「新しき」を迎えた弊害(へいがい)


 その日の朝方。タルクの街にはヴィルハイム騎士団領へと交渉におもむく面々が集まっていた。人選は絞りに絞り、シャリア、アルム、キスカを始めとし、護衛としてハルピュイアのファラ。死者の参考説明人として、ネクロマンサーのセレーナを同行させることになっていた。

 これから大型鉱石車ごと魔法陣で領境付近へ転送した後、そこからヴィルハイムの城下町へと向かうのだ。自分たちの運命をも左右する交渉に、タルクの住民らは遠巻きから複雑な心境で見送る。



(私も行きたかったんだけどなぁ……)


 見送りが終わり、自室に戻ってきたソフィーナは溜息をついた。彼女は良家の娘だったこともあり、話がこじれるといけないので志願を却下されてしまったのだ。何より神具の所持者であるということも、同行を拒否された理由なのだろう。


「おかえり」


 部屋に入るなり、新たな同居人から声がかかる。暫くここに置けと言われ、昨晩からいるセスだった。代わりに精霊魔法について詳しく教えてやると言いつつも、朝から寝そべり、本を眺めながら菓子をつまんでいる。


「起きてらしたんですか? 先程アルム様たちがタルクから出発したところで……」

「あたしは魔王軍じゃないから、どうでもいい」


 困ったものである。アルムと喧嘩をしたのなら仲直りさせてやりたいが、絶対に事情を話してはくれないだろう。かと言ってアルムにこのことを話せば、面倒臭いことが起きるに決まっているのだ。


「ん、どこか行くのか?」

「今からエリサさんのところにみ物を習いに行くんです。先生もどうですか?」


 着替えを始めるソフィーナに声を掛けるも、またセスは寝転がる。


「これからもっと寒くなりますし、毛糸で編んだお召し物が作れたらなぁって」

妖精フェアリーには無縁の話だ。留守番しといてやるよ」

「はぁ、そうですか。……ではお願いします」


 頼んでいないことを申し出られるも、まあいいかとソフィーナは部屋を出た。


 

 一方でヴィルハイムとの領境付近へ転移したアルムたち一行。大人数乗りの長い大型鉱石車で北西の城下街を目指す。途中で立ち寄った村には警備のためか、鎧を着た騎兵らが立っていた。元々なのかどうかは知らないが、いずれも厳しい表情で警戒し、周囲やこちらを伺っているのだった。


「ハハハッ! アルム、見よっ! 人間の子供らが走ってこちらを追ってきておるぞ! 馬鹿らめが! 車に追いつけるわけ無かろうにっ! ハハハハッ!!」


(どっちが子供なんだか……)


 初めて鉱石車に乗ったシャリアはご機嫌であったが、何分なにぶん長旅である。そのうち騒ぐのにも疲れ、ファラの膝の上で寝息を立ててしまった。そして必然的とも言うべく、向かい席の客乗室内はしんと静まり返る。


(……う、なんだこの雰囲気……)


 本来であれば世の男性は、美人に囲まれハーレムだのなんだのと喜ぶものなのだろう。しかしこの顔ぶれで一体何を話し間を持たせろと言うのか……。

 向かいに座るファラはシャリアを膝枕していたが、そのうち自分もウトウトとし始めた。セレーナは本を取り出し読み始める。アルムの隣りに座っていたキスカは物思いにふけり、窓の外をじっと見続けたままだ。


(だ、駄目だ……とても耐えられない……)


 こんなことなら自分も本を持参するんだったと思いつつ、客乗室を後にするのだった。


 そして、アルムがやってきたのは前方の運転席である。運転手はセルバで鉱石車の運転をしていたという、人間の老人を雇ったのだった。


「……おや、どうされましたかな?」

「ええと、まぁ気をまぎらわしに……。運転手さんは疲れてないですか?」

「慣れない道程みちのりとはいえ、この程度で疲れては運転手などできませんよ。大丈夫、皆様はしっかりと目的地までお連れ致します。さもなくば私の首が本当の意味でねられてしまいますからな、はっはっは」


(あはは……)


 冗談に聞こえない冗談。しかし思った通り、気のいい老人のようだ。セルバ市長であるマルコフから紹介されただけのことはある。


「運転手さんはこの仕事、もう長いんですか?」

「んー、ドルミアに居た頃と合わせると、かれこれ二十五年以上になりますかな」

「ドルミアって、グライアス中央都市のドルミア市!?」

「そうです。十年ほど前まで妻と住んでおりました」


 話によると、老人はグライアス領の中流市民だったそうだ。知人のコネを頼りに鉱石車の設計技師をしていたが、歳を理由に引退。その後は専業の運転手の仕事となるも、田舎で静かに過ごしたいという妻の要望を聞き入れ、稼いだ金を支払ってグライアス領から出てきたのだという。


「思えば私も運がいい人生でした。当時、国が推奨し始めた鉱石車の仕事にたずさわれたのですから。そうでない者はどんどんすみに追いやられ、仕事は元より、家や財産まで奪われた人間は大勢いたことでしょう」

「そういった人たちのために新しい仕事の斡旋あっせんや、生活の保証といった事を、領や市は行わなかったのですか?」


 運転手は操縦桿そうじゅうかんを握ったまま、首を横へ振った。


「ありませんよ、そんなもの。あくまで開発、生産第一。下流階級市民のことまで気を回さなかったんです。そのくせ少しの批判や小さな暴動が市民から起こると、またたく間に憲兵たちがやってきて逮捕と弾圧の繰り返しでした」

「なんて横暴な……」

「捕まった人間は労働を強制され、殆どが帰ってきませんでした。王都へ行きこの問題を訴えると言っていた者もおりましたが、反乱を企てた一人として捕まり処刑されたそうです」

「っ!! それって!?」


 セルバと同じではないか……!


「グライアス領主のルークセインは、それだけ王都に恩を売り、議会での発言力を得たかったのでしょうな。もう長いこと、王都議会はグライアス一色と聞きます」

「……」

「……弊害へいがい、なんでしょうな。後先考えず、強制的に異世界の文明や技術を受け入れたことによる……。もっともこうして今も車の運転をしている私が、何か物を言える義理でも無いのでしょうが……」


 老人の顔を横目で見ると、細く遠い目をしていた。


「運転手さん。つかぬことを伺いますが、鉱石車開発技師の中に『アキラ』という人物はいませんでしたか?」

「変わったお名前ですな……。いえ、聞いたことがありません。ただ開発部門上層の中に、名誉開発者として勇者ノブアキ様のお名前があったことは憶えています」


(では父さんは、鉱石車の技師になったわけではなかったのか……?)


 ノブアキの言う通り、アルムの父は異世界へと帰ったのだろうか? では父の部屋と思わしき場所にあった鉱石車の設計図は、一体何を意味していたのだろうか?


(……なんとなく読めてきたぞ。父さんの考えていたことが……!)


「ありがとうございます、運転手さん。色々聞けてよかったです」

「いえいえ。私も若い人と何を話して良いかわからず、詰まらぬお話ししかできずに申し訳なかったですな。……そろそろ目的地です、お席にお戻り下さい」


 アルムは言われた通り、客乗室へと戻っていく。


 戻って早々、飛び込んできたのは目を覚ましたシャリアの罵声ばせいであった。


「おい軍師よ! お前はどこへ行っていたのだ!? ……わかったぞ、車両前方の方が面白い眺めなのであろう!? 余にも見せよ!」

「駄目だよ! もうすぐヴィルハイムの城下街へ着くんだって!」

「魔王様、お座りになって下さい!」


 皆から止められ、ようやくシャリアは文句を言いながら大人しくなる。ちらりと見たキスカが密かに笑っており、アルムにとっては救いとなった。



 城下街の入り口付近で、大型鉱石車は止まった。ここからヴィルハイム城内へと向かうのであるが、その前に女性陣は車内にておめしえを行う。

 流石に車内へ居るわけにもいかず、アルムが外に出て辺りを伺っていると、二人の騎兵らしき者たちが近づいてきたのだ。


「エルランドからこられたので?」

「そうですけど、何か?」

「車内を確認させて頂きます」

「なんだって? こちらが何者か君らはわかっているのか!?」


 こちらを招待客と知っているなら随分と無礼な話である。


「それが規則だと言うのなら制限付きで許そう。だが今はお召替えの最中だ、後にしてくれないか?」


 アルムの言葉に、騎兵二人は顔を見合わせニヤリとした。


「貴方の方こそ理解できていないようですな。ここからは領主であるユリウス様のお膝元。危険な物を積まれていては困りますのでな」

「そういうわけで、天下御免で車内を確認させて頂きます」


「おい、止めろ!」


 鉱石車へ強引に近づこうとする二人を、アルムは大手を広げ止めに掛かる。


「おっと、邪魔をなさるので?」

「もしここで騒ぎが起きたら、困るのはそちら側ですよ?」


「ぐっ……!」


 魔法を唱えようと魔力を集めていたアルムの手が、今の言葉で止まってしまう。

 確かに彼らの言う通り、ここで騒ぎを起こしたら交渉に影響を及ぼしかねない。


『一体何を騒いでいるのですか!?』


 その時声がして、真っ赤に燃えるようなドレスへ身を包んだ女性が姿を現した。


「キスカ……さん……?」


 男三人は一時圧倒されるも、キスカは逆に騎兵たちへと詰め寄る。


「この車にどんな人物が乗っているか知っての狼藉ろうぜきですか!? それとも領主に言われてのことですか!? 答えなさい!」


「そ、それは……い、いや、ここはユリウス様のお膝元だぞ!」

「お話にならないわね! ならばそのユリウスを直接ここに呼んで来なさい!」


 物凄い剣幕で物申すキスカに、アルムは中へ入り込めない。

 一方、押され気味だった騎兵らも、領主の名を呼び捨てにされた挙げ句、呼んで来いなどと言われて我に返る。


「お、女っ! 貴様何を言っているのかわかっているのか!?」

「ヴィルハイムの兵士は耳が遠いの!? さっさとユリウスを連れて来なさいっ!」


『呼ばれて来たぞ──っ!!!』


 突然目の前に大きめの馬車が止まったかと思うと、中から貴族の服をまとった人物が飛び降りてきた。ユリウス本人である。

 ユリウスは周りの人間には目もくれず、真っ直ぐキスカの元へと走り近づく。


「あぁキスカ……本当に来てくれたんだな。今日は一段と美しい……」

「……お出迎え感謝します、ユリウス卿。ですが兵士はもう少し厳しくしつけた方が宜しいのでは?」

「ん? 何かあったのか?」


 キョロキョロと辺りを伺うユリウスに対し、今度はシャリアたちが召し替えを終え、車内から出てきた。


「何やらめておるのか? 中を確かめたいなら勝手にするが良い。武具の類は一切置いてきたのだから何も見つからぬとは思うがな」

「……成程な、そういうことか」


 納得したユリウスは騎兵二人の前に立つと、ペチペチ顔を軽く叩く。


「おいお前ら。未来の俺の嫁と客人に、何かしたのか? ん?」

「ひ、あ……」

「お、お許しを……」


 直立不動でブルブル震える騎兵らに対し、ユリウスは「もう行け」と指示する。

 騎兵たちが立ち去るのを確認すると、再びアルムたちへと近付いて来た。


「……すまんな。色々あった後のことだ、今回は大目に見てやってくれないか?」


 ユリウスの言葉に、ようやくアルムは彼らの行動に理解できた。


 遠征に出ていた部隊が襲撃を受け、大勢の被害が出た挙げ句、重鎮の騎士たちが討ち取られ、怪我を負わされ、名誉を傷つけられたのだ。


 身内がここまでされて何も思わない筈がない。

 例え小さな嫌がらせでも、一矢いっしむくいたいと思うのが当然じゃないか……。


「ふむ、特に許そう。余は寛大であるからな」


 こう言うシャリアだが……。


(いやいや待て待てっ! 君が直接原因の一つでもあるんだからなっ!?)


 心のなかでツッコミを入れるアルムだった。


「よし! じゃあ皆、あの馬車に乗ってくれ! ここからは俺が案内しよう!」


 キスカの顔を拝むことができ、上機嫌のユリウスは気合たっぷりだ。

 ぞろぞろと馬車へ向かう途中で、アルムはキスカへと小声で話しかけた。


「キスカさん、さっきはありがとう」


 一瞬何のことかと驚くキスカであったが、


「……軍師様。理屈ではなく、虚勢きょせいを張った大胆な行動も時には必要ですわ。特に女の子を守る時は、ね」


 そう言ってウインクされ、逆にアルムは驚かされてしまった。


 これが最近まで、あの弱々しく見えたキスカなのだろうか? 牢獄に入れられ、シャリアに死を促され、ソフィーナから守られようとしていた姿でしか、アルムはキスカのことを知らない。


 元々彼女は強い女性だったのだ。そうアルムは確信し、頼もしい存在に映った。

 ユリウスがれ込んでしまうのも今ならわかる気がするなと思うのであった。




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