大陸の果てを望めば


 魔王城で報告を受け、タルクの街に着いたアルムは教会の中にいた。今から戦後処理における申し開き行う予定なのだ。


(教会で行うことに何かこだわりでもあるのか……?)


 今回、この場にいるのはアルムだけではない、戦いに参加したルスターク将軍やブルド隊長、指揮官を務めたソフィーナの姿もある。ルスターク将軍は何やら不服そうだ。そして肝心の魔王は現れない。


 ようやく現れたのはラムダ補佐官であった。


「あー、魔王様は遅れて参りますのでアルム殿、貴殿が途中まで進めてくだされ」

「ぼ、僕が?」


 セルバの時はないがしろにされたのに、今回は自分へ丸投げだというのか。に落ちないながらも、アルムは申し開きの場を仕切ることとなったのだった。


「わ、私は今まで魔道士ラフェルから多額の上納金を払うように強要されていたのです! 身内を酷い目に合わせると脅されてしまって、ヨヨヨ……。この街を捨てて逃げ出そうだなんてとんでもない! 何かの間違いでございます!」


(こいつがこの街の実権を握っていた豪商ごうしょうドルか……)


 どこまで本当かはわからないが、話が嘘だらけなのは体格を見れば明白めいはくである。尋問じんもんしてもまともな返答はしてこないだろう。後でゴーストたちを憑依ひょういさせ、自白させるのが最良か。

 問題となったのはドルの雇っていた私兵や傭兵たちである。彼らはドルに従っていた者たちだ、無闇に解放はできない。ましてや傭兵など即座に処刑するのが定石じょうせきである。現にドルを捕まえた者以外は逃げ出そうとしていたと報告にあった。


(とりあえず今は牢屋に入れておくのが無難ぶなんか……)


 人を裁くというのは何と難しいことだろう。できれば処刑宣告をしたくないが、彼らを野放すことで新たな事案が起こることは、アルムも十分に理解していた。

 その点シャリアはわかりやすい。細かいことは気にせずに、不要とわかれば処刑するだけだ。そんな彼女を改めて凄いと感じ、ある意味でうらやましいと感じた。


(闇魔道士たちに頼んで命に関わらない毒薬でも作って貰うかな。……それよりも困ったのはこの街の町長だ。一般市民による投票で決めようか、それなら……)


「待たせたな」


 と、申し開きがほとんど終わったところで魔王の登場である。

 設けられた玉座に座るのを確認し、アルムは一礼して下がろうとする。


「ご苦労、そこに居て構わぬ」

(え……?)


 これは意外だった。相変わらず目を合わせようとしないが、確かにアルムをねぎらいそこに居ろと言ったのだ。……もしかすると嫌われていたわけではないのか……?


「さて、報告は粗方あらかた聞いた。此度こたびのタルクの制圧、実に大儀であった。……して、指揮を務めたソフィーナよ」


「はい」


 呼ばれてシャリアの前にひざまずいたソフィーナは、ネクロマンサーのセレーナ同様、黒い魔道士の衣装に身を包んでいた。彼女ほど際どくはないが、黒いストッキングが何とも大人びている。帽子から下がった薄地うすじ黒布くろぬのが顔を覆っていた。


「報告は聞いた。貴様はまた召喚魔法を使い、幻獣フェンリルフロージアを呼び出したそうではないか。事実か?」

「事実でございます」


 アルムはドキリとした。

 召喚の大魔法は使わないと会議で言った筈なのに!


「それだけではない。ルスタークのリザード部隊を背水に立たせ、街を攻め込ませたと聞いた。これも事実か?」

「……事実です」


(えぇぇ!?)


 とんでもないことである!アルムは次第に顔が青ざめ、そして察した。

 シャリアはこの場でソフィーナを斬り捨てるつもりだ!

 だから先程自分に「ここに居ろ」と言ったのだ、自分へと見せつけるために!


(……どうしよう……いや、止めないと!)


 だが一体なんと言って止めればいい? ソフィーナの行動は明らかに軍律違反だ。

 かばった自分はどうなる? 一緒に斬り捨てられるのか? しかし見過ごせない!


「……あ、あの……魔王さ……」


「ぷっ! ははははははっ!!!」


 突然建物内に響く魔王の笑い声、一同は驚きを隠せなかった。


「……実に良いっ! 何とも魔族らしき采配さいはいではないか! ソフィーナ、お前に指揮を任せて正解であった! 褒めてつかわす!」


「あ、ありがとうございます」

「また機会あればお前にたくすやも知れぬ。その時はどこぞの名誉上級軍師とやらもお役御免であるな。今後ともはげむが良い」

「……はっ!」


(…………)


 アルムの頭の中で「ガーン」という音が鳴り響く。魔王がこれまでになく上機嫌となる中で、申し開きの場は解散となった。


 その後、豪商ドルはゴーストに憑依されて自白を強要されることになる。やはり申し開きの大半が嘘で、とんでもない人物であることがわかったのだ。

 親密な関係者の名も聞き出す事に成功した。セルバに居た者や騎士団領に居ると思われる人物が上がったのだ。それだけでなくセルバから運ばれて来たと思われる罪人を、賄賂わいろを受け取る代わりにヴィルハイム騎士団領へ運ばせていたことも確認できたのだ。


(強制労働させられている人たちはヴィルハイムに? 騎士たちがそんな真似をするとは思えないけど……その辺りは何か事情がありそうだな)


 そして用済となったドルは大勢の見守る中、西側壁上部通路へと立たされた。


「ひぃぃぃ! お、お助け下さい! 魔王様のためなら何でも致しますぅぅ!」

「……貴様は逃げようとしていたらしいな、助かりたければ余に魂を売ることだ。これは異世界の爆弾で『ダイナマイト』と言うらしい。これを街へ投げ込めば命は助けてやっても良いぞ?」


 ドルに小さな筒を渡すシャリア。下に集まっていた市民らはこれを聞き、悲鳴を上げて逃げ出し始めた。


「さあやれ! 人の道を捨て、悪魔となれ!」

「はいぃぃぃ! いきますよ! そぉい! ……っ!? ひあぁぁぁぁぁぁ──!?」


 筒を投げ込もうとしたところでシャリアから蹴飛ばされ、ドルは落ちていった。


「……なんだ、まりのように跳ねるかと思った。詰まらぬ」


 こうして豪商ドルは処刑されたのだった。


 この時、アルムは処刑には立ち会わなかった。苦情苦言の嵐に対応していてそれどころではなかったのである。

 まずブルドから試作無反動砲の件についてとがめられ、以後このようなことが無いように言われてしまった。


(僕が全部悪いわけじゃないのに……)


 続いてルスタークからは、ソフィーナの件について苦言を聞かされた。たまたま今回は作戦がうまくいったが、以後もソフィーナが指揮を執るのでは、命がいくつあっても足りない。アルムの方からもシャリアに言っておいてくれと要求された。


(なんだか胃が痛くなってきた……)


 理不尽な事だらけだ、軍師とはこういうものなのかも知れないが……。

 しかし自分がシャリアと話せなかった事に原因があるのも否めない事実だ。


(今日は機嫌が良さそうだった。シャリィと話せるのは今日だけかも知れない)


 このままでは流石にいけない。そう思ったアルムはタルクの街中へとシャリアを探しに出たのであった。


 改めてタルクの街中を訪れたアルム。エルランドの玄関口であるこの街はセルバほどではなかったが、それなりに栄えていたことがうかがえる。但し、魔王軍の駐屯ちゅうとんする今は成りを潜め、バザールなどはもよおされていない。

 時折ドルの私兵であったと思われる残党が、リザード兵や骸骨兵に捕まり連れられている姿が見られた。破壊された南壁には魔王城からサイクロップスが呼ばれ、デンとその巨体を居座らせている。後日彼らに壁の修復を手伝わせよう。


 治安維持のためとは言え、なんだかんだで結局は転移魔法陣を使用してしまっている。魔王城の魔力は大丈夫だろうか……。


(市民に自治権を渡すためにも、はやく町長を選ばせないとな。そのためには暫くこの街へ滞在することにはなりそうだけど……)


 考え事をしながら歩いていると、見知った顔に出くわし声を掛けられた。


「はぁい、アルム君」


 誰かと思えばハルピュイアのサディとメサだった。翼を仕舞い、手には店で購入したであろうアイスクリームが握られている。見回りという名のサボりである、と言うか、彼女たちは寒さに強いのだろうか?結構寒いと思うのだが薄着であった。

 

「一人で歩いてると刺されちゃうかもよ? さっきナイフ持って飛び出してきた奴、うっかり殺しちゃった。キャハハハッ!」

「……できればやめてね。あ、そうだ二人とも。魔王は見なかったかな?」


 この言葉に、二人は顔を見合わせるとニヤ~と顔を近づけてきた。


「……ふ~ん?」

「な、何?」

「……べっつにぃ。魔王様なら北の壁の上に居たよ」

「本当? ありがとう! 助かったよ!」


 お礼を言って別れようとした時、後ろから声が。


『がんばってね~! 時期魔王城の当主様っ!』

『やだも~!止めなったらっ! キャハハハッ!』


(な、なんだ?)


 どうも先日から彼女たちの自分に対する態度がおかしい。まぁ元々あんな感じではあったなと思いながら、アルムは北の壁へと向かうのであった。


 北壁上部通路に着くと小さな人影を見つけ、アルムは一安心する。シャリアだ。まだここに居てくれたようだ。まるで黄昏たそがれれるかのように寄りかかり、北へ広がる山々と大地を眺めていたのである。


(なんて言おうか……)


 脅かさないように、かつ自然な感じを心掛けながら、アルムはシャリアへと近づく。いろいろ考えた末、素直に頭を下げたほうがいいだろうという結論に至った。

 緊張しながらそっと近づき、声を掛けようとしたところで、意外にも向こうから声が掛かったのである。


「……ここはセルバとはまた違った眺めだ。こういった眺めも悪くない」

「……そう?」

「気の利かない反応だな。余に話があるのだろう?」

「あ、う、うん」


 一呼吸置くと、アルムは深々と頭を下げた。


「……この間は、ごめん! ……あんなことするつもりじゃなかったんだけど……」

「…………」

「……君に不快な思いをさせてしまったことを謝るよ……どうか許して欲しい」

「…………」


 するとシャリアは小さな溜め息をつき、アルムの方を向いた。


「……そのことならもう気にしておらぬ」

「……許してくれるの?」

「そうせざるを得まい。このままお前と何も話せなければ問題だ。……それにもう手遅れであるからな」

「手遅れ……?」


「あの晩、部屋を覗いていたのはお前のとこの妖精フェアリーだけではない。ハルピュイア共にも見られていたのだ……もう魔王軍中で噂になっている」

「う…………」


 先程の二人はそういうことだったのか!

 シャリアはアルムに近づくと、顔を覗き込むようにして見上げた。


「……お前がどうしてあのような行為に及んだかは知らぬ。だが爺に聞いたところ好意を持った年頃の男女はあの様な振る舞いをするようだな。もっともも爺からは『今は手を繋ぐ程度にしておけ』と言われたが」


「ラ、ラムダさんに言ったの!?」


 思わず後ずさるアルムだが、シャリアは真顔で続ける。


「とはいえ余がお前に好意を持っているかどうかは別の話だ。例え持ったとしてもこの幼体ではまだ何もすることができまい……お前はそう考えていないようだが」

「え……」

「今回のことで貴様が趣向しゅこうのあるケダモノであることがよく理解できた。やはり貴様は何を考えているのかわからぬ、色々と危険なやからだ」

「ち、違うよっ! そんな趣味とかないからっ!! 誤解なんだって!!」


 慌てるアルムを見ると、シャリアはニヤリと笑みを浮かべて向こうを向いた。


「まぁここで暫く景色でも眺め、その頭を冷やすのだな。何にせよ些細ささいなことだ、ここの眺めに比べれば、な」


 そう言うとシャリアは立ち去ってしまった。いつものシャリアだった。


「……まったく。僕をからかってそんなに楽しいか?」


 アルムは言われた通り、壁の上から景色を望む。正面には高い山々がそびえ、天辺てっぺんには薄っすらと雪が積もっているようだ。

 やや左手には広大な森と大地がどこまでも広がっている。この向こうに大砂漠があり、そして騎士団領ヴィルハイムの街や城が存在するという。確かにここからの眺めに比べれば、些細な問題に過ぎないのだろう。…………だが。


(……父さんも苦労したのかな……こんな風に景色を眺めたんだろうか……)


 人間でも魔物でも、一個人を相手にすることの難しさ。

 北から吹く冷たい風を肌に受け、顔の知らぬ父へと思いをせるのであった。

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