獅子、虎穴に挑む
エルランドとヴィルハイムの領境付近にて。魔王軍の骸骨兵師団は、騎士二人を相手取り
ヴィルハイム騎士団領の若き領主ユリウスは、腕を組んで居座り骸骨たちを
この様子を遥か遠方の魔王城
「あぁ、これか。先日『散歩』をしておったらヴィルハイムからノコノコ騎士がやってきたのでな。
「な、なんですとっ!?」
「恨めしそうに去っていく人間共の顔が実に愉快であったぞ。ひゃはははっ!」
目を見開いて
その中でアルムは思わず大声を上げた。
「君はなんてことをしてくれたんだっ! これで僕らはヴィルハイムに侵攻し始めた事になってしまったぞ! まだ相手の情報すら集まりきっていないのにっ!」
「次は余が直々に出向いてくれる。人間の千や二千蹴散らすことなど造作も無い」
「今度は田舎の兵士と訳が違うんだぞ!? 『アスガルドの壁』の
「お前が
もう威厳がどうという話ではなく、何もかもがぶち壊しだ。子供の喧嘩のように言い合いを始める魔王と軍師。
対して、緊急報告のため謁見の間に飛び込んできていたセレーナが話を割った。
「……報告を続けても宜しいでしょうか? ご覧の通りゴヴァ隊長以下四百の骸骨兵と騎士二人が
これを受け、魔王は……。
「そやつは馬鹿か? さっさと殺すなり捕らえるなり致せ」
「無論ゴヴァ隊長はそのつもりでしたが、骸骨兵たちの攻撃を一切受け付けず今に至っているとのことです。騎士の持っている盾から
セレーナは眼鏡を正しながら報告を終えた。
(盾に神具だって……?じゃあこの水晶に映っているのは本物のヴィルハイム領主ユリウスなのか!?)
アルムは驚き再度水晶玉を覗く。直接現地へ
(……まてよ、むしろこれは好機じゃないか?)
何か気づくとアルムはラムダに視線を送る。
ラムダ補佐官も気がついたようで、黙って
「魔王様、すべての事態を収める案が御座います」
一方、領境付近で骸骨たちと
(……遅いな。このままだと城から騎士たちが押し寄せちまうじゃねぇか!)
ユリウスはどうしてもバッチカーノを一撃で、しかも魔法を使わず剣技で倒した魔王をその目で見てみたかった。骸骨たちと遭遇した時もこちらから手を出さず、「魔王と会わせろ」と叫び続けたのである。周りに散らばった骨は『最強の盾』に挑んできた骸骨たちの成れの果てであった。
このユリウスの馬鹿げた行為だったが、功は
(……それにしてもさっきの姉ちゃん色っぽくて美人だったな。魔物っぽかったが半分人間というのもいいかも知れねぇ)
どんどん考えがズレていく中、お供のジョシュアから声がかかる。
「兄貴、やっぱり罠じゃないですか? いざとなったら俺が
「退却だと? ここまで来て冗談じゃない!臆病風に吹かれてビビっちまったか?」
「ビビるも何も生きた心地がしませんよ」
「……とか言ってる割に余裕そうじゃねぇか」
見るとジョシュアは何か固形物を
「お前よくこんな状況で物が食えるな」
「だって兄貴が夜通し走るから腹減っちゃって……あ、これさっきの村で貰ったんですけど食べます? 兄貴も食べないと身が持ちませんよ?」
余談だが、ヴィルハイム騎士団では三回の食事と二回のお茶休憩の時間がある。
「いらん。それよりジョシュ、お前あの骸骨たちを見て気付いたか?」
「セルバの兵士の装備を付けてます」
「そうだ……魔王軍は殺した人間を操って戦わせると聞いていたが、まさか本当だったとはな……許せねぇぜ……!」
座りながら、ユリウスは怒りの拳を握る。
「エルランドが奴らに占領されたってことはセルバだけじゃねぇ、こっちの騎士も大勢殺されて操られてるに違いねぇ! そのうちヴォルトのおっさんも出てくるかも知れねぇぞ」
ユリウスのこの言葉に、平然としていたジョシュアはギョッとした。
「止めて下さいよ! 俺あの人苦手だったんですから! ……性格ガッチガチで訓練は厳しいし……。昔騎士団に入りたての頃、俺あの人に泣かされちゃったんですよ? セルバに遠征へ行ったっていうから平和になったと思ってたのに……」
「丁度いいじゃねぇか。ようしヴォルトの
「そんな殺生な!」
そんな話をしていると、ようやくセレーナが戻ってきた。
「……よかったですね、魔王様がセルバにてお会いになるそうです」
「ここに来るんじゃないのか? セルバならこっちも行きたいが遠すぎるだろ」
するとセレーナは呪文を唱え始める。たちまち目の前に魔法陣が現れた。
「どうぞ、セルバにつながる転移魔法陣です」
「何っ!? ……流石は魔王軍じゃねぇか。望むところだ」
ユリウスが驚いたのも無理はない。人間側では転移魔術の研究が禁じられていたため、一部のアイテムを除き使用を制限されていたのだ。『
(兄貴止めましょう、罠かもしれませんよ? 転移したら崖の真上とか……)
(お前にも帰郷の羽を渡しておく。一瞬でもヤバいと感じたら即使えよ)
セレーナに先に入れと言おうとしたが、既にその姿は消えていた。
二人は頷くと、魔法陣へと足を踏み入れたのである。
(……むっ!)
そして気が付くと、二人の目の前に大きな壁が立ちはだかっていたのだ。
「な、なんだっ!? ……あぁ、セルバの外壁か。兄貴、無事ですか?」
「あぁ、俺たち本当に一瞬でセルバに来ちまったみたいだな」
以前セルバに来たことのあった二人は周囲を確認し安心する。そして少し離れた場所に先程のセレーナと、もう一人似た格好の少女が立っていたのだった。
「ここからの案内はこの者が致します。それでは失礼」
「ちょっと待ってくれ、後でデート……。なんだよ、あの娘が案内じゃないのか」
消えるセレーナの姿にがっかりしていると、もう一人の黒い魔道衣に身を包んだ少女が近寄ってくる。少女はユリウスの態度に少し機嫌が悪そうだ。
と、ここでユリウスは少女の顔を薄布越しからまじまじと見始める。
「な、何でしょう!?」
「どうしたんですか兄貴?」
「……あれ、君さ。ず~っと昔にバルタニアで会ったことなかったっけ?」
「っ!!」
実は、この少女はソフィーナであった。同じ人間なら案内も
ヴィルハイム家の
会ったことが無いわけが無かった。
「人違いですっ! 私はセルバ出身の魔道士でセーラと申します!」
「……あ、そう」
「兄貴ったら相手が女の子だと見境無いんだから」
「そうじゃねぇよっ! ……まあ気のせいか」
うまくごまかせただろうか? ソフィーナはなんとか気を取り直す。
「……それでは今から魔王様のところへ御案内しますが、身体検査をさせて貰って宜しいですか? すぐに終わりますのでそのまま動かないで下さい」
言われ立っている騎士二人に対し、少女は手を前に出す。
暫く目を
「その鎧、魔法防御の細工が施されていますね。失礼ですが一度鎧を外しては頂けませんか?」
「そんなことまでわかっちまうのか。……うーん」
ユリウスは突然神妙な顔つきになると、辺りを見回した。
「俺は曲がりなりにも領主であり、ヴィルハイム家の当主だ。今は人が見受けられないが、外で装備を脱ぐのは流石に気が引ける。手数だが部屋を用意して貰えないだろうか? そこでなら鎧を脱ごう」
「……成程、わかりました。では一旦セルバの中にご案内します」
そう言ってソフィーナが合図を送ると、壁の小門が開かれる。
「今のセルバでは魔法が使えませんので注意して下さい。……小娘だと甘く
振り返り、釘を刺してくるエランツェル家の少女。
「安心しろ。騎士の名を汚すような真似は、例え魔王軍相手でもしないと誓おう」
ユリウスの言葉を受け、ソフィーナは壁の内側へと入っていく。
その後姿を見て、ユリウスはニヤリと笑みを作った。
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