この世で最も価値あるもの


 ヴィルハイム騎士団との休戦協定。一か八かと大きく出たアルムではあったが、表情は常に落ち着いていた。その真意とは……。


「ではこちらの地図を御覧ください。大陸の縮小図です」


 テーブルの上に地図が広げられる。大陸に存在する各領は王都バルタニアを中心とし、それぞれ五つに分かれていた。


 西側に三つ、聖地ラカールのある「カスタリア領」と、勇者たちの直接支配下にない唯一の領土「ラウリィア領」。そして、王都バルタニアと騎士団領に隣接し、尚且なおかつ勇者ノブアキの影響力が一番強いと言われている「グライアス領」……。

 東側に二つ、大砂漠を挟むようにしてここ「エルランド領」と、騎士団の根城である「ヴィルハイム領」が存在する。


 こうして見るとエルランド領とヴィルハイム騎士団領は、他の三つと比べものにならないほど広大である。


「ご覧の通り、大陸の中央には巨大な砂漠があり、その北部側に大陸東部と西部を結ぶ街道があります。砂漠が東西の往来おうらいを妨げるネックになってしまっています」


 砂漠には砂漠竜がいる、余程のことがないと横断はできない。

 ユリウスは「だからどうした」と言った表情だ。


「それがヴィルハイムや魔王軍とどう関係ある? 魔王軍がこの街道を封鎖ふうさして、ヴィルハイムを孤立させようっていうのか?」


「そうではありませんし、そんなことはしません。問題なのはこの街道に沿って通っている『魔動まどう列車れっしゃ』の線路です」


 アルムは身を乗り出し、こちらをにらむユリウスの顔を迎え撃つように見た。


「どうしてこの列車は人や物を運ばないのでしょう? どうしてヴィルハイムの山で採掘された鉱石しか運ばないのでしょうか? 余りにも非効率ですよね?」


「……何が言いたい?」


「線路を結んでいるヴィルハイム領とグライアス領、長期に渡り不仲が続いていると聞きました。ここまでくれば貴方のことだ、もう話はわかりますね?」


 遂にユリウスは顔をそらし、舌打ちした。

 一方のアルムはニコニコ顔である。


(……この野郎!痛いところ突いて来やがって!)



 ヴィルハイム領とグライアス領、二つの領の不仲はユリウスの父の代から続いていたことだった。魔王が討伐されたことをに、関係改善を目的とした共同事業として、異世界の技術をもちい東西を結ぶ線路をこうとしたのが二十年以上前。

 そして線路は開通し、始めは人や物の運搬を主としていた。

 ところが原因不明の事故が突如発生し、多くの犠牲が出てしまったのだ。


 事故の起きた場所がヴィルハイム領内だったこともあり、責任が騎士団側へ一方的に押し付けられる形となった。当然騎士団側はこれに反発、双方の溝は埋まるどころか更なる亀裂きれつを生んでしまったのである。


 この事件以後、列車はグライアス側が独占的に管理をしている。

 安全のため人間や私有物を一切運ばないという。

 噂では、グライアス側が故意に事故の原因を仕込んだとも……。


「……グライアスの領主、ルークセインは野心家で知られています。異世界の技術により街は発展し、どんどん向こうの世界に文化が近づきつつあると」


「そうだ。今やこの大陸で随一の軍事力を誇っているだろう。名目は王都防衛の為だと言っているが、いつ牙をいてくるかわからん」


 遂にユリウスもアルムの話に乗ってきた。それだけ深刻な問題なのだろう。

 グライアスの軍事化はこれまで度々王都議会でも問題視されてきた。しかし議論のたびに関係者の不審死が起こり、有耶無耶うやむやになるのが常だったのだ。


「ふむぅ、人間社会はなにやら複雑なようですが、アルム殿の話でなんとなく読めて来ましたぞ。魔王軍と戦えば騎士団が疲弊ひへいし、グライアス領を抑える立場が大陸からいなくなってしまう、そういうことですな?」


「ラムダさん、その通りさ。そして騎士団に魔王軍が攻め込んでも、グライアス側は援軍をしぶるだろう。そこまで関係が冷え込んでると聞いたよ」

「しかしそれだけの情報を、一体どこから集められたのですかな?」


 口を挟んできたラムダが不思議そうに尋ねる。確かにそうだ、この世界の事情は

異世界の文献ぶんけんとは関係無いはずである。


「セルバやタルクにいる行商人たちから聞いたのさ。彼ら何でも教えてくれたよ」


「っ!」

「なっ!」

「なんだと!?」


 アルムの言葉に一番驚いたのはシャリアであった。人間の街を管理することで、まさかこんな見返りがあったとは完全に盲点もうてんだったのだ。

 現在のエルランド領は外部との通行を制限しているものの、アルムはそれなりに目を配り管理していた。その結果行商人たちからは好意的に受け止められ協力してくれたのだろう。人間の街など放っておけと言った手前だが、シャリアは改めざるを得なくなった。


「さてユリウス卿、如何でしょう? 表向きでなくて構いません、相互不干渉ふかんしょうの約束だけでもして頂けませんか?」


 ユリウスは目を閉じ暫し考えていたが……。


「……駄目だ。お前たちの侵攻対象が王都である限り、俺たちはそれを食い止めねばならん。それが騎士団の義務だ!」

「では魔王軍が王都に手を出さない、としたら?」

「例えそうだとしても、俺の一存で決めれることじゃねぇ、今は断らせてもらう」

「わかりました。ではそちらの捕虜をお返ししますので、ご案内します」


 こうして騎士団との交渉は失敗に終わった。



 セルバの大通りには多くのヴィルハイム騎士たちが、魔物に囲まれる形で連れてこられた。これからヴィルハイムへ転移魔法陣を用い送還されるのだ。

 だが捕虜たちの顔はあまり浮かなかった。騎士団領に帰っても「魔物に捕まっていた軟弱者」のレッテルを貼られることが目に見えていたからである。

 そんな彼らの表情を一変させたのがユリウスの存在だった。たった一人で敵地のど真ん中に現れ、自分たちを迎えに来たというのだから驚かないわけがない。


「皆、今までご苦労だったな! 帰って恥じることは何もない! お前たちは英雄だ! お前たちを口悪くののしる者がいたら、この俺が許さんっ!」

 

 大勢の前で声を上げ捕虜たちから歓声を浴びるユリウスを、アルムたちは離れた場所から見ていた。


「……全く、大損も良いところだ。交渉は決裂し、人間の捕虜を只で返すとはな」

「いや、これでよかったんだよ。それに収獲があったからね」

「収穫だと? 何を戯言を」


 呆れ声のシャリアに、アルムはユリウスの方を見たまま続ける。


「彼は神具を受け継いだ勇者の末裔まつえいだ。もし勇者ノブアキの息が掛かっていたなら僕らとすぐに手を組んだだろう、そして後で裏切った筈だ。でもそれをしなかったのは、勇者たちと足並みをそろえていないからだ」

「……馬鹿なことを。それだけで信用できるか」

「勿論すべて信用はできないよ。でも話していた彼に嘘はなかった」


 ここでユリウスに一人の騎士が近づく。一緒に来たジョシュアだろう。

 なにやら浮かない顔をしていたが、ユリウスと二、三言葉を交わす。


 その後で、ユリウスはこちらへと近づいてきた。


「こっちの準備はできたぜ。本当にヴィルハイムまで全員送れるのか?」

「はい。魔法陣をくぐれば元来た場所に戻れるはずです」

「そうか……」


 そう言い落ち着かない様子で辺りを見探すユリウス。やがて小高い場所に一人の人物を見つけ、大手を振って呼びかける。呼ばれた方は小さく手を振り返した。


 キスカだった。


「お知り合いですか?」

「あぁ……ところでよ、さっきの話なんだが……」

「はい?」


 何やら難しく考え、意を決すると持っていた剣を差し出す。


「もう一度話し合う機会を設けよう。今度はお前たちがヴィルハイムへ来い。この剣は先代ヴィルハイム領主の形見、ヴィルハイム領への通行書代わりだ」

「えっ!?」

「但し条件がある、キスカを一緒につれてこい。俺の嫁にする」

「はぃ!?」


 突然のことに驚くも、横で聞いていたシャリアは笑い出した。


「下らぬ男よ! 領の命運を決める重要な話だったはずが、女一人の命惜しさにてのひらを返したかっ!」


「当然だっ! いいか! 惚れた女ってのはな、騎士にとって国一つよりも価値があるもんなんだ! 騎士だけじゃねぇ! 男にとっては何よりも重要なことなんだ!」


「な、なんだと!?」


 真顔で言い返され、ショックを受ける魔王。

 すかさずラムダの方を向く。


「爺! この男の言っていることは本当か!?」

「そ、それは手前にも……。個人にもよるでしょうが、間違いでもないとも……」

「む……そうであるか」


 神妙な顔つきとなり、考え込んでしまった。


「さあどうする!? この申し出、受けるか否か!?」


 剣を突き出し迫るユリウス。アルムは動揺し考え込むが、ラムダと目が合い互いに頷いた。


「……わかりました。今度はこちらから伺いましょう」

「なるべく早いほうがいい、五日後だ。それまでにこっちの石頭共をうまくまとめ、交渉の席に着くよう説得してみせる」


 アルムが剣を受け取ると、ユリウスは右手を差し出してきた。


「……お前は捕虜を人質にせず無償むしょうで帰してくれた。魔王軍はどうだか知らねぇが、お前は信用できるかも知れん、気に入ったぜ」


 これを受け、アルムはユリウスと握手を交わす。


「正直に話しますと、セルバの市長から苦情が来てたんですよ。『彼らの維持には金が掛かる、早く何とかしてくれ』ってね」

「ははははっ! 確かに、うちの騎兵共は大食らい揃いだからなっ!」


 ユリウスは再び会うことを約束し、捕虜たちとヴィルハイムへと帰っていった。



 一方で、転移魔法陣のそばでヴィルハイム軍の監視をしていたのはゴブリン隊であった。朝の報告がこうそうしたのか、こうして仕事を与えられている。


「おい、人間の捕虜はちゃんと全員魔法陣を通っただろうな?」


 捕虜の数を数えていたゴブリンに、ゴブリンリーダーが尋ねる。


「それがおかしいんですよ。人数が一人分多いや」

「ばっきゃろ! おめぇ数も数えられねぇのかよ! ……まぁ少ないよりはいいだろ。一応軍師にはこっそり伝えとけよ、これ以上魔王様の機嫌損ねたらヤベェからな」


 一人ひとり確認して数えていたのになぁと、首をひねるゴブリンであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る