ヴィルハイム騎士団の若獅子


 アスガルドの北方に位置するヴィルハイム騎士団領。高い山々が数多くそびえ、堅固けんこな自然の要塞を思わせるこの土地は、他領と比べて特異な歴史を歩んできた。それは人里離れた山向こうに、バーバリアン族が暮らしていたことにある。


 ヴィルハイム人とバーバリアン一族。双方は厳しい自然に囲まれた土地柄もあるせいか、互いに無用な戦いを避け住み分けてきた。しかし先代ヴィルハイム領主の代になってから状況は一変し、一気にその距離は縮まり交流が深まったのである。

 先代ヴィルハイム領主は蛮族の自治を認めこれを王都へと提出。自分たち人間と同等の一種族であるとし、希望者にヴィルハイムの永住市民権を与えるまでの厚遇こうぐうぶりであったという。

 一方でバーバリアン自治区側では、逆に山で暮らしたいという人間や商人などの来訪を歓迎した。山奥と街を容易に行き来できる道が開拓され、彼らの生活水準は日増しに向上していったのである。


 ヴィルハイムとバーバリアン自治区。親密となった二つの関係は現ヴィルハイム新領主であるユリウスの代にまで存続している。


 さてその新領主だが、地方の村で起こった問題の視察のため、城の外へとおもむいていた。

 その帰り道、配下の騎士たちと馬を連ねていた時のこと……。


(……謎の奇病か。医者の話だと調査が必要とは言っていたが、原因が掴めないんじゃなぁ……。まったく次から次へと問題ばかり起きやがって……)


 天は我を見放したもうたか。神の加護である神具「最強の盾」は今も自分の背中にあるというのに。魔物を倒すことならお手の物だが、原因不明の問題ともなるとすぐには解決できない。神は万能ではないという言葉があるが、あぁこういうことなのだなと思った。


 森を抜けて開けた場所に来ると、ヴィルハイムの城下町が見えてきた。


「ユリウス様! あれは我が軍の騎士では!?」


 言われ前方を見るとこちらに走ってくる騎馬が。それを見てユリウスは、なにかまた問題ごとが増えたなと直感した。


(あぁ、神よ。俺はこれ以上試練なんざまっぴらだぞ、誰かに分けてやってくれ)


 騎乗しこちらに向かってくる者を待っていると、配下の一人のジョシュアであることがわかった。ジョシュアは少し年の離れた幼馴染おさななじみであり、ユリウスを兄としたっている若手の騎士である。


「兄貴! 城内で喧嘩けんかが起こり止められません! すぐに戻って下さい!」

「またかよ……勝手にやらせとけ。ちなみに誰と誰の喧嘩で原因は何だ?」


 やる気なさげなユリウスに対して、ジョシュアはいつもと様子がおかしい。少し丸い体格で愛嬌あいきょうすら感じる顔が、険しく青ざめているのだ。


「原因は一言では話せなくて……とにかく大勢巻き込んだ乱闘になりそうです!」

「なんだと!? そいつは穏やかじゃねぇな!」


 すぐさま馬をかし、城へと向かう騎士たち。

 ユリウスが城へ辿り着くと、既に乱闘は始まり大騒ぎとなっていた。


「おい!! お前らめねぇかっ!!」


 声を張り上げるもこの騒ぎ、近くの数人にしか聞こえない。


「俺が止めろっつってんのが聞こえねぇのかぁ──っ!!!」


 ユリウスは背中から最強の盾を取ると地面に勢いよく叩きつけた!

 すると小さな地割れが起き地面が大きく揺れたではないか。これまで騒ぎを起こしていた騎士たちは、突然の地響きに驚き動きを止める。因みに城内の厨房や付近の民家へも揺れが伝わり食器が落ちるという被害が出たが「あぁまたか」と慣れたものであったという。


「俺が居ない間になんたるザマだ! 騎士が頭まで固くなっちまったら終いだぞっ! 一体この騒ぎの原因はなんなんだ!?」


 大勢の騎士の前でしかりつけるユリウスだが、誰も反省の色を見せずに険しい表情のままである。古参の一人であるバーバリアンの騎士が前に出た。


「若、先日エルランド領のタルクから救援要請があったのをご存知でしょう?」

「それは断り、お前たちには待機命令を出した筈だぞ!」


 エルランド領が魔王軍の侵攻を受け制圧されかけていたことは、騎士団の耳にも入っていた。タルクから使者が来て救援要請を受けたユリウスだったが、今から行っても間に合わないだろうという判断を下す。なにより勇者ノブアキとの約束のこともあり断っていたのである。


「……ですが若が城を出た後、我々が止めるのを聞かずにバッチカーノ殿が配下を引き連れタルクへと向かったのです。領境付近で魔王軍と遭遇し、騎兵たちに被害はありませんでしたがバッチカーノ殿は重症を負って戻って参りました……」


「なんだと!? あのとっつぁまが!?」


 老将バッチカーノはヴィルハイム騎士団でも屈指くっしの手腕を持つ騎士で、騎士団の中では誰からも信頼されていたごうの者である。今や一人前となったユリウスからも「一生かかってもかないそうにない」とまで言わしめたほどの人物であった。


「若の命令であっても、魔物に襲われる民を放ってはおけなかったのでしょう」


 するとバーバリアンの騎士に呼応するかのように、他の騎士も声を上げる。


『セルバへ遠征に出していたヴォルト師団も帰ってきてはおりません。若、どうかご決断を! エルランド領への出撃許可を下さい!』

『このままくすぶっていては魔王軍がいつ侵攻してくるのかわかりませぬぞ! そうなれば我が領の民も被害を受けることになります! ご決断を!』


 口々に声を上げる中で、一方の騎士たちは反論する。


『無闇に魔王軍へ威力を掛けるなどもってのほかだ! 既に領境付近の村や街には守備隊を派遣はけんしているだろう!』

『今エルランドに攻め込めばそれこそ無益な血が流れ、民を混乱へとおとしめるだけだぞ! 貴殿らにはユリウス様のお考えがわからないのか!?』


 再び言い争いを始める双方に、ユリウスは堪忍袋のが切れた。


「お前らはいつまでもそうやって内輪うちわめしてろ! それこそ魔王軍の思う壺だ!」


 一人馬へ飛び乗ると、騎士たちの止める声を無視して城を後にした。


 そして、やってきたのは老将バッチカーノの居城であった。自分の命令を無視しエルランドへ出向いたことにがっかりしつつも、傷を負ったことへの心配が勝る。ユリウスにとってのバッチカーノは義父であったダムドと共に、騎士道の良き師でもあったのだ。

 挨拶もそこそこに老将の寝室へと向かうユリウス。侍女の話によれば命に別状はないとのことだ。さて怒鳴りつけてやろうか、それともからかってやろうかと考えながら部屋の戸を開けた。


「とっつぁま! 勝手に飛び出して不覚をとったそうじゃねぇか!」

「……若!?」


 部屋に入るとバッチカーノは医者に見守られる中、横になっていた。


「──っ!!」


 そして、その姿を見るなりユリウスは目を疑った。包帯を巻かれた老将の片腕が明らかに短く見えたからである。若き獅子は一瞬立ち止まったが、複雑な表情浮かべながら歩み寄った。


「……今、二人きりで話してもいいか?」


 この言葉に医者は一礼すると部屋を出ていく。見届けた後、老将の横に座った。


「……らしくないぜ、とっつぁま。一体何があったんだ?」

「弁解もありませぬ。若の命を無視し、部下を危険にさらし、おめおめ生きて帰って来た次第です」


 年を感じさせず覇気に満ちあふれていた剛の者が、今日ばかりは老いて見えた。


「俺はあんたとダムドの親父から全てを教わった。だからわかる、詰まらねえ感情から飛び出した訳じゃねぇな。『まず自分の目で』確かめようとした、違うか?」


 自分がユリウスに教えたこの言葉に、老将は目をつぶうなずく。

 そして、起こった出来事を語りだしたのだ……。



 バッチカーノはエルランドに入ろうとしていた訳ではなかった。領境付近の様子を二十人余りの部下と共に視察へと出向いていたのである。


 そしてヴィルハイムの関所を出て少しした場所に、それはいた。

 始めはエルランド側から逃げてきた人間だと思った。だが人影は一人しか見当たらず、どうも様子がおかしい。近づいてみると黒い服を着た幼い娘のようだった。


 バッチカーノは娘を脅かさないよう部下たちを待機させ、一人馬に乗って近づくと声を掛けたのだ。


『儂たちはヴィルハイムの騎士だ。お嬢さん、どこから来なさったのかな?』


 すると幼い娘は表情一つ変えずに馬上を見上げる。


『馬から降りよ。百年も生きぬ人間風情が無礼であるぞ、小僧めが』


 度が過ぎた子供の戯言ざれごと。どこか気品すら漂うその姿から見るに、身分の低い家の子供でないのは確かだ。老将は黙って馬を下りると再び娘を伺い、ギョッとした。


 その手には見慣れぬ形状の曲刀が握られていたからである。


『この先を通りたくば命を置いていけ。後ろにいる貴様の手下共にもそう伝えよ』

『……お嬢ちゃん、悪戯いたずらにしては過ぎるぞ。誰か大人はいないのか?』

『まだ言うか、面倒な奴だな。耄碌もうろくしたお前でもこれを見ればわかるか?』


 そう言って娘が手を上げた時だった。地面から大勢の骸骨兵たちが現れ出したではないか。後ろで待機していた騎兵たちも、事態に気付いた様子だった。


『来てはならんっ!!手を出すな!!』

『ふむ、そうだな。騎士は一騎打ちを好むと聞いた。貴様は余の相手を致せ』

『なんだと?』

『折角戦が始まったのに優秀な配下に恵まれてしまい暇を持て余していたのでな。余に勝つことができれば貴様の手下は見逃してやろう』


 段々と、老将は娘の正体がわかってきていた。意を決し、盾と槍を構える。


『……今の言葉に偽りはないな? この年寄り、娘とて容赦ようしゃはせぬぞ』


『余の半分も生きておらぬ分際で意気がるなよ? 余は魔族の王、シャリアだ!』



 ユリウスはバッチカーノの話が終わるまで、食い入るように聞いていた。


「その餓鬼は確かに魔族の王と言ったんだな!? ……それで、どうなった!?」

「……足元のそれを見て下され」


 言われ足元を見ると何か金属の板が置いてあった。不思議に思い拾い上げると、それがバッチカーノの愛用していた盾の変わり果てた姿であることがわかった。


「なんだこりゃ!? 盾がこんな風に斬られたってのか!? あり得ねぇぜ!?」

「……その気になればこの老体ごと真っ二つにもできたでしょう。情けないことに気を失わせられた後、部下に投げて寄越されたそうです」


(とっつぁまが手も足も出なかったってのか……)


 言葉も出ないユリウスに、バッチカーノはベッドの上から頭を下げた。


「……若、今回のことで儂は死罪となるでしょう! ですがどうせ死ぬなら魔王軍と戦い死にとうございます! 罪は着たままで結構、決死のおとりも喜んで引き受け致します! 勝手をした身ながらどうか刑でこの年寄りを殺さないで頂きとう存じます!」


「……ならば騎士バッチカーノ、貴公には傷が癒えるまでの謹慎処分を言い渡す。また俺の命令を破れば、今度は配下にも迷惑がかかるから心して受けるがいい」

「わ、若っ!」


 ユリウスは少し気取って敬礼すると、部屋を出ていった。



「兄貴っ! 勝手に飛び出さないで下さい! 皆が困惑しています!」


 城の外にはジョシュアがいた。後を追ってきたのだろう。


「言うことを聞かないバカどもはまとめてお留守番だ! 放っておけ!」

「お留守番……? これからまたどこかへ行かれるんですか? まさかっ!?」


 まさかこれから魔王軍のところへ行こうというのか!?


「ああそうだ、止めるんじゃねぇぞ」

「で、でもお一人でですか!? いくらなんでも無謀過ぎです!!」

「どうしてもこの目で見なきゃ気がすまねぇんだよ。その魔族の王ってやつをよ」


 こうなってしまっては誰も止められないことを、ジョシュアはよく知っていた。


「兄貴がそう言うなら、俺は勝手についていきますからね」

「おい!?」

「止めないで下さい。これでおあいこでしょう?」

「この野郎……死ぬんじゃねぇぞ、絶対だからな?」

「兄貴こそ、何かあったら俺に構わず逃げて下さいね」


 騎士団の若き獅子らは馬を駆り、ヴィルハイムの城とは反対側の方へと走り去るのだった。

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