別れの時
シャリアたちに呼ばれ、セルバの教会へとやってきたキスカ。
皆の前で英知の杖を使い、小さな炎を起こしてみせた。
「爺、結界はどうか?」
「セルバのサイレス結界は現在も作動しています。紛れもなく神具の力による魔法ですじゃ」
「よくやったキスカよ。死は免れたな」
魔王に
ソフィーナとアルムは一旦胸をなでおろすも、肝心な話はここからだ。
「さて、キスカよ。お前は神具を手にしたわけだが、今はまだ余の配下ではない。かと言って自由の身になった訳でもない。これからお前はどうする気でいる?」
周囲の者らに動揺が走る。またしてもシャリアはキスカに対して運命の選択を迫ったのである。しかし、キスカの様子は一段と落ち着いていた。
「お話はソフィーナから伺っております。そして身の振り方も既に決めています」
ソフィーナの前に立ち、一緒に英知の杖を掴むよう促す。
杖を中心に、二人を強い光が包み込んだ。
神具の継承。神具は神に認められた者だけが保持者となれる。だが例外として、保持者は他人にその権利を与えることもできるのだ。
その実例が過去一度だけあった。バーバリアンの戦士ダムドが、ヴィルハイムの領主ユリウスへ「最強の盾」を生前
英知の杖を受け取ったソフィーナ、始めは受け継ぐことを拒否していた。神具の保持者となる重圧もそうだが、何よりキスカが死にものぐるいの日々を送っていたことを目の当たりにしていたからだ。
(……きっとこの杖は、キスカ姉さまの命そのものね)
本当はキスカに、このままどこかで自由な暮らしをして欲しかった。ユリウスの言葉が本気なら、ヴィルハイムへ
だが肝心のキスカはそれを断固として聞かなかった。
(貴女を置いて私だけ逃げるわけにはいかない。ソフィー、私たちは運命共同体と言って過言でないわ。これからは貴女の助けとなってみせる)
神具の継承を終えた二人は、再び魔王へと
「なぜソフィーナへ神具を受け渡した?」
「きっと私より、彼女の方が杖を使いこなせるでしょう。これからの私は魔王様のお許しがあれば、配下として加えて頂きたく考えています」
(魔族への忠誠ではなく、あくまで『身内助けたさ』からか……まあ当然だが)
シャリアは何やら意地悪い笑みを浮かべ、左右を見る。
「
(おいぃっ!? しかも、まだ何も決めてないじゃないかっ!)
言われたアルムはギョッとし睨むも、ラムダ補佐官は「いつものことだ」と平然としている。
「ヴィルハイムの一件ですが、私めもご同行下さいませ。こちら側が優位に立てる考えがございます。女には女の戦い方があることをお見せ致しましょう」
「ほう? ならばキスカ、お前を正式に配下として迎えよう。今からヴィルハイムへ向かう準備を始めよ。楽しみにしておるぞ」
「はっ、ソフィーナ共々宜しく願いします」
深々と頭を下げ、キスカとソフィーナは講堂を出ていった。
すかさずアルムがシャリアへと詰め寄る。
「酷いな君はっ! 僕はそんなことをする男じゃない!」
「そうか? てっきりお前の
「大体君の方こそ簡単に彼女を配下にしてしまっていいのか? 君のことだから信用などしていないだろうけど、どこで足元をすくわれるかわからないぞ?」
するとシャリアは玉座の上に立ち、アルムの耳を引っ張る。
「当然だ。余は裏切られる前に裏切る。それと肝に銘じておけ。一番余が信用しておらぬのはお前だということをな、ヒヒヒッ!」
素早くアルムから預けていた刀をひったくると、そのまま姿を消した。
(よく言うよっ! この悪魔めっ!)
魔王である。
キスカが教会の外に出ると、待ち構えていたようにローブ姿の魔道士たちが詰め寄ってきた。
『キスカ様っ!!』
「あ、貴女たち……」
昨日路地で会った魔道士の卵たちであった。
主を失い、今や魔法を使うことまで制限されている彼ら。ラフェルの行っていた市政などは他者が引き継ぎ、それを補佐する形で動いていた彼らだったが、それも限界があった。
偉大な師と、何かと世話を焼いてくれていたキスカを失った今。
彼らにとっては、毎日が不安でしかなかった。
『キスカ様っ! またどこかへ行ってしまうのですか!?』
『私たち、これからどうすればいいんですか!?』
『お願いします、私たちも連れて行って下さいっ!』
キスカは何も言えず、首を横に振ることしかできない。
『おい、あれキスカ様じゃないか?』
『本当だ! 存命だったのか!』
声を聞き、街ゆく皆が気付いて足を止める。
そして次々こちらに近づいてくると、立ち待ち人だかりとなったのだ。
(えっ!! えぇっ!?)
気付けば大勢の人間が集まり、口々にキスカを心配する言葉を掛けていた。
「わ、私は……」
驚き言葉に詰まるキスカ。こんなにも多くの人間から見られていたことを知る。そして思わず涙ぐんだ。死んでしまっては気付けなかった。生きていてよかったと、この時初めてそう思えた。
その様子を、遠方の外壁から三柱の神々が眺めていた。
「……あーあ。俺がいない間に、お前らやらかしちまったなぁ」
ヴァルダスがそう言って振り返ると、アエリアスとファリスは目を逸らす。
神々は必要以上に地上へ干渉してはならない決まり。傍観を決め込んだ三柱なら
「……あーあ。アエリン、やっちまったなぁ」
「一緒に居た貴女も同罪です」
「……チッ。……と言うかヴァルタンこそ、今までどこにいた?」
言われヴァルダスは、頭をかきながら明後日の方を向く。
「いやぁ俺が数日間散歩してたらよ、たまたまゼファーの奴に行き会ったわけよ。だからついでに俺なりの持論を、あいつへ平和的にぶつけてみたというわけだ」
冷たい視線がヴァルダスへ集まる。
「あ? 何だ!? 地上には干渉してねぇぜ? それにたまたまだっての!」
こう言い張るも、目の前でヒソヒソ話が起こり出す。
(……絶対ゼファーの奴、泣かされたよね?)
(だから言ったでしょう? ヴァルダスは誰かに頼み事できる性格じゃないって)
(……あたしらのやったことって意味あったの? あの本も只の中古本だったし)
(勿論です。流石にゼファーだって、脅されて考えを曲げたりしないでしょうし)
「おーいお前ら、聞こえてるんだがな。……まぁいいじゃねぇかよ、こうして神の考えをも超える事象は起きた。魔王軍に神具が渡れば、流石に『異界の魔王』って奴も
そう言ってヴァルダスは、涙ながらに頭を下げるキスカへと優しい目を向けた。
「……あの嬉しそうな顔を見ろよ。俺たち、久し振りに神様らしい事ができたぜ」
夜となり、今後についての会議を終えたアルムは自室へと帰ってきた。
会議の結果、魔王軍は人選を
(戦って大勢の死者を出させた相手だ。……このままだと休戦など到底無理だな。どうすればこちらの話に持ってこれるか、もう一度冷静になって考えないと……)
相手は騎士、単純な損得では動かない。彼らは何より忠誠と義を重んじるのだ。
そう考えると、こちらは圧倒的に不利な立場から話を進めることになる。
キーポイントは、やはりユリウスとキスカの二人になるだろうか……。
(……こちら側からできることは兵士の遺品返還くらいしか…………あっ!)
考え事をしながら自室の扉を開けると、誰もいない筈の部屋の中。
いなかった筈の人物が、そこには居た。
「セス……」
いつも自分が座っていたクッションの前に、確かにセスは座っていた。
一体何を話していいか、アルムは突然のことで棒立ちとなる。
「セス……今まで、どこに……」
やっと出た言葉に対し、セスはアルムの方を向く。
「ずっとあんたの
「え? だって……」
「見えなかったろ? 見せてなかったし。気配も感じなかったのか?」
「それはっ!」
慌てて取り
そして急にセスは、悲しげな
「……アルム、ずっとあんたについて行くつもりだったけど、どうやらその必要は無いみたいだ。むしろ、あたしがあんたのすることを邪魔してたみたいだ」
「何言ってるんだよ! 僕にはセスが必要だよっ! これからだって、ずっと!」
「あんたには自分で生きる道を選ぶ時が来たんだよ。これは誰かのせいじゃない、前々からずっとあたしも思ってたことなんだ。もうあんたは一人なんかじゃない」
そう言ってセスが羽ばたくと、窓が独りでに開いた。
「何でだよ! 何度も約束したじゃないか! ずっと一緒に居てくれるって!!」
「役不足なんだよ、あたしじゃ……。
「行くなよっ! 頼むから行かないでくれよっ!」
慌てて駆け寄るも、既にセスは窓の外に出ていた。
「もしアキラを見つけたら真っ先に教えてやるよ、それまでのお別れだ。あんたと一緒に居れたこと、あたしはずっと忘れない」
言葉を残し、セスはその姿を消した。
「なんでだよっ!! どうしてなんだよっ!!」
アルムが必死になって叫ぶも、夜の闇から言葉が返ってくることはなかった。
第十一話 キスカ、彷徨いし心 完
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