第十一話 キスカ、彷徨いし心
待ち人、今日も
エルランド領タルクの街では昨日から雨が降り続いていた。
元々雨が多い土地柄ではあったが、時期外れにしては随分と長く続くものだ。
バタン
魔王軍の会議を終えたアルムは、与えられた自室へと戻った。どうやらもう暫くこの街へと滞在することになりそうだ。次に攻め込むのはヴィルハイム騎士団領。協議をよく重ねるに越したことはない。
「……」
荷物を床に置くと誰も居ない部屋を見渡す。本来ならもう一人居るはずの同居人へ用意した小さなクッション。今日も使われた形跡は見当たらない。
(……セス)
ベッドへ腰を下ろし、一人思いに
今こうしている間も、部屋に居ながら気配と姿を消しているのかも知れない。
そう思ったアルムは見えない相手に言葉を投げかけることにした。
「……セス、お願いだから姿を見せてくれないかな。君にそんな態度をされ続けていたら、流石に僕も辛くて寂しいよ……」
答えは返って来ない。
「…………君に誤解を与えてしまったことを反省してるんだ。……なんていうか、うまくは言えないけど……あれはそんなつもりじゃなかったというか……自分でもなぜあんなことをしたかわからないんだ……言い訳にしか聞こえないけど……」
それでも、アルムは続ける。
「……また君と一緒に居れるために、僕はどうしたらいいのかな……。どうすれば君は出てきてくれるかな……僕にはわからないよ……」
ここまで言ったところでアルムは諦め、溜め息をつくと横になってしまった。
一方でセスは、アルムの部屋のある建物の屋根の上にいた。座り込み雨に打たれながら、アルムの言葉を断片的ではあるが耳にしていた。
(……あたしだって……)
本当はアルムとの仲を取り戻したかった筈である。切っ掛けを待っていたところ逆に機会を逃し、また離れてしまうことの繰り返しだ。
(……あたしだって、もうどうしていいのかわかんないよっ!)
一体何と言ってどんな顔をしてアルムの前に現れればいいのか、セスには仕様が無くなっていた。只々自分の胸を締め付ける未知の感情から押し潰されそうになるのを堪えていることしかできなくなっていた。
やがて
アルムの部屋がある建物とは別の場所で、ソフィーナは一人本を読んでいた。
魔王城にあった異世界の本は持ち出しが出来ず、この街にあった本を購入しては読み漁っていたのである。もちろん英知の杖を大魔道士ラフェルに与えたとされる神「ゼファー」に関する本だ。
(……だめね、どの本も書いてある内容が同じだわ。どうしてかしら?
その時、窓の外で小さな物音がした。
(……? 何かしら?)
外はまだ雨が降り続いている。風が強くなってきたのかと窓に寄り、そこで何かを見つけた。
「先生!」
窓の隅へ寄り掛かるように腰掛けていたセスを見つけ、ソフィーナは慌てて指で小突く。すると向こうも気付いたようでこちらを向いた。
「ずぶ濡れじゃないですか! 風邪をひきますよ?」
中に入れ、やわらかいタオルでセスを包む。しかしセスの方は何も言わず、ただ無言で下を向いているだけだった。
そしてソフィーナの方も訳を聞かなかった。魔王城での噂を小耳に挟み、アルムとセスが不仲となっていることを知っていたからである。
二人との出会いは最悪で、セスに至っては憎まれ口まで叩かれたことを、今でもよく憶えている。二人の付き合いは長いのだろうなと感じていたのだが……。
「今、温かいお茶を入れますね」
できるだけ小さな
セスは黙って温かい器に近づき触れる。
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