柘榴(ざくろ)の中の指輪


 キスカやジョシュアと別れたユリウスは、ソフィーナに連れられて教会の前へとやって来た。入り口に骸骨兵が立っていたが、今は襲ってくる気配がない。


(魔物の親玉から、まさか教会に招待されるとはな。魔王が神の教えを説いてくるのか? それとも俺が死んだ後、すぐに天へと召されるようにか? ……まさかな)


 何にせよ良い趣味ではないな、と思った。


「魔王様はこちらでお待ちです。……私が案内できるのはここまでです」


「つまりだ、罠かもしれないってことだな? ジョシュを置いてきて正解だった」


「……私の口からは何も言えません」


「君も、色々と難しい立場のようだな」


 そう言って入ろうとした時、ソフィーナに呼び止められる。


「お願いですっ! キスカ姉さまを悲しませることは絶対にしないと、今ここで約束して下さい! もしユリウス様の身に何かあれば……今のお姉さまは……」


 先程の会話を聞いていたのだろう。ユリウスは少し照れくさそうにしながらも、ソフィーナの肩を優しく叩き「大丈夫だ」と言ってやるのだった。



(さて、出てくるのは罠か、魔王か)


 扉を開けて中に入るも、ガランとした内部は静まり誰も居ない。

 肝心の魔王すらいないのだ。


「おーい、来たぞ! 誰もいないか!?」


 最強の盾を持ちつつ進むも、やはり気配は感じられない。薄暗い不気味さよりもまねいておいてこの扱いは何だという怒りが湧いてきた。


「……母なる地母神よ~! その胸元にぃぃ~! 手を差し入れて~!」


 その昔、乳母に読んで貰った本の中で、悪魔と戦う騎士の物語があった。騎士は悪魔に立ち向かうため、聖なる歌を歌いながら剣を振るったという。今まさに同じ状況だろう。子供の頃によく歌いしかられた、下品な替え歌を歌いつつ進んだ。


──止めよ、実に耳障りだ!


(上かっ!?)


 響く声に、素早く身構える。


「むっ!?」


 見上げた屋内の天井部を、素早い複数の影が動いていた。目にも留まらぬ疾さで飛び交い、やがては消える。そして舞い降りてくる多くの

 それは巨大な鳥の羽だった。見とれて徐々に視線を移していくと、複数の人物が正面に立っていたことに気づく。魔王の部下であるハルピュイアの三人と、漆黒のドレスをまとった背の低い少女だった。


(あれが魔王か!? どう見ても本当に子供だぞ!?)


 しかし見た目にそぐわぬ恐ろしい力を秘めているというではないか。

 片手は盾、もう片方の利き腕は剣へと忍ばせるユリウスに、魔王はニヤリと笑って曲刀を取り出した。


「一人で来るとは。賢人けんじんか、余程の愚者ぐしゃか」


「その一人を相手にお供付きとは、卑怯者か臆病者か?」


「成程、中々にゆかしい奴」


 次の瞬間、刀を抜いた魔王は瞬時にユリウスへと詰め寄った。その疾さに驚いている間もなく、ユリウスは初手の一撃を盾で防ぎつつ、剣を抜こうとしたのだ。


 凄まじい衝撃と音が、礼拝堂に響き渡る!


──っ!! なんて重さだっ!!


 まるで転がってきた大岩受け止めたかような、かつて無い衝撃。

 すかさず握っていた剣を離し、防御に徹することを強要される。


 確かにこいつは只の餓鬼じゃない! 気を抜けば体ごと弾き飛ばされる!


(これが神具の力か)


 一方で魔王は渾身の一撃を浴びせたつもりだった。しかし最強の盾は強烈な光を放ち、完全に攻撃を受け止めたのだ。まばゆい輝きの中で、曲刀の刃は熱でみるみる赤く染まっていく。


『そこまでになされっ!』


「……ふん、まぁよい。大体わかった」


 第三者の声にきょうをそがれ、魔王は飛び退くと刀を振るう。

 ぱっと火の粉が舞い、刃が色を取り戻す。

 普通であれば形状が変形している曲刀を、すぐさまさやへと収めてみせた。


(……ふぅ、ちと危なかったか)


 内心冷や汗をかいていたが、悟られぬよう表情を変えぬことに努めるユリウス。神具である「最強の盾」は名通り最強である代償だいしょうとして、所持者の精神力を大幅に消耗させるのだ。あんな攻撃を長時間受け続けていたら、流石に根負けしていた。


「間抜けな歌のせいか、傷一つ付かせぬとは。余がシャリア・フォン・ロウリィ・アプラサス・ヴァロマドゥー。魔王ヴァロマドゥーの子であり魔族の王である」


 名乗りを上げた魔王に対し、ようやくユリウスは構えを解く。


「……目通りかなって嬉しいぜ。俺がユリウス・エルド・ウル・ヴィルハイム!先代ヴィルハイム領主の長男にして、戦士ダムドの意思を受け継ぐ騎士団の長だ!」


 そして、ユリウスは最強の盾を背負うと背を向ける。


「俺の目的は達された。次は戦場にてまみえん」


 ユリウスはそのまま出口へと歩いていく。彼は本当にただ魔王を見に来ただけであり、もうこの場にいる意味はないのだ。


「お嬢さん方、どいてくれないかい?」


 だが魔王軍としては帰すわけにいかない。ハルピュイアたちが行く手を阻むようにして立ちふさがる。さぁて神具を持った自分が魔王軍相手にどこまでやれるか、再び剣と盾に手を掛けようとするユリウス。


『お待ち下さいユリウス卿。こちらの用事は済んでいません』


 ここで若い男の声がするも、呼ばれた方は興味なさげだ。


「俺をとっ捕まえるか? 殺すか? やってみせろ、俺は帰るぜ」

「そうは参りません。申し遅れましたが私は魔王軍の軍師をしているアルムと申します。ユリウス卿、貴方を手ぶらで帰すのは流石に無礼というものでしょう。もう少々こちらにお時間を頂けませんか? お話したいこともあります」


「やだね、土産なんざいらねぇ。見送りも不要だ」

「そちらの捕虜を全員帰す、と言っても?」


「……チッ! わかったよ!」


 ようやく騎士は帰るのを止め、くるりとこちらを向いた。

 それに合わせ魔王もやれやれとアルムに近づき、かがむようにうながす。


(今回のお前は何を企んでおるのやら……余は黙って見物させて貰おう)


 耳打ちした後、持っていろ、と刀を預けてきた。アルムが慌ててそれを掴むと、意外なことに随分軽い。以前手渡されたショートソードよりも遥かに軽いのだ。


(これは確か異世界の本にあった『カタナ』……だよな?)


 なぜシャリアがこれを持っているのだろう? 異世界の本を読み、ドワーフたちにでも造らせたのだろうか? それにしては大分使い慣れている様にも見えたが……。


(威力は凄まじいらしいけど、あまり量産に向かないとか、手入れが大変だとかで造らず仕舞いだった筈だけど……)


「どうかされましたかな、アルム殿」

「あ、うん、なんでもないよ」


 ラムダに声を掛けられ、慌てて刀を仕舞った。


 用意されたテーブルに椅子が置かれ、座る魔王の横にアルムとラムダが挟むようにして立つ。正面の椅子にはユリウスが、こちらを睨むようにして座るのだった。



「しかし驚いたな」


 座ってまず、口を開いたのはユリウスである。


「魔王軍が人間相手に捕虜を取るとは。俺はてっきり化け物は人間を皆殺しにするものだとばかり思っていた」


「余はそれでも一向に構わぬと思っていたのだがな。こちらの軍師がどうしてもと言うから生かしておいただけのこと。今のお前も同じことだ」


 騎士の皮肉めいた言葉に魔王は負けじと返す。

 しかし騎士団の長の興味は、既に飲み物を運んできたエリサへと移っていた。


「それとてっきり街は破壊しつくされ、魔物だらけになっていると思っていたが、どうやらそうでもないらしいな。何よりも魔王軍が美女だらけとは驚いた」


 そう言って、飲み物を置くエリサの手に触れようとする。

 しかしエリサはこれを素早く振りほどき、平然と一礼した。


「人間の生き血でございます、どうぞ」


 いつものシャリアの嫌がらせだろう、ところが。


「なんだって!? 俺の大好物だ!」


ポチャン



 ユリウスは指にはめていた指輪を抜くと、グラスに入れてみせたのである。

 これには魔王もムッとし刀をとろうとするも、アルムが止めて耳打ちをする。


 納得したシャリアは冷静となった。


「悪いな、他所で出された飲み物はこうしないと口にできない。例え水でもだ」


 毒による暗殺を防ぐ手段である。指輪には毒消しの作用があるのだ。一見非常識だが、人間の貴族たちの間では「止むなし」とされている慣習かんしゅうであり、トラブルを避けるための作法となっていたのだ。


「さて、聞くからに話はそちらの魔王様ではなく、軍師のアルム君がしてくれるということでいいんだな?」


「はい。それと僕のことは『アルム』で結構です」


 ユリウスはテーブルの上に手を組み、見据えるようにしてアルムを見た。少年に見えるが魔王同様、中身は別格なのだろう。なにしろ魔王軍の軍師に収まっているくらいなのだから……。


「ならアルム、俺を呼び止めた理由を聞こうか。一旦こちらに剣を向けておいて、今度は捕虜を手放してまで求めるものとは何だ?」


「ヴィルハイム騎士団との休戦協定です」


 やはりか、一同はそう思った。だが反応は三者三様、補佐官ラムダは平然とし、シャリアは眉をひそめる。ユリウスは厳しい顔のまま……。


「笑えん冗談だ、断る」


 斬り捨てるように言い切った。


「即答、ですか」


「当然だ! お前らの方こそ俺たちを何だと思っている!? バルタニアの王に忠誠を誓ったヴィルハイム騎士団だぞ! 侵攻を続ける魔物共と休戦などできるか!」


「まだこちらの戦力も把握しきれていないのに、そう言い切れますか?」


「……なんだと?」


 一つも慌てる様子のないアルムに対し、ユリウスは眉をピクリとさせる。


「ユリウス卿、貴方は大変賢い人だ。単に魔王を拝みに来た酔狂すいきょう者を演じて、このセルバへと足を運んだ。でも実際は違う、セルバに駐屯ちゅうとんする魔物の数を見て、大凡おおよその戦力を見極めに来たのではありませんか?」


──見破られた!


 ユリウスは内心そう思うも、アルムの言葉に耳を傾け続ける。


「僕の父が住んでいた国の支配者に、昔そういう人物がいたのです。……話はれましたが、休戦は双方にとって利があるかと僕は考えています。なによりも現在のヴィルハイム領にとっては避けて通れぬ道かと思いますが?」


 言葉を受けたユリウスは一考すると、グラスに注がれた飲み物を口にする。

 暫し目を閉じていたが、やがてアルムを見てニヤリと笑った。


「……おもしれぇ。とくと聞かせて貰おうじゃねぇか、ヴィルハイム領こっち魔王軍そっちと休戦しなきゃならねぇ理由ってやつをよ」


 グラスを空けたユリウスは指輪と取ると、再び指へとはめるのであった。

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