二人の父を持つ男

 

 送ってくれた運転手に別れを告げる。鉱石車は元来た道を帰って行った。

 こちらは黒魔道士のセレーナがいるので、帰郷ききょうの羽がなくとも魔法陣で帰ることができる。



「馬車というのは遅いものだな、眠くなりそうだ」


 馬車内にてシャリアは不満げにそうつぶやく。

 馬車一台に六人も乗っていることにも不満の原因があった。


「大体なぜお前と同じ馬車に乗らねばならぬのだ?」


 不機嫌なシャリアに対し、ユリウスはキスカの隣に座って上機嫌である。


「それは俺が相席することで周囲にわからせるためさ。エルランドから来た魔王の使者が、危険な存在ではないってことをな。ちなみに魔王本人が来てるってことは誰にも話していないぞ。俺もまさか来るとも思ってなかったしな」


「ふん、王は玉座のみで存在するにあらず。よい例が目の前におるであろう」

「はっはっはっ! こいつは一本とられたな! ……ところでアルム」


「はい? 何でしょうか?」


 ユリウスは右隣に座っているアルムの方を向き直した。


「もう一度礼を言わせてくれ。正直、本当に来てくれるとは思ってなかった」

「いえ。僕もここにいることが信じられないくらいですよ、ユリウス卿」

「……うーん。なんかそのユリウス卿だのユリウス様だの、ちと堅苦しいな……。それにお前は随分若く見えるが、歳は一体いくつなんだ?」


 あぁ、遂に歳を聞かれたかとアルムは観念する。


「……正確な歳はわかりませんが、母の話からするに三十前半くらいかと」


「なにっ!? その見た目でか!?」

「えっ……?」


 ユリウスだけでなく、隣りにいたキスカまでが驚いた。正面に座っている人外の三人は、元々知っていたので何とも思わない。

 アルムは二人に対し、自分がエルフの血を引いていることを説明した。


「エルフとは珍しいな。それよりも三十前半とか、ヘタすると俺と同い年だぞ?」

「そうなんですか?」

「うむ。……よし決めたぞアルム! 俺の配下共の前以外では、俺に敬語を使うな! いっそ俺を『ユリウス』と呼び捨て、タメ口で喋れ!」

「はっ!?」


 とても恐れ多いことだとアルムは断る。だがユリウスは、「どうしても」と引き下がらない。なんでも歳の近い友人が回りに少ないのだという。


「まぁ本人がそう言うなら……わかりまし……わかったよ、ユリウス」

「うんうん、それでいい」


 するとシャリアが再び口をはさむ。


「余の軍師を手懐てなずけ、引き抜くつもりか?」

「んなわけあるかっ。こいつは男同士の友情だ! な、アルム?」

「う……うん……」


 同い年の友人が居なかったのは、アルムも同じだった。

 照れ臭くて、つい顔を赤らめてしまう。

 これがいけなかった。


「ば……照れる奴があるか! おい!? 何だみんなまで!? 勘違いするなよ!?」


 キスカを始め、ファラやセレーナまでもが口元に手を当てているではないか!

 更にはシャリアが……。


「……ふん。ユリウス、お前がどういうつもりかは知らぬが、そやつは余にれておるのだ。だからお前がいくら手懐けようと無駄なことだ」


 一瞬、馬車の中の空気が凍りついた。


「な……!? それは本当なのか!? アルム!?」

「ち、ち、ち、違っ!! おいっ!! なんてこと言うんだよっ!! 」

「アルムお前って奴は……本当に見た目ではわからん奴なんだな……。お前よりもごうが深い男を、俺は知らん……」


「だから違うんだよ~~~っ!!」


 外まで聞こえる声を響かせながら、馬車はヴィルハイム城前へと走っていった。



 立ち並ぶ建物を、窓から半ばブスくれながらアルムは目をやる。


 ここまで来るまでも思っていたが、ヴィルハイムは古い建物が多い。かと言って汚く粗末であるかと言うと決してそんな事無く、むしろ立派だ。セルバやタルクとは違う、古きものを大切にすることで行き着く、落ち着いた華やかさある街並み。それはまるで、ヴィルハイム人の心意気そのものを表しているかのようだ。


 ありとあらゆる意味で、できれば戦いたくない街であるとアルムは思った。


(あれはなんだろう? 随分と大きな石像だな)


 視界がひらけた大広場に出ると、そこに像が二体立っていた。


「あれは先代ヴィルハイム領主の像。隣にある背の低い方が、戦士ダムドの像だ」

「先代領主って、ユリウスのお父さん?」

「あぁ。俺にはな、親父が二人いるんだよ」


 ユリウスは目を細め、二体の像に目をやる。


「どっちも偉大過ぎる親父だった。おかげで俺を見る周囲の視線が、ガキの頃から酷かったぜ……」


 先代ヴィルハイム領主、つまりユリウスの実父は革新的な考えの持ち主だった。年功序列ねんこうじょれつな考えの強かった組織体制を一新させ、それまでヴィルハイムが行わなかったことをどんどんやってのけたのだ。北方の探索もその一つである。

 自ら探索の先陣を切ったユリウスの父は、そこで偶然バーバリアン族と遭遇し、一人の戦士と剣を交えることとなる。剣の腕に自信はあったが、この時はなかなか決着が付かずに引き分けとなった。互いの力を認め合うことで双方は理解し合い、不思議な友情のようなものが芽生めばえる。その蛮族の戦士は「ダムド」といった。


「……二人は今のヴィルハイムの基礎を作り上げたんだ」


 先代領主の第一子、つまりはユリウスが誕生し、お祝いムードとなるも束の間。魔王が現れ、大陸を侵攻し始めたのである。ヴィルハイム軍は苦戦を強いられた。なぜなら自分の領土を守りながら、当時大した戦力を持たなかったエルランド領も守らねばならなかったからだ。


──お前は皆を守る盾となれ! 俺は魔王を討つ刃となる!


 結束と忍耐の神『ギースハルト』の神託を受けたダムドは、ユリウスの父にそう言い残し、勇者たちの元へと去っていった。

 やがて戦いが終わる。ダムドがヴィルハイム領へ帰ってくると、待っていたのは自分よりも深く傷ついた友の姿であった。周囲からの強い推薦もあって、ダムドは領主の代行を務めねばならなかった。


「……まだ物心つかないときから、必然的に俺は次期領主として教育させられた。それがいつか嫌になって、何度ヴィルハイムを飛び出そうとした事か……」


 悪友たちを従え、街でブラブラと遊び歩く少年時代。見つかる度に連れ戻され、嫌々ながら騎士として、領主としての教育を施された。

 そんな中で、ユリウスの考えを変えさせる出来事が起こる。父の死であった。普通であれば自分に領主の継承が回ってくるはずだが、王都からは領主任命の通知が来なかったのだ。放蕩ほうとう者は相手にもされなかったのである。


 そして、選ばれたのはダムドだった。

 なぜ次期領主が息子ではないのか、そういった批判は上がらない。

 「当然だろう」、それが王都と騎士団領の総意だった……。


「薄々そうなると思ってた。だからわずかな物を手にして、俺は城を去ろうとした」

「誰も引き止めなかったわけじゃないんだろ?」

「いんや、みんな薄情なもんだったぜ。……そんな中、たった一人だけ、俺に声を掛けたのがダムドの親父だったのさ。『お前はそれでいいのか?』ってな」


 強引にユリウスを引き止めたダムドは、戦士としての教えを一から叩き込んだ。とうに成人を過ぎた放蕩者が音を上げる度、鎧の上から棍棒でぶっ叩く。体の傷の多くは、この時のものである。

 後に騎士バッチカーノの協力も得られるようになり、ユリウスは内政や軍術などの手ほどきもして貰えるようになる。騎士は戦のみにあらずず、だ。


 元々ユリウスは、決して弱者ではなかった。やる気が無いながらに励んだ勉学や修行でも、土台らしきものとして自分の中に残っていたのである。例え付け焼き刃の技量でも、長きに渡って磨けば立派な剣となる。それがダムドの教えだった。


 いつしかユリウスは、周囲の目にも留まるほどに見違えていった。


「誰かのために強くなるとか、そんな格好いいもんじゃねぇ。始めのうちの俺は、とにかく周囲を見返してやりたかった。これがその最後のチャンスだ、そう思って毎日剣を振り続けた」

「そして、努力が実った」

「……だといいがな。最後にダムドの親父と剣を交えた時、俺の一撃が親父の得物をふっ飛ばしたのさ。その時もう教えることは何もないと言われたが、親父もいい年だったしな。それでもようやく認められた俺は、涙が出るほどに嬉しかったぜ」


 王都から呼ばれ、騎士として一人前と認められたユリウス。

 大勢の人がいる目の前で、神具をダムドから手渡された。

 それは、ユリウスが次期領主にふさわしいと認められた瞬間だった。


 その数年後、ダムドはこの世を去った。山間の探索に出ていた最中、凶暴化した獣から子供を守ろうとして命を落としたのである……。


「……笑っちまう話だろ? 魔王を倒した英雄が、野生のクマごときに殺されちまったんだからよ」


 話を聞いていたシャリアは、思わず顔をしかめる。


(チッ! 野の獣如きに命をくれてやるとは……!)


 ダムドはシャリアにとって、父の仇の一人でもあったのだ。


「戦士ダムドは、勇者や大魔道士のように不老不死ではなかったの?」

「薬を勧められたが、断ったんだそうだ。理由は詳しく教えてくれなかったがな」


 そう言うも、ユリウスには何となくわかっていた。ダムドは残される者の辛さを知っていて、えて飲まなかったのだと。

 もう一度先代の領主と剣を交え、酒をみ交わしたかったに違いない。

 今頃はきっとあの世で「どうだ、お前の息子は俺が一人前にしてやったぞ!」と自慢気に話しているに違いない、と。



 ユリウスの話が終わる頃、馬車はヴィルハイム城前へと着いていた。固く閉ざされた城門の前で、多くの民衆に見守られながら、数台の馬車は止まる。


『ユリウス様~~!!』


 と、その時、子供数人がこちらの馬車に駆け寄ってきたのだ。

 すぐに護衛の兵士らが近づかせないよう止めに入る。


「あー、よせよせ! おうみんな! 今日も元気で何よりだ! 俺も朝っぱらからどうしようも無いくらいに元気だぞ! ここは危ないから遠くで遊んでくれよな!」


 子供にわからない下品な話を交え、窓から顔を見せて叫ぶユリウス。

 子供たちは嬉しそうに手を振ると、馬車から離れて行った。


「……随分と子供からしたわれているんですね」


 口を開いたのはキスカだ。


「ちょくちょく暇を見ては街に行ってるからな。子供ってのは、未来そのものだ。惚れた女と同じくらい大事に思ってるぜ」


 ユリウスがそう言いつつ片目を閉じてみせると、キスカは顔を赤らめる。

 そんな状況もお構いなしに口を出す者あり。


「確かに子供は大事であるな。種や苗が育たねば、実を狩ることはできぬ」


 ニヤリと毒舌どくぜつを吐くシャリアに、ユリウスは眉間みけんにシワが寄った。


「いくらなんでもそいつは……あぁ、そういやお前さんは魔王だったな」


 思わず苦笑するユリウス。

 やがて城門は開き、馬車は城内へと歩みを進めるのだった。 

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