歓迎の余興


「ちょっと待て!? 様子がおかしいぞっ!?」


 城門を抜けた先、ユリウスは声を荒上げた。


 停止した馬車が武装した兵士や騎兵らに取り囲まれ、城壁の上では矢をつがえた弓兵が大勢こちらを狙い現れたのだ。魔道士も居たのか、結界が張られて閉じ込められる形となってしまった!


(これではだまし討ちだ! ユリウス……僕らをたばかったのか!?)


「ユリウス様、これは一体どういうことでしょうか?」

「馬車から出ないで下さい。返答次第では貴方を人質に取らせて頂きます」

 

 ユリウスに対し疑惑の視線が向けられる中で、シャリアはそれを楽しそうに眺めていた。

 一方でユリウス本人は想定していなかった事態にあわてる。

 急いで馬車から首を出すと大声を上げた。


「こんな命令をした憶えはないぞ! 誰の仕業だ! 出て来やがれっ!!」


 すると兵士らの間から騎士たちが大勢現れたではないか!

 先陣を切って登場したのは、なんとあの老将バッチカーノだったのである!


「と、とっつぁまが……!? く、どういうつもりなんだ!? こんな真似をしたのはあんたなのか!? 何故だ!?」


 深手を負い、居城にて養生ようじょうしていたのではなかったのか!?

 いやそれよりも、騎士道の師でもあったバッチカーノが騙し討ちのような真似をするとは……ユリウスにとってはそちらの方が衝撃を受けた。


 騎士たちを置いて一人馬車に近づく老将。

 その片手には槍が握られている。


「若、馬車から降りて頂きましょうか」

「答えろ! 何故裏切るような真似をした!? お前には謹慎きんしんを命じたはずだぞ!?」

「裏切る、ですとな? ハハハ」


 老将は静かに笑うと、鬼気迫る表情でユリウスを睨んだ。


「貴方様の方こそ、魔王軍と休戦するなどと! 気が確かとは思えぬお考えですぞ! しかもそんな大切なことがあるにも関わらず、このバッチカーノを謹慎させないがしろにするとは! それこそが裏切りでございましょうっ!!」


 バッチカーノに言われ、ユリウスは黙ってしまう。言いたいことは山程あるが、寄りにも寄って一番厄介な人物に厄介事を起こされ、只々困惑するばかり。


(畜生、あいつらうまいこと言いくるめて城に押し込んどきゃよかったのによ!)


 遠目から騎士たちをにらむも皆、知らぬ顔。その中にジョシュアを見つけ目が合ったが、申し訳無さそうに下を向かれてしまった。……まぁ彼ら全員で抑えに入ったところで一蹴されてしまっただろうが。手負いとて、バッチカーノの強さは誰もが嫌というほど知っているのだ。


『哀れなものだな騎士の長よ。年寄りにさとされぐうの音も出ぬか』


「な、何っ!?」


 その時、ありえぬ方向からシャリアの声が聞こえ、ユリウスはハッとした。

 なんとシャリアはいつの間にか馬車から外に出ていたのである。


「魔王様っ!」

「シャリィ!? 駄目だ! 戻れ!」


 弓兵らの狙いがシャリアへ一斉に向けられるも、ドレス姿の少女は一向に躊躇ためらう様子はない。おのずから老将や大勢の兵たちの前に出たのである。


「お前たちはそこに居れ。この年寄りの用向きは余であろう、そうだな?」

「魔王シャリア! 今一度まみえることができるとはまさに天運!」

「挨拶はいらぬ。して、どうする? この場の者たちを余にけしかけるか? それともまた一騎打ちでもするか?」


 老将は腰に差していた剣をシャリアの前に投げて寄越した。

 魔王とて丸腰の者を相手にするのは、騎士として気が引けるのだろう。


「誰も手出しはならぬ! よく見ておくのだっ! 魔王よ! 剣を取りわしと立ち会え! 儂を倒してから交渉の席に着くがいい!!」

「やめろとっつぁまっ! そんなことして何の意味がある!?」

「若は黙って見ていて下されっ! これは騎士として重要な問題なのです!」


 騎士同士のやりとりを横目に、やれやれとシャリアは剣に手を近づける。

 ここで安易に剣を拾い上げるのは愚行ぐこう。魔封じの細工がされているとも限らないからだ。しかしその様子が無いことを確認すると、ようやく手にし、さやから抜く。試しに剣の切っ先で小石を宙に浮かると真っ二つにしてみせた。しっかり刃がついている証拠だ。


 だが気になることがある。なぜバッチカーノは敵わぬ相手に、わざわざこうして一騎打ちを所望しているのか? 騎士道とやらの精神からなのだろうか?

 シャリアがちらりと周囲に目をやると、緊迫した表情でこちらを見ている者らがあった。


(あぁ成程な。そういうことか)


「悪くない剣だ。さぁかかってくるが良い、遊んでやる」

「ゆくぞ魔王っ!」


 片腕で槍を持ち、盾を持たぬ専攻の構えを取るバッチカーノ。間合いを詰めると殺気のもった素早い突きを放った。

 老将の槍がドレスの少女を捕らえたと、見守る誰もがそう思った。だがシャリアはほとんど動かず、この突きを見切っていたのである。


(鋭い突きだ、常人ではかわせぬだろうな)


 避けられた。そう思う間もなく、バッチカーノは次々と槍を繰り出す。しかしシャリアもこれを紙一重でかわしてみせる。

 端から見れば、まるで老将が実体を持たぬ黒い影を相手にしているようにも見えた。そして誰もが、緊張のあまり声一つ上げることはできない。


(そろそろ潮時だな)


 シャリアは剣で槍を裁くと素早く相手のふところへ潜り込んだ。だが老将はこれを読んでいたとばかりに、負傷した片腕を魔王の頭上へと振り下ろしたのだ。

 小柄な体はそれすら避けて見せると、鎧の土手っ腹に片腕で触れる。

 その瞬間、バッチカーノの体は後方に大きく吹き飛ばされてしまった。


「とっつぁまっ!!」

「バッチカーノ殿っ!!」


 倒れるバッチカーノに、堪らずユリウスは馬車から飛び出していた。

 続いてアルムたちも、馬車から外に出てシャリアに駆け寄る。


「誰も来てはならぬ!! まだ勝負はついておらぬ!」


 老騎士の言葉通り、剣を握ったシャリアは尚も歩き詰め寄る。


「もう止せシャリィ! 勝負はついた!!」


 二人を囲み大勢が騒ぎ立てる中で、魔王は剣を鞘に戻すと老将に投げ返す。


「馬車に出迎えられるだけでは退屈で敵わぬ! 魔王を迎えるにあたり、ふさわしく良い余興よきょうであった!」


(よ、余興……?)


 誰もがポカンとする中で、シャリアはユリウスの方を向く。


「ユリウス。この状況を見て、まだこの騎士の真意が伝わらぬか?」

「真意だと?」


 言われるままに、ユリウスは周囲を見渡す。するとバッチカーノの傍にいるのが自分だけな事に気づく。騎士たちは駆け寄るも、傍に寄ってこない。剣や弓を持つ兵士たちは戦意を喪失し、只々呆気にとられているばかりだったのだ。

 そしてようやくユリウスは気付いた。皆、バッチカーノから魔王の実力について知らされていたものの、実際見るまで半信半疑であったことを。こうして目で見てようやく魔王という存在を認識できたのである。


(まさかとっつぁまは、無駄な血を流さないためにこんな行動をとったのか!?)


 改めてバッチカーノの顔を見ると、何か成し遂げた満足の表情を浮かべている。

 本人にしてみれば、決して余興などではなかった。それこそ自分の命はおろか、大勢の命を懸けた行動だったというのに……。


「一度までならず、二度も余に刃を向けたことは称賛しょうさんに値する。そこでユリウス、余からの提案であるが、この老将を話し合いの席に加えてはどうか?」

「な、なんだって!?」


 するとバッチカーノは、ユリウスの前にひざまづき頭を下げたのだ。


「若っ! お願いでございます! 謹慎を解き、儂も交渉の席に並べて頂きたく!」

「!? ……あぁくそっ! わかったよ! もうとっつぁまの好きにしろよ!」

「感無量でございます!」


 ユリウスに抱え上げられるバッチカーノに、シャリアが近づく。


「そうそう、褒美に一つ教えてやろう。この間お前には大層長く生きておるような事を言ったが、余はお前の半分も生きてはおらぬ。せいぜいこの世に生を受け十年程だ。年寄りはいたわってやらねばな、ひゃはははっ!」


「!?」

「な!?」


(なんだって……!?)


 驚いている周囲に構わず、ファラやキスカと共に魔王は歩いていってしまった。


「……ふふふ、若。此度こたびの交渉相手は、底知れぬ恐ろしき存在やも知れませぬな。心してかからねばなりませぬぞ?」

「そいつはわかってるよ」

「ならばこの老体に構わず、ご自分のお役目を全うされよ」


 言われユリウスは、シャリアたちが先に城の方へ向かっていることに気が付き、慌てて走っていく。


 そんな中で、アルムだけは一人動けずにいた。


(シャリィが十歳……? 何かの間違いだよな……?)


 アルムは今まで、シャリアが見た目に反し、自分よりも少し年上くらいだと考えていた。性格がひねくれてはいるが、言葉も考え方も常識を逸脱いつだつしていたからだ。

 しかし何故か、先程本人の口から出た言葉に全く違和感を感じなかった。外見もそうだが、時折幼い言動や行動も見られるシャリア。もしかすると今の言葉通り、シャリアは十歳くらいなのかも知れない。


 だがそうなると幾多いくたもの矛盾が発生するのだ。以前にブルド隊長から聞いた話は全て嘘だったとでも言うのか? いや、そもそも魔王ヴァロマドゥーは三十年以上前に死んでいる。シャリアがヴァロマドゥーの娘でないことになってしまうが……。


(どういうことだ? ラムダさんに連れられて異界へ行った際、時空を超えたために時間軸がズレてそうなっているだけなのか? 異世界移動すると、歳をとらない?)


 そうだ、現に勇者ノブアキは三十年経った今も若く……いや違う! 奴は不老不死の薬を飲んだからだ! では何だ、シャリアも不老不死の薬を飲んでいた……?


(……わからない……頭がこんがらがりそうだ……)


 アルムは考えながら、シャリアの心に接触したときの感覚を思い出していた。

 どこまでも悪の感情に染まった闇の海。

 そして、その中で見つけた遠く小さな白い光……。


(あそこに真実があったのか……? シャリィ……君は一体何者……うっ!?)


 気分が悪くなると同時に、またしてもアルムに鋭い痛みが走った。

 うずくまるアルムに気付き、セレーナが急いで駆け寄る。


「軍師様、どこかお加減が?」

「……はぁ……はぁ……、だ、大丈夫……。……それよりシャリアの今の言葉は、本当なのか……?」

「まさか、いつものおたわむれでございましょう」


 セレーナの「休める場所を提供して貰ってはどうか?」という提案を断り、立ち上がって歩き出す。しかしこの時、アルムには確実に疑惑が生じ始めていた。


 それもシャリアやラムダだけではない。

 異界の魔王を含めた、魔王軍という存在そのものへの疑惑……。


 いつしか、胸の痛みは消えて無くなっていた。

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