死練(しれん)


 王都バルタニアの東に存在するアローンド大砂漠。更に東へ進めばヴィルハイム領やエルランド領に着くが、わざわざ危険を犯し砂漠を突っ切る者はそういない。多少遠回りになろうとも、用向きのある旅人や商人は迂回うかいの道を選ぶのだ。

 勇者ノブアキたちは王都からサンドトラック(異世界の技術を元に考案され作られた砂上走行車両)に乗り、大森林へと向かう。砂漠を南東の方角へ突っ切れば、ラーマリア大森林への近道だ。


「アル、『砂嵐すなあらし』が来る気配はないな? 奴らに出くわすと面倒だからなぁ」


 車両前方で揺られていた勇者は、神具「真実の目」を覗いている僧侶に尋ねた。

 奴らというのは大砂漠に生息する砂竜のことだ。アーロンド大砂漠に砂嵐が巻き起こる原因の大半は、巨大な砂竜が砂の中を移動していることにあるのだ。


「付近に砂嵐はありませんね。……ところでその顔、目立ちますよ」

「……ふっ、男にしてみれば勲章のようなものさ」


 ノブアキの顔には昨晩付けられた手跡が付いていた。魔法使いの一人に夜這よばいをかけようとしたところ、仮面を取っていたので誰なのかわからず引っ叩かれたのである。今朝方、気付いた女性は慌てて謝罪してきたが、これは自業自得だろう。


「あまり罪深い行いをすると神具の所有権を失いますからね。あくまで神具は神に認められし者、しかるべき者の手にしか渡らない運命なのですから」

「逆に言えば魔王を倒した今でも我々の手にあるということは、それだけ神々からの信頼が厚いということだな。そして神具の共鳴が感じられない事から考えるに、ラフェルには所有権が無くなってしまったようだな……」


 そう言って少々寂しそうな顔をするノブアキ。


「……当然ではないですか? 彼のしていたことを貴方もご存知だったでしょう?」

「ラフェルが神の怒りに触れて神具を失ったのなら、何故我々の手にはまだ神具が残されている? 我々も彼の実験に協力していたことは事実だ」


 するとアルビオンは、少々不機嫌そうな顔をする。


「我々? ……私はラフェルの行いには最初から反対していましたが?」

「……ほう?」

「なんですか? 私が嘘をついているとでも?」

「いや、別に……さてと、女の子たちの様子でも見てくるかな。慣れない乗り物で気分を悪くしていると困るからね」

「……」


 車両後部へと席を立つノブアキ。

 アルビオンは一人残されると複雑な表情を浮かべた。


(私が心を読みきれないばかりか、こちら側の思惑はお見通しか……。ノブアキ、やはり貴方は恐ろしい人だ。貴方以上に恐ろしい人間を私は見たことがない……)


 ……だから自分は三十年間もついてきたのだ。

 そして、きっとこれからもそうなのだろう……。


 

 一方、こちらは魔王軍。魔導都市セルバを解放した魔王軍は、その後も着々と進軍を続けた。セルバ市はエルランド領で一番戦力が集中している場所であり、他の街では抵抗できるほどの兵士を持ち合わせていない。瞬く間にヴィルハイム騎士団の領境付近にまで勢力を拡げたのだ。制圧する街は残るところ一つとなっていた。


 そして、とある街付近にある林の中で、キスカの悲痛な叫びが続いていた……。


バチバチッ!!


『うあぁぁ──っ!!』


 英知の杖に魔力を込めようとしてはしびれ、気を失いかけては膝をつく。ここ数日の彼女はずっとこうだ。本当に気を失って倒れたことも、一度や二度ではない。


「……はぁ……はぁ……」


 今、自分が魔王に生かされている理由が「英知の杖を使えるようにする」という条件。期限はすぐそこまで迫っていた。もう時間がない、魔王軍がエルランド領を出て行ってしまう。

 あせりがつのるが、彼女も闇雲やみくもに杖を握っていたわけではない。英知の杖を与えたとされる、探求と静寂せいじゃくの神「ゼファー」を自分なりに調べてはみた。


 しかし、いくら魔力を込める条件や場所を変えても、結果は変わらなかった。


 自分にはできない。そう言って放棄することは簡単だ、死ぬだけなのだから。

 だがそうなると、全てを投げ売ってまで自分を助けてくれようとしたソフィーナはどうなる? 彼女の行いを全くの無駄にしてしまうではないか! それだけはなんとしてでも避けたかった……。

 

(……どうして私は認めて貰えないの……? 神々から直接神具を与えられた訳ではないから? ……それとも私が生きる価値すら無い人間だからなの……?)


バチリッ!


「うっ!?」


 不意を突かれたところへ電流が走り、キスカはその場に倒れてしまった。


「……キスカ姉さま!! もう止めて下さいっ!!」


(…………ソフィー……)


 教え子の声が聞こえ、立ち上がろうとするキスカ。

 杖を握ろうとした手の平には酷い火傷やけどの跡がついていた。


「もうこんなことは止めて下さい! 私が魔王様にもう一度頼んできます!」

「……余計なことはしないで頂戴……これは私自身の問題なの……!」

「でも……このままだとお姉さまが死んでしまいますっ!」


 そう言ってソフィーナはキスカの手をいやそうとした。

 しかし、即座に振り払われ拒絶されてしまったのだ。


「私のことは放っておいてっ!! もう貴女には助けられたくないのっ!!」


「…………ごめんなさい」


 突然怒鳴られて驚き、ソフィーナは涙を浮かべると走って行ってしまった。


(…………ごめんなさいソフィー!)


 自分への苛立ちからか、つい教え子へ辛くあたってしまった。


(……私は大馬鹿者だわ……なんてみじめで情けない人間なの……!)


 キスカはその場で懺悔ざんげするかのようにひざまづき、顔をおおうと泣き出してしまった。



 この姿を離れた場所から見ていた者たちがあった。

 例の三柱の神々である。


「様子を見に来てみりゃ、こりゃどうしたもんかなぁ」


 ヴァルダスたちは相談をした結果、暫く魔王軍の行動を監視しようということになったわけだが……。


「このままだとあの魔道士、死んじまうかもな」

「……神具って無理に使おうとすると死ぬの?」

「前例が無いので何とも……。我々に至っては作ったことすらありませんし」


 傍観を決め込んだ三柱。だが目の前で苦しんでいる人間が居るのは正直なところ心痛むものがある。できれば何とかしてあげたいものだが……。


「……あーあー見ちゃいらんねぇや。ちょっくら一人で散歩してくらぁ。……あ、言っとくがお前ら人間に干渉かんしょうするのは絶対駄目だからな?」

「はいはい」

「……おう、また明日な」


 二柱を残し、ヴァルダスはどこかへと行ってしまった。


「……ヴァルタン、ゼファーのとこ行ったのかな」


 ファリスは横目でアエリアスを見ながらそう言った。


「それは無いですね。彼が誰かに頼み事をすることなど、まずあり得ないので」


 アエリアスはそう言うと、やはりファリスを横目で見るのだった。


 

 そして魔王城では、エルランド最後の街「タルク」を落とすべく、作戦が練られようとしていた。

 先日セルバの市長に復帰したマルコフの話によると、タルクの街の市長は野心家であり、あのラフェルですら手を焼いていた人物らしい。街の通行に多額の関税をかけては私腹を肥やし、セルバほどではないが多くの私兵や傭兵を雇っているとのことだが……。


 アルムが会議室を訪れようとしていると、後ろからセスが付いてきているのがわかった。先程部屋で本を読んでおり、話しかけても無反応だったのにどうしたのだろうか?


「軍会議には興味がないと思ってたよ」

「……別にいいじゃん」


……どうも先日からセスの様子がおかしい。何かとそっけなく、いつもならば自分から肩や頭へ乗っかってくるのに、それすらしないのだ。


(セス、一体どうしたんだろう……)


 考えるも心当たりが思い浮かばない。後で聞いてみようと思いながら、会議室の扉を開けた。


「おぉ軍師殿、お待ちしてましたぞ。では早速始めましょう」


「…………」

「…………」


(シャリィ……)


 入って早々シャリアと目が合うも、互いに気まずくなり視線をらす。

 ラムダ補佐官は二人の様子に気付きつつも、何食わぬ顔だ。


「どうされましたかな?」

「……いや、なんでもないよ。始めて」


 席に着く時にもう一度、アルムはシャリアの方を向いた。だが明後日あさっての方を向き視線を逸らすばかりだ。一方で、その様子をセスが横目で見ている。ギクシャクした雰囲気のまま、会議は始められた。


 タルクの街はセルバ同様、外敵から市民を守るための防壁が存在していた。現在ビッグラット部隊に様子を探らせているが、恐らく既に籠城ろうじょうするための準備は整っているのではないかとのこと。

 何よりタルクの街の怖いのは、エルランド領の中でヴィルハイム領に一番近いという点。ヴィルハイム領にあるガーデンバッハ城へ救援要請を送った可能性が極めて高いだろう。


 遅くとも三日以内に街を落とさねば、ヴィルハイム騎士団が駆けつけてしまう。


「……今回も何か策が必要でしょうな。かといって魔法転移の使用は暫く控えた方が宜しいかと。アルム殿は何やらハルピュイア共に訓練をさせているようですが」

「特別部隊を検討中なんだ、でもまだそっちは先の話になるかな。だから対要塞用の試作兵器を使ってみようと思う。どの部隊に使わせるか迷ってるんだけど……」


 そう言ってチラリとシャリアの方を向くが、やはり目を合わせようともしてくれない。ここで、見かねたラムダは気を利かせることにした。


「魔王様は如何いかがお考えですかな?」

「……そこの軍師に決められないのであれば、余は知らぬ」


 大事な会議だと言うのに、無関心をつらぬくつもりか。


「それでは困りますな」

「ならば新たに配下となったあの人間にでもさせればよかろう」


「まだ配属して間もないのに無理だ! 大事なことだし真面目に考えてくれ!」


 つい怒鳴ってしまったアルムに、シャリアはにらむと席を立った。


「……今日は気分が優れぬ。爺、終わったら余の部屋に報告を寄越せ」

かしこまりました」


(何だよそれ……!)


 アルムたちを他所に、シャリアは退室してしまった。

 一体、自分にどうしろというのだ……?


「アルム、わかってんだろ? あんたの責任だよ」

「……えっ?」

 

 その時、意外なところから声が出た! セスだ!


「……あの人間の娘のことだよ。魔王軍に引き入れたのは魔王かもしれないけど、元はと言えばアルムが生かしたのが悪いんじゃん。使える人間なのかどうなのか、はっきりさせておかないといけないんじゃないの?」


 余りにも冷たいセスの態度に、アルムは凍りついた面持おももちとなる。


「セス、一体何を言って……」

「……ふむ、ですが一理ある発言ですな」


 セスはテーブルのはしに座り、向こうを向いたまま更に追い打ちをかけた。


「それにあたし知ってるよ、魔王があんな風になっちゃった原因」

「な……っ!?」


 今の一言に、アルムはサッと血の気が引いたのだ。


 見られていた……あの時のことを……。

 よりにもよって、最も過敏かびんなセスに見られていた……。

 

「あー……その件については後日伺うとして……如何いかがですかなアルム殿、この後にソフィーナ本人を交えて会議を行うというのは?」

「……わかった、そうしてみよう」


 こうして会議は一旦いったん中止となってしまった。

 会議室の扉を開けるなり、隙間からセスが飛び出して行く。


「セス! 待ってくれっ! 話があるんだっ!」


 慌てて後を追うも、既にセスの姿は見えなくなっていた。

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