アルムと玉座の魔王
次の日の朝。本日は魔王城にて報告会の予定があった。
アルムは朝早くから呼び出され、城内にあるラムダの私室へと足を運ぶ。
「本日は会議形式でなく、
「いつものやり方では問題でも?」
「そうではなく、魔王の威厳を保つための
「威厳って……。そんなことしなくても本人は威厳に
「お言葉ですがアルム殿。近頃の魔王様は大分威厳が損なわれている気がするのです。配下の者たちも魔王様に遠慮なく接している気が致しますじゃ」
「いいことじゃないか」
アルムの言葉にラムダの目が鋭く光る。
「……そのせいか、良からぬ噂が立っておりましてな……。何でも魔王様に
「っ!?……ぅ……ぁ……え、えと……」
アルムは一気に眠気が覚め、落ち着きがなくなった。
「まぁ所詮は噂でございましょう。とにかく本日は普段のシャリア様とは考えず、闇を
「…………承知しました、補佐官殿」
「うむ結構。では参りましょう」
二人は真っ暗な部屋を後にする。
「ところでアルム殿、城の主となることにご興味は?」
「……そろそろ許して頂けませんか?」
そう言えば以前ガーナスコッチの村で、魔王になったらどうだという話をされたことがあったな、と思い出すアルム。最近の話なのに遠い昔のように感じられた。
謁見の間に着くと何人かは既に魔王を待っていた。アルムも今日は玉座の横ではなく段下にて待機する。薄暗く弱い
そして待つこと暫く、小悪魔たちを従えた魔王が姿を見せたのだ。
普段見たことのない小さな黒いロングドレスに身を包み、頭にはティアラを付けている。威厳と言うよりは気品に満ちている感じだが、赤い目が闇で
(……本当だ。今日はいつものシャリィじゃないみたいだ……)
小さな魔王が玉座の前まで来た時、ふと目が合ったが慌ててそれとなく逸らす。
朝からラムダにあんなことを言われたせいか、つい意識してしまったのである。
(な、何考えてるんだ僕は! シャリィはまだ子供……。そういえばブルド隊長から聞いた話だと、僕よりも年上だったっけ? それなら……って! そうじゃなくて! )
「それでは謁見を始める。用のある者は前へ」
ラムダの言葉で我に返ると、ルスターク将軍が魔王の前に出る所だった。
「リザード部隊より魔王様に報告致します。
すると、シャリアは一考すると口を開く。
「……お前たちは十分に戦果を上げた。前線には骸骨共を送っている。今のうちに十分英気を養うよう兵に伝えよ。だが騎士団と剣を交える時は再びそなたらの力に頼らせてもらうぞ」
「ははっ! ありがとうございます!」
「負傷して戦いに出れぬ者もいるだろう。その者らは魔王軍のため尽くした者たちだ、
「魔王様……感謝の言葉もありませぬ! 早速兵たちに知らせます!」
ルスタークは深々と頭を下げ、謁見の間を出ていった。
(まるで普通に王様みたいだ……魔王だけど)
アルムが素直に感心していると、次にゴブリンリーダーともう一人のゴブリンが入ってきた。入るなり、いつもと様子が違うことを感じたか
「え、えとぉー、ほ、本日はーお日柄もよくー」
「……さっさと要件を申せ」
「は、ははぁ! 実はネズ公ども……じゃなかった、ビッグラット隊ばかりの活躍が目立ちますが、我々ゴブリンはいつ活躍できますか?」
「ほう、貴様らがそんなに働き者だったとは思わなんだ」
「い、いえ……えへへ」
ゴブリンリーダーは手もみしながら愛想笑いを浮かべている。
と、ここで隣りにいたゴブリンが声を上げた。
「魔王様ァ! 俺たち最近暇すぎて敵わねぇんだ! サイプロックスやトロールたちも家畜の世話や雑用ばかりで飽きたと言ってますぜ!」
「ば、ばっきゃろぉお前っ! 空気読めっ! ……へへへ、すいやせんどうも」
心細かったゴブリンリーダーは、仲間の中でも神経が図太そうな者を選んできたつもりだったが人選ミスしたようだ。魔王の機嫌をとろうと必死の平謝りである。
「使って貰いたくば時を待て。そうだな、ブルドよ」
と、ブルド隊長は突然の指名を受け驚く。
「はっ! 仰られる通りで! ……おいおめぇら! また戦場で手柄を立てたくば、今のうちにしっかり腕を磨いておけ! そうすりゃお鉢が回ってくるってもんだ! でかい奴らにもそう伝えておけ!」
確かにブルドの言う通り、今のブルド隊は結構重要な任務を任され続けている。なによりも大魔道士ラフェルを捕らえたのは彼らだったではないか。経験者が言うと重みが違うな、とアルムは思った。
「わ、わかりやした……はぁ」
ゴブリンリーダーは頭を下げると、部下とともに出口へ向かう。
(リーダー、今日の魔王様いつもと様子が違ってませんでした?)
(……お前、後で反省会な)
ゴブリンたちが出ていった後も謁見は続き、次々と申し立てのある配下が入って来ては、魔王が的確な言葉で対応していくのだった。
(一体どうしちゃったんだ? いや、これで良い筈なんだけど……)
ラムダに入れ知恵されたにしては随分と態度が
アルムがチラリと玉座を伺うと、小悪魔に注がれたジュースを余裕そうに飲んでいる。一方で配下たちはじっと緊張を続け、直立不動なのだ。
そしてアルムは気が付いた。
(……そうか! ラムダさんは魔王の威厳と言うよりも、皆に立場を再確認させ気を引き締めさせるためにこんな方法をとったのか!)
戦いが激化していく中、気を緩めれば敗北を招く。
それがいつ
(僕もしっかりしないと!)
「それでは次の者をここへ」
(あれ、おじさんたちだ)
扉が開かれてぞろぞろとやってきたのはドワーフたちであった。暫く城を離れていたアルムにとっては久しぶりだ。
ドワーフの四人は玉座の前までいくと、うやうやしく頭を下げる。
「魔王様、
するとシャリアは
「お前たちは我が配下でないのによく働いてくれている。
この言葉にドワーフたちは口々に喜び、それを見たアルムは申し訳ない気持ちとなった。いくら彼らの厚意で働いて貰っているとは言え、無理までさせてしまったと思い反省する。
ところが次にドワーフのミーマの口から出た言葉が、場の空気を一変させた。
「流石は魔王様、それを聞いて安心しましたわい。今後ともアルムのことを末永く宜しくお願い致します」
「ん?」
シャリアはミーマから何を言われたのか理解できなかった。アルムも始め意味がわからなかったが、去り際に
(ま、まさかおじさんたち……)
恐らく城内の噂を聞きつけ、何か勘違いしているのだろう。
「ところで式はいつ挙げるのかのう?」
「どんな服着ればいいか決めとかんと」
「ちと気が早くはないか?」
ドワーフたちが出ていった後、辺りからは押し殺した笑いが聞こえ始めた。
一方でアルムは恥ずかしさの余り、体を震わせながら下を向き、頭から爪先まで真っ赤となってしまう。
「……オホン、
「えっ!? あ!」
ここで一気に緊張の糸がほぐれ、謁見の間には明らかな笑い声が聞こえ出した。お調子者は勿論のこと、普段
赤面させていたアルムだったが、流石にこれにはカチンと来た。
(流れ読んでよラムダさんっ! それとも僕への当てつけか!? ……怒ったからな)
魔王の威厳のことなどもう知るかとばかりに、アルムは肩を怒らせながら前に出た。さっさと自分は仕事を終わらせ帰ろうと、持っていた手帳を読み上げる。
「それでは魔王様に報告しますっ! タルクの街についてですが、主導者を処刑したため早期に新たな主導者が必要ですっ! 案は二つありまして一つが民衆から選挙にで選出すること! もう一つはセルバ市長からの推薦で元領主の縁者に……」
やけくそになりながら報告を続けると、周りの者たちは流石に様子が違うことに気が付いて静かになっていった。
「……以上です! 魔王様はどうお考えになられますか!?」
答えられるものなら答えてみろ、とばかりにアルムは締めくくった。
無論シャリアは何も悪くない、完全にラムダや周囲の者たちへの逆恨みだ。自分だって馬鹿にされれば腹の立つことだってある、アルムはそう言いたかった。
そして、魔王の口から言葉が出た。
「……事情は飲み込めた。しかしいずれもお前に任せていることだ。お前の好きに対処すれば良い」
ほらみろ、答えられないじゃないか。自分だって頑張っている、こちらのことも少しは考えてくれとアルムは言いたかった。ところが……。
「一つ確認したいことがある。お前は何故そこまで人間の街に
一瞬、アルムはなぜこんな質問をされたのかわからなかった。
「確かにタルクはエルランドでも重要な街だろう。しかしそれは人間たちの勝手な都合に過ぎぬ。……よいか軍師、我らは平和の使者ではなく魔王軍である。人間の街の運用はその街の人間がする事。お前があれこれ手を貸す必要はあるのか?」
「タルクは
「それでも別に構わぬ。お前はまだわからぬか?」
「……え?」
アルムが見上げると、シャリアは足を組み頬杖をついて覗き込んだ。
「余はタルクがどんな歴史を歩んできたか興味はない。だが本来街というものは、人間が集まり成るべくして成るものではないか? それを部外者があれこれと
「え……?」
「お前が倒そうとしている異世界の勇者と同じではないか」
「っ!!」
魔王の言葉に、配下たちからざわめきが起こった。
「名誉軍師よ、今お前が
「……」
「確かに今のお前に何もかも任せきりでいることは否定できぬ。これからも苦労をかけるが一人で抱え込もうとするな。……余が言いたいのはそれだけだ」
「……ありがとうございます。お言葉を重く受け止めさせて頂きます」
他意は一切なく、アルムは素直に頭が下がると言葉が出た。……驚いた、まさか自分がシャリアへ何も言えなくなる日が来るとは! この様子を見たラムダ補佐官は
うんうんと何度も
(……今のシャリィになら聞いて貰えるだろうか?)
アルムは先日ソフィーナと話したことを思い出す。
「魔王様、一つお願いがございます。セルバで捕らえたラフェルの弟子、キスカのことでございます」
「キスカだと?」
「はい、実は……」
と、ここで謁見の間の扉が勢いよく開かれたのである!
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