丘陵の街と水の計


 間もなくしてソフィーナは魔王城の会議室へと召還しょうかんされた。顔色をうかがうと先程まで泣いていたのだろうか、れぼったくて元気のない様子だ。

 しかしタルクの街周辺の地図を広げると、たちまち策士の顔つきとなる。


(……大丈夫そうかな)


「ところで魔王様はいらっしゃらないのですか?」


 そう聞いたのはソフィーナだ。

 アルムが返答にきゅうしていると、またもラムダが救う。


「今回、魔王様は来られませぬでな。我々だけで作戦を練ることに致しますじゃ。しかし魔王様はソフィーナ殿の力量を知りたいと申されておりましたぞ」

「魔王様が? 私の力を……?」


 一瞬不思議そうな顔をするも、自分は試されているのだと勘づいたようである。

 一方ルスターク将軍は微妙な目つきでソフィーナを見た。互いに敵として戦場に立った相手……将軍にとっては誇りを犠牲にしてまで矢を向けた相手でもある。


 各々おのおの言いたいことが山ほどありそうだ。

 しかし時間が惜しい、アルムは始めることにした。


 アルムはビッグラット隊が持ち帰った情報を、集まった面々へ簡潔に説明する。壁に囲まれた要塞のような造り、多くの傭兵ようへいがいて、外壁には大砲まで備え付けてあることがわかったのだ。


「……城攻めの新兵器を投入するんだけど、まだ試作中で数が用意できない。部隊編成も兼ねて皆には自由に発言してもらいたいんだ。何か意見はあるかな?」


 まずサッと手を上げたのはルスターク将軍。


「この街の東にある河川を利用できないでしょうか? 可能なら水攻めが最良かと」


 将軍の言う通り、街の東には大きな川が流れていた。余談だがこの川をくだるとガーナスコッチやガンバーランドといった、肥沃ひよくな農村の大地へと辿たどり着く。


「水攻めは僕も考えた。でも街が高い所に位置していて、しかも南側になだらかな低地が横断しているんだ。恐らく昔ここに河川が通っていたんだよ。だから堤防ていぼうを破壊しても水は壁に阻まれた街へ流れず、低地へと流れていってしまうだろうね」


「それは残念です……水攻めを使うなら敵軍を低地へとさそい出せた時でしょうか。しかし相手は籠城ろうじょうしてまず出てこない、そうなると水攻めはむしろ敵の策か……」


 遠方から回り込んで西や北から奇襲をかけることも考えたが、あまりにも時間がかかり過ぎる。しかも西側や北側の壁には大砲が多く配備されているそうだ。


 決して大きくはないが、まるで難攻不落なんこうふらくの要塞のようだ。

 これには皆、頭を抱えてしまった……。


「攻めれば敵は確実に水計を行うでしょう。私ならそれを逆手に取ります」


 一同は驚き声の方を見た。ソフィーナだった。



 かくして会議は終わり、ルスターク将軍が制圧部隊をひきい、ソフィーナが指揮をるに決まった。皆、不服そうではあったが他に策が見当たらず、一刻を争うため渋々しぶしぶ了承りょうしょうしたようである。


 魔王城の別室にて、小型通信機を手渡されるソフィーナ。


(魔王軍はこんな便利なものを! ……成程、これでは私が負けて当然ですわね)


「ソフィーナ、話があるんだけど」


 部屋を出たところで、アルムに呼び止められた。


「……何か御用でしょうか?」

「やっぱり僕も戦いに付きおうと思うんだけど、いいかな? 君の力を疑っているわけじゃないんだけど……」


「力を疑うわけではないが、裏切るかも知れない。そうおっしゃりたいのですか?」

「……そういうわけじゃない。僕の父の住んでた国に『文殊もんじゅの知恵』という言葉がある。一人で行くよりは二人で行ったほうが負担も減るし、便利だと思うんだ」


 アルムが話している間、ソフィーナは終始きつい眼差しを向けていた。敗戦させられた相手なのだから当然の態度だろう。だがむしろこの場での彼女は、この一見若そうな男は何を考えているのかといった様子だった。


「……バルタニアでは『料理人を増やしたからといって料理は美味くならない』という言葉がございます。アルム様は他所で吉報をお待ち下さい。私は今から準備がありますので、これで失礼します」


 何か言いたげなアルムを突き放すように、ソフィーナは歩いていってしまった。


 長く暗く続く、不気味な魔王城の回廊かいろう。しかしそんなことは気にもとめず、名誉上級軍師と別れた才女は実に不機嫌ふきげんそうであった。自分を負かした軍師と言うからてっきり数々の戦を経験してきた戦士か、年上の知的な男かと思っていた。それがまさかあんなに弱々しくて年の近そうな男だったとは。

 ソフィーナは同世代の男たちが嫌いだった。下品で下らない話題を恥ずかしげも無しに、勝手軽々しく話しかけてくるのだ。だからバルタニアでの話し相手はいつも特定の女性か、年の離れた大人の男性ばかりだったのである。


(……私一人で十分だわ! もう私に失うものなんてないのだから……!)


 自分にそう言い聞かせ思うも、多少不安があるのは事実だった。

 だからといってあの軍師と一緒に戦場へ立つことなど絶対に考えられない。


 と、その時どこからか声が聞こえた。


──おい人間の小娘。お前、敵だったくせに戦いに出るんだってな


 振り返っても誰もおらず闇が広がっているだけである。この不可思議な現象に、ようやく自分が魔王城に居ることを実感し、恐ろしくなった。


『ここだよ、ここ』


 今度は自分の遥か頭上から声がしたのだ。


 

(……流石に北方は冷え込むな。兵の士気が心配だが……)


 次の日のまだ暗い朝方、ルスターク将軍らリザードマン部隊はタルクの街南方の林の中で待機していた。彼らの種族は体温調節しにくく、寒い地域には適さない。体を温める秘薬入りの飲み物を持参し、なるべく暖かい装備を心掛けている。

 魔王城の魔力を温存するため、隊の移動に転移魔法陣は使わなかった。皆、徒歩と押収した鉱石車を利用してここまで来たのである。


──ソフィーナです。ルスターク様、そちらの準備は如何ですか?


 通信機から声が聞こえ、将軍はスイッチを押す。


『こちらは準備完了した。……見たところ、思ったより低地が深いようだ』


 そう言って林の中から前方の低地を見下ろす。南側を攻めるためには通過を余儀よぎなくされる場所。ここに冷たい水が流れ込んだら一溜まりもない。間違いなく一人残らずおぼれ死んでしまうだろう。


──貴方とは殺し合いをした仲です、私を無理に信じろとは申しません

──ですがここで勝つためには水攻めを恐れず、そのまま進軍して下さい


(ここで勝つためには、か……)


 戦場での采配さいはいが全て、信じるかどうかなどの話ではない。だが将軍はえてそれを言葉にし、自分を無理に信じるなと言った人間の娘を「きもは座っているな」と考えたのだった。


 一方でソフィーナは別働隊であるブルドにも連絡をとる。

 そう、やはり新兵器の扱いはこの部隊に任されたのであった。


『名誉軍師の話からするに、こっからじゃ届かねぇんじゃねぇのか?』


──遠そうですが、地形の傾斜けいしゃによる錯覚さっかくです。計算上、十分に届く筈です


『……まぁそれならいいけどよ、どうなっても知らんぞ』


 ブルドはそう言ってコボルトたちに運ばせた新兵器を組み立てた。異世界の武器「ロケットランチャー」に酷似こくじした、対防壁用無反動砲である。

 くじ引きに負け、ブルドに付き添うコボルトたちはビクビクしながらの作業だ。なにせ試し撃ちすらろくにしなかった試作品と言うではないか。運んでいる途中でも砲弾が爆発しないかと思い、気が気では無かったのだ。


「いいか、俺たちは無理上等だ! 無理がでかいほど功績こうせきもでかいってもんだ!」

『う、うぃ~っす!』


──それでは本隊を攻め込ませます、いつでも発射可能にしていて下さいね


『あぁいいぜ、了解だ!』


 ブルドは無反動砲をかつぐと街に狙いをつけ、合図を待った。



 戦場を見渡せる位置からソフィーナは双眼鏡を覗く。林からルスタークの部隊が進軍を始めるのが見えた。続いて東側の河川を覗くと、そこに人影が映ったのだ。やはり敵は川の堤防を切って水を流し込むつもりなのだ!


(もう後戻りはできない! 必ず成功させないと!)


 杖を握る手に、無意識に力がこもる。

 そんなソフィーナを見てか、小さな随伴者ずいはんしゃが声を掛けたのだ。


「絶対にあせるな。あたしの言った通りにすれば、必ずうまくいく!」

「はい! 宜しくお願いします!」


 セスだった。

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