ただ一途に、人間として


 陽の光すら届かない大森林の奥地。勇者ノブアキと僧侶アルビオンは、結界の中き火を囲んでいた。


「…………」

「…………」


 五人もいた魔法使いの女の子たちは一人もいない。

 始めに遭遇そうぐうした魔物との戦いを二次試験にしたところ、全員不合格となったからだ。


 奇怪な魔物の姿を見るなり、まず二人が逃げ出した。

 もう二人は戦いを挑み、攻撃した。

 残りの一人は何もしなかった。


 結局、現れた魔物は勇者会心の一撃により、その姿を消したのだった。


「アル、どうして私が彼女たちを不合格にしたか理解できるかね?」


 燃える炎をじっと見つめながらノブアキは問う。


「まず戦いを挑んだ二人ですが、はっきり言って無謀むぼうです。未知の相手と遭遇していきなり攻撃を仕掛けるのは愚者のすることでしょう。何もしなかった者は論外。逃げた二人が正解に近いですが、戦意を喪失そうしつしてしまっては元も子も無いですね」

「パーフェクトな回答だ、流石だな」

「褒めても何もありませんよ。それより仲間はどうするんです? 魔法使いが欲しいなら始めから魔法アカデミーでつのれば良かったのでは? 」

「……それは、無理だな」


 そう言ってノブアキはまきべた。


「魔法アカデミーの魔道士たちは実戦向きじゃない。中にはコネで入っている者もいる。なにより大魔道士ラフェルという大黒柱を失った今、アカデミー内は混乱の最中さなかだろう。我々が出向くことで新たな混乱を生み出しかねない」


「……と言うのは建前で、魔法アカデミーに好みの女性がいなかったとか、そんな理由じゃないでしょうね?」

「バレたか、流石だな」

「貴方って人は……」

「はっはっはっ、 いくらなんでも冗談だ」


 ノブアキの女好きは今や大陸全土へ知れ渡っているほどに有名だった。この男、どこまでが本気なのかアルビオンでも見当付かない。


「でもアル、君だって男だろう? 女の子にモテたいとは思わんのか?」

「思いませんね。それに私は僧侶ですよ?」

「その前に一人の男だ、違うか?」

「それでも思いませんね。……想いを寄せる相手は一人いれば、それでいい……」


 するとノブアキはゴロンと横になる。


「いい機会だ、聞かせてくれないか?」

「嫌ですよ、詰まらない話です。話しても仕方ありません」

「仕方なくはないさ。ラフェルの行いを見ぬ振りするほどの事だ、興味がある」

「…………」

「何を聞いても君を責めたりしないよ、君は私の仲間だからな」


 こう言われ、アルビオンは諦めたように小さな溜め息をつくと語り出した。


「……もう四十年近くも昔、私が聖職者となる前の話です。隣の家に年上の女性とその家族が住んでいました。彼女はとても美しく、誰にでも優しい人でした……」

「初恋、というやつか」

「勇気のなかった私は想いを伝えるどころか、そばに住んでいるのに離れて見ていることしか出来なかった。怖かったんですよ、想いを伝えることで今の全てを失ってしまうことが……。そこまですることかと自分に言い聞かせ、諦めていました」

「……成程な」

「結局私は彼女の前から去ることにしました。旅立ちを決意し、村を出ようとしたあの日に、彼女は私との別れを惜しんでくれたんです。それだけでも私は涙が出るほどに嬉しかった……」


 争い事が好きではなかったアルビオンは神学に興味を持ち、聖職者としての道を歩み始める。神学部門で頭角を現した彼は、ずば抜けて優れた記憶力といつまでも変わらぬその姿から、奇跡の存在とまで噂された。将来も確立されたかに見えた。

 だがそんな中、アスガルドに魔王が現れた。神託しんたくを受け「真実の目」を手にしたアルビオンは、真っ先にノブアキの元へとさんじたのである。


 大陸各地で争いが激化する中で、ついに勇者たち四人は魔王城へと辿り着いた。しかし魔王城を守る強力な結界は、四つの神具や魔黒竜の力を持ってしても破れなかったのである。


 仕方なく魔王城のあるアプサラス島から引き返したところ、アルビオンは衝撃の事実を耳にすることとなる。昔自分の住んでいた村が魔物の襲撃を受けたという。


「既に村は壊滅状態でした。奇跡的に彼女は生きていましたが、その家族は助かりませんでした……。そればかりか彼女は失明してしまっていたのです……」

「……なんということだ」


 それから間もなくのこと、最後の神具を手にした謎の女性「術士ルシア」が突然現れた。ルシアを加えた勇者たちは再び魔王城へ挑み、魔王ヴァロマドゥーを倒すことができたのである。


 魔王は倒した、しかし失った人間は帰ってこない。

 想い人の失った目も、今の魔法や医学では治療に限界があったのだ……。


「……それから僕は神を恨みました。何故もっと早く神具を持つ者を選んで下さらなかったのかと……。どうして彼女から家族と光を奪ってしまわれたのかと……」


 その後、聖職者教会から多くの支持を受けたアルビオンは法王の座へついた。

 まず彼の行ったことは、アスガルド復興ふっこうのためとしょうし、農業の促進そくしんはかること。しかし裏では最後まで力を貸さなかった神々への弾圧を行い始めたのである。

 恨みの矛先は三柱だけに留まらなかった。最後に力を貸したとされる豊穣ほうじょうと愛の女神「レナス」にまで逆恨みは及ぶ。姉妹神であるファリスとの仲を引き裂くために行ったのが、ガーナスコッチ地方への奨励金未払いである。


「君がラフェルの研究に目をつぶっていたのは、復讐の意味だけではないな? うまくいけば想い人の目を治すことができるかもしれない……そうだろう?」

「……その通りです。……聖職者にあるまじき行いです、私を軽蔑けいべつしましたか?」

「いや、さっきも言った通りだ。それにな」


 ひょいとノブアキは身を起こし、焚き火越しにアルビオンの顔を見た。


「……安心したんだ。アルが思ってた以上に人間らしくてな」


 こう言われたアルビオンは思わず目を丸くし、驚いた。


「おっと勘違いしないでくれ。君が余りに人間離れしていたことを言っているわけじゃない。君が他の人間と同じ様に、大切な誰かが居て、過ちを犯し、それを隠し通そうとしていた……。それが実に人間らしくて、うらやましいとも思ったんだ」


「……何をそんな、貴方だって異世界から来た以外は人間でしょう?」


「まあな……だがそれが、思った以上に私から人間らしさを取り上げている。もうこの世界に来て三十年は経った筈だが、他人を特別に思うことが出来ないんだよ。今でもここは自分と無関係の世界……そう考えてしまう。罪の意識さえ感じない。だからラフェルの冒涜ぼうとく的な研究も止めなかった……」


「元の世界に帰りたいとは」

「思わない。むしろ帰る日が怖いんだ……それに……」

「それに?」


 ノブアキは口から言葉が出かけたが、寸でのところで止めた。言葉にすると幻のように消えてしまうような、そんな気がしたからだ。


「ずるいですよ、私は話したのに」

「ははは、すまん。……でも君だって全てを話してくれたわけじゃないだろ?」

「……」


 ……なんでわかってしまうんだ、やはり恐ろしい人だとアルビオンは思った。


「仲間同士でも隠しておきたいことくらいある。それにこれ以上君から何か聞いてしまったら、君が居なくなってしまう気がしてな。だから聞かないよ」

「……私は居なくなったりしませんよ」

「そう願いたいね。……これからも仲間で居てくれよ、アル」

「勿論ですよ」


 仲間で居てくれ、この言葉にアルビオンは深い意味を感じた。ノブアキは今まで別れを幾度とも繰り返してきている。勇者でありパーティのまとめ役である以上、その悲しみは人一倍大きいのだろう。


 何より別れたうちの一人は、同じ異世界から来た幼馴染おさななじみだったではないか。


「……さてと、野宿しようと思ったが帰ることにするか」


 そう言って急に立ち上がるノブアキにアルビオンは驚く。


「折角奥まで来たのにですか? ルシアはどうするんです?」

「この森は余りに特殊過ぎる、まるで我々を拒んでいるかのようだ。君の神具すら先を示してくれないのではお手上げだよ。ルシアとはまたどこかで会えるだろう」


 そう言って帰郷ききょうの羽を取り出し、帰還を試みる。


「砂上走行車には戻らないのですか?」

「いや~、格好つけて女の子たちを先に帰してしまったからね。サンドトラックはもう砂漠の真ん中を走っているだろう。……ところで最後の登録場所セーブポイントはどこだったか憶えているかね?」

「……以前『サマラニアの街』を一緒に訪れたでしょう? 多分あそこですよ」

「オーマイガーッ!! 大陸のはしじゃないかっ!!」

(……やれやれ)


 溜め息と同時に笑みもこぼれる。


(どこへだって一緒に行きますよ……『仲間』ですからね……)


 自分が最も人間としていることができる、きずなというものである限りは……。


第十話 人間として生きる   完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る