わるとまずシャリアが口を開く。


「兄弟が不仲であれば手伝ってやろうではないか。領内で内輪うちわめを勃発ぼっぱつさせれば勝手に滅ぶ、我らが直接手を出すこともない。休戦など不要ではないか?」


(なんですって……!?)


 魔王の無慈悲な言葉に、キスカの表情が瞬時にくもる。そのまますがるかの様に、正面に座っているアルムへと視線を移すも、ただ無言で考えているだけであった。


「軍師よ、これに異論はあるまいな? 利用できるものは何でも利用するのが戦だ。貴様も軍師ならばわかっているだろう?」


 しばし考え事をしていたアルムは、煮出し茶を一口飲むと目を開いた。


「……いや、今はただ休戦交渉のことだけを考えよう。他のことは全てが終わってからだ。それにユリウスとその弟の仲を裂くことは、僕には得策と思えない」


 この言葉に魔王はじろりと軍師を睨む。次の瞬間、アルムはまた癇癪かんしゃくを起こされることを覚悟した。だが意外にも、小さなあるじは新たに注がれた煮出し茶の代わりを飲むと、黙って窓の外を見た。


「お前はことごとく余の提案を拒むのだな。何故お前はヴィルハイムとの休戦にこだわる? よもやユリウスに情が移ったわけでもあるまい?」


「違うよ。僕は戦のためなら非情にもなれる。これまでそうだったし、これからもそうさ。……もう一度確認するけど、今後僕らはグライアス領に攻め込まなくてはならない。勇者をいぶり出すためにもね。これは避けては通れない道だ」


 グライアスは勇者が持ち込んだ異世界の知識により、急速に高度成長化した場所だ。当然ながら異世界の戦術や武器が相手となるだろう。もしかするとそれ以上の未知なる兵器が出てくるかも知れない。


 小さな魔王はどういう訳か、異世界技術の強力さを知っていた。

 元々アルムを魔王軍へ引き入れたのも、それが切っ掛けだった……。


「ヴィルハイム領で内紛ないふんが起これば、グライアス領のルークセインを喜ばせるだけだよ。僕はね、ヴィルハイム領の騎士たちと休戦だけでなく、共に戦う仲間にできないかと考えているんだ」


「正気か!? 人間の王に忠誠を誓う人間共が、魔族に味方して同じ人間と戦いなどするものかっ!できるわけなかろう!」


 アルムのとんでもない一言に、シャリアは思わず驚き振り向いた。

 シャリアだけでない。他の三人も、驚きアルムの顔を見る。


「今のは冗談、流石にそれは普通に考えて無理だろうね」

「……」


 あどけない表情で小さく笑う軍師に、一同はポカンとする。シャリアに至っては一瞬本気にしてしまったため、からかわれたと思い顔を赤く染めた。


(ふん、馬鹿めが! ……しかしこやつも冗談を言うのだな)


 珍しいこともあるものだと考え、ふと今のアルムの表情を見てシャリアは思う。

 あまり皆の前では見せぬ表情。前にもこんな顔をしていた時があったが、それはどんな状況だっただろうか。そう考え、いつも一緒にくっついていた妖精フェアリーのことを思い出した。


 最近見かけない。アルムはそのことに対し、どう思っているのか。


(……馬鹿馬鹿しい。何故こやつの心配などせねばならぬのだ!)


「……此度こたびの事に余はこれ以上口を挟まぬ。黙っているから好きなように致せ」


 軽くせき払いし、そう告げるシャリアにアルムはうなづく。


「うん、そうさせて貰うよ」

「だが万が一、この場にいる者たちへ危害が加わることがあるならば、余は躊躇ためらいなく牙を向くぞ。それだけは憶えて置くが良い」


 この場にいる者、それはアルムだけでなくキスカも含まれていた。それを知ってか知らずか、当のキスカ本人はホッと胸を撫で下ろす。これはユリウスの兄弟仲が引き裂かれ、そくいくさにならなかったことへの安堵あんどであった。


コンコンコン


『失礼致します。お時間となりましたのでお迎えに上がりました』


「よし、行こう」


 各々おのおのが立ち上がり外へ向かう中で、キスカがそっとアルムへと近付いた。


(軍師様、ありがとうございます)

(え?)


チュッ


「!?」


 休戦交渉を取りやめようとする魔王を止めてくれた感謝の印なのだろう。唐突にほほへキスされアルムは慌てるも、顔を赤く染めながら困った表情を取る。


「……あ、あのー、キスカ。もう一度確認するけど、僕は君より年上だからね?」

「あ、あらそうでしたわね……ごめんなさい」


 つい嬉しくなり、アルムへ見えるがままの振る舞いをしてしまったキスカ。

 口を手で抑え赤くなる。


 が……。


「っ!! ってぇぇぇ~~~~っ!!!」

「何をしている。さっさと歩け」


(……こ、こいつ!!)


 何故かアルムは尻を思い切りシャリアにつねられてしまうのだった。

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